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ボクは、自分でいうのも何だけれど、あっ!ってときめいた出会いを、自分に引き寄せる才能があると思うんだ。ネコみたいな目、だなんて言われるけど、ボクは、もっと大きなネコ科の仲間さ。恋多き男とも言われるけど、ボクが、恋人にしたいと思った男があらわれないかぎり、簡単に恋にはおちたりしない。今のボクには、素敵な彼がいて、お互い同業者だからね、なかなかデートの時間を持つのは難しいけど、いつも、愛してるって言葉を交換しあうことだけは忘れないのさ。ボクの仕事は、ある貴婦人のプライベートジェットのキャビンアテンダント。愛しのオーナーは、ボクがこれまでに出会った女性の中でも風変りだけど、ボクの嗜好や、感性や、何もかもを認めてくれていて、複雑だけど、ボクを男として欲しがってはいない、不思議な人だ。たいていの女性はね、ボクを獲物のように見つめてくる。まあ、ボクは、男であれ女であれ、称賛してもらうことは嬉しいし、自分の姿かたちが、周りに感銘を与えてるってことも自覚してるからね、ペットのように、ボクを求めるオーナーとは、とても気楽な関係だよ。さて、このオーナーは、贅沢な乗り物をたくさん持っていて、中でもピカイチなのが、彼女の妄想列車なんだ。ぼくの乗務する小型ジェットも素晴らしいんだけど、妄想列車はね、彼女の舞台。速度も自由自在だし。なんといっても、素敵な男が列車を管理してるんだ。ウィリアム。英国系のアメリカ人なんだけど、ちょっと、若い頃のキアヌ・リーブスに似てるなって思うこともある。物腰が優雅でね、ボクは彼を見ると、大人の男ってこうでなくちゃって感じるんだ。テンションの高さなんて、まったくないんだ。生真面目で、堅苦しい。でも、ボクは知ってる。こういう人ほど、内側に秘めた情熱は激しいんだって。オーナーにとことん忠実で、ふりまわされていて、でも、彼女のことが好き。決して口に出さないけれど、余計に思いは拡散してるのにね。ボクは、最近ふらふらになっているリーアムをお茶に招いたんだ。彼はね、オーナーが少し彼に休暇を与えて、留守にした間、心配と愛がまじった妄想に苦しみ、自分の妄想列車を生み出してしまったんだ。これは、イタイ出来事だったよ。信じられない、不細工なおもちゃみたいなミニ列車なんだ。しかも、きかんしゃトーマスって、わかる?あれみたいに顔がついていて、またベラベラしゃべるんだ。美しいものをこよなく愛するボクとしては、許しがたい存在だけど、これも、彼の一部なんだから、面倒みてあげなくてはいけないわ、とボクらのオーナーが言うもんだから、今は一緒に、過ごしているんだ。でも、リーアムが、妄想しなければ、ミニ列車はカゴの中で寝ているからね。「イワン、いい器だ」ボクの自慢のオールドノリタケのティーセットを眺めて、彼は褒めてくれた。「リーアム、あなたも日本の陶器が好きでしょ?」「私は、古伊万里の、小さな器に目がないんだ」「いつか、見せてくれる?あなたの私室って興味があるなあ」ボクは、フツーに会話として言ってるだけなのに、なぜかリーアムは顔を赤らめる。そう、そういう、彼のシャイなところ、そのくせ妄想炸裂なところが好きでさあ、いじめたくなるんだよね。ボクは、ショートケーキを用意していた。本当はひとつづつ、好きなものを食べきればいいんだけど、つい、からかいたくなってね。「リーアム、半分こしようよ」と言いながら彼のモンブランをボクの銀のフォークでつっついた。「あ、あ、ならば、私がカットしよう」席を立ちあがるもんだから、彼の手をつかんで、「だーめ」と見つめてやった。くにゃ~んと席に腰をおろす彼を見て、心底残念だなあと思うボク。かなり、好みなんだよね、リーアムは。こういう人って、おとすには超難しいタイプだけど、恋人になったら、きっと、ボクだけをみてくれて、ずっと一緒にいてくれるはずって、わかるんだ。それに、彼は男との恋愛には興味はないし、何といってもオーナーへの思慕があるからなあ。まあ、ボクには、彼氏もいることだし、裏切ることはないけれど、リーアムは、かなり、そそるんだよね。ボクばかりが、リーアムのモンブランを手前から崩していって、固まってる彼が手元をぼうっと見ているから、ボクは、ひとすくい、ケーキを彼の口におしこんだ。ふふ、間接キッス。完全に動かない彼をみてるのは、楽しいね。ボクって、残酷なネコ科の生き物。ここで、彼のへんな妄想列車の汽笛がなると思ったんだけど、鳴らないや。つまり、ボクとの間には妄想もありえないってことだろうね。「リーアム、ねえ、ごめんてば」「イワン、君といると、なんとも(以下むにゃむにゃ)」「ねえ、オーナーは今どうなの?」「ああ、今はね、他人様の妄想でご多忙だよ」「他人の妄想???」「あのお方は、変な勘が備わってるだろう。誰が誰を好きだとかそういう類の」「ああ、縁結び、好きだよね~オーナーは」「自分の恋愛は、すっかり横において、夢中になっておられるのだ」「でもさ、けっこう、ちゃんと見てるのさ、オーナーは。 自分はね、高速で行くくせに、他人の応援は徐行でね」「ご自分も、そのように、慎重にふるまえばよろしいものを」「リーアム、本命には、そうかもよ」ハッとして、彼がボクを見たよ。その、単純さ。すぐ自分だと思っちゃうんだからさあ~。「愛しのオーナーはね、ボクがみても、かなり二面性があるじゃない?」パーッと、思いのままに行動したり、一目ぼれしたり、にぎやかだけど彼女は反面、怖がりで、本当に壊したくないものには、神経質になるんだ。さっと通り過ぎる付き合いの人なら、オーナーを浮気性な人だと錯覚するだろうね。だけど、彼女は雰囲気を楽しんでるだけ。彼女は、深い魂を持つ人しか、本当に愛さないんだよ。「イワン、オーナーに対して言葉が過ぎるぞ」「リーアム、わかってるはずだよ。彼女はね、心から、魂の恋人を求めていて そのために、色んな可能性を見つけようと積極的なんだよ」空気を変えようと思って、ボクは、まだ手をつけてない自分のシブーストをリーアムの前に差し出す。「食べてよ、リーアム。いたずらしないから」彼はね、オーナーと一緒。自分の考えにはまったら、周りが見えないんだよ。いや、見ないんだね。ボクの存在なんか忘れてるかのように、ケーキを食べる彼。あ、リーアムの口のはしに、ケーキのかけらがついてる。かわいいなあ。彼のうすい唇はね、冷淡そうではなく、揺れ動く感情がね、瞳以上にあらわれるんだよ。そんな事を本人に言ったら、また固まるし、警戒されるじゃない?だから、ボクは無言で指をのばして、クリームをぬぐい、彼に見せつけるように、自分の口に運ぶのさ。「イワン!何をするんだ、よせよ」「いたずらはしないって言ったけど、あなたがかわいいから手が出たんだよ」ピーっ!きたきた、汽笛。「やあ、呼んだ?ご主人様~」「呼んでないよ」ボクと彼はぴったりと声を合わせてヤツに言う。でも、今回は内心嬉しいボク。一応、このボクに妄想してくれたんでしょ?リーアム。
2012.08.30
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日が変わってしまいましたが、昨日は私と相方にとって大きなイベントがありました。関西のナレーター・役者の有志のお力と、スタジオさんの全面協力をいただいて、「子育て応援CD」の録音を行ったのです。無事に、和やかに、笑いあり涙ありで収録が済みました。わたしの大先輩であり、業界のスターナレーターであるHさん、本当に本当に、ありがとうございました!(CMのゴンタのお声の方ですわよ)そして、事務所を越えて、ご賛同いただき、お声をいただいた皆さま、グダグダの進行にもかかわらず、素晴らしい世界を提供してくださいました。心から、感謝しております。ありがとうございます!この企画は、障害をもって生まれてきた赤ちゃんと出会った家族、健常であっても、育児が不安だなあって思う方たちに、「でも、やっぱり、命って尊いし、生きるってすごい奇跡で、 ちょいと力を抜いて、子育てを楽しもうね~」という思いをこめて明るい気持ちになれる、自分を見つめる思いになれる詩を集めて朗読したものを、広げようというものです。私と相方の小さなお店と共に、発信してくださる声の仕事人たち。有名な作品もありますが、耳で味わう詩の世界をお楽しみいただければと思います。これから、編集し、どんどん作品集として形にしていく作業です。人との繋がりなしには、実現しなかった企画。詩の選考で係わってくださった方々もあり、励ましてくださった方々の存在もあり、胸がいっぱいになっております。それにしても、普段目にすることのない、同業の皆様の生仕事に、感激です。なんちゅう贅沢。ウーと、相方の娘のナナちゃんも、ブースに入って録音初体験しました。堂々たるものでしたよ、二人とも(笑)。帰宅後も、心地よい余韻に浸りながら、幸せをかみしめています。何度でも申しますが、皆さま、本当にありがとうございました!
