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西の君も、何となく恥ずかしい心地で西の対に帰りました。
他にあの事を知っている人もありませんので、
小君の姿を見かけるにつけ、後朝の御文があるのではないかと期待するのですが、
一向にその気配もありません。
『ひどい仕打ち』と思う分別もありませんが、戯れ好きな心にはもの寂しいようなのです。
薄情な人も気持ちを抑えてはいるのですが、
浅くはない源氏の君の御心を思い出しては
『一人身の頃の私であったならば、どんなによかったものを』
と、取り返すことはできないのですが、無念に思わずにはいられません。
それで畳紙の隅のほうに、こんな歌を書きましたとやら。
空蝉の 羽にをく露の 木がくれて 忍びしのびに 濡るゝ袖かな
(空蝉の薄い羽に置かれた露。木に隠れたその露のように、
私の袖は人目を忍ぶ涙に濡れています)