おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2006.02.21
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重い木の引き戸をひくと、ジリジリすごい音がして奥に知らせるようになっている。大人になってみるとたいした音ではないような気がするが、子どもの耳にはいたく刺激的だった。いつ行っても待ち時間なく診察してくれる。ほこりっぽい匂いがする和室の待合室には、角型の火鉢がおいてあった。火箸で灰をつついて遊んだりした。いつも大先生と奥さんがにこやかに迎えてくれた。

診察後は、五井駅方向に歩く。途中に明治牛乳販売店があり、そこでビンの牛乳を飲む。大宮神社先にそばの「もえむ」があった。(自分の頭のなかでは、この3点がお決まりコースになっていた)

薄いスリガラスの引き戸だった。中に入ると、だしの効いた醤油系のにおいが漂ってきた。風邪のときに寄るので、当然のように温かいものを注文した。私はたぬきそばが好きだった。あるとき、壁に大きく手書きしてある「鍋焼うどん」を母が注文してくれた。

それは幼い自分にとってどれだけの衝撃だっただろうか。値段がいくらだったのか、全く記憶にないが、とにかく高価なことだけはわかる。それは、山でいうと富士山、東京でいうと銀座、車でいうとクラウンのスーパーデラックス、タバコでいうとやまと、学習雑誌でいうと高三時代や蛍雪時代、とにかく最高の位置を示して輝いていた。うどん界のそしてそば屋全体としてみても、そのヒエラルキーの最高位にいるのが、この鍋焼うどんであった。

別添えでとんすいやらレンゲが置かれる。1人用の小鍋だが厚みがたっぷりしていて、見るからに重厚感がある。たれのこぼれや、煮えカスのようなものが重層的にまだらに付いたふたを開けると、グツグツ煮えた表面にすごいメンバーがあふれていた。海老の天ぷらは、普段みたことがない花の衣がよぶんについた大型豪華版だった。かまぼこやネギが脇を埋めている。

伊達巻というのをおいしく感じたのも、この鍋焼が最初だった。カットされたそのままを食べると、正直まずいこのグルグル巻が、汁をたっぷり吸って、極上のデザートのような甘いフニフニの卵焼に変容していた。自分好みのフニフニスポンジになるまで、汁にたっぷりもぐらせる。割箸で割ってもいいし、長いままを、その巻き具合に沿いながらパクついていくのも面白かった。

グリーンや紅色の斑点がポチポチついた麩が二つ。そうめんの中に色物の麺があると妙においしそうに思え、妙に愛おしく大切にしたくなったが、あの心理がこの麩にも生きていた。色斑があるこの麩が何か特別のもののように思えた。それが、たれを十分すぎるほど吸って、食べてみると得もいえないくらいにおいしかった。汁がじゅくじゅくあふれ出るこの軟体動物を、箸でちょっといじめてから、汁をしぼるように噛みついた。

それ以来、私はこの店の鍋焼うどんのとりことなった。寄ると一つ覚えのようにねだった。

しかし、熱にうなされる期間はそれほど長くなかった。少年期を脱し、私は頑健になった。病院にもほとんど行かなくなった。自然に「もえむ」からも、鍋焼うどんからも遠ざかっていった。

いつだっただろうか。大人になってから一度だけ(たぶん東京のそば屋で)鍋焼うどんを頼んだ。そいつは、薄っぺらいアルミの小鍋でふたもなく、カジュアルな普段着姿で登場してきた。具には海老天ぷら(小)、ゆで玉子、ほうれん草、ねぎ、蒲鉾がのっている。豪華さからはすっかり離脱していた。「お前、こんな格好になったのか」と嘆かわしかった。天ぷらうどんの中身はそのまま、器を変えただけなのだ。いつの間にか鍋焼はうどん・そば界の頂点の座からすべり落ちていた。世の中にはもっとおいしいもの、豪華なもの、不思議な食感のもの、凝った食器に盛られたものが満ちあふれていた。これをありがたがる人など、もういないのだろう。そう感じさせられた。

「もえむ」はその後、同名をつけたフランスレストランが建ち、現在に至っている。





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Last updated  2006.09.05 03:23:39
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