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都への帰途におつきになった暁は、岡辺の家を夜更けにお立ち出でになります。
都からの御迎えの人々が騒がしくて気忙しいのですが、
人のいない間を見計らって娘に、
「うち捨てゝ 立つもかなしき浦波の 名残いかにと 思ひやるかな
(あなたをうち捨てるようにして明石の浦を出立するのが、とても哀しいのです。
あなたがどんなに悲嘆にくれることかと思うと、後ろ髪を引かれる思いがします)」
と、御文をお遣りになります。娘からの御返事は、
「年経つる 苫屋も荒れてうき波の かへるかたにや 身をたぐへまし
(年月が経てば、この苫屋も荒れ果ててしまうことでございましょう。
そのような憂き目を見るのなら、波に任せて海に身を投じてしまいとうございます)」
とあります。その時の気持ちのまま詠んだ歌をご覧になると、
悲しさを堪えてはいらっしゃるのですが、ほろほろと涙がこぼれてしまうのでした。
事情を知らぬ人たちは、
『このような侘しい御住いであっても、何年かを住み馴れなさったのだ。
それを今は限りとお思いになれば、涙が落ちることもあろう』
と思うのです。
しかし良清などは『並々ならぬご執心よ』と、苦々しく思います。
供人たちは、帰京の嬉しさにつけても、
「今日を限りにこの浜辺と別れるのは、まことに名残り惜しいことだ」
と感慨深く、それぞれ涙ながらに詠み合った歌もあったようですが、
従者の歌など書き記す必要などありましょうや。