のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2009.03.09
XML
Black. The History of a Color
Black. The History of a Color
(Michel Pastoureau, Noir, histoire d'une couleur , Seuil, 2008)
~Princeton University Press, 2008~


 『青の歴史』(邦訳の記事は こちら )に続く、ミシェル・パストゥロー氏による色の歴史第2作(の英訳)を通読しました。購入から3ヶ月かかりました。が、今回はノートをとりながら読んだので、ノートという成果を残せて良かったです。それから、『青の歴史』が邦訳されているので、本書もきっと邦訳されると期待しているのですが、その前に通読できたのも良かったです。
 さて、ここではまず構成を紹介して、次に黒の(象徴の)歴史についてレジュメ風に通史的に整理し、最後に興味深かった点についてつらつらと書いていきたいと思います。
 というんで、本書の構成は以下のとおりです(拙訳。章と節の番号は本書にはありませんが、便宜的に付しました)。

ーーー
序論―色彩の歴史のために―

第1章 はじめに黒があった―原初から紀元千年―
 第1節 闇の神話
 第2節 闇から色へ

 第4節 死とその色
 第5節 黒い鳥
 第6節 黒、白、赤
第2章 悪魔のパレット[色彩群]の中に―10世紀から13世紀―
 第1節 悪魔とその図像
 第2節 悪魔とその色
 第3節 不安を煽る動物誌
 第4節 闇を晴らす
 第5節 修道士たちの論争―白対黒
 第6節 新しい色の秩序―紋章
 第7節 黒の騎士とは誰だったか

 第1節 肌の色
 第2節 暗い肌のキリスト教化
 第3節 染物師とイエス
 第4節 黒く染める
 第5節 色の道徳的規範

 第7節 希望の灰色
第4章 白黒世界の誕生―16世紀から18世紀―
 第1節 インクと紙
 第2節 白黒の中の色
 第3節 線影と斜め格子模様
 第4節 色彩戦争
 第5節 プロテスタントの衣服規範
 第6節 きわめて暗い時代
 第7節 悪魔の再来
 第8節 新しい考察、新しい分類
 第9節 新しい色の秩序
第5章 黒という全ての色―18世紀から21世紀―
 第1節 色の大勝利
 第2節 啓蒙の時代
 第3節 メランコリーの詩
 第4節 石炭と工場の時代
 第5節 図像に関して
 第6節 現代的な色
 第7節 危険な色か
(*第5章の英語タイトルはAll the Colors of Blackですが、良い訳ができませんでした)
ーーー

(1)黒の象徴史概観 (本書の内容をごく簡単に、レジュメ風に整理しています)

○原初:黒=はじめの色(創世記、ギリシャ神話…)
 ∴黒=母胎としてのイメージ←→黒=恐怖というイメージ
○ラテン語:明るい黒(肯定的)と暗い黒(否定的)の対立が重要
 →黒=否定的イメージとは限らない

○初期中世…3つの基本色:白、赤、黒
 ・人名でも、この3色が使われる割合高い
 ・個人の識別:司祭(白)、戦士(赤)、職人(黒)
 ・黒…良い黒と悪い黒の共存

○紀元千年以降
 ・黒=否定的イメージ→悪魔の色;悪魔と関連する動物たちの色(熊、猫、カラス、フクロウなど…)
 ・光=闇(黒)を晴らす
 ・色=光という観念→黒は色彩の秩序から除外される
 ・修道士の論争:クリュニー修道士(黒)とシトー会修道士(白)の対立
 ・紋章の誕生
  →白、赤、黒の3基本色に、青、緑、黄(、紫)が加わる
 ・黒の騎士=自らの素性を隠して行動…黒は否定的というより、匿名性を示す

○14世紀~16世紀
 ・黒=お気に入りの、贅沢な色に(王侯君主たちのあいだで。特に15世紀、フィリップ善良公)
 ・黒い肌…伝統的に否定的なイメージ
  →14世紀~肯定的側面も付与 例)シェバの女王、聖モーリス
 ・技術的にきれいな黒が作れるように←道徳的理由からの社会的要求が先行
 ・奢侈禁止法(人々が各々の身分にあった服を身につけるように;派手な色を禁止)
  →黒の大流行へ

