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June 7, 2006
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カテゴリ: 教授の読書日記



この小説、アメリカ北東部にある架空の小さな町、ペイトン・プレイスを舞台に、そこに暮らす人々にまつわるエピソードを描いたものなんですが、まあ一見、事件も何もなさそうなこの小さな平和な田舎町にも、詳細に見ていけば、あちこちに醜聞のタネが潜んでいる。英語には "a skeleton in the closet" (押し入れに隠した骸骨)という表現がありますが、どんな家庭だって、大なり小なり、公にできない秘密があるわけで、この小説はそういう押し入れの骸骨を一つ一つ掘り起こしながら、アメリカの「今、そこにある現実」に迫っていくという趣向なんですな。

といっても、作品全体を貫く心棒のようなエピソードもないわけではありません。たとえばアリソン・マッケンジーという名の内向的で精神的に不安定な少女が、様々な試練を経て、一人の作家になっていく過程を描いた大きなエピソードがあるのですが、そこの部分だけをとって見れば、この小説はこの少女を主人公にしたビルドゥングスロマンである、という風にも言えないことはない。

しかし、少し目を向ける方向を変え、アリソンの母親であるコンスタンスに注目してみれば、これはこれで作品を貫く大きなエピソードになっていることが分かる。若き日、大都会ニューヨークに憧れ、ペイトン・プレイスを飛び出したコンスタンスは、彼の地でとある男の愛人となり、アリソンを身ごもったものの、男に死なれてペイトン・プレイスに舞い戻って以来、アリソンが私生児であることを隠し続けてきたわけ。そういう人に言えない後ろめたさゆえに、娘のアリソンにも引け目があって、なかなか母娘の強い絆が築けないままになってしまっているんです。ましてや、ただでさえ多感なアリソンは、今や難しい年頃になっていますからね。ところが、そんなコンスタンスの前に、マイクという魅力的な男性が現れるわけですよ。さて、果たしてコンスタンスは自分の過去を清算し、娘のアリソンや新たな恋人・マイクと真正面から向き合えるようになるのか。そのあたりも、この小説の大きな見どころです。

そうかと思うと、アリソンの友達のセレナという少女を描いたエピソードでは、本物の「押し入れの骸骨」が出てきます。ペイトン・プレイスでも比較的裕福な階級に属するアリソンとは異なり、町外れの貧民街に住むセレナは、義父からの性的虐待という深刻な悩みを抱えているんですな。テッドという好青年と将来を誓いあい、幸福の絶頂にあった彼女は、父親にレイプされ、子供を身ごもってしまうという危機的状況に陥いるんです。ま、この時は正義感の強いスウェイン医師のおかげで非合法ながら中絶手術を行い、危機を乗り切るのですが、一度町を追われた義父が再び舞い戻ってきてセレナに迫ってきた時、ついに彼女はその義父を殺害してしまう・・・。しかし、もちろん彼女の犯行は後に曝露され、裁判が行われることになります。果たして彼女はこの状況を乗り切れるのか? また将来ある青年テッドは、殺人者であることが判明したセレナを妻として受け入れる覚悟があるのか? かつて非合法の中絶手術をしてセレナを救ったスウェイン医師の運命は? そのあたりも、この小説の大きな見どころです。

その他、あまりに偉大な父親を持ってしまったがために、父親と比べられるのが嫌さに世捨て人的な新聞発行人になってしまったセスという男の話とか、社会的地位の上昇をもくろみ、婚約者を金持ちの爺さんと結婚させ、その遺産をせしめてから夫婦となった強欲なカード夫妻の話、戦争に招集されたマザコン息子ノーマンが戦地でノイローゼとなり、内地に送り返されてきたのを隠すため、息子は名誉の負傷を負って帰国したというシナリオを作り、あくまでその振りを続けるペイジ夫人の話、町の人々の反感を買いながらもドラ息子の兵役逃れをお膳立てしてきた町の有力者レスリー・ハリントンが、そのドラ息子の放蕩の末の事故死をきっかけに勢力を失っていく話、などなど、作者であるグレイス・メタリアスは、このペイトン・プレイスに住む住人の一人一人についてその過去を暴き、また住民同士の間の様々ないざこざや対立を描いていくわけ。こんな小さな町にも宗教的な対立があり、金を巡るトラブルがあり、町会における勢力争いがあるんですな。

と、こう書くと、何だかこの小説に描かれるエピソードのすべてが暗く、センセーショナルな話ばかりのようですが、必ずしもそういうものでもなくて、ま、こういうことはどこにもあるよな、と思えるようなエピソードが大半ですから、読んでいて気が重くなるようなことはありません。むしろこの小説は、アメリカの小さな田舎町を舞台にした「人間喜劇」だ、と言った方が、実際の読後感に近いですかね。ま、アメリカには、こんな感じの「(田舎)町小説」の伝統があるんですよ。たとえばシンクレア・ルイスの『本町通り』、シャーウッド・アンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』、ジョン・スタインベックの『天の牧場』『キャナリー・ロウ』『トルティーヤ・フラット』なんかも、そんな感じです。

ちなみにこの作品、1956年にオリジナルが出た翌年、1957年に「デル」という出版社からペーパーバック版が出版されたのですが、このペーパーバック版の方が売れて売れて、アメリカ・ペーパーバック出版史上初のミリオンセラーとなったんです。で、この作品ともう一つ、フランスの作家サガンの『悲しみよ、こんにちは』がやはりデル社から出版され、同じくミリオンセラーとなったことによって、ペーパーバックの世界では、ミリオンセラーの出版ばかりを重視する出版姿勢、いわゆる「ブロックバスター・コンプレックス」と呼ばれる現象が起こり始める。その意味で、この『ペイトン・プレイス』は、アメリカ大衆文学史上、重要な作品でもあるんですな。

ま、そういう重要な作品と知りつつ、今までそれを読んでこなかった私も怠慢ですが、とにかく今、そいつを読み終えたわけですから、何となく一つ、肩の荷が下りたような気もしています。



ちなみに、私が大衆小説リーディング第2弾として選んだのは、レイモンド・チャンドラーの『Farewell, My Lovely』という作品。ご存じの方はご存じの、「フィリップ・マーロウ」という私立探偵が活躍するハードボイルドものですわ。同じくハードボイルドものを書いたダシール・ハメットの作品はあれこれ読んだことがあるのですが、チャンドラーは今まで何となく敬遠していて、読むのはこれが初めてなんです。実際に読んでみると、この手の小説は隠語の類がやたらに使われているので、案外読み難い・・・。でも、展開は早いので、面白いことは面白いですよ。

というわけで、「楽しみのために本を読む」という、読書の原点に久々に立ち戻ることができて、このところ何だかワクワクしているワタクシなのでした。今日も、いい日だ。





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Last updated  June 8, 2006 12:06:28 AM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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