2012.08.29
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「はい、お電話ありがとうございます。 誠に申し訳ございませんが、どの会員様からのご紹介でしょうか? 私どもは、完全紹介制となっているもので」思い切って、電話をかけてみた私に、優しくも毅然とした声が応対する。「あ、ユミコさんからです」すると、少し相手の口調がやわらぎ、丁寧に事務所へのアクセス方法の説明がなされた。詳しくは、会ってからでないとお話しできないのですと、その女性は言った。大阪市内のオフィス街にある、レトロな建物群の中に、その事務所はあった。ドキドキしながら、扉をあけると、電話の主らしい40代半ばの女がシックなインテリアに囲まれて、リラックスした表情で、頬杖をついていた。私に気づくと、あら、ごめんなさいねと席をたって、キビキビと大きな歩幅で歩み寄ってきて、さっと片手を出した。「ようこそ、いらっしゃいませ。所長のヤンスカと申します」「あ、マリと申します」「そうぞ、おかけになって、マリさん。うちのシステムについて お話しをさせていただきますね。 まず、あなたが、どんな場面においてエスコートを希望なさっているのか お伺いいたします」「あの、私、恥ずかしいんですけど、一緒にリゾートホテルで過ごしてくれる方を 探しているんです。あ、もちろん泊まりです」「基本は24時間拘束よ。うまくスケジュールを組んでね。 そうしたら、1泊2日も可能ですよ。移動手段はどうなさいますか?」「できたら、車がいいです」「お好みのタイプの車種はありますか?」「選べるんですか?」「もちろん。お客様の願いを完璧にかなえるのが、私どものモットーよ」「特に、車の好みはないのですが、彼に合ったものをオマカセでもいいですか?」所長は、にっこりとほほ笑みながらパソコンのモニターを私に見せる。「ユミコさんから、色々と聞いていらっしゃるのね。わかりました、 早速、彼を探しましょうか。うちの自慢のメンバーは、 全員きびしいトレーニングを1年間受けています。 さらに、1年間、専門知識の充実のために現場研修の後 試験に合格しなくては、働くことができません」話を聴きながら、私はすでに、モニター上の彼に目をとめる。なんて美男!猫のような瞳。長身でしなやかな手。モデルから、キャビンクルーに転身かあ。「マリさん、お断りしておきますが、うちのメンバーたちは 一切クライアント様とは、深い身体の接触はいたしません。 手をつなぐ、ハグをする、ここまでが基本の設定です」私は頷く。もちろん、それでいい。そう、私が求めているのは、たまに素敵な思いをさせてくれる、ややこしくない男。彼氏は要らないのだ。だいいち、私は結婚していて、夫には愛情も感じている。ただ、トキメキが欠けているだけなのだ。夫と旅行に出かけても、家庭の延長みたいなの。やれ、服はどこだ、靴下を出して。ねえ、お散歩に行こうと誘っても、テレビを観てるから一人で行ってこいよとか。違うの。いつまでも、手をつないだり、黙って寄り添い、夕日を眺めたり、そういうことがしたいだけなのに。そんな愚痴をユミコにもらした時に教えてもらったのが、このエスコートサービス。まったく広告も出さず、取材も一切お断り。あらゆる場面と、細やかな設定に応えてくれると聞いて私は、夫が出張に出る週末に、このサービスを利用しようと決めたのだ。私が考えたのは、自宅まで車で彼に迎えに来てもらい、楽しく会話をしながら、海辺のホテルへ行く。散歩をしたり、プールサイドでカクテルアワーを過ごして、そして、おめかししてディナーをとり、波の音を聴きながらまたお喋り。で、もちろん、部屋は別。翌朝は、彼にコーヒーを運んでもらい、バルコニーで朝食を。景色のよい道をドライブし、高台のオーベルジュでランチ。そして、私が気持ちよく車の中で眠る間に彼に送り届けてもらう。「わかりました。で、マリさん、荷ほどきや、荷造り、チェックインなどの 手続きなどはいかがなさいます?あなたの設定では、受け身でよろしいですか?」「はい、ぜひそうしてください。完全なるエスコートを希望しているんです」「うちで、最も人気の高いコースですよ。必要ならば、アイロンがけや、 髪のセットもできますよ」「あ、でも、そこまでお願いしてしまうと、なんだか執事っぽくなりますよね」「マリさん、私どものデータにおいて、ほとんどの女性は、恋人ではなく、 執事を求めていらっしゃることがわかっております。 せっかく、お代金をいただいて提供させていただくサービスですから、 遠慮なくお試しくださいな」そっか、執事なのね。ならば、さっき見た、超セクシーなハンサム男よりも、この人がいいかもしれない。へえ、職業は鉄道員。ハンサムだけど、親しみやすい感じ。とても誠実そうだし、なんだか器用そう。「じゃあ、この人にしたいんですけど」「お目が高いわ。彼は、おすすめよ。固定ファンも多いので、 先々のご予定があるなら、まとめてのご予約が間違いないですわよ」「皆さんは、どうされてるんですか?」「そうですね、決まった彼を利用していただくもよし、 用途に応じて彼を選ぶのもよし、ですわよ。 さっき、ごらんになっていた彼は、オペラやバレエの鑑賞なんかで 映えるタイプよ。ダンスの相手にもおススメね。マッサージはプロ級よ」ああ、選ぶだけで、ワクワクするわ。「もし、あなたのオリジナルの設定が浮かばない場合は、 当社のオリジナルシナリオで、おまかせにもできますからね」私は、申込用紙に記入しながら、それだけで、一気に気分が華やぎ、帰りに、新しい口紅を買ってかえろうと思い立つ。ユミコ、本当にありがとう。私も、もうちょっとだけ自分で楽しんでから、ヒミツのお仲間をスカウトするわ。
2012.08.25
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私は、このところの、情けない自分にほとほと嫌気がさしている。ちょっと、ヤンスカ様への思いが暴走しかかってしまった。それに、イワンめ、私を巧みに挑発しやがって…。あのお方がキャンプから戻られた夜。本当は、私だって、あの方のために、列車をあげて歓迎モードに入っていたのだ。キャンプ場のバルコニーから、ヤンスカ様は待機する私に連夜「もうかえれ。それにしても、めしそまつ」という信号を懐中電灯で送り続けてきた。どうせよと?食堂車のスタッフをキャンプ場に送り込めばよかったのか?しかし、40名に美味しくふるまえるだけの人員を確保しなくてはいけないし、うちのシェフは、食堂ごと自分の芸術的な料理にふさわしい調度に変えろと大騒ぎするであろうし、何より、ヤンスカ様の真意がわからず、そのまま、見守るしかなかったのだ。だからこそ、帰宅の晩餐には、あの方のお好きなものを並べて私にできる限りのおもてなしをしたかったのだが、あのお方は、私が列車を待機させていたことが気に入らず、私に連絡も下さらなかった。イワンの所に行くのだろうなと思っていたら、その本人が現れて、一緒に自分のキャビンへ行こうと言うではないか。「リーアム、ねえ、きっと愛しのオーナーはボクのところへ来るからさ、 一緒に迎えようよ」そうして、私に腕をからませる。「それに、興味あるんじゃないの?ボクとどんな風に過ごすのかって」私は、心の中を読まれているのか。と、部屋の片隅から、ピーという間抜けな汽笛が響いたのだ。「きゃっ、何?リーアム。何の音?」のろのろと、私の妄想列車がこちらへ走ってきた。「やあ、こんにちは!ぼくは、カーステアーズ様の妄想列車だよ」イワンは、一瞬固まり、そうでなくても白い肌の色がいっそう青白くなり、次の瞬間、今まで聞いたことのない男らしさ全開の笑い声がとどろいた。「や~、わはははは!信じられない!わはははは~」長い身体をふたつに折って、涙をぽろぽろとこぼしながら(多くの女性たちならそんなイワンすら美しいと思うのだろう)私の身体をパシッと叩きつつ、泣き笑いが収まらなかった。