はにわきみこの「解毒生活」

PR

カレンダー

プロフィール

haniwakimiko

haniwakimiko

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005.05.17
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


 ついさっきまで真夏の中にいたというのに、眠っている間に反対の季節へと戻ってきた。生まれて初めての一人旅は無事に終わったのだ。

 期待していたことの何倍もの収穫があった。
 私はもう、ただのお堅いだけの阿南じゃない。おろかなだけの奈々でもない。

 体が軽い。歩幅は広い。足音も高らかに荷物をピックアップし、出口へと向かった。
 税関を抜けて自動ドアが開くと、見覚えのある顔が叫んだ。

「阿南! おかえり!」
 祥二だ。わざわざ出迎えにくるとは、どうした風の吹き回しだろう。到着便についての伝言はしたが、まさか本当に来るとは思ってもみなかった。
 祥二はスタスタと近寄ると、私のスーツケースを運ぼうとした。


 物理的には楽な交通手段だったが、心理的にはまったく逆だ。話すことはもう何もない。

「気持ちだけ受け取っておく。電車で帰るから大丈夫よ」
「なんだよ、迎えにこいって言ったのは阿南だろ?」
 そこまでは言ってないわよ。心の中で反論する。
「まだ怒ってるのか?」
「怒ってるわけじゃないわ。私の方こそ、連絡が遅くなってごめんなさいね」

 私は立ち止まると、しっかりと祥二の目を見て言った。
「今までのことは楽しかったわ。でも、もう終わりにしましょ」

 祥二の動きが止まった。どうやら彼にとっては予想外の言葉だったらしい。その一瞬の
間に私はスーツケースを手に、歩き出した。

 懐かしい我が家につくと、客間には、にぎやかな酒宴の準備が整っていた。


「お・か・え・り~!」
 パ・パーン、パン! クラッカーの音が派手に響く。

「あらら、なんのお祝い、これ?」
「阿南がいなかったからクリスマスをずらしたのよ。さあさ、早く着替えてらっしゃい」

 母にうながされて、二階でコートを脱ぐと階段を駆け下りた。
 テーブルでは今まさに義理の兄がシャンパンを開けるところ。

 私もその一つを取ると、乾杯に参加した。小さな泡が喉を刺激する。

「ぷはあ! おいしい」
 それを見て、東華がニコニコと近寄ってきた。

「やっと一家そろってのだんらんが実現したわ!」
「奈々が帰ってきたからね」
「ホント、阿南、雰囲気が変わったわ。カドが取れてイキイキして。オマケにお酒まで飲めるようになったとはね!」
「人は変われば変わるものなのよ」

 私はグラスを傾けながら、父と母を見た。
 あんな騒ぎを起こした娘なのに、温かい目で見守ってくれてありがとう。
 今回の旅行に出る時もずいぶん心配しただろうに、と思うと胸がいっぱいになった。
 大丈夫、もう、心配はかけないから。

「ねえお姉ちゃん」
 盛り上がる客間から抜け出て、私はキッチンで東華にお茶をいれた。
「私ってばさ、恋のABCもマスターしてないくせに、一気にZまで走り抜けたって感じだよね、ハタチの時」
「不幸な恋愛フルコース速攻編、だったわね」

「申し込まれたから結婚しなきゃならないなんてこと、全然ないのにね」
「誰にだってしんどい恋の思い出はあるものよ。楽しい恋は、これからね」

 そうだ。私は自分が思っていた以上に、恋愛シロートなのだ。最初に痛い目にあってつまづいたから、健全な進行が阻まれていただけなのだ。だけど希望はある。
 私の人生はまだまだこれから、なのだから。



「阿南さん、熱いから気をつけて。甘酒って言っても、アルコールは無きに等しいから大丈夫。さ、体が温まるから飲んで」

 末吉は約束通り私をデートに誘った。初詣を一緒に、というので気合いを入れて着物を着た。それを見た末吉の喜びようといったらなかった。

「私は美しい蘭を腕に抱えているようだ!」
 ――意味不明。コピーライターの真意を測るのは難しい。
 でも、いわゆるデートっぽいデートを体験するのは、悪くない気分だ。終始笑顔の私を見て、末吉も嬉しそうにしている。

「阿南さん。返事を聞くのはやめましょう。私は、今が楽しければそれでいい」
「そうですよ。私、人のことを好きになるのに、ものすごく時間がかかるんです。信頼できる友達関係が発展するタイプなの。ゆっくりいきましょ。楽しく遊べるお友達としてなら、私、喜んでおつきあいしますよ」
「じゃあ、あれは私の思い込みだったんですね。あなたは結婚に憧れてるわけじゃないんだ」
「そうですよ。 だって私もバツイチですもん

