はにわきみこの「解毒生活」

PR

カレンダー

プロフィール

haniwakimiko

haniwakimiko

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005.05.16
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



 私は龍一と並んで砂浜を歩いていた。真っ暗な空には、降るような星と、丸くなりはじめた月。風は海から吹いてくる。

「食事してワインのんで散歩ってデートのうち?」
「つっこむね」
「そりゃそうよ。だって、映画みてコーラ飲んで一緒に帰るってことなら、高校時代にもやってたもの」

 今宵の私は、攻めの姿勢を崩さない、と自分に誓っていた。あのとき言えなかった言葉、今でも伝えたい言葉を口にするのだ。

「あのころと今とでは…違うから」

 何が違うというのだろう。聞いてみたい衝動に駆られたが、グッと抑えた。

「私、ずいぶん長い間、龍ちゃんに見守られていたんだね。奈々っていう人格を作るときから、いずれは私の中に戻すことを考えてたんでしょう?」


「長かったね」
「過ぎてしまえばあっという間さ」

 沈黙が二人の間を吹き抜けた。
 白いTシャツに包まれた龍一の背中が、ゆっくりと遠ざかる。
 私は、サンダルを脱いで、裸足のまま波打ち際へと歩いていった。
 水を吸って固くなった砂が、ひやりと足の裏に気持ちよかった。そのまま歩を進めて、波が足首を洗うままにまかせた。空と混じり合ってしまった水平線を眺める。

「阿南?」
 駆け戻ってきた龍一が、私の右手をつかんだ。手首につたわる龍一の体温が、心臓の動きを早くする。耳の中で、どくどくと音がひびく。

「やだ、別に泳ごうってわけじゃないわ。ただ、こうして水にさわっていると気持ちがいいから」
「もう海は怖くなくなった?」
「おかげさまで。泳げることも思い出せたし。ね、それより」

「手をつないでもいい?」

 おぅ、と小さな声をあげて、龍一は私の手首を離すと、そのかわりに手を握った。手のひらを通じて温かいものが私の中に流れ込んでくる。なんだか、心を輸血してるみたい。

「龍ちゃん…」
 私は、つないだ手を軸に体を半回転させた。暗がりに慣れた目が、龍一の顔をとらえる。
「私ね、本当は、ずっと龍ちゃんのことが好きだった」

 ゆっくり目を開けると、私の目をじっと見ながら、聞いた。

「それは、過去形?」

 頬が熱くなった。なんて答えればいい?
 このときめきは、過去からもたらされた置きみやげなのだろうか?
 あのときは勇気がもてなくて言いだせなかった。
 その埋め合わせをしたいだけなの? それとも、今でもつづいている進行形の恋なのだろうか。
 今でも私は龍一の恋人になりたいと思っている? 
 龍一には今、別の彼女がいるのに。
 そしてかつては、私の姉を愛していたというのに。

 告白したまではよかったが、先のことは何一つ考えていなかった。
 口はぱくぱくと開くのだが言葉がいっこうに出てこない。

「オレは…」
 龍一はもう片方の手を握った。二人の手が輪になってつながる。
「オレはやりたい仕事をしてるし、休暇をとって旅することもできる。可愛い恋人だっている」

 ――今、充分幸せなんだから、私の恋心なんてお呼びじゃないか。
 一気に血圧が下がった。

「中途半端になっていた心理療法にもケリがついた。阿南がちゃんと奈々を受け入れとき、オレの役割は終わったんだ」

 ――言い聞かせてるのね、私に。もう二人をつなぐ絆は消えたって。
 貧血に似ためまいがやってきた。

「だけど、阿南が、もう用件は終わったって車に乗ったとき…、もう会う理由が無くなったって思ったときに…」
 龍一は言葉につまって、つないだ両手に力を入れた。

「オレは、待ってるときの楽しさに気づいてなかった。もう待たなくていい、これが終わりだって、て言われるのは、気の抜けるものなんだな」

「奈々は、もう待たなくていいって喜んでたけど」
「それは。奈々はずっと阿南と一緒にいられるからだ。だけど、オレにとっては終了と別離を意味する」

 ――さみしいってこと? これから私がどこかへ行ってしまうのが。

 私は両手をぐいっと引っ張った。バランスを崩した龍一が私との距離をつめる。そのスキに、私は両手を龍一の背中に回して抱きついた。

「私、先のことはわからないわ。でもこれまでの人生でずっと、龍ちゃんのことが一番好きだった。今この瞬間も、やっぱりそう」
「今、この瞬間…ね」

 つづきは言葉にならなかった。
 顔が大きな両手に包まれる。
 目をつぶるのと同時に、やわらかな唇が私の唇をふさいだ。

 夢に見たとおりの光景。願望は今、現実になった。
 私は長年の夢をやっとかなえることができたのだ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.05.16 16:24:55


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: