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いよいよ明後日出発という日、いつもより早い時刻にお渡りになります。
今までは夜更けの逢瀬でしたので、
はっきりとご覧になったことのない娘の姿かたちなのでしたが、
思いのほか上品で高貴な雰囲気がありますので『なかなかの女ではないか』
と見捨て難く、別れが残念で、『いずれはしかるべき待遇をして、都に迎えよう』
とお思いになり、娘にもそのように話して慰めてやります。
源氏の君の御姿やご様子は、言うまでもありません。
特に日ごろの仏道修行でたいそう面やつれしていらっしゃるのも、
反って言いようもないほどご立派なのです。
心残りな様子で涙ぐみながら、愛情こめてお約束なさるご様子は、
傍から見ても「もうこれで本望」と思えるほどですが、
源氏の君のあまりのおうつくしさに我が身の程を比べますと、
あまりの違いに娘の物思いは尽きないのです。
浪の音も秋の風にはことさら哀しく響きます。
塩を焼く煙がかすかにたなびいて、まるで悲しさを寄せ集めたようです。
「このたびは 立ち別るとも藻塩焼く けぶりはおなじ 方になびかむ
(このたびはあなたと別れることになりますが、藻塩焼く煙のように、
いずれは私と一緒になるのですよ)」
と、源氏の君が仰せになります。娘は、
「かきつめて 海士のたく藻の思ひにも いまはかひなき うらみだにせじ
(物思いの種をかき集めて恨んでみたとて、今では何の甲斐もございませぬ。
私はあなたさまをお恨み申しますまい)」
と、哀れに泣き崩れて、深い想いのこもるお返事を言葉少なに申し上げるのです。