Laub🍃

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2012.11.16
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カテゴリ: .1次メモ





5.5




 俺は、高橋先生に運ばれる下半身露出している田中……略して下田中を見上げた。

 高橋先生に、昔の「俺」と今の「俺」の繋がりを肯定され、嬉しくなった矢先にこれとは全くついてない。

 きっと俺とこの「俺」もまた、性格も運命も離れていくんだろう。

 まあ、性格は……例え姿形や今までの思考を共有していても、今は別個の存在なんだから……ある程度は異なっているほうがいいか。もし俺達が二人とも無事に本部に戻れたら、リーダー田中、という呼び分けも出来なくなるわけだ、お互いに見分けられる特徴やらあだ名やらがあるほうがありがたい。

 ……呼び分けるとしたら、あいつがリー田中、俺がダー田中とか?それとも、上リーダー田中と下リーダー田中、略してうえり田中としたり田中……なんか違うな。というか下リ田中の字面がやばい。


 ああ、俺かあいつが消えればいいのかな。そうすれば、こんなことを考える必要もないんだが。


「……元下半身の方のリーダーさんよ」
「…その喩えはやめてくれないか。というか、それだとどっちも「下田中」って呼ばれて区別しづらいだろ」
「じゃあなんて呼べばいい?危なそうな目してる方のリーダーってか?」



「安心しろよ、別に変な気は起こさない。言っただろ、別に先生に恋してるわけじゃないって。色恋で刃傷沙汰なんておこさねーよ」
「……なら、いいけど……ここんとこ、お前……今高橋先生に運ばれてる方もだけど、「リーダー田中」の様子がおかしい気がしてたから」

 突っ込み田中に滲むのは、不安か、俺への不信感か、それとも心配か。
 自分自身にそんな表情を見せられるなんていう、今まで経験したことがなかったことへの違和感、そしてもしかしたらこいつには直感で俺の、自分でも整理しきれない気持ちを悟られているのかもしれないと思う。

「おかしいって……どんな風に?リア充への嫉妬でやきもきしてるようにでも見えたか?」

 冗談に交えて、ちょっとした本音を言った。……自分が一瞬想定したよりも遥かに毒のある言い方になってしまったのは誤算か。

「……ま、そう……かな。うん、それ……なのか?それで……さっき、俺が高橋先生との対話が終わった後に話し掛けた後は、お前のそれ、吹っ切れてたように見えたんだけど……」

 妙に歯切れが悪い。何だって言うんだろう、こいつは。自分でもよく分かってないくせに俺に色々聞いて来られても困る。俺だって自分の中のもやもやした気持ちがよく分からないのに。

「ああ、そうさ。吹っ切れてたよ。普段よく話す相手っていうのが俺にもできたかと思えば、言い知れない寂しさも薄れるだろうって。まあ、分裂した『こっち』は、そんなチャンスも失っちまったけど」
「高橋先生にもプラナリアウイルス入れてもらうか」
「バカなこと言うなよ、つーか突っ込みの田中が俺に突っ込ませんな」


 ……その顔は知ってる。俺が、今では「俺達」が、納得しきってないけど、相手の為に黙っておこうと思って浮かべる表情だ。多分誤魔化す笑みなら、俺や、さっきまでの運命共同体・下田中のほうがこいつよりはうまいけど。

 少しずつ違う、けれど所々気持ち悪いほどに一致している「俺達」を想う。
 ぼそりと出た言葉は、さっきまでのひそひそ声よりも周囲に響いた。

「……パラレルワールドの自分を見ているみたいだ」

 例えば蝶の羽ばたきみたいなちょっとしたことでも世界は、そして人は変わる。変わってしまう。


「バタフライ・エフェクトか」
「……よく俺の考えてることが分かったな」
「分かるっつーの。『俺』だからな」

 あの映画では自我はずっと同じだった、俺達みたいに分裂しなかった。けれど、主人公は『あの世界のほうがよかった』と、『あの時あのパラレルワールドの俺と入れ替わって、今度はもっとうまくやる』と思ったりはしなかったんだろうか。

「もしも、この俺が、木鈴を助ける俺の意識になっていたら。紫の怪物を殺していたら。あそこには俺が居たんだろうかって思うんだ」
「……もしそうだったら、お前は今の考え方をするってこともなかっただろ。
 逆に考えろ、今この道に進んでるお前だからこそできることがあるって。
 俺達はあの映画の主人公よりもついてるかもしれないぞ?一つの世界でいくつもの人生を、同時進行で経験できるんだから。人生の岐路に立つ度に、分裂すりゃーいい」

おどけた様子で突っ込み田中が言う。…それもそうか。自分をもう一人、またもう一人と作れるってことは、『迷う』必要が減るってことでもある。

「ドッペルゲンガ―みたいに同じ顔に会ったら死ぬってわけでもなし、もっと気楽に行けばいいじゃねーか」
「……そうだな、俺達の中誰かが『こうしたい』って思ったことを、他の誰かがしてくれる。フォローしてくれる。それは数年前なら夢に見たことだよな……、宿題と遊びと旅行と両立したいって時とかにな」

そう言うと、突っ込み田中はホッとした様子で笑った。

「だな。じゃあ佐藤に感謝ってとこか」



……感謝。それも間違っちゃいない。


 けど、今改めて疑問に思う。




 もし「やりたいこと」が全て、他の田中にやり尽されて埋め尽くされて塗り潰されてしまったとしたら、進みたい道がないのに分裂してしまって、一つの道に複数の「俺」が存在することになったら――……








その「俺」は、どうするんだろう。





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最終更新日  2015.06.14 21:34:51
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