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そういえば内大臣殿のおん娘で尚侍を希望していた近江の君も、
そういう人の癖なのでしょうか好色めいて落ち着きがありませんので、
内大臣も扱いに困っていらっしゃいます。弘徽殿女御も、
『いつかはきっと何かしでかすのでは』
と、内心はらはらなさいますので内大臣が、
「もう、人中に出るでない」
とお制しになるのですが、聞き入れずに出ています。
それはどのような折だったのでしょうか、
この女御のお部屋に世の声望の高い殿上人が大勢参上して
管弦のお遊びをしていらっしゃいました。
秋の興趣格別な折、宰相の中将もおいでになって
いつもとは違い打ち解けて冗談をおっしゃるのを、女房たちが珍しがって、
「やはり他の人とは違っていらっしゃいますわ」
と褒めていますと、近江の君が女房たちをかき分けて、
簾の際まで出てきてお座りになります。
「あら嫌だ」
「どうするつもりかしら」
と奥に引っ張りますと、ひどく意地悪そうに睨みつけて動こうとしませんので、
「とんでもない事を言い出すのではないかしら」
とつつき合っています。すると、世にも珍しい生真面目な中将を見つけて、
「この方ぞな、この方ぞな、私の愛しい人は」
と、褒め騒ぐ様子がはっきりと聞こえます。
女房たちは困り切っているのですが、近江の君はたいそうさわやかな声で、
「沖津舟 よるべ波路にたゞよはば 棹さしよらむ とまり教へよ
(沖にただ独り漂う舟のようなあなたさま。
もし伴侶が決まらないようでございましたら、私が棹をさしてお傍に参りましょう。
ぜひお泊り所をお教えください)
棚無し小舟のように、同じ人ばかりを恋い慕うなんてつまらないわ」
と言いますので中将は不可解に思って、
『女御のおん方に、こんなに慎みのない女房がいるとは聞いたことがないな。
誰だろう』
と思い巡らせてみますと、
『ああ、そういえば噂に聞くあの人だったか』
と可笑しくなります。
「よるべなみ 風のさはがす舟人も 思はぬかたに 磯づたひせず
(寄る辺ない舟が波風に翻弄されて舟人は困っていますが、
好きでもない人に寄りつこうとは思いませんね)」
と返されましたので、近江の君はばつの悪い思いをしたのだとか。