昨日の森の声さん の日記、「感情を取り戻す」を読んで
私が、一昨日書いた、「Be」が、「感情労働者」を作ることに
つながってしまうんではないか、って、考え込んでしまいました。
教師だけでなく、営業職、接客業など、
感情を売り物にしている職業があります。
マクドナルドのように、スマイル「~円」としちゃっていいのでしょうか?
もちろん、おかしいですよね。
生徒が欲しているのは、生身の人間であって、
感情人形ではないのです。
Beは、一定の周波数だけを出すべきだ、ということじゃない。
もっと、もっと、ダイナミックな、大局的なとらえ方なんだろう。
だいたい、振動と言えば、音楽もそうですが、
良い音楽は、高音だけでできているはずもない。
低音もあるし、強い音、弱い音、さらには、少々、不協和音もあるから
味わいがある。
感動もある。
本当の生きた音色になっているか、どうか、ということだと思う。
そうすると、学校という組織をひとつの音楽だとすると、
ある程度、ヘンテコな先生、不適格な先生がいるから、
良い先生が、引き立つ。
子どもたちも、感動する、ってのも、
やっぱり事実として認めなければならないと思う。
私の実験教室が、まがりなりにも、喜んでもらっているってのも
これまでの理科教育が、面白くなかったからこそであって、
子どもの考えを大切にする教育が、常識だったら、
私の活動の意味も、なくなっちゃうわけです。
私も、よく、ネガティブな感情をもってしまうことに、
恐れてしまったり、自己嫌悪をしてしまったりしますが
怒りも悲しみも、人生の味付けとして、
絶対に必要なものでしょう。
コクのある料理は出せません。
かえって、マイナス感情をたくさん蓄えている人こそ
天使の音楽を奏でられるのかもしれません。
この意味でも、人生の挫折を経験した人こそ、
教師に採用すべきだと思います。
でも、これも程度問題で、チャランポラン教師もいるから
その先生の渋さが光るわけです。
ということで、人生を楽しむコツは、「結果」ではないことが
つくづく気づくところです。
一生涯、築きあげてきたものが、地震で葬り去られる。
結果だけを見れば、むなしいかもしれません。
そうじゃない、人生はプロセスなんです。
プロセスこそが、楽しいのです。
そこに、山あり、谷ありの障害物があってこそ、
ゲームは楽しいのです。
話は、全く別ですが、
初めて、ヤフオクに出品しました。
幸せ地蔵 です。
醸室の骨董屋のばあちゃんのお手伝いです。
好きな方には、たまらないものだと思いますよ。
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