ユウ君パパのJAZZ三昧日記

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syoukopapa

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2006.11.10
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カテゴリ: 私の小説集
「 やあ、ケンジ。調子はどうだい?」

真夜中のテレホンコール。張りのある、ちょっとなつかしい声。電話の声の主はアントニオ・ハート。そう、僕のNYでの音楽の相棒だ。

「 久し振りだな、アントニオ。お蔭様で、万事、OKだ。」 

実は、万事OKと言えるような状態ではなかった。肉体的には、その通りであったが・・・。僕も美樹も子供を望んだが、結局それはかなわないこととなってしまった。こうなるとよくあることだが、2人の仲はなんとなくしっくりいかない。僕にとって、永遠であって欲しかった美樹の笑顔は殆んど見られなくなった。たまに、彼女の笑顔があっても、僕にはかつてのようには輝くものには思えなくなっていた。短い間にこんなことになるなんてとても信じられないことだが、これが現実。ズタズタの精神状態のときに相棒のミッドナイト・コール。

「 ケンジ、俺を助けてくれないか? 今までにない、クールなジャズバンドを作りたいと思っている。どうだ、参加してくれないか?」

アントニオの申し出は、そのときの僕にはこの上ないものであった。その時には美樹から、

「 結局、私から逃げたいのね。」

と言われても、僕は何も言えなかったけれど・・・。

でも、今となっては無理に美樹との関係を修復しなくて良かったと思う。何とかしたいと焦れば焦るだけ、どうしようもなくなる。時間と2人が適切な距離を置くことしか、答にならないことだってあるのだ。この頃失ったものは随分あったが、お互いにかけがえのない存在であるという相手を信じ、思いやる気持ちだけは損なわずに済んだ。


「何てスゲエんだ!!」


僕とアントニオはそれこそ、砂が水を吸収するかのように、彼らの音楽を聴き込み、インスピレーションとした。美樹とかなりつらい形で別れたことは勿論残念であったが、変動の時にNYで生のキューバやブラジルの熱いビートに出会い、新しい音楽に取り込めたことは僕にとっては得難い経験となった。人生は結局バランスがとれているものだ。

美樹もハタから見れば、順調そのものであった。アルバム「Elfin」の成功。そう、あのかわいいイルカを思う少女の曲がtitle tuneになった。音楽活動だけではなく、TVで恋愛ドラマの主演もするようになった。それだけではない。女性誌で若い女の子の悩みに答えたり、自分の価値観をオピニョンリーダー的な存在にもなってた。いわゆるトレンディタレントというところか。19の美樹が目指していたものの殆んど、いやそれ以上のことを実現したように思う。

しかし、美樹は明らかに疲れ果てていた。本当は他人の悩みに答えるどころか、誰かに自分の悩みを聞いてもらいたい気分であったはずだ。勿論、彼女も単なる女の子に過ぎないから当たり前のことだが。「全てのものに優しくなりたい」と口にしても、それは言葉の上のことで、もはや優しさは消えていた。彼女が笑っても、まあ大抵の人は気付かないだろうが、何かとってつけたような、引き吊った印象。彼女は27になって、仕事の量をセーブした。自分の時間を持って、本当の自分に戻ろうとした。

本当の自分に戻る。これは美樹が頭の中で考えていたのよりも、はるかに辛い作業であった。自分の考え、行動が他人のようでどうしようもなく耐え難く、自暴自棄になってしまう。今いる暗闇の中から本当に抜け出ることができるのかと、不安で眠れないことも多かった。僕もこんな時は美樹のそばにいてあげたかったけれど、多分何もしてあげられなかったんじゃないかと思う。でも、美樹は自分自身で答えを出した。とても穏やかだけれど、すごく積極的な人間に戻っていた。19の頃の魅力ある笑顔とは、また格別の笑顔も自然に出るようになっていた。美樹に言わせれば、

「30路オンナの魅力かしら?」

ということになるだろうか?


美樹が自分を取り戻し、仕事を再開するようになった。本当に元気になって良かったね、と美樹に電話した。すると、彼女から意外な申し出を受けた。3年振りのコンサートツアーが始まる直前のことだ。






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最終更新日  2017.11.17 09:42:18


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