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誤算丸子

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あくびネコ @ Re:父の命日(09/07) New! こんにちは。 こちらは曇りで、最高気温は…
chiichan60 @ Re:父の命日(09/07) New! こんにちは。 たくさんのメダルは何事だろ…
chiichan60 @ Re:父の命日(09/07) New! こんにちは。 たくさんのメダルは何事だろ…
きのこ555 @ Re:父の命日(09/07) New! こんにちは! 105歳まで命を全うされた御…
ヒロくん2010 @ Re:父の命日(09/07) New! おはようございます😃 雨は小康状態となり…
和活喜 @ Re:父の命日(09/07) New!   応援(^-^)V  お早うございます。月…
dekotan1 @ Re:父の命日(09/07) New! 沖縄マラソンがあるのですね。 私達は大…
エンスト新 @ Re:父の命日(09/07) New! おはようございます かなり脚力があったお…
トンカツ1188 @ Re:父の命日(09/07) New! おはようございます お父さん 鉄人だっ…
matumo5523 @ Re:父の命日(09/07) New! お早う御座いま~~~す♪ お父様マラソン…

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◎首里花織風の壁紙です。
琉球王朝時代、首里で高度な織物技術が発達しました。花織は糸を浮かせて模様が織られます。絽織と組み合わせた花倉織は絽の部分が透け、模様と交互に入り繊細で美しく、かなり高度な技術の織物です。
昔は、首里の織物技術は特定の職人だけに伝わる門外不出の技術だったそうです。
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2026年09月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日は、父の命日でした。享年105歳。
父の趣味はマラソンでした。
那覇マラソンには第1回から第15回大会まで連続して出場し、すべて完走。沖縄マラソンも第1回から第5回まで完走しました。
85歳のときには沖縄マラソンで最高齢完走者として表彰され、地元ではちょっとした話題になりました。
翌年には、練習風景から本番まで地元テレビの密着取材を受けることになりました。
ところが、いざ本番を迎えると、案の定というか、カメラを意識してしまったのでしょう。いつものペース配分をすっかり忘れ、まさかの初リタイア。制限時間内にゴールすることができませんでした。
当然、せっかくの密着取材も放送はお蔵入りです(笑)。
本人もそれで一区切りついたのでしょう。5回大会を最後に、その後はマラソン大会への申し込みをしなくなりました。それでも走ることはやめず、地域のマラソン愛好会や駅伝などに参加して楽しんでいました。
そして次なる目標は「100歳ランナー」。
歩行者より遅いくらいのスピードで走りながら、本人はストップウォッチを片手に真剣そのもの。走っているつもりなのです。
80歳代までは、家族にとっても自慢の父でした。
ところが90歳を過ぎると、さすがに家族にとっては心配の種も増えてきました。
グラウンドまで行く足がないからと、自動車をいつまでも手放さず、運転免許の返納も拒否。
免許更新の際には、教習所や警察にも相談しましたが、運転技能の修了証には特に問題がなく、「返納してください」と強く説得することもできません。返納した場合の特典などを説明しても、本人は聞く耳を持ちません。
最終的には「ご家族で話し合ってください」と言われる始末。
何度家族会議を開いても、本人が同意しなければ話は前に進みません。
父は最後までボケとは無縁で、私たち兄妹の意見など簡単に凌駕してしまう。まさに「寺内貫太郎一家」の高齢者版のような父でした。
心配させられたことは数え切れませんが、考えてみれば、父から褒められた記憶はあまりありません。
それでも、最後まで自分の意思を貫き、自分の人生を自分の足で歩き続けた人だったと思います。
105歳の誕生日には、家族で誕生会を開きました。
その夜、寝室へ向かうため椅子から立ち上がった際に転倒し、骨折。そのまま入院することになりました。
ところが、それからわずか1週間後、病院で30人近くの患者がコロナの集団院内感染に遭ったとの知らせが入り、面会謝絶となりました。
結局、父とは二度と面会することができないまま、お別れを迎えることになりました。
コロナ禍だったため、家族葬となり、火葬への立ち会いにも人数などの制限がありました。
そして火葬を終えたとき、担当の方から思いもよらない言葉を掛けられました。
「これほどきれいに骨の形が残っているのは初めて見ました。写真を撮ってもいいですか」
もちろん了承しました。
その後、骨壺に収めるのにもかなり時間がかかりました。
105歳まで走り続け、最後の最後まで超人ぶりを見せてくれた父。
亡くなった後でさえ、その身体の強さに驚かされました。
大きな病気もなく、交通事故に遭うこともなく、105歳まで自分らしく生き抜いた父。
寂しさがないと言えば嘘になります。
それでも、悲しみより先に浮かんでくるのは「ありがとう」という感謝の気持ちです。
105年という長い人生を、家族は元より周囲の方々に迷惑を欠けている意識は全くなくマイペースで走り抜いた父でした。
それでも、十分すぎるほど立派な人生だったと思っています。昨夜は父親の知られざるエピソードで盛り上がりました。


※ブログ開設以来初の長文でしたが書き足りません^^;

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Last updated  2026年09月07日 00時59分56秒
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