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June 11, 2006
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カテゴリ: 思わず納得!



ちなみに私はこの学会の不良会員で、ここ10年ほど会員に名を連ねてはいるものの、実際の学会にはほとんど参加していないんです。にも係わらず、今日、このシンポジウムに参加する気になったのは、一つには私自身、学部の学生時代にはサリンジャーの大ファンであったからなんです。また今日のシンポジウムの講師の布陣がなかなか魅力的なものに見えたのも、敢えて私がこのシンポジウムを聞きに行った理由の一つでありました。講師は4人だったのですが、日本アメリカ文学会の大御所が一人、昔からサリンジャーのことばかり研究しているサリンジャー・マニアが一人、それから最近サリンジャーについてあれこれ言い出した、私と同世代の気鋭の学者一人参加していましたのでね(あと一人は聞いたことない人でした)。

ところが・・・。敢えて酷評させていただきますが、今日のシンポジウムはひどかった・・・。

まず最初の講師の方のお話ですが、サリンジャーの『ライ麦畑』は、巷間、「青春小説」として認識されることが多いけれど、むしろ「戦争小説」として見るべき側面が多い、という内容でした。しかしですね、それはそんなに大した指摘でしょうか? そもそも、そういうことを言う人は過去にも大勢居ましたし、サリンジャー文学のファンからすれば、むしろ共通理解に属することなんですもん。それに逆に言えば、戦争小説というのは大概、同時に青春小説であるわけでして(なんとなれば、兵隊さんというのは通常若者なのですから)、両者はもともと境界を接しているんです。そもそも第2次世界大戦の時代に現代小説として若者の姿を描いたら、どうしても戦争との関わりを描くことになってしまうわけで、サリンジャー作品もその例外ではない。そんなことは、指摘されて気づくことでもないでしょう。

またもう一点、このシンポジウムではおそらく一人約30分の時間枠が決められていると思われるのに、この方はほぼ倍の50分にわたって延々とお話をされていた。それも大減点です。そういうルール違反は、シンポジウムでは一番やっちゃいけないことなんじゃないかと・・・。

そして次の方の発表ですが、これもちょっとガッカリでしたね。彼はサリンジャーと戦後の映画との関わりについて述べられ、たとえば『暴力教室』とか『ウェストサイド・ストーリー』とか『理由なき反抗』とか、そういう不良映画・反抗映画が第2次大戦後にどっと出てきたことを指摘され、それがあたかもサリンジャーの不良・反抗小説『ライ麦畑』の影響であるかのようにほのめかされたのですが、私が思うに、それはないんじゃないでしょうか。戦後の時代に「若者の反抗」というものが社会的に認識され、それが様々な形で取り上げられたということは事実でしょうが、そういう一連の社会現象の発端が『ライ麦畑』である、なんてこと、そんなに簡単に明言できるわけないでしょう。この発表者の方はもう何十年もサリンジャーを主として研究なさっているのですから、もう少し聴衆を惹きつけるような話をしてくれなきゃ・・・。

次。三番目の講師の方の発表ですが、これもパッとしませんでしたなぁ・・・。サリンジャーの作品に出てくる女性登場人物を3つのタイプ、すなわち「1・享楽的な女性」「2・嘆く女性」「3・円満な人格の女性」に分け、どの作品に出てくるどの登場人物は1のタイプだ、こっちの女性は3のタイプだ、などと分類されていたのですが、文学作品の登場人物の性格分けをして、一体どういう意味があるのか、私にはさっぱり分かりませんでした。

そして、最後に登場したのが、若手・気鋭の学者Mさん。彼は私の高校時代の後輩なんですが、学者としては私なんぞよりよっぽど貫祿のある人でありまして、ここまでのお三方の発表にガッカリさせられっぱなしだった私も、彼ならきっといい発表をしてくれるだろうと期待をかけていたんです。で、実際、Mさんの発表は定められた時間をきっちり守り、用意した資料もきちっと使い切り、内容のある話をしていました。

彼によれば『ライ麦』という小説は、一見、人種問題についてあまり言及していないように見えるけれど、それは巧みに隠蔽されているだけで、実は主人公の少年の「ユダヤ性」の問題が密かに大きな意味を持っている、というのです。この小説の中で主人公のホールデン・コールフィールドという少年は、なかなか周囲の友人とうまくやっていけず、仲間外れの状態に置かれることが多いのですが、それは彼が(作者のサリンジャー同様)ユダヤ系(片親がユダヤ人)であるからだ、というわけ。小説の後半、主人公のホールデンは、自分の望みは、どこか遠くへ行って聾唖者の振りをして世間と没交渉のまま生きていくことだ、と述べる場面があるのですが、彼がそういうことを言い出す背景には、「ユダヤ系という、自分にはどうしようもない出自のために差別されるより、自ら選択した結果、聾唖者として差別される方がマシだ」という自己防衛の(無)意識が働いている、というわけ。



