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すっかり葉の落ちた街路樹を見ながら、冬の道を歩く。痛いくらいに冷たい風でも、私は真っ直ぐ前を見て歩ける。今日は、母の3回忌。高台の公園で全てを知ってから2年後。母は突然倒れそのまま帰らぬ人となった。心筋梗塞。『死に至らない病』の母は、余りにもあっけなく。けれども、走るように生きてきた母らしい最期だったと、そう今なら思える。あれから、何件もの『死に至らない病』の患者が亡くなっていった。母と同じ心筋梗塞、脳卒中、そして交通事故をはじめとする事故死。最初は騒ぎ立てていたマスコミも、やがて彼らの死に触れることは無くなっていった。『死に至らない病』は、老いて死ぬことは無くても、突然の病気だとか、事故では死んでいく。既に『死に至らない病』は『死に至らない病』では無くなっていた。今では人口のおよそ20%が『死に至らない病』の患者であると、いつかのニュースで聞いた気がする。もう、それは特別なものではなく、自然に私たちの中に入り込んできている。そして、皮肉なことに。死から遠ざかるはずの『死に至らない病』のお陰で、人々は以前よりも『死』に対して真剣に向かい合うようになっていった。私自信もそう。そして。弱かった私は、この『病』によって、随分と強くなった。いえ、でもそれは。『病』のせいだけでは無いのだけれども。「杉村・・・君?」突然の呼びかけに私は後ろを振り向く。そこには、以前、私が勤めていた職場の課長。「ああ、やっぱり。随分と久し振り」「ご無沙汰しております」立ち止まり、私はかつての上司に向き直る。「杉村君…ああ、いや、旦那さんが退職してから 君の話も耳に入ることはなかったからねぇ」そう言って目を細め、「いや、元気そうで何より」そう付け加えた。「私、もう、杉村じゃないんです」私がそう言うと、彼は目を大きくして驚いた表情を浮かべた。「いや、それは…知らずに。失礼」「構いません。お互いが違う道を歩いた方が、より良いんだと。 そう、二人で話し合ったことですから」そう、私が杉村と別々の人生を歩き出してから、5年。彼は今でも便りと、断っても生活費を送ってくる。どこか遠くの異国の地から。今でも『死に至らない病』のために飛び回っていると。「そうか…っと、その子は、彼との…?」私と手を繋いでる子に目を向ける。「ええ」私は微笑んで言う。杉村と別れてからすぐに、私はこの子を授かったことを知った。最初は不安で仕方なかったけれども、でも。私が強くなれたのは、『病』だけじゃなくて、何よりこの子のお陰。私と手を繋いだまま、真っ直ぐにかつての上司を見つめてた後に、手に持っていたオレンジ色の包みを彼に差し出した。「…僕に?」こくり、と小さな頭を頷かせる。「もらってやって下さい。この子、気に入った方にはみんなそれを差し上げるんです」私は笑いながら言う。「いい子だね」「ええ、ちょっとだけ変わってますけれども。優しい子です」「きっと、もっといい子に育つ」そう言って、この子の頭をくしゃくしゃと撫で。「じゃあ、杉…いや、高井君。お元気で」「ええ。お元気で」そう言って私はこの子の手を繋いで歩き出す。そう、きっと優しい子に育てる。この子にはまだ『死』を理解することなんて出来ないだろうけれど。それでもその意味を知る頃には、誰にも思いやりの心を持つ、そんな子に育って欲しい。『死に至らない病』。それは私から進むべき道を全て奪ったと思っていた。けれども、私は今、進むべき道をしっかりと見ることが出来る。小さい手がぎゅっと私のコートのすそを引っ張る。しゃがんで小さな目を見た。私の顔をじっと見つめる顔。私は笑って鞄の中からビニールの包みを取り出し、オレンジ色の魚肉ソーセージを渡す。それを持ってにっこりと笑う顔と、私はこれから。ずっと歩いていく。そう、ずっと。いつか、その命が途絶える、その時まで。いつか終わるからこそ精一杯、人生の全てを賭けて。[死に至らない病 完]
2005.12.27
