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その頃は毎晩のように明石の娘とお逢いになります。
娘は六月あたりから懐妊の兆しがみえて苦しむのでした。
帰京となれば別れることになりますので、ご情愛が深まるのでしょう。
今までよりもずっと愛おしくお思いになり
『不思議と物思いの絶えない我が身であることよ』と、思い悩んでいらっしゃいます。
女は言うまでもなく、悲しみに思い沈んでいました。身重ですので尤もなのです。
源氏の君は、思いがけない須磨への悲しい旅路に出たものの
『いつかは都に帰る日が来るであろう』と、ご自分を慰めていました。
しかしこの度は帰京という嬉しい出立の一方で『再び明石に来ることがあろうか』
とお思いになると、感慨無量なのです。
お供の人々も身分相応に喜んでいます。都からもお迎えの人々が参上し、
皆が喜びあいます。しかし主の入道だけは涙にくれて、七月が過ぎました。
初秋の物哀しい空のけしきに、
『どうして私は自分から、つまらない恋愛沙汰で身を滅ぼすのであろう』
と、様々に思い悩んでいらっしゃいます。
源氏の君の御心内を知る良清たちは「やれやれ、いつもの御癖がはじまった」
と見たてまつり、不愉快に思います。
「今までは娘との逢瀬など素振りにさえ見せず、
時折人目を忍んでお通いになる程度のつれなさだったのに、
今頃になってこの有様では、反って娘の心を悩ませるだけではないか」
と、互いに突き合っています。
そのうち少納言の良清が北山で源氏の君に初めてお話し申し上げた時の事まで