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2008.01.23
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カテゴリ: lovesick
部屋に入ると、まず、鴨居にかけられた写真が目に入りました。少しキツい目の悟。確かに悟は私の方を向いていないときは、こういう表情をよくしていました。校門のところで、窯の門で、私を待っている時もいつも。私に気付くと、すぐに、たれ目の甘い顔をしてくれたけれど。よく、友達にも、悟は怖そうな人だって言われていました。彩は、私を、『誰にも取られないように、隙を見せないように、がんばってたんじゃない?』と言っていたけれど、反対だったのかもしれないな、と思いました。悟に告白しよう、なんていう女の子は1人も出てこなかったし、私は、する側としてもされる側としても、嫉妬の感情に苦しめられることもなく、ただ悟の甘さにもたれていればよかったのです。そう、冴子さんが現れるまでは。

ふとお父さんとお母さんの心配げな視線に気付きました。慌ててうなずいて、そっと仏壇の前に進み、座りました。仏壇の中にある写真、それは、あのセピアの写真でした。いつもの悟。優しい目の。
2年前、私は、結局、悟のお通夜にもお葬式にも出られませんでした。お墓にも行ったことがありませんでした。どうしても行けませんでした。そんなことをしたら、本当に悟がいないことを認めることになる気がして。バカみたいに。悟は何をどうしたって戻るはずないのに。ちゃんとお別れもしないで。
そして、今やっと、こうして位牌に手を合わすことができます。

手を合わせ目を閉じました。悟、心の中の悟には目を閉じれば、いつでもどこでも会えたけど、死んでしまった悟には私、向き合おうとしてこなかった。ここでこうして、何度も手を合わせることで、あなたの死を自分の中で確実なものとして受け入れることができるのかな?悟、やさしいから、私にもういないってこと、なかなか教えてくれないの?ちょっとずつ、教えてくれていいんだよ。2年たって、少しは大人になったでしょう?ただの日常しか生きていなくても、悟がそばにいないままでの2年間、その前の10何年より、大変だったよ。ほんと、しんどかったよ。ちょっとは頑張ったって認めて、私に、死の意味を理解させて?お願い、悟。って、まだ、こうやって甘えようとしてるようじゃ、ダメか。。笑ってるね、きっと、悟。
私は、目を開けました。振り向くと、お父さんとお母さんはほっとしたような顔をしました。
「ここは寒いから、居間に行こう」
お父さんが言いました。

ソファに座って、お母さんが入れてくれたミルクティーを飲みました。懐かしい味。寒い日に私たちが震えて帰るといつもこのミルクティーを入れてくれたお母さん。私はおいしい、と微笑むことで伝えました。

私がうなずくと、お父さんが、
「私たちもそれを聞いて、とても嬉しかった。まさか、もう、今日会えるなんて思いもしなかったけどな」
と言い、微笑んでくれます。私は、ソファから降り、ポケットからメモとペンを出してセンターテーブルの上に置き、書きました。
『式で会う前に、ちゃんと謝っておきたかったの』
『大切な悟を死なせてしまってごめんなさい』
『もっと早くちゃんと謝れなくてごめんなさい』
『ずっと心配かけてごめんなさい』
見上げると、お父さんもお母さんも、私を優しい目でみていいました。
「ここにこうやって来てくれただけでいいんだよ」
「そうよ。謝る必要なんて何もないもの」
お父さんはうなずいて、

「それどころか、楓、あなたがいたことで悟は、誰よりも幸せな人生を送れたと思ってるわ。」
「だから、楓も、ちゃんと幸せになって欲しい。悟のせいで、たとえそれが死のせいであったとしても、楓が自分のせいで不幸になったなんて知ったら、悟はそれこそ不幸だろうから」
私は、暖かい言葉に、微笑みました。そしてしっかりとうなずきました。
『私、やっと前を向いて歩こうという気持ちになれたの』
『うまくいくか分からないけど、頑張ってみたいと思ってる』

「それで十分よ。頑張ってみなさい。みててあげるから」
と言いました。ありがとう、と私は伝えました。ありがとう、お父さん、お母さん。

行本の家から実家に帰ると、フジシマくんが庭のチェアで心配そうに待っていました。
「大丈夫だった?」
ニコニコしてうなずくと、
「もしかして、次はお墓?」
さすがだなあ。私が感心してうなずくと、断固とした口調で、
「今度はついていくよ」
といいました。私は、うなずきました。

丘の上にある、私の母と同じ墓地に、悟は眠っていました。お墓の前で手を合わし、やさしい風に髪と頬をなぜられながら、私はいろんな思いが巡るのを感じました。お墓の下で眠る悟。もう実体のない悟。分かりきったことなのに、決して見ようとしてこなかった現実。思い出せばすぐそばに感じるけれど、悟の手も腕も肩も胸も、もう私を抱きしめてくれることはない。そんな当たり前のこと。でも、とても大切なこと。悟、もういないんだよね。悟が死んでしまってから、私はいったいこの言葉を、何度思ってきたでしょう。でも、やっと少しは実感が出てきた気がします。そう、それは多分、悟の位牌に手を合わせ、お墓に花を手向けることができたからでしょう。

私は目を開け、フジシマくんを振り返りました。しっかりとうなずいて、お墓の前を離れました。ありがとう、と目で伝えると、
「どういたしまして。随分、強くなったな、楓」
と言ってくれました。私はうなずいてメモを出し、
『少し散歩してから帰る。先に帰ってて』
と書きました。
「川に行くのか?ついてかなくていいのか?」
『大丈夫だって。すぐに帰るから』
フジシマくんはあきれたように、あるいは、あきらめたように、ため息をつき、
「あんまり遅くなるなよ」
と言いました。

パーカーのポケットに手を入れて、川原をぼんやりと歩きながら、ここも変わらないな、と思いました。小さな子供たちが駆け回っていました。おにごっこをしているのか、かけっこをしているのか、ただとにかく走り回って、笑いあっている。私たちにもあんな時が確かにあったのに。つい最近まで、私も、ああやってただ無邪気に笑えていたのに。また、あんな風に笑える日がくるのかな?と思いながらいつまでも眺めていました。

そこまで思ったところで、最後のひとつに釉薬をかけ終わり、私は全体を見渡しました。うん。大丈夫そう。きれいに仕上がるといいな、と思い、部屋を出ました。

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最終更新日  2008.01.23 10:32:11
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