大学の3年生の頃だったと思う。殆んど喋ったことのない男に、校内でいきなり話し掛けられた。「不老不死について、興味があるんだって?」ってね。その頃の俺は、すっかり諦め切っていたし、寧ろ、その話を持ち出されたくも無い気分だった。だから、その男の話なんか聞くつもりは始めは全く無かった。どうせ何かの宗教の勧誘だとか、そんなもんだろうって。だけど、どうしても気になった。あれだけ固執していた『不老不死』。これまで一切何も手がかりが無かったその言葉が。いま、そこにあるかも知れない。最終的にそいつの話を聞こうと決断をしたのは、そいつの両親が亡くなっているってことを聞いたからだった。それでも、最初に『死に至らない病』のことを聞かされても、半信半疑だった。当然だけれど、そんな症例聞いたことも無かったし。事実、当時は『死に至らない病』の臨床実験は、人間に対して行っていなかった。何百年もの間には、人間に対しても病の臨床実験を行った例もあったかも知れない。ただ、『その団体』はあくまでも慎重にものごとを進めていると。そいつは言っていた。ゆっくりと、ただ、確実にそれを完璧なものにしていき、そして世界中に『その団体』を広げていく。その時にはほぼ世界中にその団体の人間は居たし、臨床実験も、最終段階の一歩手前、といったところだった。俺は、その団体に帰属することを簡単に決めた訳じゃ無かった。どれだけ話を聞いても、実際に団体の会合に出席しても、まだ俺の中で疑いの気持ちは残っていたんだろうな。俺がどれだけ調べても欠片も出てこなかった話が、こうも目の前で繰り広げられて、ちょっと悔しさもあったのかも知れない。けれど、最終的には。その団体に人生の全てを捧げることに決めた。*****「病院で会った男性は…その団体の方?」「そうだ」夫は長い話に少し疲れた声で答えた。「あの団体では、なんで自分がこうやって『病』に興味を持ったか、 そして、この『病』をどうしていくか、ってお互いに話すんだ」「そう…」私は夫の『希望』の意味を、そこでようやく分かった気がした。夫は『死』を憎んだ。大切な人を奪う『死』を。だから、自ら病になり、そして大切な人も病となって、そして、ずっと、共に生きていくことを望んだ。夫が私の方を向く。恐らく。私は全てを悟っていたことが分かったのだろう。小さく、頷いた。「君が、まだ。『病』に対して良いイメージを持っていないことは分かってる」ええ、でも…「だから。ゆっくりと時間をかけて。君に話そうと思っていたんだ」それから、また柵の向こう側へと目をやった。*****期は熟していたのかも知れないし、まだだったのかも知れない。ただ、団体は病の種を蒔き始めた。正直に言うと、それは、一部の人間の『暴走』だったんだ。臨床実験は成功した。数年前には一部の団体の人間はもちろん、その他の人間でも病の患者は居たんだ。ただ、団体の人間が把握出来ていないところで、『患者』が出てしまった。それが、君のお母さんも含め、世界で幾つか報告された患者達だった。団体の一部の人間が、無差別と言っていいほど、病を撒き散らし始めた。彼らは、世の中全ての人間が『不老不死』になることを、素晴らしいことだと思っている、少々危険な思想の持ち主だった。事故、って言っても過言じゃない。病は、簡単に感染するものじゃないけれど、製薬会社に勤める連中も、団体の中にはたくさん居る。彼らが、あらゆる薬品に病の細胞を混入させることは可能だったかも知れない。或いは、途上国に対する支援物資の薬品にも、それが混ざっていた可能性もある。ベトナムの集団感染は、恐らくその疑いが強い。だけど、こんな形は間違っている。団体は大きくなり過ぎて、自身を制御することが、最早出来なくなりかけているんだ。だから。俺は、『正しい形』に戻さなければならない。当初、団体が進もうとしていた、その形に。誓ってもいい。君のお母さんが『患者』だから、俺が君に近付いた訳じゃない。いつかも言ったけれど。俺は、君に惹かれて、その君のお母さんが『患者』になった。けれど、俺は、いま。俺の望みは。君も『死に至らない病』の身体になって、そして、俺についてきて欲しいんだ。*****夫の目は強かった。