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夜は内裏で宿直(とのい)するべきところを、
なかなか解けない女君の御機嫌を取るために、
夜が更けてから宮中より退出なさいました。
するとそこへ大井からのお返事がありましたので、隠すことがおできにならず、
そのまま御文をご覧になります。特に不都合な内容でもありませんので、紫の女君に、
「このような文は、破ってお捨てなさい。女人からの文など、
今では不似合いな年令になってしまいましたのに」
と仰せになって御脇息に寄りかかっていらっしゃるのですが、
お心内ではたいそう可哀想に、恋しくお思いになって、
灯火をぼんやり眺めて黙りこんでいらっしゃいます。
紫の女君は文をご覧にならぬ様子ですので、
「無理に見ぬふりをなさるあなたのその眼差しが、どうも厄介なのですよ」
と、ほほ笑んでいらっしゃる源氏の大臣の柔和な美しさは、お部屋に溢れるほどです。
女君の傍にお寄りになって、
「実は大井で可愛らしい姫を見たのです。
我が子として生まれたからには、前世からの因縁が浅くはないように思えるのですが、
そうかといって身分の低い母親の子を我が子として一人前に養育するのも憚り多く、
どうしたものかと苦慮しておりました。
どうか私の立場でお考えくださって、どうしたらいいか決めてくださいまし。
ここに引きとって、あなたが養育してくださらないでしょうか。
もう三歳になっております。
可愛らしい姫を見捨てることはできず、『袴着の儀式もこちらで』と思っております。
あなたがそれを無礼だとお思いにならなければ、
袴の紐を結んでやってはくれませぬか」
と申し上げます。
「あなたさまはいつも私の思いを誤解なさいますのね。
そのような思いやりのなさに、強いて気付かないふりをしていただけでございますわ。
でも私はきっと、幼い姫君のお気に召すことと存じます。
どんなに可愛らしく御育ちになられたことか」
と、少しほほ笑んでいらっしゃるのでした。
紫の女君は、理屈抜きで稚児をお可愛がりになる心の持ち主でいらっしゃいますので、
ここへ引き取って抱いて育てたいとお思いになります。
源氏の大臣は『どんなものであろう。こちらは良いとしても、あちらでは寂しかろう』
と迷っていらっしゃいます。
大井にお出でになることもなかなか困難で、嵯峨野の御堂のお念仏の機会に、
月に二度ほどの御契りでいらっしゃいます。
彦星と織姫の逢瀬よりはましというものでしょうけれど、
明石の女君が『これ以上は望まない』と思ってはみても、
やはり物思いせぬことはないのでした。