今日は本番。レースの日。ホテルの朝食は午前7時からでした。スタート時刻は9時半。食べていては間に合いません。ということで午前5時におにぎり2個。昨夜、セイコマで買っておいたのでした。次いで乳首へ絆創膏を貼りました。これをしないと、先っぽが擦れて痛いのです。いつだったか、血が出て、生地が赤くなったことがありました。
午前7時過ぎ、亮さんが迎えに来てくれました。昨晩は別れてなお2軒回ったそうです。少し二日酔いとのこと。大丈夫かな。
スタートは釧路市の陸上競技場でした。会場前で川口選手を囲むの図です。
亮さんと妻はウォークの部15kmに出場しました。ランニング30kmコースの折り返し地点がスタートでした。主催者の用意したバスに乗り、そこへ向かいました。亮さんの勝手知ったるで、妻は助かりました。彼らが出発した後、開会式が始まりました。川口選手と日本製紙クレイインズの紹介がありました。後者の10数人は3kmを走るとのこと。そうか、釧路にはアイスホッケーチームがあるんだ。ちなみに大分にはトリニータと別府ヒートデビル(バスケチーム)があります。代表し、川口選手が挨拶をしました。来月中旬にモスクワである世界選手権へ向けた最後の調整レースになる、絶好のコンディションなので楽しんで走りたい旨を話しました。写真はスタート前の私です。
20℃を少し下回る気温でした。スタート直後は市街地を走りました。応援が多く、気分がよかったです。釧路川右岸に出ました。しばらくここを遡りました。釧路湿原道路に続く橋を渡ると、風景が一変しました。湿原を渡る風が爽やかと書きたいところですが、このあたりから雲が切れ、陽が差しました。暑かったです。会場に着いたときは雨模様だったのに。
おっ、亮さんが先頭でやってきました。誰も従えていませんでした。2位を遙か後方に引き離して、スタスタやっていました。手を振って、ここだここだ!早くカメラを向けてよ。
すれ違う前だったか「この先5km直線」の看板がありました。北海道ならではです。行けども行けども変わらない景色、いい感じでした。折り返し前で立ち止まりました。ずっと尿意があったのでした。なりふり構わずジョゴジョゴジョー。すっきりしました。
このレース、距離表示が判りづらかったです。キロをどれくらいの時間で走っているのか、確認できませんでした。折り返して、少しずつ膝が痛くなりました。5月時点に比べ体重が5kg減ったとはいえ、まだ78kgの身。20kmを過ぎて辛くなりました。小柄の選手に何人も抜かれました。往路で楽々抜いた同年配の女性に抜き返されもしました。途中、バナナとスイカのサービスがありました。空いたお腹に格別でした。残り5kmは膝痛との戦いでした。記録は2時間39分。走り終えての充実感より、肩が痛かったです。真っ赤に日焼けした。「かんまんごし」のランニングラインが両肩につきました。
結果は2時間39分台。50歳以上の部437人中84位(暫定順位)でした。参加者名簿を見たら高知県からの人がいましたが、私が一番遠くからでした。でも遠来賞はありませんでした。
走り終え、陣取ったスタンド席へ戻りました。先にゴールした亮さんもやって来ました。待てど来ないのが妻でした。ゴールするウォーキングの人たちが疎らになってきました。大丈夫かな。心配になりました。携帯電話が鳴りました。彼女からでした。行き倒れになって「助けてコール」かと思いました。「今、陸上競技場へ入るわよ。遅くなったから心配していると思って電話したの。写真撮ってね」
汗を拭いて一休み。亮さんがホテルへ送ってくれました。午後2時前、部屋に戻りました。屋上の温泉に浸かりました。胸から背中に日焼けの跡。赤くなって、ヒリヒリしました。股ずれも。湯船に浸かると、オーノーッ。声を出してしまいそうな痛みでした。塩分があるので沁みて沁みて。たまらん。
今宵も亮さんと一献の予定でした。しかし、待ってられません。妻の制止を振り切って、プルトップを引きました。アーッ甘露。30kmを完走した充実感が湧いてきました。四肢を伸ばし、ウトウトしました。気がつくと待ち合わせ時間直前でした。ロビーに降りたら亮さん、奥さんとご一緒でした。ご夫婦で歓待してくださるとのこと。妻を気遣ってのことなのでしょう、嬉しかった。早速、挨拶を交わしました。
逗留中のホテルは釧路川沿いにあります。幣舞橋の袂近くでした。両岸は散策のできる公園になっていました。そこを歩いてMOOの方へ向かいました。今日の河岸は「岸壁炉端」でした。大きなテントの中に、炭火テーブルがいくつもありました。一つはだいたい6人掛けでした。すでに炭火を熾してありました。一角に陣取りました。
システムはこうです。まずチケットを買います。綴り1枚千円。
次に、焼いて食べたいものを選びます。どの商品にも価格がついています。トレーに乗せた分を勘定してもらい、チケットで支払います。ビールや酒も同じです。
テーブルへ戻り乾杯。早速焼き始めました。いい香りが充満しました。こんな感じです。
亮さんの奥さんと妻はたちまち打ち解けました。私もあれこれを訊ねました。奥さんは亮さんブログにあまり登場しません。詳しく書くことは控えます。おおよそのことを。釧路の西に位置するS町出身、スポーツウーマン、陸上の選手だった由、今もバレーボールで体を鍛えている、実家は農家、小さい頃は家業を手伝うのが当たり前だった、苦労した、牛を飼っていて、家族が出かけて留守番の時に逃げて、追いかけけるのが辛かった、農作業の手伝いは有無を言わさぬ仕儀だったが、牛がいうことをきかず涙が出た・・・。一口に農家の厳しさ・大変さと言いますが、こういう話を聞いてしみじみした気分になりました。亮さんとは見合いか恋愛か、訊いてみました。教えてくれました。でも秘密です。妻とのツーショットです。私たち夫婦と同世代です。写真では判りづらいですが、後ろ姿を見ると、妻と違い、スポーツをやっていると判る素敵な体型でした。
海鮮炉端の話に戻ります。喉が渇いて、お腹も空いていました。ガツガツの仕儀。妻も同じでした。杯盤狼藉。満腹になりました。奥さんと妻の話も弾んでいい感じでした。ということでもう一軒。赤横に突っ込みました。日曜日の夜ということで、のれんを下ろした店が多かったです。亮さん、残念そうでした。お好み焼き屋に入りました。お腹が膨れていたので、あまり飲んだり食べたりできませんでした。そこのママさんは道南の方でした。難読地名で有名なまちの出身。私も函館に住んだことがありました。ローカルな話で盛り上がりました。大将は元スケーター、高校時代は鳴らし、東京のH大学に進学したとのこと。おしどり夫婦でした。写真はお通しの煮付けと注文した料理。
吉田類が来たことあるんだ。
今日はこれで打ち止め。楽しい夜でした。タクシーに乗ったご夫婦を見送り、セイコマへ入りました。ワインの小瓶を1本買いました。道東産でした。最後の締めはこれにしました。バタンキュー。
今日の一句
走っても走ってもなお湿原ぞ
アスパラ見白糠のチーズ食べたしと
海鮮に目を奪われて味忘る
赤横に吉田類来てチャッチャラッチャ
日焼け痕肩に押された勲章さ
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