私が、一番、泣きたいのだ。どうして、あんな妄想なんかしてしまったのか?で、なんで、この小さな汽車は、私のちょっとした心の動きに合わせてこんな安っぽい汽笛を鳴らすのか。「ねえねえ、ご主人様~、ぼくは、あなたの妄想をエネルギーにしているんだもの、 そんな顔をしないでよ~。じゃあ、あの人のことを考えなきゃいいんだよう」こんな、ちび汽車に、私の心は見透かされているのか。あああ~。やっと、落ち着いたイワンが、この汽車をしまっておく方がいいと提案し、私は仕方なく、自分のアタッシェケースに汽車と燕尾服の人形をしまったのだ。そして、あの晩の光景が待っていた。ヤンスカ様は、私の汽車をみて笑うイワンを叱り、恥ずかしながら、拗ねきっていた私に優しい言葉をかけてくださり、そして、あの抱擁があったのだ。あのお方は、そもそも情熱のかたまりでいらっしゃるから、強いお気持ちがそうさせただけに、違いない。甘やかな気配などを求めてはいけない、と私は必死に自分に言い続けた。私の首に巻きついたあのお方の腕と、頬に感じた温もりを意識したとたんにバカ汽車がピーピーと、汽笛を鳴らせまくったのだった。どれほど、自分も抱きしめたかったことか。だけど、私のそれは、イワンがあのお方に与えるそれとは違うから、決して、自分は、行動してはならないと、自制心を取り戻したのだ。ヤンスカ様は、まもなく私から離れると、イワンの方へ行ってしまわれた。これでいいのだ。私は、忠実なる運輸部長であり、規則を重んじる男なのだから。あれから。ヤンスカ様は、あんな出来事などすっかり無かったかのように振る舞っていらっしゃる。今日は、私に相当な無茶ブリを強いていらっしゃるのだ。白洲次郎ごっこ、である。「カーステアーズ、着替えて頂戴」イワンが、見立ててくれたという、ラルフローレンの白いスーツを見て私は驚く。くっきりとしたネイビーの縦じまシャツに、同系だがトーンを変えたドットのネクタイ。イワンはクラヴァットと、言っているが。「早く着替えて、カーステアーズ。私とドライブに行くのよ」ええっ!列車ではなく?ヤンスカ様の妄想ガレージから届けられたのは、まさに次郎モデルのベントレー3リッター。「ふ、二人で行くのですか?ヤンスカ様」イワンがニヤッとしながら言う。「これに3人は無理だよ、ボクはね、ブガッティで同行するよ」ホッとしたような、残念なような。イワンも、身体にぴったりとしたツイードのジャケットを着て、田舎で過ごす若い貴族のようないでたちである。長身のイワンこそ、次郎役にぴったりであろう。ヤンスカ様の設定では、白洲次郎が親友の英国人貴族と欧州をドライブ旅行された状況をやってみたいそうなんである。しかし、ヤンスカ様は、ルーマニアの田舎を見たいのだそうだ。そこは、事実に忠実でなくとも良いらしい。しかし、こんなすごいクラシックカーを運転するとは。大抵のことは難なくできる私であるが、正直に申し上げて、もっと現代の車の方が快適ではないかと思う。21世紀の光景とは思えない、田園地帯を私たちは進みゆく。ひまわり畑の続くなだらかな丘を越えて、山積みの藁を運ぶ荷馬車を追い越して。東方正教会の、ひっそりとした修道院を眺めながら。「あなたって、やっぱり、何でもできるのね」大声でヤンスカ様が叫ぶ。私は、会釈だけして、前方を見つめる。「私のために、たくさんの素敵なみんなが働いてくださってるけれど、 カーステアーズ、あなたがいなければ、だめ」私は、正面を向いたまま、聞こえないふりをした。隣から、睨みつける視線を感じたが、ひたすら気づかないふりをする。私の腕をたたいて、あのお方が車を停めて、あの教会を散歩しましょうとおっしゃる。後続のイワンも当然ついてくるのだが、私が停車しても、こちらへ近寄ってこない。いつもなら、素早くやってきて、ヤンスカ様の扉をあけて、手をさしのべるくせに。ヤンスカ様が、じっと私を見つめるので、仕方なく車を降りて、あのお方が降りるのをお手伝いした。「行きましょう、この中庭のものさびしいこと。あのベンチに腰かけて 夕暮れを待つのよ」ベンチに、私は白いハンカチを広げてあのお方を座らせる。イワンがバスケットを下げて、ゆっくりとこちらに向かってくる。「あの…」と私が言いかけた時に、「カーステアーズ、私、この間はあなたを困らせてごめんなさい」と小さな声でヤンスカ様が謝られた。「いいえ、困らされてなどおりませんよ。 あなた様は、とても、感情表現が大きい方でいらっしゃいますからね」風が通り抜けて、夕刻の祈りの声が流れてくる。私にはわからないが、イタリア語にも似た調べが心地よい。「カーステアーズ、お願いよ、いつまでも私のそばにいてね。 もちろん、変な意味じゃないのよ。あなたは、私の大切な人なの」私の内側に、恋の面影のメロディが流れ出す。♪恋のきらめきが、あなたの瞳にあらわれているわ 微笑みで隠そうとしても、無理よ。 言葉で伝えられないくらい、多くのことを語っているから。 そう、私の心に、それがきこえるのよ ああ、私の息はとまってしまうわ~また、私の胸にズキズキとするような痛みが走る。「ピー!」イワンの持つバスケットの中から、私の妄想列車が音をたてて転がり出てきた。かわうそ機関車は、ノリノリで歌っている。♪泣かせの効いたラブソングなんて すてっちまい~ むきだしで~ハーハ!カモン!???隣で、燕尾服の人形が黒い細長いものを放り投げている。は!こいつは動けるようになったのか?リボンのような黒いソレをつまみあげて見てみると、「E.YAZAWA」と赤い文字が書かれている。ヤンスカ様が、つかつかと歩み寄ってきて、かわうそ列車をつま先で蹴とばした。「カーステアーズ、あなたって、矢沢ファン?」「何のことでございますか?」「悪いけれど、私の世界観には少し合わなくってよ」かわうそが、自力で戻ってきて少年ボイスで答える。「ボクの前のオーナーがね、永ちゃんファンだったんですよ~ 今のご主人様の、せめぎ合う心を、ボクはうまく表現したつもりだったのにい」「呆れた。使いまわしの妄想列車なんて、初めて聞いたわ」「ご主人様はね、甘ったるい歌を思い浮かべて、また悲しそうだったからねえ」イワンが、涙を流しながら、肩で笑っている。ヤンスカ様は、ムッとしながら私に命令する。「もう、バカげたドライブはおしまいにするわっ。 今すぐ私の列車を呼んでちょうだい!」「かしこまりました」私はウィリアム・カーステアーズ。主に忠実で、かなしいほどに、規則を重んじる男である。
2012.08.22
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昨夜、アクセルとブレーキ、ギア姉の3組のダウン症親子が集まり、秋以降の活動についてと、新製品の確認をしながら、子どもらにご飯を食べさせ、自分らも食べるという会合を開いた。定例会場は、地元のサガミ。個室で、座敷で(子らが遊んだり寝たりすることもあるため)お店の方も、あらまた来たのねん、な感じで慣れているし、駐車場代もかからんし。大人だけならば、雑談もワイワイできるが、なんせ、待ちきれない子ども×3人なんで、さっさと近況報告。で、食事が運ばれてくるまでに、ブレーキが披露した新作を見分。どれも、可愛いよ~!ストラップだけではなく、カバンにつけれるのやら、ペンダントもできた!相方は、ほんまに素晴らしい才を持っておる。皆、自宅では子どもが寝静まった深夜にしか作業ができず本当に、時間をしぼりだしているんだが、そんな制限の中で常にベストを尽くせる相方を尊敬する。ギア姉は、今回、オーダーいただいたお客様の分に加えて、新たな販路を開拓すべく、在庫を大量に持ち帰り自分の営業ルートに持っていってくれる。で、アクセルは、新作用のラッピング用品をブレーキから預かり、今後考えている動きや、可能性について報告。来月は、具体的に目標をしぼって、売上の一部をある心臓病の男の子のために役立てたいと考えている。まだ11か月の男の子で、心臓移植をアメリカで受けるために周りの方々が必死に応援している。その子の力になれないかと、先のキャンプで、別の活動をしているお母さん仲間から持ちかけられて相方共々、自分らも心臓病児の親として協力すべしと思った次第。命についての、様々な意見はあると思う。寿命だから仕方がないという意見もあろう。だけど、それが、自分や家族や友人に降りかかった時に、達観できるものか?ベストを尽くしたいと、私なら思う。相方も同じだ。ささやかでも、さざ波のようなものでも、寄り添って、集まれば、大きなものになるから。支援なんていうと、いやらしいんやけど、なんていうか、おせっかいさせてもらって、懸命に生きる姿から、色んなことを感じさせていただき、学ばせていただくことに感謝という立場で応援していきたいと思う。もう、何度でもいうけど、普通に呼吸をしたり、動いたり、話したり、聞こえたり、見えたりってのは奇跡の積み重ね。それが揃ってないから不幸というわけではないが、不自由という点は否めないのだ。もっと、不自由な人の観点で世界を見られたら、まだまだ変えられるものがいっぱいあるはず。で、五体満足とか、五感が揃っている多数派の人に合わせられた基準以外の豊かな文化の存在を、知っていただき、へえ~って思ってもらいたい。うちの商品は、小さな小さなものだけど、熱い壮大な願いを込めて、作っております。もうすぐ、正式にオープン。たくさんの人と繋がっていきたいものですわ。お子たちは、満腹になり、一人は爆睡、二人は、とっとと場所を去りたがる。こうなったら、会合は解散なり。楽観はアカンが、楽天的にいきたいもの。
2012.08.21
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「どうして、結婚すると、メールがワンワードになるんでしょうね」「帰る」「飲むから」「何時到着」(これはお迎え要請や、帰宅と同時に飯を食いたいなど用)「どこのダンナもそうなんかしら?」と、私と事務所の同僚はお茶を飲みつつ、語り合う。そうそう。で、外の女性には、10行以上の文章を書いたりするのな。私も、元夫と離婚してから、ああこの人、こんなに長文が書けるのだと感心している。私がヨソさんになったからだろう。今は、あいさつから始まって、私の様子を気遣い、本文に入り、また私の幸せを願う締めくくりと、完璧なメールである。元夫でなければ、惚れているであろう。そんな会話をしつつ、妄想の話になる。嬉しいことに、同性の友人たちは、私の妄想列車シリーズを楽しみにしてくださっていて、物語への要望や、好きなシーンを教えてくれたりする。同僚はとっても素敵な役者さんであり、本人を知っていても虚構の世界を演じる彼女にググッとひきつけられる才能の持ち主である。え?そんなの当然じゃんて思う?いやいや、なかなか。本人はステキやけど、演技はどうよな方も悪いけどおるねんて。まあ、そんな方が、私の妄想列車を舞台にできたらいいなあと話題にしてくれてお世辞でも舞い上がった私である。彼女が演じるマダム・ヤンスカはカッコいいだろうなあ。しかし。私らは言うてもうた。「声だけならオトコマエがたくさんいてるけど、外見も求めるとなあ…」(すんません、同業者の男性方。お互いさまでございますわね)「誰がイワンをやれるのか!」(おらんわ!)私の中では、カーステアーズは、若い頃のキアヌ・リーブスが3割入っておる。カーステアーズは、あまり背が高すぎちゃダメで、私のデータベースにおいては、小柄な男性に色気のあるタイプが多いので、そこらへんは、こだわりたいのだ。「もう、アニメしかないのではないか」。というところで、次なる話題へ。オッサン論。どういうオッサンがステキで、尊敬できて、カッコええわ~と思うか。逆に、アカンやろうと思うオッサンはどんなんか。結論。エロスと感じさせるか、エロと思わせるかは大きいポイントやなあと。いっそ、枯れきったおじいさんのようなオッサンが好ましいとか。そうなんである。一部のオッサンの難儀なのは、一緒に飲む→手を出してもいいんだの箱に入れるような思考回路の方がおるっちゅうこと。「人生経験豊かなオッサンに、話をきいてもらい、ただただ飲む自分に付き合ってもらう。 そんな関係は、ありえないんでしょうかねえ?」と同僚の遠いまなざしが、切ないわ。で、彼女のオッサントラップからの脱出話(フツーにホテルのラウンジでお茶していたら勘違いしたオッサンが誘ってきた系)をきき、自分も思い出した。とある番組のエライさん。打ち上げをミナミの日航ホテルでやりますと言われ、宴会場に来てみれば、円卓はあったよ、確かに。しかし、そこにはオッサンと私のみ。でだな、テーブルの上にルームキー。「みんな、来られなくなったから、部屋で飲もうか」あたくしは、トイレに行ってきますと微笑みながら退場し、自分史上最速の走りで、玄関を出て、タクシーに飛び乗って「梅田へ行ってください!」と叫んだんだった。「お客さん、地下鉄のが安いですよ」と言われたが、とにかく、離れたかったのだ。ほんまになあ。好きなら好きと言ってくれ。てか、断るけど。だましうちするんじゃねえ。何で、ソチラに選ぶ権利があると思っているのか不思議なのが難儀なオッサン達の特徴である。こっちにも、選ぶ権利はあるんだぜ。もう、オバちゃんたる我々世代が、韓流スターだの、嵐だのに妄想恋愛するのはしゃあないのである。ぐだぐだ、しゃべって、タイムオーバーかというところでやっと本題。個人的なお願いの根回しなり。実に1分以内で済む用事だが、余分に思える会話の中で、価値観の確認や摺り合わせやら、諸々やるのが、オナゴの習性と思いなせえ。
2012.08.20
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「ミーラチカ!おかえりなさい」タラップから、音もなく駆け下りてくる、子猫のような、イワン。力強いのだけど、柔らかなハグの後、私の手をとり、キャビンへ連れて行ってくれる。「カーステアーズには、会ったの?」「いいえ、今日は、真っ先に、あなたにただいまって、伝えたかったの」「嬉しいな、愛しのオーナー。その、ボトルは何?」私は、ウーとの4日間のキャンプを終えて、飲み明かしたい気分。ウーが、生まれた年のワインを見つけたので持ってきたの。ただ、どこで手に入れたのか、もう記憶にない。読めない文字が何か国語も書かれている。ヨーロッパのどこかの国の、小さな食堂の自家製ワインだ。イワンは、ラベルを読んで、ニコリと微笑んでいる。そして、美味しくいただけるようにと、ワインを冷やしに行った。「なぜ、カーステアーズに会わないのさ?」戻ってくるなり、イワンは挑発的に言う。「あの人、キャンプに行く前、おかしかったのよ。 私が、なにか仕出かすのではないかって、心配ばかりしていたわ」「ふふっ、リーアム、いや、カーステアーズはね、休暇を迷惑がっていたよ」「イワン、あなたは、どんな風に過ごしていたの?」「ぼくはね、ミコノス島で、彼とのんびりビーチ三昧だったよ」「どの彼よ?」「やだなあ、ミーラチカ。こないだ、焼酎をくれたケンだよ」「もっと、時間をたっぷりあげたらよかったわねえ」「そのお気持ちだけで十分だよ、愛しのオーナー」そして、イワンは私をとろかせる笑顔で、正面から見つめてくるのだ。「きいて、イワン。キャンプ場の窓から夜中に外を眺めたら、 上空に私の列車が停まっていたわ」「きっと、彼は心配のあまり、控えていたんだろうね」「まったく、気分が悪かったわ。何が心配だというのかしら」「あなたが、自分の目の届かないところで、新しい恋におちていたらと 気をもんでいたんだよ、ミーラチカ」信じられない。最初に、キャンプ場の係員が現れた段階で、「妄想の余地なし」と判定して4日間平穏に過ごしたというのに。まったく、どうやって、あんなにときめかない男たちを集められたのか不思議。修道院にだって、もっとイケメンな神父様がいらっしゃるに違いないわ。「私、バルコニーから、懐中電灯で、帰りなさいって、信号を送ったのよ」「そんな事で引き下がる彼じゃないよね」「ええ。結局、解散するまでいたわね」激しく大笑いするイワン。私の隣に座り、私の肩を抱きながら、くつろいだ様子で言うの。「ねえ、愛しのオーナー、あなたは、カーステアーズのこと、どう思う?」「誠実で、実直で、でも少し皮肉屋さん」「彼って、普通にカッコいいじゃない?」「イワンは、今でも狙っているの?」「こないだ、猛烈にアタックしたけどね、彼の中には誰かいるんだよ」「ああ、心の中の小部屋の類まれなエレノアね」「違うよ、ミーラチカ、彼が今一番…」ガタガタっと音がして、サイドボードの影から何かが転がり出てきた。「イワン!何を馬鹿なことを」カーステアーズ。いったい、ここで何をしているというの。寄り添う私たちの姿を見て、赤面するカーステアーズ。「ごめんなさい、ミーラチカ。彼をよんだのは、ボクが考えたことなんだよ。 確かにね、カーステアーズは、ちょっと心配症すぎてね、 あなたを怒らせてしまったよね。でも、それはね、 オーナーへの愛がなせるワザさ。 ね、今の言い方ならいいでしょ?リーアム」ウィンクを送るイワン。「申し訳ございません、ヤンスカ様。私、4日間もお暇をだされるなど まったくもって、信じがたく、混乱をきたしたようでございます」「お暇を出すって、カーステアーズ、私はあなたに休暇をあげたつもりだったのよ」「私には、必要ないのでございます。いかなる時も、あなた様にお仕えし、 お傍にいるのが私の務めでございますゆえ」ニヤニヤしながら、イワンが私の肩から手を放し、カーステアーズが手に提げているアタッシェケースの方を顎で示して我慢しきれずに、ふきだす。「ねえ、愛しのオーナー、あの中を見せてもらってごらん」「カーステアーズ、見せて頂戴」赤面した上に、汗をはげしくかきながら、手をふるわせて、蓋をあけるカーステアーズ。私の顔をみようとしない。「んまあ!これは?プラレール?」顔の付いた蒸気機関車が一台と、小さな燕尾服のおじさんの人形が一体入っている。きかんしゃトーマスに、こんなキャラクターはいただろうか?しかし、何ともいえない顔。あ!吉田戦車の描く、かわうそ君に似ているんだわ。「やあ、こんにちは!ぼくはサドー島からやってきたんだよ。 あなたは、ぼくのご主人様のさらにご主人様なんだよね!」うわあ~。パチモンくさい、少年ボイスだわ。オッサン声でいいじゃないの。それにしても、このオモチャは、何なのかしら?イワンが答える。「愛しのオーナー、わかってないようだね。 これはね、カーステアーズの妄想列車なんだよ。 あなたへの心配から、妄想が膨らんで、 気が付けばこの小さな汽車が足元にいたんだってさ」私は、こんなに驚いたことはないわ。私の妄想列車はもちろん、所有する全てのものは、それはそれは、素晴らしいものばかり。「カーステアーズ、ビックリね。コレは、何で動くの?」代わりにかわうそ顔の汽車が得意げに答える。「もちろん、わがご主人様の妄想がボクの燃料なんだ」と。「あなた、どうやって、カーステアーズを乗せるの?」「実は、乗せられないんですよ。大きくてもハムスターが精一杯ですかねえ」「虫かアマガエルしか、無理そうね」「ボクもはやく、役に立つ立派なきかんしゃになりたいなあ」「本家みたいなことを言うのね。それに、サドー島ってどこよ?」「ボクの島のモデルは、新潟県の沖合に浮かぶ大きな島なんだ」はあ?佐渡。サドー島…。カーステアーズが、気の毒になってきたわ。「ねえ、きかんしゃさん、ちょっとあなたのケースに戻っていて頂戴」「わかりました。では、ご主人様、おやすみなさい」イワンは、涙を流して身をよじっている。「ボクも、初めて見た時に、悶絶したよ。 今でもやっぱりおかしいけれど」「イワン、おだまりなさい!」私は、気づいた時には、今までに出したことのない声で叫んでいた。「カーステアーズ、こっちにきて、おかけなさいな」「私は、本当に情けないですよ」「いいえ、恥じることなどないのよ。 イワン、人の妄想を笑ってはいけないわ。 それは、あなた達自身をも笑うことになるのよ」「ごめんなさい、ミーラチカ」「勿体ないお言葉です、ヤンスカ様」私は、現実の用事に追われて、この大切な私のお仲間を忘れていた4日間をふりかえってみる。充実した時間ではあったが、やはり、鮮やかさに欠けた光景だった。「私が悪かったわ、カーステアーズ。ずっと、待ち続けてくれてありがとう」「とんでもない、あなた様がお謝りになることではございません」「本当はね、心配してくれて嬉しかったのよ。 でも、安心して。本当に何の妄想のネタもなかったわよ」カーステアーズは、うつむいたまま首だけで返事をしている。「まあ、たしかに、あなたのアノ妄想列車は微妙だけど、 でも、あなたもオーナーの仲間入りよね」イワンは、そっと席を離れてギャレイに入っていく。「私ではなく、イワンのところにいらっしゃるのだろうと 思っておりましたが、実際に、おくつろぎになっているあなた様を 見ていたら、もう、私の列車は必要ないのではないかと感じました」「カーステアーズ、何を馬鹿なこと言ってるの?」「ヤンスカ様。あろうことか、私はあなた様の行動を妄想し、 嫉妬心を抱いたがために、あのような醜い列車を呼んでしまったのですよ。 私は、あなた様の誇りである妄想列車の運輸部長だというのに」相変わらず、こちらを見ようとはしないので、私は彼の顔を両手ではさんで、こちらに向けてやったわ。「私を見なさい、カーステアーズ、。 人間ですもの、妄想なんて当たり前のことよ。 あなたの世界で私が何をさせられようが、私は気にしないわ。 でも、私があなたを必要としないのではないかという妄想だけは、やめて」気が付けば、私は彼を抱きしめていた。でも、でも、カーステアーズは自分の両手を私にまわそうとはせず、それどころか、握りこぶしを作っていたわ。あなたなりの、誠意なのよね。私は、彼から離れ、ギャレイにいるイワンを見にいった。「ミーラチカ、あなたの持ってきたワインを飲もうよ」そして、左手でトレイを持ち、右腕を私に差し出す。「ねえ、さっきから、ケースの中で汽笛が鳴ってるよ」イワンは、すべてお見通しという顔で私を見おろす。「カーステアーズが、もう自分の列車なんか必要ないだろうって言ったから、 つい、そんな事は言わないでって、伝えて、でね、彼を抱きしめたの」「ウラ~!あの彼に、そんなことしたの」「もちろん、彼は自分の手を握りしめて何もしなかったわ」「だから、アノ豆列車がピーピー鳴ってるんだね」「私、もう、二度とこんな事しないわ。彼、困っていたもの」「ミーラチカ、困ってないから、汽笛が鳴るのさ」カーステアーズは、私がいない間に、いつものすました表情を取り戻していた。イワンも、何事もなかったように、私を座らせて、グラスを並べ、コルクを抜いて、白ワインを注いでくれる。「さあて、愛しのオーナー、そして騎士たるリーアム、 このワインの名前を知りたいかい?」「ステキだよ、伝説っていうんだ。 心魅かれないかい?リーアム。じゃあ乾杯しようよ」ガタガタ。バタン!と例のアタッシェケースが開いて、やたら明るい少年ボイスが響き渡る。「やあ、今伝説って言わなかった?ボクの島も伝説の島って言われてるんだよ~。 ねえねえ、知ってる?」かわうそのくせに、媚びたような表情で、カーステアーズの小さな汽車がまくしたてる。私は眼力で殺せるほどに、この汽車を睨みつけたが、へらへらと喋りつづけていて、全く効果がない。イワンは、小声で、ケースごと空中に放り投げようかと提案してきたが、よく考えてみたら、カーステアーズの分身みたいなもの。ああ、コレごと、私は受け入れなくってはいけないのね。こんなのを、呼び出すなんて、カーステアーズはよほど妄想がお粗末らしいわねえ。
2012.08.18
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私たちの留守中にも、たくさんのご訪問、ありがとうございました。カーステアーズって、人気あるのねえ。私にとっては、いつも傍にいるのが当然の存在なんだけど、なぜ、彼をちゃんと意識しないのかって、お便りをいただくと私、ゲラゲラ笑ってしまうのよねえ。さあ、4日も家を空けると悲惨ねえ~。空気はよどんでいるし、なんだか、時間が止まったままで、一気に家が老け込んだ気がするわ。雷雨がひどかったけれど、窓を開けて、空気を入れ替えて、ごめんねって、家の中を見て回ると、守ってくれていた、ちっこい小人さんらが、たしかにおった感じがするなあ。さて、ウーのキャンプ。結果からいうと、参加して本当に良かった!臨床動作法という訓練を集中して行うので、(いつもは月に1回)なんだか、姿勢も一気に良くなった感じがするし、自信をつけて、気持ち的にも安定したウーと過ごせたのはいい経験。いつもは、私にべったりなウー。しかし、大学院生のお兄さんやお姉さん、そして、たくさんの先生方と、参加しているお兄ちゃんお姉ちゃん、同級生の存在が嬉しくて、あまり私に対して執着を示さなかったウー。私が、わざと「お母さんに好き好きってしてよ~]とお願いしても素っ気なくしてきたウーを見て、なんだか、親離れ第一歩かなと嬉しく思いました。ウーには、学校で、大好きな女の子がいるんだけど、学生のお兄さんに、「ウーは、好きな子いるの?」と訊かれて、「☆☆ちゃん!」とか、得意げに答える姿をみても、おお、成長したなあと感じたり、のびのび、自分の思いを出している様子をみて、あらためて、ホッとしたりしたのでした。今回は、同い年の男の子と、3年生のお兄ちゃんと相部屋でした。男子の遊びって、面白いねえ。皆、輪になって、自分のipadや、DSで遊んでる。別々のことしてるのに、「一緒に遊んでおもしろかった~」(ウーの感想)らしいのだ。兄弟いないんで、貴重な経験です。テンション上がりまくりで、ハラハラしましたが、訓練も本当によくがんばっていました。腹筋をきたえて、変な体の反りが軽減されたらいいなあ。ありがたいことに、ウーの支援学校の先生方も参加されていて、(学部はちがいますが)同じ班だったので、心強かったです。いっぱい、ほめていただいて、励ましていただいて、ありがとうございます!去年、参加した時にも、この先生方との出会いで、こんな先生方がいらっしゃる環境なら大丈夫だと思わせていただいたステキな先生方。ウーは、本当に伸び伸びと楽しんでいます。今回は、他の支援学校の先生に、ウーの食事の時の支援法をみっちりと教えていただける機会があり母ちゃんは本当に助かりました。丸飲みしてしまい、汁物は喉につかえやすいウー。食べこぼしは激しいし、気は散りやすいし、時間はかかるしで、毎日私もウンザリしております。まず、私は、食べさせやすいように細かく刻んでいたつもりでしたが、まだ大きすぎることが判明。丸飲みしやすいものほど、小さくするようにとのこと。やはり、消化のためよろしくないので、肥満防止のためにも、細かくすること、歯ごたえがよくて、噛まなくてはいけないものは、そこそこの大きさでよし。プロの先生にかかると、あらま、ウーは先生の意のままにしっかりと噛み、言われるままに口開けて、咀嚼の状態を見せて、「あと5回かみかみしなさい」という指示に素直に従っている。親では無理なことも、先生ならば、がんばれる。本当に、感謝です。そして、親同士の交流が何といっても楽しみで、色々な情報交換、馬鹿話で爆笑しあったり、先輩お母さんから、素晴らしい育児のアイデアをいただいたり、皆で、本音をさらけだして喋りまくれるこの機会は貴重なものです。なかなか、障害児を連れて、お泊りで出かける機会はありません。私もですが、他の母ちゃんたちも、お風呂ひとつにしても、自分の身体をロクに洗えていない日々なもんで、今回は、ウーと別々に入れて、幸せでした!ウーも、先生や介助のお兄さんたちと入ったのが楽しかったようで「大きいお風呂、おもしろかった。お兄ちゃんと入りたい」と何度も言ってます。ともかく、ケガもなく、トラブルもなく、皆が元気で帰宅できたことが一番。家事から解放されて、気分転換もできたし、さて、秋に向けてがんばろうっと思える自分がいます。ウー、夏休みの宿題、微妙な進行具合だわ(笑)。全然、強制でも何でもないのですがね、私も全く宿題を計画的にできない子だったもので、わが子にエラそうには言えないが、せめて、ウーには、コツコツスピリットを身につけてほしいんだけどなあ。私は、口がうまかったの。小学校から短大まで、壮大な妄想言い訳で、歴代の担任を笑わせて、勘弁してもらえてたから。のんきな時代だったのねえ。今、根気とか、気力とかを求められるウーの子育てに向き合っている現状を思うと、ちゃんと、ズルできないような仕組みになってんのよねえと感心する私。というか、恥ずかしながら、今ようやく、努力して成果をだすことの尊さに気づかされてるのよなあ。ウーは、ちっこくて、私の子どもでありながら、心の師匠でもある、不思議なお子なんである。そんなことをグルグルと巡らしながら、美味しいワインを1本あけてもうたっちゅうねん。やっぱり、自分のお家って、いいものねえ。
2012.08.18
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やれやれ。わがオーナーが、ウー様とキャンプにお出かけになるので、私も強制的に休暇を強いられている。好きに、列車を使いなさいとのことだが、あのお方の妄想力こそが、わが列車の燃料なのだから、好きにせよと言われても、どうにもできないのである。4日間も、私の目の届かぬところにヤンスカ様がお出かけになるのは何とも落ち着かないものだ。「カーステアーズ、何の心配もいらないわよ。ただのキャンプ」しかし、あなた様は、以前、よその美形のご主人を驚愕の目で眺めていらっしゃいましたね。いくら、他人様の男には興味がないと言っても、もし、フリーのお方がいらしたら、暴走なさらないか、私には心配でならないのだ。「カーステアーズ、ついてきてもいいのよ。 見たら、安心するわよ、私は修学旅行に行く小娘とは違うのよ。 今回は、本当に、お仲間の皆さんと楽しくお話をして、のんびりするのが目的」修学旅行の意味がわからない私に、ヤンスカ様が説明してくださった。「小学校とか、中学校とか、卒業の前に、みんなで旅行に行くのよ。 あなたの学校には、そういうの、なかったの?」私は少年時代から、国を離れて英国の全寮制の男子校に行ったので、日々、他人との共同生活であり、就学旅行の概念がピンとこない。なんでも、修学旅行においては、引率者の目を盗み、好きな子に告白したり、誰が好きか同性同士で語り合ったり、どうも、そちらの方がメインなんだそうだ。ヤンスカ様いわく、小学生の就学旅行は、就寝中に激しい金縛りにあい、卒業文集に書かれるほどの騒動になったらしいし、(その後、何度かその土地へ行かれたが、やはり壮絶な金縛りにあうので用事がない限り行かないことにされている)中学時代は、好きな男子とおしゃべりする機会を得たが、相手がひたすら無言なもので、怒ってとっとと帰ったらしい。その後、お相手からプレゼントをもらっても、「意味がわからなかったわ、いったい全体あの時間が楽しかったとはいえないもの」だそうだ。わがオーナーに、繊細な男の気持ちなどわかるはずもない。高校は、女子校だったため、かえって楽しかったらしい。しかし、ここでも、また不思議な現象が起きて、同室のメンバー皆で集団金縛りにあったらしい。何なのであろう?「だからね、カーステアーズ、今回は皆子連れだし、何も起こりようがないの」ふむ。