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2012.01.17
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The Bear
The Bear. History of a Fallen King
~The Belknap Press of Havard University Press, 2011~

 このブログで何度も取り上げている歴史家、 ミシェル・パストゥロー の比較的新しい著作、『熊』(の英訳)を紹介します。
『ヨーロッパ中世象徴史』 の訳者あとがきによれば、本書の邦訳が進行中のようなので、待っていたのですが、何冊か英訳版を持っていること、邦訳版では白黒の図版も英訳版ではカラーの場合もあること( 『青の歴史』 )から、熊に焦点をあてた本書についても、先に英訳版で購入し、読んでみました。

 まず、本書の構成を紹介します(それぞれの章が6節程度に分けられますが、節の小見出しは省略します)。

ーーー
序論 歴史家は動物を考察する

第1部 尊敬される熊―旧石器時代から封建時代まで

 第2章 動物の王
 第3章 人の親戚
第2部 戦われる熊―シャルルマーニュから聖王ルイまで
 第4章 獣より強い聖人
 第5章 悪魔の家の熊
 第6章 ライオンの戴冠
第3部 玉座を追われた熊―後期中世から現代まで
 第7章 恥をかかされる動物
 第8章 君主の気まぐれ、淑女の空想
 第9章 山から博物館へ

エピローグ 熊の復権


史料と参考文献
謝辞
索引
ーーー

 本書の構成は、『青の歴史』や 『黒』

 簡単に、本書が論じている、熊の流れを書いておくと、次のようになります。

 熊は、旧石器時代の洞窟壁画に描かれているだけでなく、熊の骨を祭るように置かれていた洞窟もあったそうです。
 また、ギリシャ神話やケルト神話での熊の重要性、ゲルマン人たちの通過儀礼としての熊との戦い、アーサー王物語での熊の重要性などが指摘されるように、古来、特にゲルマン人や北欧の人々にとって、熊は崇敬の対象となる動物でした。

 ところがキリスト教の聖職者たちは、このような古い「異教」のなかで崇敬されていた熊の地位を、なんとか下げようとします。熊を従わせる聖人、熊に関する祭りが行われていた日を聖人の日におきかえるという暦の上での戦略、熊が悪魔に関する動物だというイメージ、そして熊にかわりライオンを動物の王に据えるということなどが、第2部で指摘されます。

 第3部では、このように「王」としての権威が失墜してきた熊のその後が見られます。
『狐物語』により、大食や愚かというイメージが定着するようになり、七つの大罪という理論が完成される頃には、そのうち5つの大罪(好色、憤怒、大食、嫉妬、怠惰)が熊に結びつけられ、動物園でも重宝されなくなり、現代に近づくと、博物館で見られる動物となっていく―。
 このように失墜していった熊ですが、20世紀には、テディベアのようなぬいぐるみによって、一般家庭にも増えていく。

 ざっと、このような流れです。

 ただし、こうした流れが時系列どおりにあった、というわけでもありません。
 たとえば、11世紀頃までは、君主が動物園に熊を持っておくことは、その権威付けとして重要だったといいます(いわば、王としての熊)。一方、キリスト教の聖人伝では、たとえば7世紀頃の著作でも、聖人が熊を従えるというモチーフが見られます。
 というんで、上の流れは、あくまでおおざっぱな流れにすぎない、ということは注意しなければなりません。

 本書を読みながら、あらためてミシェル・パストゥローの研究の面白さに引き込まれました。
 旧石器時代の洞窟壁画などを論じるためには考古学の成果を参照していますし、その他、民族学、動物学などの研究成果もそうとう参照されています。また本書の中で論じられるテーマも、絵画、語源、人名、暦、動物園、騎士道文学、神学作品、寓話、おもちゃなどなど、非常に広い範囲にわたっています。
 先に、構成が『青の歴史』や『黒』に似ていると書きましたが、このような、扱うテーマの幅広さもそれらに通じていて、パストゥローの研究の魅力だろうと思います。

 その他、本書のなかで興味深かった点を、思いつくままに挙げておきます。
 私の研究関心とのかかわりから、第7章で、七つの大罪と熊(やその他の動物)とのつながりが論じられている部分が面白かったです。傲慢、貪欲、好色、憤怒、大食、嫉妬、怠惰という七つの大罪のうち、5つが熊と結びつけられます(本書の流れの紹介の中に書いたとおり)。これほど多くの悪徳が結びつけられたのは熊がトップのようです。第二位は豚。そして、熊と豚は、中世には、最も人間に近い動物と考えられていたといいます(たとえば、治療の人体実験のかわりに、熊を使ったという事例が、第3章では紹介されます)。
 人間に近いと考えられた動物と、結びつけられる悪徳の多さの関連という指摘が、とても興味深かったです。

 本書の中で紹介されている寓話や記述史料からのエピソードにも、面白い話が多かったです。
 たとえば、ラ・フォンテーヌの『寓話』に収録されている、「熊と園芸の好きな人」の話。
 園芸好きな男性が、道ばたで熊と出会い、結局二人は一緒に住むようになります。熊は、男性の家で、ハエを追い払う役目を果たすようになりました。ある日、男性の鼻にハエが止まります。熊は、それを追い払おうとしますが、ちっとも動きません。そこで熊は、敷石をハエに向かって投げつけます。結局、男性は死んでしまう―という話。なんともやりきれない話ですね…。

 その他、熊を倒した後、夢遊病のように熊と戦う(幻想)ようになった領主の話や、熊に育てられ、野人のようになった双子の一人と、その野人と戦う双子のもう一人という文学作品など、興味深いエピソードが多かったです。

 先にふれたように、本書は邦訳の刊行も予定されているようですが、その前に、英訳ではありますが、通読することができてよかったです。





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Last updated  2012.01.17 23:09:11
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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