その目を真っ直ぐに見ることが出来ないくらい。彼の思いは強すぎて、私の胸は痛かった。知りたかったこと。私がずっと知りたかったその『答え』は余りにも大きくて、大きすぎて。潰されてしまいそうだった。私は、全てを知った今、それでも夫が大切な人であることは変わらなかった。そして、夫の進む道を痛いくらいに理解出来た。でも、私自身は。私自身の進む道は。「時間を、下さい」「ああ、分かってる。俺自身、この話をこんなに早くするとは思わなかったんだ」オレンジ色が消えた街に、灯りが点いていく。ひとつ、ひとつ。私の中には、灯りが見えなかった。いや、確かにあったのかも知れないけれど。その灯りを頼りに歩くには、余りにも心もとなくて。『真実』は時に、進む先を覆い尽くしてしまうのだと。私はその時に知った。
2005.12.26
幸福と不幸の量は等量である、と。そういったような思想だかをよく聞く。 つまり、いま不幸であっても、そのうち良いことがあるんですよ、 といった慰めみたいな。 そして、いま幸福であっても、それがいつまでも続くとは限らないから、 今の幸せを当たり前と思わず大事にしていきなさいよ、という戒めみたいな。 必ずしも等量だと、思わないし、思えない。 ただ、絶対に幸福のみの人生・不幸のみの人生は無い。 それは当たり前である。 こと、12/24~12/25になると、幸・不幸についての声が聞こえる。 いや、常にそれはあるのだが、よくよく耳に入ってくる、といった点に於いて。 だから?と言われても、取り立てて何か結論がある話でも無いのだが、 世に言う「幸せ」の部類に属する日常を送っている僕には、 ちょこちょこ「不幸だ」というメールが届き、 しかし、彼らに対して「そのうちいいことあるって」という内容のメールは、 力になる場合も無きにしも非ずだが、 しばしば、「手前に何が分かる」といったことにも発展する。 その時に言えることなど何も無いのだ。 「運命論」というものがある。 起こる事象のそれらは「運命」というものによって予め決まっており、 それらを変えることは出来ないという考え。 だとすると、努力することは無意味だと思うかもしれないが、 「努力することによって、成し遂げられる」というのも「運命」なのである、というものである。 実はこの「運命論」、一笑に付されるかもしれないが、 自分自身、信じている部分がある。 もちろん、全ての事象を「運命だから」と諦める意ではない。 「ああ、これも運命なのかな」と思うことがあるのだ。 その運命を、人が知ることはもちろん出来ない。 ただ、この先起こることが決まっているのなら。 その中に「幸せな運命」を望んでも良いんじゃないだろうか。 「どうせこの先もずっと自分は不幸だ」と思っていてもいなくても、 「運命」は変わらずその人にものごとを運んでくる。 だったら。 「幸せな運命」を少し待ってみよう。 過剰に期待しろと言ってる訳では無い。 幸福と不幸の量は等量だから、そのうち良いことがあるって慰めでもない。 ただ、これから起こるかもしれない「幸せな運命」を心のどこかで待つだけで、 少しは「不幸な今」に救いが見えるんじゃないかと思うし、 自分自身、そうやって生きてきている。 「不幸だ」と嘆く友人に、この言葉を伝えたかった。 ただ、伝えることが出来なかった。 携帯のメールって、打つのが面倒なんだ。
2005.12.25
不老不死は、人類の永遠の夢。それは、遥か太古の時代からずっとそう。でも、叶わぬ願い。そうやってずっと人類は生きてきた。今だって。だけど。ずっと前に。今から5世紀も前に。『不老不死』は存在してた。存在、とは少し違うかな。作り上げられてた。それが、『死に至らない病』。文献も資料も何も残ってないから、詳しいことは何も分かっていない。けれど、それは別の研究中、偶然に発見されたものだった、って。それだけは分かっている。何で、文献も資料も残ってないかって、そりゃ。握り潰されたんだよ。余りに、危険過ぎるから。時の権力者はこぞって不老不死を求めていた。当然、こんなものが広まったら、世界のバランスが崩れる。