名古屋市博物館のミュージアム・ショップに搬入のついでに、今開催中の「中国王朝の至宝」展を見て来た。
最古の王朝「夏」が出現したのが紀元前二十世紀で、日本の縄文時代にあたる。その「夏・殷」時代の出土品が素晴らしい。
展示の構成は古い時代からはじめてあり、順に時代が新しくなっていく。私はこの最初に登場する「夏・殷」時代のものに特に魅せられた。
その後、時代を下って来るにしたがってそのシャープな造形は影をひそめていく。
展示品ではないが参考までに掲載
白陶鬹 王室が使用する高貴な礼器。河南省鞏義市出土。
陶盉 二里頭遺跡出土の酒器
こちらは展示されているもの
青銅器 「爵」(紀元前16~紀元前15世紀)
四千年も前のデザインとは思えない。すごくモダンで緊張感が有る。
青銅器 「爵」 (紀元前16~紀元前15世紀 鄭州博物館)
「爵」は、長い注ぎ口があり把手のついた三本脚の器。酒を入れて温め、注ぐために使われた。今で言うお銚子のようなもの。
把手のつく側と注ぎ口の向きを考えると、例外なく右手で持って左側へ注ぐように作られており、儀礼制度として、お酒の注ぎ方の作法というものが確立していたことがわかるという。
青銅器 「尊」 (紀元前14~紀元前13世紀 河南博物院)
「尊」は胴がふくらみ、口が大きく開いた壺のようなうつわ。酒や水をためておくために使われたもので、やはり酒を用いる祭礼や儀式に欠かせない器だった。
古代には、功績を称える恩賞として「爵」に注いだ酒が与えられた。そして尊卑の順を定めるときには、「尊」を捧げ持つ儀式によって席次が決定された。
それで、それが転じて、「爵」=身分の位を表すことばや、「尊」=敬意を表す「とうとい」の意味に使われるようになったのだとか。
現在私たちが、「爵」という漢字を、伯爵とか侯爵といった身分を表す意味として知り、また「尊」という漢字を、とうとい、尊敬する、という意味に使っているのはそれに由来するのだそうです。
本展の最大の目玉展示品である「阿育王塔」
阿育王塔 北宋・長干寺塔跡 南京市博物館
分骨した釈迦(シャカ)の遺骨を納めるために作られた仏塔。「阿育王」とは、紀元前3世紀にインドのマウリヤ朝の王だったアショーカ王を漢語で表記した名前。
アショーカ王が仏法で国を治めるために、釈迦の遺骨を8万4千基の塔に分骨させた、という伝承があり、小さなものがたくさん作られた。
展示している阿育王塔は高さ119cmという最大級のもので、銀板に金を塗り、さらにメノウ玉・ガラス玉・水晶玉を多数はめこんだ、他に例のない豪勢極まりない逸品。
2008年に、南京市の市街地に位置する北宋代の長干寺の塔跡で出土したもので、北宋の大中祥符4年(1011年)のものであることがわかっている。他に例のない傑出した工芸と大きさを誇る優品中の優品であるため、「塔王」とも称されています。
★ 名古屋市博物館 特別展「中国 王朝の至宝」 展 2013年4月24日(水)~6月23日(日)
夏(か)王朝から宋王朝までの約3300年間について、各王朝や地方王国の文化のバラエティや違いの面白さをご紹介。展示品はすべて発掘調査によって土の中から出てきたもの。
その6割が中国の国宝級である「国家一級文物」が占めているうえ、日本初公開の出土品も登場し、これらの作品なしには中国の歴史は語れないものとなっている。
四千年前の古の人類。日本では、「火炎土器」の強烈な生命感あふれた造形を生みだした縄文中期。それら千年に渡る長い歴史の中で研ぎ澄まされてきた固有の美意識。
火炎土器
同じ時代に中国で興った「夏・殷文明」に共通するものは何か。根源的な人類の礎を知りたいと思うのは、人類の祖先に対する畏敬の念でしょうか。
◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」と
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題してスタートすることにしました。
★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)
◆ ジョーク、冗談、ユーモアは生活の調味… 2014.10.22
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