今朝の朝日新聞に「総合的な学習」の削減について載ってました。
やめるとなると、「惜しい」という声。
人間って、いつもそうなんだね。
別れるとなって、好きだと気づく。
でも、寅さんは、こう思う。
素敵な人は、まだまだ身の回りにいる、と。
新聞でも書かれていたように、
普通の国語・数学・英語、さらには、体育までもが、
実質、総合的な学習として輝きを放てるのだ。
いや、本来、授業とはどれもが総合学習だったのだ。
この当たり前のことを、忘れさせてきたもの。
それは、人間の浅はかな「管理」と「真面目さ」だと思う。
総合学習なんて、時間的にも、精神的にも余裕がなければできません。
簡単に言えば、「脱線」の面白さです。
クラシックではなく、ジャズです。
ですから、ここで、また「真面目に」学習指導要領の中で、ウンヌンと
計算機片手に、細かい計算をするのは、ちょっと違うんじゃないかな、って思っちゃいます。
総合学習は、(別名、思考力・創造力を高める学習)は、
教師の人間性に追うところも大きい(教材も大きい!)とすれば、
教師がそれぞれもっている人間性を活かせる、職場環境を創ることが、
学校の最重要課題。
学校をフーテンしてまわっている寅さんには、
職員室に一歩足を入れただけで、すぐにわかります。
いや、受付で「ごめんください」で、ピンポーンです。
オーラが良い学校か、どうか。
すご~い違いがあります。
おなじ「学校」という名前でひとくくりすることなんかできないくらい。
どう考えても、教育環境としてふさわしくないところもあります。
子どもを育ててます、なんて、とても言える環境じゃない。
これは、一種の偽装表示。詐欺です。
ブタや馬の肉を、牛肉100%だと言ってるのと同じ。
営業停止処分が、適当だと思われます。
江原さんの弟子になろうかなあ。
そんな、すごい能力じゃないですね。
建て前でものを考えないで、
心の晴れやかさで、眺めれば、誰でもすぐわかることです。
先生、教室に入る前に、鏡で表情をチェックしてね。
食育から、教育を見ると 2008.06.01 コメント(4)
学校は未熟者の修行の場 2007.12.07 コメント(6)
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