戦争も起こるだろうね。それも大きい戦争が。だから、それを恐れてこの世から『死に至らない病』の存在は消された。と言っても。『死に至らない病』そのものが、この世から消えた訳じゃない。よくある話かも知れないけど。やっぱりこういうものは『裏の世界』で生き続けるものなんだ。それは、宗教的なものだったのかも知れないし、単なる知的好奇心だけだったのかも知れない。ひょっとしたら政治的な力の関与だって。否定できない。何が関係したのかは知らないけど、それでも。*****私の方を向かずに、街を眺めながら、ゆっくりと夫は喋り続けた。まるで。おとぎ話を話して、そして私はそれを聞く子どもの様に、じっと彼の横顔を見つめて話を聞いた。黙ったまま。その話は、とても遠すぎて。母と、夫の身体にいま存在している『病』。それと、彼がいま話している『病』がなんだか結びつけることが出来なかった。*****きっかけは、そう。父方のじいちゃんが亡くなったこと。すごく、おじいちゃんっ子だったんだ。俺は。生まれた時には、ばあちゃんは亡くなってて。母方のじいちゃん、ばあちゃんも亡くなってて。だから、俺を『孫』として可愛がってくれるのは、じいちゃんひとりだった。両親が共働きだったから、俺の面倒は全部、じいちゃんが見てくれた。すごく、いろんな話をしてくれて、何でも知ってた。元々、大学の教授かなんからしくて。でも、頭の固い人じゃなかったし、偉ぶったところも無かった。俺は中学に上がってもじいちゃんが大好きで、尊敬してた。前みたいに、じいちゃんにベッタリって訳じゃ無かったけど、それでも。だから。じいちゃんが癌になって。それからだんだん弱っていって。その時に。『死ぬ』って何だろうって。どうして、死んでしまうんだろうって。すごくすごく考えた。何でじいちゃんが死ぬんだろう。人間は死ぬんだろう。俺もいつか死ぬのか?どうして、死ななきゃならない?ただ、いつまでも笑って、そして大好きな人と居ることが出来ないんだろうって。もちろん、人がいつか死ぬことなんて分かりきっていた。けれど、そのときまで真剣に考えたことが無かった。だんだん、じいちゃんが喋ることすら出来なくなって。そして、最期のとき。俺は泣かなかった。その時にはもうひとつの考えが俺の中にあったんだ。『死』を、俺は認めないって。大好きで、尊敬してた人を奪う死を。俺は認めたくないって。死ぬからこそ人生は美しいなんて、そんなのは詭弁でしかない。死は、終わりで、全てを奪うものなんだよ。じいちゃんは、それを最期に教えてくれた。『死』について、俺はがむしゃらに調べた。正しくは、『不死』について。馬鹿馬鹿しいと思うだろう?でも、俺は真剣だった。片っ端から、そう、おとぎ話のようなものから、医学書みたいなものまで。俺は調べまわった。けど、『不死』なんて存在しない。調べれば調べるほどそれがハッキリしてきて。高校を出る頃にはもう、『不死』について調べる事をやめてしまった。そして、普通に大学に入学して、普通に就職し、そして…いつか、普通に死んでいく。きっと、そういう人生になっていくって、自分でも思った。*****夫の悲しくて、寂しい顔を見ていると、私は言葉が見つからなかった。周りの景色が、少しずつオレンジ色に変わっていく。いくつもの夫の想いが、心の中に沁み込んで行く気がして、でも、それは、どこか哀しくてそして強い感情。口を開くたびに、私の中に沁み込んで行く感情。私は、それを。すべて受け止めることが出来るの?ふいに、寂しくなる。もし、受け止められなかったら?私は、ただ。目の前に居るこの人を。この人と、歩いていくだけでいいのに。また、しばらくの沈黙が続く。その後に。夫が口を開いた。「なぁ、俺は、ただ。お前と。愛する人とずっと一緒に居たいだけなんだ」ええ、私も、そう。「それすら、叶わない『死』なんて。消えてしまえばいい。だから…」冷たい風が吹いた。これから夫が話す事を、私はどう受け止めればいいんだろう。『死が消えてしまえばいい』私には分からないかも知れない。理解出来ないかも知れない。その時は。その時に、私は。どこに向かって、歩いていくんだろう。締め付けられそうになった感情が、くっきりと。今もそのまま残っている。
