ヘンリーの国際関係学

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May 3, 2005
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中国は1980年代以降のODAも、

感謝もするだろう。

でも、援助は援助でしかなく、
ODAはODAでしかないんだよ。


ヘン国に何度か登場した、中国人の親友エリックの言葉です。

言葉はまだ続きます。


「どんなものであれ、真実の歴史を否定することはできない。
お金は、第二次世界大戦の歴史への本当の知識を含む全てのことを意味しているわけじゃない。」



日本政府の心の奥底からの、オープンな謝罪なんだよ。
それを行動によって示して欲しいんだ」



反日デモが起こった後、
僕は、中国人はどんな気持ちで見ているのかが気になり、エリックにメールを送りました。
これらの言葉は、その返事に書かれていた一部分です。


今回は、「謝罪はすべきか」については言及しません。
「謝罪を十分に為してきたか」ということを考えてみたいと思います。

では続けます。



日本は謝罪してこなかったわけではないでしょう。
1995年に村山首相が、植民地支配と侵略に「痛切な反省」と「心からのおわび」を表明しました。
(ただし、対象が不明確で、「誰に何を誤ったのか」が問われる状況を招いたそうですが)


国際法上、賠償責任が免れた代わりに、ODAと言う形で支援をしてきました。


ですが、それらの行動が示すものが、満足にいっていないのが現状です(アジア全てではなく、中韓に関しては)。
その不満足を理解するには、「過去」の日本政府の行動にこだわることなく、
「今」の日本政府の行動を思い返す必要があります。


新しい歴史教科書は、採用されている数が多くないとはいえ、

また、採用率が報道されることは、英字紙でも見かけたことがありません(詳細に調べたわけではありませんが)。

軍事面での、日米のつながりが強化されている現状は、「軍国化」として伝わります。
小泉総理の靖国参拝がそれに拍車をかけます。


こうした一連の流れの中で、「謝罪が不十分だ」と批判される背景ができあがっています。

謝罪とは、「示したもの」ではなく、「示し続けるもの」なのです。



ここで、ドイツと比較してみましょう。

日本は60年も経てば十分だろうと考えている傾向があるようですが、
ドイツは、ナチスの罪を償うのに100年でも足りないと考えたそうです。


また、ドイツは「国として謝罪したことがない」とよく言われますが、
それでも「絶対悪」としてのナチスを置くことで、近隣国と良質な関係を持てています。

海外に旅行中、ナチスを批判した博物館をよく見ましたが、
それに独政府が異論を唱えたという話は聞いたことがありません。

ハリウッドでは、これでもかとばかりに戦争映画でナチスは悪です。
ドイツ首相もナチスを擁護しません。

また、ドイツには戦中から継続したメディア組織はなく、1945年を「零年」と呼ぶそうです。


一方、日本は天皇も、戦争を煽ったマスコミも戦後残り続けています。
「戦犯」を祀った靖国神社へ、首相は参拝します(この辺は後述しますが)。



とは言うものの、
「どれだけ謝罪しても、中国は難癖を付けてくる」という論もあるでしょう。
それは否定しません。歴史は政治なのですから。


ですが、中国の市民一人に焦点をあてて考えてみたときに、
「不十分だ」と思われたならば、「やはりそれは不十分なのだ」と考えてみるべきだと、僕は思うのです。

(中国ではマスコミが政府によって牛耳られていますので、
市民の意見なんてものはない、という異論はあるかもしれませんが)


こちら側の論理ではなく、
相手側の立場に立って考える努力をすることが大切だと、僕は思うのです。


「もう謝罪は十分だろう。だから、もう忘れよう」という動きを、僕は歓迎しません。


我々がしたことを、思い出し続け、
それを元に、「今」と「これから」を考えていく。

「過去」の謝罪にこだわらず、
「現在」の行動について考え、行動する。


それが、謝罪の形だと僕は思っています。




【参考】「緊急特集 日中関係」毎日新聞 2005年5月11日
佐藤卓巳・原武史「対談・日本言論界の沈黙を検証する」(『中央公論』2005年1月号所収)





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Last updated  May 5, 2005 02:25:39 AM
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