金縛りに怪奇現象か。私も何度かヤンスカ様を救出したことがあるが、その都度、あのお方に、新鮮な空気をお吸いなさいませ、楽になさるのですよと言い続けてきた。私が、お側にいなければ、お一人でどうなさるんだろう。夜中のバルコニーに出て、佇むあの方に、「どうかされましたか?」と声がかかる。「少し気分が悪くなったもので」とあのお方が答える。それは、夜間の警備をしているキャンプ場の若い男で、よく日に焼けた肌と、引き締まった体格に、子犬のような人懐っこい瞳をしているのだ。いかんいかん、確実にヤンスカ様はアクションモードに入るであろう。または。金縛りの中で、現れたのが、憂いに満ちた美男系幽霊だったら、あのお方は、冥土を越えて押しかけるであろう。ピッピー。私の足元から、きかんしゃトーマスの親友パーシーみたいな汽笛が聴こえる。ハッとして、見おろすと、顔のついたちっこい機関車と、ちっこい燕尾服のオッサンが、こちらを見ているではないか。これはいったい?「やあ、こんばんは。ぼくらはサドー島からやってきた、 あなたの妄想列車だよ。嬉しいなあ~」そんな、馬鹿な!プラレール程しかないではないか。私の運営する、この妄想列車とは、あまりにも、レベルが違いすぎる。「がっかりさせたようだね~、あなたの妄想では、ぼくらが精一杯なんだ。 つまりね、まだ、あなたの妄想力が出し切れてないってことなんだよ」なんで、いちいち、明るい少年ボイスでしゃべるのか、この列車は。ちっこいオッサンはよく見ると、人形だし。「あ、一応、ぼくだけだとカッコ悪いかなあと思って連れてきたんだよ。 あなた次第で、きっと彼もいつか人間になれるさ」頭がくらくらする。それに、この機関車の微妙な顔立ちといったら…。まったく。すべて、わがオーナーのせいである。もっと、安心させてくれたなら、私も平穏に過ごせるものを。ペラペラと喋りまくる私の妄想列車を見つめながら、休暇なんて嫌いだと、叫びだしたくなる私である。
2012.08.15
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皆さま、こんばんは。私の住む町では、2日間にわたって、とんでもない雷雨に見舞われたのですが、皆さまの所は大丈夫かしら?お水が大好きなウーは、不謹慎ですが、叩きつける雨をみて「かっこいい」と見つめ続け、「お外に行きたい」とせがみましたが、もちろん拒否した私です。さあて。明日から私たち親子は、臨床動作法という身体訓練の3泊4日のキャンプに参加してきます。まあ、障害を持つ子ばかりなので、近場で、安全で清潔な施設を利用して行われます。ユースホステルみたいな2段ベッドのある大部屋で、わいわいとやってきます。お盆に入り、あまりにもウーとの密着ぶりがしんどくなりかけてきたので(笑)、もう、荷物が多かろうが、やることの準備が大変だろうが、逃避できる喜びで、ウキウキします~。明日から、しばらく、炊事からは解放されるぞ!掃除や洗濯は皆でやるから大丈夫。酒類持ち込みは禁止なんで、健康的な4日間になるわ。母ちゃんは寝だめしてきます。先生方、学生さん方、すみません。このイベントが、ウーの夏休みのハイライト。去年も本当によくがんばった。今年も、たくさん食べて、大きなお風呂を楽しんで(学生さんと入るのだ)同部屋のボーイズと遊んで、いっぱい「たのしい!」という声をきかせてね。そんなわけで、カーステアーズとイワンにも、4日間の休暇を与えました。全従業員にも、休むように言ったのだけど、自分たちでシフトを組んで、私が必要としたら、すぐに列車や飛行機を出せるように待機するらしいです。キャンプで、どんな妄想が浮かぶというのでしょう?オトコマエのキャンプ指導員でも登場すれば楽しみですが。お母ちゃんたちは、子どもの訓練中に、ごろごろしながら世間話に花を咲かせるだけで、十分楽しいので、今回は、本当にユルユルと過ごしてまいります。ではでは、また。
2012.08.14
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珍しく、ウー様がお母上なるヤンスカ様とご一緒に、サロンカーでくつろいでいらっしゃる。ウー様のシッターであるマリアは、夏季休暇中。盆休み、ではない。彼女はカトリックであり、8月15日の聖母被昇天祭を故郷で過ごすための休暇なのである。まあ、子供というものは、見ていて退屈しない。が、思いもよらぬ行動に出られるもので、私としては緊張も強いられている。「おとーさん」ウー様に、呼びかけられて、仰天する私。「カーステアーズ、ごめんなさいね、この子は、大人の男性をみると、 皆に、おとうさんって呼んでしまうのよ。気を悪くしないで」私は、実は、ウー様のお父上を存じ上げない。ヤンスカ様から、聞きだした情報から、想像するだけの存在である。なんでも、ウー様は、お父上にそっくりなお顔なんだそうだ。ヤンスカ様が、まだ結婚生活を続けていらっしゃった頃。その時代にも、私はこの妄想鉄道を運営し、数々の旅をご一緒してきたものだ。しかし、今のような関係には程遠いものだった。「カーステアーズ、聞いて。今度、この子は彼に会うのよ、父親に」「さようでございますか。ウー様もお喜びでしょう」「とっても、久しぶりに話をしたのだけどね、 彼は、相変わらず魅力的だったわ」どう、答えろと?目顔で、聞いておりますと訴えるしかないではないか。「私はね、初めて彼を見た時に、絶対この人と結婚するんだわと感じたのよ」「そんな、確信が持てるものなんですか?」「空から降りてきたのよ、カーステアーズ。確信がね」「で、本当になったのでございますね」「私にとっては、わかりきっていた、未来だったのよ」「その未来も、過去に変わったわけですがね」ヤンスカ様が、私をにらみつける。「ずいぶんと、意地悪ね、カーステアーズ」だって、おかしくないか。最後には傷つけあって、別れに至ったお二人である。そんな、過去の男に、まだ魅力など感じるものなのか。「あの人、とても可愛い人だったわ」そう、ウー様のお父上は、年下だったはず。ヤンスカ様のことだから、せっせと母鳥のように向き合っていたのだろう。「色々なことがあったわね、最近は。嵐が去ってみて、 私の心が静まっている状態で、彼の声を聴いてみたら、 純粋に懐かしさと、あの頃抱いた思いがよみがえってきたのよ」「まだ、思いが残っているということでございますか?」「ちがうのよ、カーステアーズ」そういって、ヤンスカ様は微笑む。「今思っているのではなくてね、そう感じていたあの頃が、愛おしいという話よ」「あの人はね、旅人」「あなた様も、そうでしたね」ヤンスカ様は、懐かしそうに思い出し笑いをなさる。「私たちは、趣味も興味もバラバラだった。 普通にしていたら、絶対に交わらなかった人よ。 でも、旅というキーワードで、二人は繋がって、お互いを知ったの」「いいところも、たくさんあったのよ、カーステアーズ。 何と言っても一緒に暮らしたのですからね、この私が家庭をもってね」こればかりは、全くもってヤンスカ様の奇跡に違いない。かなり女性としてはアレで、無頼で、たいていの男性ならばあのお方を恋愛対象外の箱に入れるはず。または、異性の友人として、面白おかしくつきあう仲間の箱に入れるか。「あなた、この間、言ったわね。過去を慈しむ思いで眺めることができる日がくると」「ええ、さようでございましたね」「私は、今回の失恋で、思わぬものを手に入れたわ」「と、申しますと?」「今さらながら、ウーの父親への色んな思いよ。 二人の一番末期の姿でなく、本当に幸せだった日が存在したことに対する、感謝」ヤンスカ様は、身を乗り出して、私に向き合う。「ねえ、聞いて、カーステアーズ。私ね、一番愛されているなと感じた出来事があったの。 それは、二人で京都に出かけて、インド料理を食べた後にね、 ちょっと、感じのいいカフェで腰かけていたのよ。 