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ちょうどその頃、太宰の大貮は任期が充ちたので都に上って来ました。
ものものしい一族は大勢で、その上娘がたくさんいて大変でしたので、
北の方は舟で上京します。
岸に沿って景色を楽しみながらやってきたのですが、
ことのほか風光明美なあたりで目が止まりました。
その上源氏の君がおわすと聞くと、胸をときめかせても無駄ですのに、
好色な若い娘たちは舟の中で緊張してしまいます。
かつて舞姫をつとめて源氏の君のお目にとまった五節の君は、
須磨を素通りするのが残念でなりません。
折から源氏の君が弾く七弦の琴の音が、風に乗って遥かに聞こえてきます。
須磨という場所の風景、源氏の君のご様子、琴の音の侘しさ、
それらを一緒にして味わいますと、もののあわれを知る人は皆泣くのでした。
大貮から、御文を差し上げます。
「はるか筑前より都に参上いたしましては、真っ先にお邸に伺候いたしまして、
都のお話も承りたいと存じておりましたが、こうして須磨においでになるとはつゆ知らず、
お住いを通り過ぎますのは勿体なくも悲しくも思っております。
親しくしております人々や出迎えに来るべき者が参りましたために大勢おりますので、
ご挨拶に参上いたしましたなら差し障りもあろうかと、残念ながらご遠慮申し上げます」
など書かれています。
大貮の息子の筑前の守が、使いとして参上しました。
源氏の君が蔵人に推挙して目をかけておやりになった者ですので、
筑前の守は『何ともお気の毒でおいたわしい』と思うのですが、
他にいる人たちの手前もあるので世評の立つのを憚り、すぐに帰ろうとします。