2005.12.15
「新着メッセージはありません」何度見たか分からない携帯の画面。ぱたり、と携帯を閉じてポケットに仕舞い、少し考えてからまた取り出す。発信履歴の一番上の番号を表示して、コールボタンを押そうとして、またやめる。そんなことをここ何日も繰り返してると、ロクでもない考えばかりが浮かんできて。俺って自分勝手なもんだったな、って思ってみる。ミカから最後にメールが来て、たぶん3日になって、それも、あんなメール。「ちょっと、しばらくひとりで考えたいから」たぶん。て言うかほぼ間違いなく俺が原因。慣れ過ぎた。3度目のクリスマスを控えると、何か特別なことをしようってそんな気持ちも薄れてしまって。「なぁ、今年は家でゆっくりとしようや。どこ行っても混んでるしな」今から考えれば、不用意なヒトコトだったって、そう気付けるんだけどな。仕事、仕事って最近はデートらしいデートしてない。「温泉行く」って約束は去年のからのまま。今年のクリスマスは3連休で、今月の始めには俺のプロジェクトも終わるって、そんな話してたから、絶対にミカは楽しみにしてたはず。なーんで、気付けないかな。もう一回、メールセンターに問い合わせしてみる。ここは、電波がいいからそんなことしなくてもメールが来たらちゃんと受信する。それでも、一応の期待を持ってするものだから、「新着メッセージはありません」ほら。余計にがっかり来る。表参道のイルミネーションの下をいくつものカップルが歩くから、ガラスの向こう側がなんだか別の世界に見えてきた。当たり前だけど、みんな幸せそうな顔してる。冷たいコーヒーをひとりですすってるのは、店内にも俺だけだって、そんなタイミングで気付くから、さっさと店から出ちゃってしまおうか。そんな気さえ起こってきた。「話したいことがあるから、○○に6時に来て」メールを打ってから「来る」って返信も「来ない」って返信も無いのに、7時半まで待ってる。こうやって、男は。せっぱつまらないと、考えやしないんだ。行動も起せないんだ。勝手について来てくれると、そう思い込んで。いざそれが無くなりそうになって、初めてジタバタして。そんで。結局…「ダメだ!」俺は立って携帯を取り出して、発信履歴の一番上、ミカの番号を押す。こうなったら、やれるだけやってしまえ。終わるならやれるだけのことやんないと、カッコつけたって何も残らねーんだ。精一杯、悪あがきをしてやる。「お掛けになった電話は、電波のとどかな…」電話を切って、また座る。なるほどね。じゃあ、もうこれは家まで乗り込んで、そして…「なにひとりでバタバタしてんの」ミカの声。ばっ、と振り向くとミカが立ってる。外はかなり冷え込んできたのか、マフラーを口元まであげたミカが。「って、いま、電話しようとしてたんだけど」「ごめん、電池切れてる」ぶっきらぼうに言って、俺の向側に座る。それから、ちょっと二人黙って。「…髪切った?」「いいとものタモさんかよ」俺の何とか場を持たせようと言った言葉を、バッサリ切って。それからミカが吹き出した。俺は訳が分からずミカを見て、それからミカがじっ、っと真面目な顔をして。「すっごい、考えてた」来た。俺は構えた。何を言っても俺は最後まで悪あがきする。そうさっき決めたから。来るなら何でも来い。「ずっと、最近、ダラダラと付き合ってるだけで、これでいいのかなって。 それで、この先、どうなるんだろうって」席についても、ミカはマフラーと、それからコートを取らなかった。手短に終わらせる気か?そうはいくかよ。「で。メールとか電話も。取らなかった。 だって、取ったらまたもとのままだって。そう思ったから」違うね。これからは違う。絶対同じ過ちは繰り返さないから。「きっと、そう言ったら、『同じ過ちは繰り返さないから、頼む』って。 そう言われるんだろうなって」・・・。「そう言われたら、信じるしかないじゃん。 で、考えて考えて、結局、いっこの結論にたどり着いた」「何だよ」俺はやっと言葉が出た。言おうとしたこと言われて、俺の頭の中はとっくに空っぽ。