そこで主人公ホールデンが生きることを選択する以上、拒絶したいとは思いつつ、差別の世界に屈伏せざるを得ない、というわけです。かくして、ホールデンは最初拒絶した差別の世界に戻ってくるのであって、またそれが『ライ麦畑』のストーリーであるとすれば、人種差別の問題は、この作品を生み出す原動力になっていると言っていいのではないか・・・。Mさんは発表を通してそんな話をされたんですな。そして『ライ麦畑』のこのような構造は、「人種差別は拒否するが、ナショナリズムは肯定せざるを得ない」、そんな矛盾の多い多民族国家アメリカの国家構造に通じるのであって、だからこそこの作品は堂々たるアメリカ文学なんだ、というわけ。

ま、私の理解力の問題もあって、果たしてMさんの発表を正しくまとめたかどうか、ちょっと不安なところもありますが、とにかくMさんの発表に関しては、私はメモをとりながらちゃんと聞きました。賛同するかどうかは別として、とにかく鮮やかに作品を分析されていましたから、その意味で大いに啓発されるところはありました。ま、これが聞けたおかげで、このシンポジウム全体の印象も随分アップしたと言ってもいいでしょう。

しかし・・・。その後しばらくMさんの話を頭の中で反芻しているうちに、何となく、私としてはあまり面白くなくなってきたんです。「分析は分かった。で、それがどうした」という気がしてきたんですね。たとえばある料理を食べてうまかったとする。で、そのうまさを分析するのに、タンパク質がどうの、澱粉がどうの、ビタミンがどうの、と説明されたとしたらどうでしょう。それは一見料理の分析にはなっているけど、うまい料理を味わった時の感動を確認してくれるわけではない。それと同じように、Mさんの鮮やかな分析も、『ライ麦畑』に夢中になっていた頃の私の心情を裏書きするものではなかったんですな。

多分、以前の私なら、Mさんの分析の手腕に接しただけで感心しきってしまったでしょう。お見事! というわけ。しかし最近の私はどうもひねくれていて、この種の分析にあまり惹かれなくなってしまった。それは、私自身、そういう自分に少し苛立っているところではあるのですけれど。だって、こういう見事な分析に感心できなかったとしたら、一体、私にとって文学を研究するとはどういうことなのか、分からなくなってきますから・・・。

で、その苛立ちは、「だったら、今の私はどういう文学論を聞いた時に『面白い』と感じるのか」という問へと、当然引き継がれていきます。

そうですね・・・。たとえば、ある作家について今まで聞いたことのなかったエピソードを聞き、それがいかにもその人らしいものであったり、意外なものであったりしたら、私は面白いと思うでしょう。またある作品について、誰かが「ここが面白かった」と言ったとして、私自身もその意見に共鳴できたとしたら、私はその誰かの話を面白いと思うでしょう。

しかし、このようなことは、「文学的なゴシップ」であったり、「文学オタク同士のなれ合い」であるわけで、そんなのが「学問」の名に値する文学論と言えるのか? という気もする。けれどもその一方で、「文学を『学問』の対象にしようなんて考える方がおかしいのであって、たとえばジャズ評論家たちが、あの新人プレーヤーはなかなかやる、とか、あの名盤の吹き込みにはこんなエピソードがあるんだ、などと蘊蓄を傾けるのと同じやり方で、小説を楽しめばいいんだ」という気もするわけです。

いっそ、その「楽しめばいいんだ」に徹することができれば、楽になるんだろうと思うのですが、私にはまだそこまで覚悟ができてないところがある。そこが問題なんでしょうな・・・。

ま、Mさんの発表を聞いたことによって、そんなことをあれこれ考えていた、今日の(少し真面目な)ワタクシだったのでした。

それにしてもこのシンポジウム、4人の講師の発表が終わった段階で、予定されていた時間を使い切ってしまい、シンポジウムの「キモ」であるべき質疑応答の時間がまったくとれないで終わってしまいました。文学研究のシンポジウムではよくある話ですが、まったくなってないです。持ち時間の大幅オーバーをされた方、そして司会進行をされた方には、生意気なようですが、私から猛省を促しておきましょう。





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Last updated  June 13, 2006 02:27:22 AM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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