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「子等は母の今日よりは人々と袂分ちて又いつの日に遇ふべき事のありやなしやも知らぬげに、我が乗る自動車の大きとて喜び笑めるが又なく哀れに悲しかりつれど、泣かじと心に誓へる身の事もなげに笑みて別れぬ、さはれもし人々おはし給はざりせば、声のかぎりに泣きしなるべし。」
これは入院する時の、別れの場面の追想です。
三歳の長男は 「元日の朝まだきよりにはかに発熱して肺炎に犯され病床に」あり、「いまだ足立たで婢女の背に負はれて居たるもかなしかりき。」
末っ子の三男は、まだ「初誕生二十日ばかり過ぎてやうやう一足二足一人歩きする愛らしき盛りとなれるは来たらざりき。」初誕生を過ぎたばかりでよちよち歩きの愛らしい盛りなので、安子が後ろ髪引かれる思いをするであろうと、別れには来ていなかったというのです。
子供たちは別れの意味がよく分からず、母親が乗る自動車が大きいことに心を奪われているのですが、それを安子は哀れにも悲しくも眺めており、人がいなかったならば声を限りに泣いたであろうと、切ない母心を書いています。