私訳・源氏物語

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March 23, 2019
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カテゴリ: 源氏物語
宮邸のあたりは慰めになるような風情もありませんので、
おいたわしく思われて帰り難いのです。

それでもあたりが次第に明るくなっていきますので、
さすがに顔を見られるような心地がして、

「残りのお話は、もう少し近しくなってから聞かせていただきましょう。
とはいえ、私を世間並みの好色な男と同様にお扱いになるのは心外でございます」

とて、宿直人が用意した西面にお出でになって、
川の趣を眺めていらっしゃいます。

「網代では漁夫が大騒ぎをしているけれど、氷魚が寄ってこないのでしょうね。
不景気そうな様子をしていますから」

 網代を知っているお供の人々が言います。

粗末な舟に刈った柴を積みなどして、
それぞれの暮らし向きのために宇治川を行き来している様子が、
頼りない水の上に浮かんでいます。

『考えてみれば、誰でも人はみなあの舟と同じように
無常な人生を生きているのだ。
自分だけは不安がなくて、
玉の御殿に安穏とした身で生きているといえるだろうか』

と思い続けられますので、硯を召して、姫君達にお文をお上げになります。

「橋姫の 心をくみて高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞぬれぬる

(宇治の橋姫の寂しいお心内をお察ししますと、
高瀬舟の棹の雫に濡れるように私の袖も涙で濡れるのでございます)

侘しい風景を眺めて、物思いに沈んでいらっしゃるのでしょうか」

例の宿直人に持たせてお遣りになりますと、
鳥肌を立てたひどく寒そうな顔をして帰ってまいりました。

お返事は、料紙にたきしめた香などが平凡では恥ずかしいのですが、
こうした折には早い方が、とお考えになって、

「さしかへる 宇治の河をさ朝夕の しづくや袖を 朽たし果つらむ

(棹を差して朝夕宇治川を行き来する渡し守は、
その棹の雫で袖を朽ちさせてしまうのでしょうか。
まるでそれは私自身のようでございます)

身までが浮いて」

と、たいそう趣深く書いてあります。

薫中将は『申し分なくご立派でいらっしゃる』と、心が留まるのでしたが、
「牛車が参りました」と人々がお急かし申しますので、
宿直人をお召し寄せになって、
「宮さまがお帰りになったら、また参りましょう」と、仰せになります。

濡れてしまった御衣などをみなこの宿直人にお被けになり、
新しいおん直衣にお着替えになります。





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最終更新日  March 23, 2019 04:29:33 PM
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