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「病室は痛く心に叶へり。・・・部屋四間ばかりに廣く清げなる湯殿と小さき厨つきたる南向きなる一個建てなり。」
病室は南向きで心地よく、安子の気に入ったものでした。部屋は四間あり、広く清潔な浴室と小さなキッチンがついた一戸建て住宅風の病室だったようです。
「僅かの荷は程なく片づきて、冬の日脚のいと短くて、早や四時となりければ、母君背の君は帰り給ふなりけり。さらばと背の君のの給ひし時、我を哀れみ給ふ御心の強くやおはしけむ我が面をだに見給はざりき。」
持ってきた僅かの荷物はすぐに片付き、短い冬の日の午後4時ともなれば、母親と夫はお帰りになる時刻なのです。「それでは(さようなら)」と、夫がおっしゃった時、私を哀れむお心が強くていらっしゃるからでしょうか、私の顔をさえご覧になりませんでした。
別れに際して互いに見つめ合い、手をとり、言葉を交わすことのなかった武郎の心のうちを、妻一人残して去らねばならぬ後ろめたさや、妻に対する哀れな思いなど、安子はさまざまに洞察しながらも、あっけない別れに寂しさや心細さ、あるいは物足りなさを感じていたのだろうと私は思うのです。