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「楽しさ」を意識し… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2008.06.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
心のドアは自分にしか開けることが出来ません。それは子どもでも大人でも同じです。そして、そのドアは必ず心の内側から外側へと開くのです。ノブが内側にしか付いていないし、またそのようにしか開かないように出来ているのです。

そして嫌なものが来た時にはすぐ閉じることが出来るようになっています。だから、誰かがそのドアを開けようと押しても開きません。

そして、昨日は“引いて開ける”と書きましたが、実は心のドアの外にはノブがついていないので無理矢理には開けることが出来ないのです。
でも、周りが楽しそうなら自分で開けて外に出てきます。開けるように誘いかけることは出来るわけです。

そして、そこが安心出来る場ならドアを閉じません。ですから、子どもはドアの外に出て色々な体験をして色々なことを学び、吸収することが出来ます。
でも、ドアの外にあるのが辛いこと、悲しいことばかりなら子どもはドアをあけません。すると、外の人とのコミュニケーションがとれなくなります。そして、心を成長させることができなくなります。

そして、そのまま大人になってしまった人がいっぱいいます。
そういう人は、もうドアの外は安心な状態なのに外の世界に恐怖心があるのでドアを開こうとしません。それは人間に対する恐怖心です。

そして、自分はドアから出ないのに子どもには“ドアを開けなさい”と命令します。そして、言うことを聞かないと無理にドアを押し開けようとします。すると余計にドアが固く閉じてしまいます。


お母さんは自分がドアを開けて外に出たことがないのでドアの開け方が分からないのです。そして、命令すれば開けるだろうと思いこんでいるのです。

先に自分がドアの外に出て“ほら外の世界はこんなにも楽しいんだよ”とアメノウズメ(天の岩戸の前で踊った人)のように誘えば子どもも興味に引かれてドアをソーッと開けるのです。
その時、“さあ、おいで。一緒に楽しもう”とタジカラノミコトのように、ドアを引いて開ける手助けをしてあげるのです。
(この時、子どもを騙すともう二度とドアを開けなくなります。)

でも、大人の場合はなかなかアメノウズメもタジカラノミコトも現れません。だから自分の意志でドアを開くしかないのです。

じゃあ、どうするのかと言うことです。
昨日は“そのために表現ワークが役に立ちますよ”ということを書いたのですが、身近にそういう場がある人は多くありません。
それに、表現ワークにはかめおかさんのような“アメノウズメ”が必要なのです。一人では出来ないのです。他者が居るから表現が生まれるのです。

また、子どもに“心のドアの開き方を学んでください”とも書きましたが、実はもう少し積極的に自分の心のドアを開ける方法もあるのです。

それは、自分の中の他者と対話するのです。
その“他者”とは、自分の感覚であり、無意識のことです。


ドアを自由に開けることが出来る人にとっては感覚も無意識も“わたし”として感じることが出来ます。むしろ、感覚や無意識の中に自分を感じるのです。
でも、ドアを開けることが出来ない人にとっては自分の感覚や無意識すらも自分に危害を加えるかも知れない他者になってしまっているのです。

だから、そういう人は自分の感覚を遮断し、無意識からの声を無視しようとするのです。そして、頭で自分に命令してロボットのように動こうとするのです。
だから、表情がなくなり、からだが緊張し、固くなるのです。

ということで続きます。





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Last updated  2008.06.01 08:37:24
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