 末吉の目が大きく開いた。今にも落っこちてきそうな、大きな目!
 私は笑いが止まらなくなった。



「開けましておめでとうございます! 今年も一年よろしくお願いします!」

 年明け初の出勤日は、仕事らしい仕事にならないのが恒例だ。
 女性が多い会社なだけに、あちらこちらに衣装自慢の花が咲く。この日はまた、上司の武岡が張りきってホームパーティを開く日でもあった。

「阿南ちゃん、よく戻ってきてくれたわ。もうすっかり体はいいの?」
「とっても元気ですよ。やっぱり、たまにはお休みを取って気分転換するって大事なんですね。サンスクリーンの効果もばっちり感じられたし、いい旅行になりました」
「どうせ仕事はお昼でながれ解散だから。うちに顔を出してよ」
「喜んで」
 嫌われたらどうしようとか、自分を誤解されたらどうしようなんて、つまらない心配はもうしない。 出会うべき時に人は出会い、別れるべき時に人は別れる。
 きゃっきゃとはしゃぐ女性陣を引きつれて、武岡が会社を出る。
 その後を小走りに追いかけようとすると、後ろから私を呼び止める声があった。

「国立さん!」

 ふりかえると、どこかで見た顔の女性が立っている。
 フードのへりにフェイクファーをあしらったショートコートに、ピッタリとしたパンツ。膝まであるロングブーツのヒールは10センチ近くあったが、それでも充分、背は小さい。

「千紗です、ちさ! オーストラリアで会ったでしょ。覚えてません?」
 おお。言われてみれば確かにそうだ。でも、今頃は夏を満喫してるはずじゃ?

「どうしてここがわかったの?」
「自社製品だって言って、日焼け止めくれたでしょ。会社名から探したの」
「龍ちゃんとは一緒じゃないの?」
「先に帰ってきちゃった。だってバカらしいんだもん。リュウってば、何を聞いても上の空。私ね、私のことを一番好きじゃない男とは、一秒だって一緒にいられないの」

 ――はっきりした娘だ。

「ねえ阿南さん。この私が身をひいたんだから、リュウのこと、ちゃんと幸せにしてくれなくちゃ困るわ」

 相手は私だと確信しているらしい。最もあのタイミングでは無理もないけど。

「そんなふうに強要されても困るわ。だって、幸せって誰かにしてもらうものじゃないでしょ?」

 責任をとる、そんな言葉に振り回されて私は後に引けない結婚に踏みこんだのだ。
 こと恋愛に関しては、誰かが誰かに責任をとる必要なんかないんだと、今の私は知っていた。

「んもう! シャクにさわるわね、あなたって人は」
「あなたのほうがフったんでしょ? もう別れた人のことなんか、ほっておけばいいじゃない。それに、私がこれから誰とつきあおうが、あなたには関係ないはずよ」
 彼女は、ぶうっとほっぺたを膨らませた。
「そりゃ、関係ないけど。関係ないけど…。なんで私じゃなくて、あなたなの?って」

 みな、考えることは同じなのだ。どうして私じゃないの?

「彼の気持ちを決める権利は、私にもあなたにもない。本人にきいてみなけりゃわからない謎なのよ」

 本当はまだ好きなのね。ふっきるためにわざわざここまで来たのね。
 ついに彼女の頬には涙がつたいはじめた。
 私はあわててバッグからハンカチを取り出した。

 ふと、あの海で私が溺れそうになったとき、彼女が手助けしてくれたことを思い出した。

「あなたのことなんかキライよ。絶対にキライでなきゃいけないわ。だって、あなたがもしもいい人だったら、私が負けても仕方ないって気持ちになっちゃうもの」

 だからあんなにツンケンしていたのか。私にはない発想だ。

「ねえ、私たち、龍ちゃんを奪い合ってるわけじゃないでしょ? だったら、ちょっと仲良くしてみたって悪くはないじゃない」

 泣きやまない彼女をあやしていると、武岡が近寄ってきた。

「あら、阿南ちゃんのお友達? もしよかったらうちでやるパーティに来ない? 女のコはいつでも大歓迎よ」

 おっと、意外な展開。だけど案外悪くないかも。少なくとも寒空の中、二人きりで立っているよりはマシだし、彼女が元気を取り戻す可能性もある。

「さあさ、そんなに泣いたりしたら可愛い顔が台無しよ。お正月なんだから、ぱっと明るく行きましょう。女の子は笑顔、笑顔が大事なんだから」
 千紗は、武岡に肩を抱かれながら歩き出した。私は一歩下がってその後をついていく。

 コートのポケットに手を入れると、昨日届いたエアメールが入ったままになっていた。取りだしてもう一度眺める。



 もしまた休みが取れたら、波に乗りに来ないか。


 私にはもう、パスポートがある。一人で行きたいところに行ける。行く手をはばむものはない。そしてこれから誰を好きになってもいい。

 あとは心の命ずるままに。ただ、自分の心の声に耳を傾ければいいのだ。

――――――――――――――――――――――― おわり ――――――――――





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.05.17 07:56:24


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: