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ものすごく失礼なことは承知なんですけど、タイミングよく一緒に住んでるおばあちゃんが入院しました。特別危険な状態ではないけどまぁ95歳という年齢なので、色々とあるものなのです。先週おばあちゃん、体調悪い日がずっと続いてて、更に鬱状態で大変な状態でした。木曜日に訪れたケアワーカーのような人が見かねて救急車を呼んだようです。私もその時すんごくストレス溜まっててお互い話しても楽しい話ができず、時には口論に陥る状態でした。今は毎日お見舞いに行くものの、距離がかなり取れるので、正直楽です。。ごめん、おばあちゃん。。でも距離をとるのも大切。ほんっとうに厄介。すごく束縛されてる感じがするし、一緒に住んでるヘルパーどころか、娘のように扱う始末。さすがにしんどかった。予定があってどこかに行こうとしても、「行かないで。一緒にいて。行ったら私死ぬかも。」とか泣きながら言われたり、夜は門限厳しいし、ちょっとでも遅れたら激しく心配しだす。たとえば、「今日は7時頃帰るからね」と言って7時15分くらいに家に着くと、「心配したんだから!車にひかれたか誰かに誘拐されたと思ったんだから!」と泣きながら言われる。さすがにここまでされたら誰でも辛いでしょ?こんな事が毎日のように起こってた。「大丈夫。大丈夫だから」と言ってもダメ。慰めるのにも疲れた。私は家族じゃない。ケアワーカーじゃない。ナースでもドクターでもない。ただ単に一緒に住んで、彼女の出来ないことをヘルプしてるだけのはず。ここは病院じゃない。夜中に起きてケアなんてしてる立場じゃないはず。どうしてこんなに沢山私が背負わなければならないのか。家族関係がうまく行ってないからって全て私に来るのは不公平じゃない?そんなこんなでストレスが溜まって彼女に対してここ最近すごくイライラしてた。だから今こうやって距離がとれて、自分を鎮める期間がとれてよかったと思ってる。あのままだったら、彼女を傷つけていたかもしれないから。入院数日後、大分よくなってきてると思ったら、昨夜訪れたとき、一時的に血圧がすごく高かったらしい。数値で言うと上が200寸前。そんな数字見たこともない。ナースが来て、「リラックスしなさい」と言うものの、彼女の場合は難しい。普段は血圧は正常なのに、高血圧だと言われてからずっとそれが頭から離れず、『自分は高血圧なんだ。このままだと死ぬかもしれない。どうしよう。どうしよう』と考え始め、誰もそれを止めることが出来ない。10分毎にナースを呼んで、「もう一回血圧測ってくれ」と言い、測るものの、もちろん彼女は精神不安定な状況から抜け出してないから血圧は下がらない。ナースもさすがに疲れて、「別の楽しいことを考えなさい。リラックスしない限り、血圧は下がりません」って言ってるのに全然聞く耳を持たないと言うか、それができない。そして仕事を終えて帰る寸前のナースに「ここにいて。一緒にいて。今夜死ぬかもしれないから」と言い出す始末。なんかこう、変な話、人に罪悪感を感じさせるのが上手・・・。結局22時過ぎまで付き添って帰りはお決まりの、「お金出すからタクシーで帰りなさい」。いつもこれ。あの、前おばあちゃんと一緒に住んでた中国人の女の子に対していつも使ってたフレーズ。中国人の子、家に来るとき、いつも夜遅くに来て夜遅くに帰る。おばあちゃんものすごく極度の心配性だから、”泣きながら”「お金出すからタクシーで帰ってくれ。」と懇願する。中国人の子は毎回の事で疲れて、「歩いて帰る!あんたには関係ない!いい加減にしてくれ!」とわめきちらす。んで彼女が去った後はおばあちゃんが泣き止まない。これが毎回起きてて、耐えられる人がどこにいるっていうんだろうか。私はとりあえず昨夜、彼女の高血圧のこともあり、これ以上彼女を心配させたくなかったから、嘘をついて、タクシーで帰るって言ったけど、実際はバスで帰った。こんな事書いてるとすごく冷たい人間のように見えるかな。実際そうなのかもしれない。暖かい人間を目指すものの、実際は冷たいのかも。でもこう、バウンダリーを設けることって大切だと思うんだよね。私はナースでもなく、家族でもなく、ライフパートナーでもなんでもない。私の出来ることは限られているし私のするべきことも限られているはず。そのするべき事を越えるのは情があるからであって、義務ではない。その義務でない事をしないことによって罪悪感を感じる必要はないと思う。ちょっと一線を引いて彼女と接していかないとね。
October 27, 2008
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アップダウンが激しいのは女の子の事情も関係しているようですね。今は大分マシになりました。確かにすごくしんどい日もあったけど学校もちゃんと行けたし。それでもまだ1日の中でのアップダウンも結構あったりして、自分に疲れてしまう時もあったり・・・。まぁそれでもまだ大丈夫、と大丈夫な時は思えます。。大丈夫じゃない時は・・・。まぁ今はおいといて。。今は学校が2週間の休みに入り、今週バイトもゼロなので、1週間のんびりしようと思います。と言っても、こっちの確定申告なるものを今月中に済ませなきゃいけなくて、私はこの確定申告、今まで権利であって義務ではないと思っていたから、ほったらかしてたけど、義務らしくて今になって慌ててます・・・。日本でも確定申告なんかしたことないのに、分厚い本とにらめっこしながら、埋めていかなきゃならなさそうです。ちなみに題名通り、最初の一歩を踏み出しました。偉い自分!って褒めてあげないとね。自分と同じような過去を体験した人を助けるための専用の機関があって、そこに行ってきました。「私はオーストラリア人ではないし、この事はオーストラリア国内で起こったことではなく、母国で起こったことだから、私はここに来るべきじゃないと思うけど」って前置きしたんだけど、とっても優しく、「いいのよ、オーストラリアの国籍をもっていなくても大丈夫。こういう事はできるだけ早く解決しなきゃいけないしね。」と言われ、安心しました。が、さすがにその日にカウンセリングするわけにも行かないわけで(アポなしで突撃訪問したんで・・・)、しかも苦しんでいる人は悲しくも他にも沢山いるわけで、私の場合、数ヶ月待たなければならないかもしれない、と言われました。私自身、アップダウンが激しい状況で確かに数ヶ月待つのはつらいけど、私よりもっとひどい体験をしている人はいるわけで(比較するものじゃないけど)、私はまだ「大丈夫」な方だと自分でも思うから(自傷とかもしないしね)、どうにかこうにか乗り切ろうと思います。何はともあれ、最初の第一歩を踏み出した自分を褒めてあげようと思います。
October 21, 2008
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あれからちょっとして、ここ最近気分は優れないものの、「大丈夫」な状態だったのに、また何故かしらドーンと来た。今回はウツの入り口だろうか。人と会うのも外に出るのも何をするのも今日は特にすごくしんどかった。解決の糸口になるかと思い、自分と同じような過去を体験した人の体験談やブログを読んでみると、止まらない。1日中いわゆる目が釘付け状態。どうやって解決してきているのか、どうやって乗り越えているのか、人間関係は、社会にどうなじんでいるのか、今までどのような影響があったのかなど。この問題を解決しない限り、私は今後一生本当に幸せと感じる事ができない。どこかしら心に残る傷だから、常に。ただ解決した所でどうなるだろう。賠償金なんていらない、謝罪されたところで許すこともできない。もともと、解決しようと思ったって、過去は過去であり、私の傷は一生癒えることがない。何を持って解決とするのか。話し合った所で、何をしたって過去は変えられるものではなく、傷が癒える事はない。すごくつらい。病気なんだな、私。しんどい。
October 12, 2008
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