どうやって悪あがきしようか、もう何も残ってなかった。「結論!」ミカが前のめりになって、俺の顔を覗き込むようにする。「ひとりでウダウダ考えても分かんないから、会っちゃえ!って」なんだか、全身の力が抜けた。すごくマヌケな顔になっていたと思う。ミカは座りなおして続けた。「聞いて。私ひとりで考えるより、二人で考えようって思った」「だから。話そう?いっぱい。ちゃんと。これからのこと」うんうん、と頷く。ああ、やっぱいかんな、俺。『二人で話す』って何で気付かなかったんだ。ミカがすごく大人に思えた。同時に、自分がガキに思えてなんか悔しかったけど。「じゃ、さ。話し合いのために、なんか、おいしいとこ食べに行こうよ」ミカが立ち上がる。俺も立って、それから。カップルばかりが歩く、表参道のイルミネーションの下を歩いた。「おいしいとこって。もうすぐ、クリスマスだからそんとき行こうよ」「クリスマスは家でいいよー。だって、どっこも混むでしょ」何か、勝てないな。苦笑いをしながら、歩く。たぶん、こういうときって男はみんなジタバタするだけで、女はずいぶん先にいってしまう。だけど「これから」のこと。それは、俺だけじゃなくて。それに、彼女だけじゃなくて。二人のものなんだなって思うと、もう少しちゃんとしなくちゃなって思うよ。ジタバタするのは、もう少し、先でいい。願わくば。ジタバタしなくてもいいように。*****ここを見ているかどうか分からないけれど、僕の友達のことを考えて書きました。僕は彼女のことを全て分かってる訳じゃないから、「何言ってんの」って言われるだけかも知れないけれど。こんな寒い季節だから、「誰かと居られること」ってすごく大切じゃないかと余計に思うんです。冷えてしまうには、寒すぎる季節だから。(僕は主にフトコロが寒いです)
2005.12.09
「更新が遅い」と読んで頂いている方からのメールを頂くまで、心ここにあらずといった毎日を過ごしておりまして、何て言うかその、忙しいってこともなく、やる気が無い訳でも無く、紅葉が綺麗って思う間も無く、冬がやって来ても新しいコートも無く、風邪流行ってんなーってひとごとの様に思っても風邪ひくことも無く、ただはっきりしている事は財布の中にも通帳にもお金が無く、この現実から逃れる術も無く、久々のお悩み相談をさせて頂くこともやぶさかでも無く。相談者:夜鷹さん相談内容:『相談なのですが、私はまともな男友達がいません。「コイツとならいい男友達(親友)になれそうだ!」と思って遊んでもなぜか気づくと告白されるに至ります。「人間性<女」として見られてるようでショックです。断ると相手が離れていくので余計ショックです。彼女じゃなければ要らないってことなんでしょうか…。 ちなみに私は色気ゼロの人間です。顔は平均点。大雑把でガサツ。強引ぐマイウェイでツッコミ入れまくり。唯一のとりえは近所のおばちゃんに評判がいいことくらいでしょうか。こんな人間に恋する気持ちが分かりません。男は女なら誰でもいいのでしょうか。それとも私から恋人がほしいオーラが出ているのでしょうか。男と女は恋人にならないといけないんでしょうか。男と女が親友になるなんて所詮、無理なんでしょうか。702さん教えてください。お願いします!(ぺこり)』回答:本当に久し振りのお悩み相談へのメール、ありがとうございます。僕自身、すっかり忘れていました、ということも無く、人気が無いなら止めようかなと思ったわけでも無く、ただただ待ち続けて恋焦がれた訳でも無く、しかし、非常に興味深い相談内容ですので張り切ってお答えさせて頂きます。男女間の友情について。これは「どこからが浮気?」に次ぐ、古くからの男女間のテーマであります。結論から言ってしまうと、男女間の友情は「あります」。ですから、もちろん「親友」になることだってあるのです。(現にそういう例を僕は身近に知っています)しかし、「友情」の関係が「恋愛」に変わる可能性は、残念ながら男女である以上、0%では無いのです。(同性間でも0%では無いですが)「友情」にしろ、「恋愛」にしろ、相手を思いやるといった点に於いては同じで、そうなるとある種、この二つの関係は遠いものではありません。