○16世紀~18世紀
 ・活版印刷の誕生→カラフルな手写本から白黒の本へ=人々の感性の歴史にとって重要な展開
  →図像も色なし木版画などへ
 ・プロテスタントによる色彩破壊chromoclasm→カトリックの教会などを非難
  =鮮やかな色へのを非難
 ・17世紀=「黒の時代」…"ヨーロッパの人々が最も悲惨だった時代"(p. 134)
  →黒があふれる:衣服、家屋(室内)、魔女・悪魔など…
○ニュートンのスペクトルの重要性="色についての知識と色の使用の歴史における転換点"(p. 152)
 ・従来の色彩の秩序:白、黄、赤、緑、青、黒(例:緑は黄と青の中間ではない!)
 ・17世紀~科学的実験の進展→ニュートン(1642-1727)登場
 ・新しい色の秩序:紫、藍、青、緑、黄、橙、赤
 ※緑は青と黄色の中間
 ※白と黒が色の秩序の中にない! ↓
○18世紀~19世紀
 ・啓蒙の時代=色のオアシス(二つの白黒の時代の中間)
  →青、白、灰色、黄色、緑の流行・使用の拡大
 ・18世紀~黒=男性服の主要色に
 ・19世紀後半~いたるところに黒が浸透:多くの職業の制服
○20世紀
 ・黒の復権、白黒世界の再来:写真=活版印刷に次ぐ第二の白黒世界
 ・映画も白黒
 ・ファッション界でも黒の復権
○21世紀
 ・黒の危険な意味薄れる(過去には、黒猫などに関する迷信や諺)
 ・肯定的な意味も薄れる(黒が権威となるのは柔道の黒帯などくらい)
 →中立的な色になるのか?

(2)興味深かった点

 まず、序論。ここでは、色の歴史の方法上の問題点などが示されます。というんで、内容は『青の歴史』序論や、 『ヨーロッパ中世象徴史』 所収の 「中世の色彩を見る―色彩の歴史は可能か?―」 と重複しています。
 ここで面白かったのは、色の歴史シリーズを続けてもあまり意味がないのではないか、とパストゥロー氏自身が書いておられることです。出版社の要請にもよるようですが、結局はある一つの色だけを独立して論じることに意味はなく、その他の色と比較史ながら見る必要がある、というのが氏のスタンスです。なので、シリーズを続けても、結局は同じようなことになってしまうのでは、というのですね。実際本書にも、『青の歴史』と重複した部分が多々あります。

 第1章では、第5節のカラスについて論じた部分ももちろんですが、語彙の問題が面白かったです。
 上のレジュメにも書きましたが、古代・初期中世では黒や白について、その色自体よりもその明るさや暗さの方に重点が置かれました。古ドイツ語では、暗い黒はswarz、明るい黒はblachで、現在のドイツ語schwarzは前者起源ということになります。一方、古英語では暗い黒はswalt、明るい黒はblaekで、今日の英語blackは後者起源です。ちなみに、古英語で光沢のない白はwite(→今日のwhite)、光沢ある白はblankで、こちらはフランス語のblancにつながりますね。なるほどなぁと思いながら読みました。
 カラスについても書いておけば、北欧神話、ゲルマンの神話では、カラスは神聖な性格を持っていました(神聖、好戦的、全知の象徴)。ところがキリスト教により、カラスは否定的な性格を与えられます。

 第2章では、最近動物の歴史に関心を寄せているので(勉強は進めていませんが)、第3節を興味深く読みました。ここでは、カラス、熊、猫、猪について1段落ずつ解説した後、悪魔的なイメージをもつ動物の図像表現についてもふれられています (註1)

 第3章では、第1節と第2節の、肌の色について論じた部分が面白かったです。第1節で、盛期中世で黒い肌が否定的なイメージをもったことを示した後、第2節では、13-14世紀から、それに肯定的なイメージが与えられることを論じます。具体的な例として、シェバの女王、プレスター・ジョン (註2) 、東方の三賢人(内一人のバルタザルが、14世紀から黒い肌で描かれるようになるとか。 註3 )、聖モーリスについて、紹介されます。

 第4章は、印刷術が白黒世界を生み、それが新しい人々の新しい感性につながっていく、という指摘が興味深いです。逆の方向ですが、第5章の白黒写真からカラー写真への移行についても同じことが言えると思うのですが、たとえばずっと図像や映像を白黒で見ていたのに、それらがカラーになったときは、かなり新鮮な体験だったと思うのです。

 第5章では、内容に直接関係のないネタですが、ファッションについて論じている部分で、ミシェル・パストゥロー氏自身もファッション・ショーの審査員としてよく招かれている、と書かれていたのが面白かったです。氏は、紋章学や動植物、色彩に関する中世史家としてはもちろんですが、一般に色彩の分野でもかなりの有名人なのでしょうね(実際、 『色をめぐる対話』 『ヨーロッパの色彩』 といった、一般向けの色彩に関する本も刊行されています)。

 そしてこの英訳版は、図版が全てカラー(黒が、テーマなので、それこそ白黒写真もありますが…)で、きれいな装丁の本です(フランス語の原著は未見なので分かりません…)。それだけでも価値があるといえます。

 というんで、良い読書体験でした。

註1) 『色彩・図像・象徴―歴史人類学研究』 所収 「キリストの動物誌・悪魔の動物誌」 参照。
註2)  プレスター・ジョンについては、 池上俊一『狼男伝説』 の記事で、多少詳しく紹介しています。
註3)  東方三博士については、 アゴスティーノ・パラヴィチーニ・バッリアーニ「人生の諸時期」 の記事でふれています。

(2009/03/07読了)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.03.09 07:32:16
コメントを書く
[西洋史関連(洋書)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 第2部第…
のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 脳科学に…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: