おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2007.04.16
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「わたしの夢」は、貨物列車に乗ることだった。運ぶ資材によって形状が異なるその長い一列。タンクあり、バケットあり、コンテナあり。それらが、あるときはバラエティー豊かに、あるときは同一のボックスで、延々と続いていく。男の子だったらだれでも一度は、通りすぎていくあの箱の数をかぞえてみた経験があるだろう。

しかし、私の興味のポイントはそこにはなかった。また、運転してみたいわけでもなかった。ロマンスカーの先頭車に憧れるその同じ気持ちで、先頭の機動車に乗れたらよかろうと思うが、なぜかそちらには興味が薄かった。

私が乗りたかったのは、貨物列車の最後尾についてくる小さな箱のほうだった。車掌車と呼ぶらしい。

人が乗るというのに、かなり冷遇されている。明らかに寸づまりのショートサイズで、窓ものぞき窓程度の小さなものが2つか3つ。じゅうぶんな陽当たりなど望むべくもない。後部にデッキが広がっているデラックスタイプと、それが略されたスタンダードタイプと二種類あった。

風格などまるでない。貨物の立体的な箱たちがもたらす重厚感やそれぞれの資材がもたらす向日的な未来感など一切持たず、ただ自分の前にのびる強大な構築列に引っぱられていくだけの弱々しいコンテナ。

かるがもの行列でいう、いちばん尻尾でちょこまか悪戯ばかりしている、出来の悪い末っ子のような存在。テーマパークのパレードで、最後尾に単なる添えものとしてついてくるキャベツか南瓜か分からない変てこな馬車のような存在。しかし私は、同じ雰囲気をもったその小箱に乗ることに、妙にあこがれていた。暇があると目をつぶって、その中にいる自分を空想して過ごした…。

(コトッコト)レールの継ぎ目をひろう走行音が、独特の平板なリズムで続いている。鈍色の車内灯が、あたりを明るく照らしていた。正方形の小さな窓の外には、濃い闇が広がっている。彼方の粒ほどの明かりを遠巻きにするようにして列車は疾駆していた。

バスの補助席を思わせる簡素な椅子にすわり、私はただ小さな夢でも見るようにじっとしている。何もしなくても、そこにいることだけで十分に楽しい。平凡なようでいて、平凡ではない。平穏なようでいて、平穏ではない。少しだけ胸が高鳴り、少しだけ心が弾んでいる。少しだけ心は豊かな気流に乗り、少しだけ余裕に似た気持ちで漂いさまよう。少しだけ気分が前向きになり、少しだけ明日を信じたくなる。

暖炉があるわけではないが、あるのと同じようにぽかぽかしていて。美しい花が飾ってあるわけではないが、あるのと同じように気持ちが真からなごんでいる。

サンルームを連想させる昼日なかのロマンスカーの先頭車とはまったく正反対の室内風景かも知れなかったが。私はそうやって、小さな箱の中で時を過ごすことにずっと憧れつづけていた。

*   *   *

デスクの上の電話が鳴っていた。自分の席にもどっていって取ると、彼女だった。
「夕方の数字です…」
彼女が言う数を、そのまま書きとめていく。それが済むと、
「今、だいじょうぶですか?」
急にゆるんだ口調になった。
「テープの件ですけれど。昼すぎに無事に受け取りましたよ」
「きちんと届いたんだ。よかった。それじゃ、家に帰ってからゆっくり聴いてみて」
ちょっとした笑い声が漏れてくる。
「実はもう聴いちゃったんです」
「エ、どういうこと?」

香穂の存在を知ったのは、製造1課に移ってまもなくのことだった。うちの会社は、東京、神奈川、千葉とそれぞれに工場を持ち、同じ敷地内にやはりそれぞれ事務本部を抱えていた。彼女は神奈川の、そして私は千葉の同じ課の所属だった。神奈川の製1にかわいい子がいるという風の噂は、ぼんやり耳に入ってきていた。

朝と夕方の定時の連絡役をするのが、決まって彼女だった。澄みきった高いトーンの女声で、この声の主がいったいどんな子なのか、噂話の相乗効果もあり興味が自然に募っていった。

同僚の美奈子嬢にきくと「香穂ちゃんでしょ…普通にかわいいヨ」と、あっけらかんと答える。製造1の若い女の子たちばかりで集まって、何度か遊んだことがあるらしい。彼がいるかどうかきくと「たぶんいるでしょ。私はよく知らないけど」と、これも同じようにあっけらかんとした答えがやってきた。

冗談まぎれだったが、美奈子嬢に3人でどこかで会うことを提案したことがある。ディズニーランドでもいいし、横浜でもかまわない。いわば香穂と私が会うセッティング役を頼んだわけだった。彼女は「わかった、いいよ」と何のこだわりもなく、軽く引き受けていた。彼女が香穂に、そのことを言っているのも耳にしていたし、自分から電話でアプローチしたこともあった。しかし具体的な話は、さっぱり立ち上がってこなかった。

残業で遅くなったときのこと。なぜか、香穂のほうから話をふってきた。
「○○さん。ピアノがすごく上手なんですって?」
「まあ少しだけ。その昔ちょっと触っていたんでね」
「いいなあ…一度でいいから聴いてみたいなあ」
「香穂さんがお望みなら、いくらでも聴かせてさし上げますよ」
「じゃぁ、お望みいっぱいということで。どうかお願いね」
受話器の向こうでクスクス笑っていた。声が収まったところで、私は咳払いを入れた。
「ホントにそうしましょうか」
「エエ、いったいどうするの」
「演奏をテープに録って、それを送りますから。だったら離れていてもぜんぜんOKでしょう」
彼女の音楽の好みをきいた。通勤の車内ではニューミュージック系をよく聴いているという。ショパンの「別れの曲」だけは絶対入れて欲しいと、強力なリクエストが来た。
「まだ顔も見ない内からお別れですか」
「だってあの曲、素敵でしょう」

それから私は帰宅すると、彼女向けのその「課題」に集中するようになった。彼女の好きそうな曲を選び、それを自分なりにアレンジしてまとめていく。電子ピアノからコードにつないで、1曲ずつ録音していった。思ったより手間がかかった。既製の楽譜から適当にピックアップすれば、もっと手早く済ませることができただろう。しかし、自分が納得したものでなければ、とても渡す気にはなれない。どうしても職人的な気持ちがわいてきて、完成を遅らせていた。

結局、カセットの両面に8曲を収めたテープが出来あがるのに、3週間も費やしてしまった。クッション封筒に入れ(神奈川工場 製造1課 村山香穂さま)と宛名を書きこむ。それを事務所入口の社内便ボックスに置いた。東京、神奈川、千葉と毎日定期便が通っているので、それに入れておけばタダで向こうに送ることが出来た。

自分のデスクに戻ろうとしたとき、美奈子嬢が軽く手招きしてきた。
「実はね。香穂ちゃん、婚約したそうよ」
「嘘でしょ」
「いいえ、本当」
相手は同じ神奈川工場のシステム課の彼だという。苗字だけきいたが、もちろん知るよしもない。
「いいわよねェ。なにしろ本部側のお人だから…」
私はよく知らなかったが。本部採用の人と工場採用の人と、歴然とした差があるらしい。

少しどんよりした気分になった。タイミングが悪すぎる。婚約したばかりの彼女に、一生懸命自分の演奏したテープを送ったりして。3枚目もいい所というか。マンガそのものというか。自分の莫迦さ加減に半分自嘲するしかない気もしたが。自分はただリクエストに応えただけで、別にこの行為自体を恥じることもないと開き直った感覚も持っていた。

「実はもう聴いちゃったんです」
「エ、どういうこと?」
休み時間に、さっそくウォークマンで再生してみたそうである。
「で、どうでしたか。ご感想は」
「うん、すごくいい。…良かったですぅ。○○さん、本当にありがとう」
彼女はいつもより早口になって、おしゃべりを続けてきた。ちょうどそれが途切れたとき、私は居ずまいを正して、声のほうもそれに合わせてやや硬めにコントロールした。
「ご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
美奈子嬢から聞いたことを付け加える。彼女のおしゃべりが覆いかぶさってきた。それをとどめるように言った。

「香穂さん。私のほうからも一つリクエストしていいですか」
「…どうぞ」
「一度だけ、会ってもらえませんか」
(どうせもうこれで最後なのだから)という言葉が続きそうだったが。それは押し殺しておく。彼女もそれは、すぐに察知したように思えた。一瞬、間があいた。
「おたがいの顔を確かめるだけでも…」
「わかったわ。前から言われていたことだし」
それならそれで、早いほうがいいだろう。今度の土曜の予定をきくと、休日出勤だという。休出なら残業もないだろうというので、19時にする。待ち合わせ場所は、彼女の地元の駅の連絡通路の下ということに決めた。





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Last updated  2007.07.07 05:48:16
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