向いているベクトルは全く同じでは無いにしろ、両者とも「想う」という方向性に向いているからです。世の中、「友情」が「恋愛」に変わることは、往々にしてあるのはこのためです。夜鷹さんの場合を考えてみましょう。夜鷹さんが分析しているご自分の性格を参考にさせていただくと、非常に「親しみ易い方」であることがうかがわれます。通常、異性間でのコミュニケーションは同性間のそれと比べて困難です。「照れ」だとかを感じる「異性を意識する」ことも原因ですが、大きくは「社会性」に起因します。異性とコミュニケーションを取るのは、(動物学的に言えば)性交渉を前提としたものになりがちなのです。ですから、本能的に異性に対しひょいひょいとコミュニケーションを取ることができません。しかし、(いい意味で)そういった異性を感じさせない夜鷹さんは、恐らく男性が非常に接近しやすい方だと推測されます。そして、最初は「恋愛」感情が無かったとしても、仲が深まるにつれ、「恋愛」へと感情が変化していくのでは無いでしょうか。「恋愛」はより深く相手とコミュニケーションを取れれば取れるほど、発生しやすい感情なのは明確です。親しみ易い夜鷹さんは、そう考えると相手に「恋愛」感情を抱かせやすいのかも知れません。けれど、それをただ「人間性<女」なんだと悲観することもありません。何故ならば、夜鷹さんの「人間性」が無ければ、このように恋愛に変化することも無いのですから。では、もうひとつの悩みである「断ると相手が離れていく」のは何故でしょうか?もう少し言うと、「恋愛」が「友情」になることが稀なのは何故でしょうか?これは、「自己防衛」と「思い込み」によります。当然、恋愛感情を含めたお付き合いをお断りすると、その相手はショックを受け、大なり小なり傷つきます。そして、しばらくはフラれた相手を思い出す度にその傷が痛むようになります。相手が目の前に、近くにいるなら尚更です。そのため、「傷つく」ことから逃れるため、距離を置こうとします。もう一つは、「付き合えない」=「自分は必要とされていない」という思い込みです。「付き合えない」ということは、自分は相手にとって、それほど必要の無い人間なんだ、そう思い込んでしまうために、それまでの接触の仕方を間違っていたと勘違いし、適当な距離を置こうとするのです。普通に考えて「付き合えない」=「自分は必要とされていない」なんてことはありませんが、「フラれた」状態は、通常のように冷静な判断が出来ないもの。そのような考え方をしてしまうのも仕方の無いことでしょうか。以上のように、「男女間の友情」は、存在するにしろ、難しい部分もあると言えます。ただ。必要以上に悩む必要はありません。男女は必ずしも「恋愛」だけで結ばれる関係ではありません。非常に親しみ易い性格であると思われる夜鷹さんですので、これから本当の「親友」が、男性の方であっても出来る可能性は非常に高いと思います。結論:多少難しくとも、男女間の「友情」は確かに存在する。「恋愛」しかないのかと悩む必要は無く、自分が何かいけないのかと悲観する必要も無く、そして、真面目に書きすぎてオチも無く、アツく語った割に自分にはそんな悩みも無く、何故か悲しく、今日も泣く。
2005.12.07
怖い。全てを知りたいくせに、知ることが怖い。けれど知らないことも怖い。あの海の綺麗な場所。その場所から帰ってきて2週間。一度は決めたことでも、日常に戻って夫との生活が始まれば、どんな些細なことでもひとつひとつが幸せ過ぎて。全てを知れば、それが壊れてしまうかも知れないと思ったら、私は全く動けないままでいた。このまま、何も知らずに居れば、時が来るまで続いていく。私は何でも無い女だから。それを壊すほどの力も、まして行動に移るだけの勇気すら無い。そうして、私が動けないままでいる内に、全てを知るときが来た。夫の検診。私は付き添いでまたあの病院にいた。『病』は進行しても身体を蝕むことは無い。むしろ、『永遠』の若さを与え、他の病気全てから守ってくれる。そして、『治す』方法は無い。はっきり言って無駄とも思える行為ではあるのだけれど。それでも母も夫も月に一度『検診』を受ける。病院の待合室で夫の検診を待つ間、私は読みかけの本を開いたけれど、文字を目で追っても頭まで伝わらない。幾ら考えたってどうにもならないし、そして死ぬ訳でもない病を心配しても仕方が無いのだけれど、それでも私の胸から不安が消えることなんか無い。何より夫の言葉も気になる。『永遠』そして『望み』。ぼうっとしたまま同じページを見つめ続けている私は、待合室にいる他の人たちにどう映ったのか。ガチャリ、と診察室のドアが開いて。夫が頭を下げながら出てくる。「ああ、お待たせ」私に向かって微笑む彼の顔を見ると、不安は少しだけ無くなって、ほ、っとした自分の感情を感じるのだけれど。「どうだった?」私は答えの分かりきっている質問で訪ねて、「ん、変わらず」分かりきっている答えを夫が答える。こうやって。このままでもいいのかも知れない。知らなくたっていいことなんて、この世には幾らでもある。「行こうか」そう言って歩き出す夫の後ろを、私はただついて行くだけで、それだけでも良い。私はこうやって今日も、真実から遠ざかろうとした。その時に。「杉村さん」声の方に私と夫が同時に振り向く。少しだけ年配の品の良さそうな男性がそこに立っていた。穏やかな表情をした、とても好感が持てる面持ちで、そして身なりも綺麗にしている男性だった。「やっぱり、杉村さん。お久し振りです」「ああ、ああお久し振りです」夫がやや不自然な笑顔を見せたのを、私は見過ごさなかった。「本当にお久し振りです。っと、失礼。奥様ですか?」男性がこちらに向き直ったので、私は軽く会釈をする。「そうですか、ご結婚なさったんですね。おめでとうございます」男性はにっこりと笑って、「ええと、こちらにいらっしゃるということは、例の…?」その言葉を慌てて遮るように夫が言う。「まぁ、そうです。そうなんですよ」すぐにピンと来た。この男性。知ってる。『病』の、そして夫の『望み』のことも。「そうですか、それは良かった」満足そうに男性は頷き、また口を開く。「奥様の方は…?」「すいません、せっかくお久し振りにお会いしたんですが、急ぎますので」夫は会釈をしてすぐに振り向き、歩き出す。私も男性に会釈して夫のあとを慌てて追う。私?私の方も?その時には、もう夫に全てを聞かなければいけないと思った。車に乗ると、すぐに私は切り出した。「さっきの男性、どういった…」「君には関係ない」いつに無く険しい表情で彼が答える。「ある」夫は少しびっくりした顔で私を見る。普段、私はそう強い調子で喋らない。だから。「あの人、あなたが『病』になること、知ってる風だった」こんなに問い詰める口調は、たぶん、初めて。「それに。私のことも言ってた」それきり黙りこんで車を走らせ、家へと向かう。帰り道。見慣れた街路樹が両脇に生える道。大きなショッピングセンターを曲がって、広い公園が見えて。「分かった」そこで、夫が口を開く。「もう少し。もう少ししたら話そうと思ってた」すごくゆっくりと周りの景色が動いていくように見える。夫は正面を向いたまま。そして私はその横顔を見てる。マンションの帰り道じゃない、道路を左折して。ああ、この道は。あの、高台の上の公園に向かう道。彼が私にプロポーズした公園。車を停めて、ふたりで高台を登っていった。木が生い茂る遊歩道。2つ並んだベンチ。街が見える。「ずっと昔から、知ってた」彼が口を開く。「なにを?」「病のこと」「…どうし…て…?」「君は、あれが急に降って湧いた病だと思ってるだろうね」「違う…の?」公園にはそれなりに人影があって、子供たちの声も聞こえる。けれどそれらは遠く遠く聞こえてくるようだった。夫はしばらく黙って。それから、ゆっくりと話し始めた。ここで、私は全てを知った。知りたかったこと。だけど。夏が終わろうとしていたこの日。陽が傾いて少し肌寒い風が吹いて。私は進む先を見失ってしまった。
2005.12.05
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