はにわきみこの「解毒生活」

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2005.04.27
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「龍ちゃん! 消えてる! 消えてるわ、水玉が!」



「知ってる。さっき、オレの目の前で、さーっと全部消えたから」

 心が及ぼす体への影響、か。手の甲を顔の前にかざしてみた。もう、ソバカスのようなあの発疹はどこにもない。まだ驚きがおさまらず、手で腕をさすってみる。

「阿南、信じる気になった? 自然治癒力の話」
「私、自然に治ったの?」

 自然に、というのはしっくりこない。薬を使ったんじゃないことは確かだけど。
 ただ、治った瞬間というのがあるならば、きっとあの時だ。奈々が私の中に入ってきたのと入れ替わりに、一瞬にして毛穴から何かが蒸発した。ふちまでいっぱいにお湯が入った湯船にどぼん、と飛び込んだ時に似ている。お湯がざあっと流れ出すように、私の中から毒が押し出され、流れ出ていったのだ。

 なんて不思議なの。
 私は、素足のままベランダに出た。辺りは一面、ギラギラと白い光に包まれている。

 とぎれていた記憶がつながり、龍一の発言を裏付けた。

 私は、昔、泳ぎが得意だった。だから、あの自殺未遂事件でも溺れないですんだのだ。
 あの時死ななくてよかった。あんな可哀想なままで終わらなくて、本当によかった。
 強烈な喜びがわきあがった。まるで間欠泉が吹き上がるみたいに!

 私はベランダの手すりにつかまって、背中をそらせた。体の中からパワーがわき上がってくる。止めることができない勢いで。 私の中には今、二人分の気力が満ちている。
「龍ちゃん、私、どれくらいの時間、催眠状態になってたの?」

「2時間、てとこかな。結構長かった。黙り込んでからが特に。こっちから声をかけようかどうしようか、ものすごく悩んだぐらい」

 2時間もあの空間にいたのか。

「あっという間だった感じがするの。それなのに、その前とは全然変わってしまった。催眠療法ってこんなに効果があるものなの?」

 龍一はあごに手を当ててちょっと考えた。

「オレにとっては、阿南が唯一のケースだから。比べることはできないな。ただ、阿南が奈々を受け入れる準備ができていたから、すんなり融合できたんだと思う」


「いつの間にかすごく天気が良くなってるじゃない。外に出ない? 私、早く自分の車を運転したいわ。なんだか気力が満ちてるの」
「ホントに大丈夫? じゃあ、出かけようか」

 龍一と千紗のベースキャンプまでは、龍一が運転することになった。あれから少し場所を移動したのだという。泊まる場所は固定していても、波の状態をみては、車であちこち移動するのがいつものやり方なのだと。

「じゃあ、あの時会えたのは運が良かったのね。ずっと入れ違いになる可能性だってあったんだわ」

 そういうと、龍一は笑った。


「私も。絶対に会って占ってもらうんだって、決めてたわ」

 そうだった。私がこの地に来ようと思ったそもそもの目的は、龍一に占ってもらうことだった。

「で、どう? やっぱり占ってみる必要はある?」
「そうね。いらないわね」

私が求めていた答えは、違う角度から与えられた。意外な方法で。分裂していた過去の自分を統合する、というやり方で。

「気力が満ちてるって言ってたけど。今はどんな感じ?」

 ついさっき、自分を襲った激流のことを思うと、本当に不思議だった。私の中にはたくさんの情報が、感情が、集約されて渦巻いている。でも、決して不快ではないのだ。

「ものすごい勢いで、全体をシェイクしてるって感じ。これから少しずつ細かいところをのぞいてみなくちゃ」
「一人でも大丈夫?」
「逆ね。一人になりたい。ゆっくり考えたいの」

 それに、龍一のことを好きだ、という事実を飲み込むのには時間がかかる。自分自身がまだ納得できていないのに、龍一がすぐ隣にいるという、この状況は困るのだ。
 チャンスだとは思うが、何をどうしていいのか、考えがまとまらない。まずは自分がどうしたいのかをよく見極めたい。

「なんだか、今までよりも、しっかりしてきたみたいだな」
「二人分だから」
 私は笑った。

 私は、若いときに悲惨な目にあった。でもだからこそ、その時に学んだことをベースに、成長してきたのだ。若い頃はバカだった。それはそれ、事実なのだから仕方ない。今こうして大人としてふるまえるのは、過去の資産があったからなのだ。会計の考え方では借金だって資産のうち。マイナス資産と考えるのだ、という話を思い出した。

「ねえ、龍ちゃん。ハガキをくれたとき、私がオーストラリアまで訪ねて来るって、思ってた?」
「それは、微妙なところだったな。できるかもしれないし、まだ無理かもしれないし。
 飛行機に乗って言葉の通じない国に行くことは、ずっと避けてきてたでしょう。嫌なことを思い出しそうになるから。そのブレーキは結構強かったはずなんだ。よく、その線を越えてきたな、って感心してるくらい」

「ブレーキよりも強烈なモチベーションがあったからよ」

 私は久しぶりに不誠実な恋人のことを思いだした。祥二の新しいカノジョに出くわさなければ、私は旅に出ようとは思わなかっただろう。

「プロポーズされたこと? それとも、恋人に裏切られたこと?」
「どっちも。でも、彼の浮気の方が強烈だったかな」

 旅を決意したのはたった数週間前のことなのに、はるか昔のことに思えた。
 ホリデーパークの看板が見えた。短いドライブの目的地だ。
 龍一は車をターンさせてから車を降りた。私は助手席から降りると、ボンネットの前から回り込んで運転席のドアを開けた。

「寄っていかないの?」
「千紗さんが私のことライバル視してるからね。それに三人でいてもあんまり盛り上がらないんじゃない?」

 そう、今や私はハッキリと、千紗はライバルだと認めていた。だからこそ、余計な対決は避けたかった。

「それはそうかもしれないけど」
「厳密に言えば、私の用件は終わったわけだし」

 龍一の顔に妙な表情が浮かんだ。口がへの字になっている。

「龍ちゃんが背負ってくれた重荷はもうなくなったのよ。私はあなたのセッションを受けて充分にその効果を感じてるの。感謝してる。これ以上つきまとったら失礼でしょ?」

 私は右手を出した。握手を求めるために。

 龍一はゆっくり右手を伸ばした。私はその手をつかむと、ギュッと力を込めて握った。

「だけど、帰国の前に一度、夕食でもどう? 今よりも落ち着いていると思うし、話したいこともまだあるわ、きっと。
 そうね、海の見える店でシーフード。オーストラリアワインでも飲みながら、ロマンチックにね。私の部屋に迎えに来て。悪いけど、千紗さんは置いてきてよ。ゆっくり話ができないから」

 私は思いだしていた。自分がアルコールが飲めない体質じゃなかったことを。酒の勢いがあのおろかな恋愛の引き金になったから、自ら封印していただけのだ。酒は冷静な判断を下せなくなるから、と。

 待ち合わせの日時を決めると、私は車に乗り込んだ。
 パシフィックハイウェイに乗ると、宿とは反対側、すでに走り慣れた感のあるバイロンベイを目指してアクセルを踏んだ。

 一人で、自分の行きたい場所へ行けるって、なんて素晴らしいことなんだろう、と思いながら。





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最終更新日  2005.04.28 14:47:17


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