お洒落なお客が、映画のワンシーンのようにくつろいでいたわ。 でね、私、急に気分が悪くなったと思った瞬間、 その場でマーライオンになってしまったのよ」かの、マーライオンですか!あの、お口からビュウ~っと噴いてるアレでございますか!「店中が、一瞬にしてどよめき、私は気づいたら、自分もテーブルも とんでもないことになっていたのよ」私は、顔色を変えぬようにしながら、うなずいて聴く。「彼はね、さっと動いて、店の人を呼び、私を労わりながらも、 笑顔のままで手早く掃除をし、周囲に謝り、 私をふいてくれて、ごく自然に外へ連れ出してくれたわ。 すれ違う人が、私の姿をじろじろ見ようが、私の手を取り いつも、これが当然だといわんばかりで、新しい洋服を買ってくれたわよ」たしかに、素晴らしいホスピタリティだ。「ちらりとも、嫌悪感を示さなかったわ。茶化しも叱りもしなかった」ヤンスカ様は、ウトウトしているウー様の頭をなでながらおっしゃる。「今思えば、たいした人だったのよ、彼は」もしかしたらと、私は案じる。再び、お二人が寄り添うこともあるんだろうかと。「カーステアーズ、お馬鹿さん」「何がでございます?」「あなた、私がまだ未練でいっぱいだって、思っていて?」「そのように、とれないことも、ございませんね」「ちがうわね」さあ、飲みましょうとヤンスカ様がグラスに向かって顎を上げる。ウズベキスタンの赤ワインである。「あの人の、数年前のお土産よ、カーステアーズ」「私や彼のような人種はね、近寄りすぎてはいけないのよ。 ふっと、たまに会うとね、それはそれは、魅了されるのよ、お互いにね」「一緒に舞台に立つのはいいのよ、でも、舞台裏でまで過ごすのはダメな相手よ。 結婚生活は、舞台裏だらけでしょう? こうして離れてみて、忘れていた彼の良さを、再評価できるようになった、 ただ、それだけ」「しかし、それは、やはり惚れ直したということでは?」「あなたは、友達に惚れたりしないの?カーステアーズ、人として、よ」残念ながら、私は結婚したこともなく、今後もするつもりもなく、ましてや、わがオーナーの独特な価値観が、たまに理解不能なんである。「わからないのね?カーステアーズ」「はあ、なんとも不可解なのですよ。あなた様は、あんなに悲しまれて、 苦しんでいらっしゃいました。私は、はやく元気になっていただきたかった。 タオルミーナへお連れしたのも、そういう理由でした」「訣別しろと、あなたは言ったわね」「ええ、あなた様には、自由でいらしていただきたいから、 笑ってお過ごしいただきたいからです」「だからよ、カーステアーズ。あなたのおかげで、新しい恋にもぶつかり、 そして、壊れて、やっと、やっと、スタートラインに立ったのよ」だから、どうしてそれが、ウー様のお父上の再評価につながるのか。「恨みつらみを、脇においてみたらね、 ああ、この人は家庭の中に波乱万丈な風を運んでも仕方がない、 なんだか、スッキリと認められたのよ。 優しい人よ。ルックスも気前もいいの。 エスコートが、素敵で、デートするのが楽しかったものよ。 きっと今もモテているはず。 舞台裏にいる時には、それが私を苦しめたけれど、 今はまたどちらも舞台でしか会うことはないわ。 だからこそ、素直にあの人の好さを懐かしく思えるのよ」なるほど。私はまだ微妙な気持ちではあるが、一応納得した。「ウーには、いつまでもステキなお父さんの幻想を与え続けてほしいの。 そこだけは、誠意のある人だと思いたいの。 で、あの子の前では、私たちは、どちらも、ウーを心から愛していると 表現しつづけるわ」「でも、また、ウー様はお父上と離れ離れになるでしょう?」「カーステアーズ、この子はね、旅人の息子よ。 いつも、ウーは彼と会って別れる時に、また父親が遠くへ長い時間旅に出た、 そう、受け止めているのよ」「悟っていらっしゃるのですね」「ええ、お父さん、またお仕事に行っちゃったって、言ってるわ」「いつか、ウー様が、ご両親の眺めた世界の光景を、 ご覧になれたらよろしいですね」「いつかね、父親と二人で旅に出してやりたいというのが、私のひとつの夢よ」私がグラスに口をつけないものだから、ヤンスカ様は、再度うながす。あなた様は、これから、どんな夢を求められるのでしょうね。相変わらず、ささやかな一目ぼれと、気まぐれと、大騒ぎに満ちた時間を私は、あなた様の傍らから見つめ続けるのでしょうか。「ワインって素敵ね、カーステアーズ。時間とともに味わいが変わるんですものね」何が、変わるんですものね、だ。私は、変わらない。何があろうと、ヤンスカ様への見方は変わらないのに。「カーステアーズ、何を怒っているの?」「いえ、何も怒ってなどおりませんよ」「まるで、私の男みたいに、拗ねるのねえ~」ヤンスカ様が、立ち上がって私に近づいてくる。私の腕をとり、私の好きな、ちょっとだけ低めの声でおっしゃる。「お願いがあるのよ」と。動揺を隠しながら、わがオーナーのお顔を見つめると「さあ、景気づけに、エールをきってちょうだい!」落胆なんて、してないぞ私。これでいいのだ、これでこそ、わがオーナー。「腰が入ってないわ、カーステアーズ!甘いのよ」ちがう甘さを期待した私こそ、甘うございましたですとも。
2012.08.12
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もう、夏は終わりに向けて流れているのに、今さらながら、やっと、ウーの散髪をした。赤ちゃん時代から切ってくださってる子ども美容室へわざわざ連れて行くんである。大人のヘアサロンも併設されていて、今日はやたら、若い娘さんが多い。「今日は結婚式が多いみたいですよ」と先生。なるほど、髪のセットか。しかし、きょうびのお嬢さん方は、スタイルよろしいね。そこそこ、みな別嬪さんに見えるし、私の若い頃よりうんと自由。色んな女の子の在り方がOKになってきたんやねえ。そんな風に思いながら、ウーの散髪に付き合う。まあ、暴れるんである、これが。私が両手をおさえ、助手さんが、体をささえ、先生が、素早くカットしていく。ワンワン泣きながら、バカ力で反撃してくるので、ウーも散髪嫌いだろうが、母ちゃんも毎度、気力体力使い果たしますわ。やっと、落ち着いて、ウーが体をきれいにしてもらってる間、オバちゃんレーダーに、娘さん同士の会話がひっかかった。「私、ちゃんと披露宴のりきれるかなあ?」「どうしても、アカン時は一緒に出よう」と友人。ただいま、妄想列車が0番線から出発いたしま~す。ふむふむ。私も、そないに経験はないけれど、婚礼の司会をやらせていただいたことがあるの。まあ、色んなドラマがあるわよね。打ち合わせの時から、主役のお二人と話していくうちに、当日起こりそうないいことも、悪いことも、頭の中ではじき出していくのな。誰が、キーパーソンなのか、特に配慮しなあかんお客様とか、披露宴テロリストはいそうか?(マジであるんだい、式場にくる元彼・元カノ)乗り込みはないにせよ、微妙な電報やらメッセージが会場に来ることもあるんだな。(電報局って、どうみてもおかしいヤツでも、発送しなきゃダメなの?)一番ひどかったのは、お弔い用のを送りつけてきたパターン。あ、主賓のオッサンが、新婦に祝辞いうんやが、自分と過去に何かあったぜ的なニュアンスこめて、泣き出した時は、私も、「お父様がお嬢様を思うような深い愛情でいらっしゃったのですね~」というしょうもないフォローしかできなんだよ。もちろん、円満な披露宴の方が圧倒的に多いが、女子トイレでのお客様同士の会話とか、こえ~よって思うことも多々あった。ドレスについて、演出について、料理について云々…。私の時代には、披露宴に異性の友人を招待するのって、珍しかった。二次会はありやけど、同性の友人のみ。時代は変わって、若い子は、男女関係なく招待しておる。元彼や、元カノも。これには、慣れるまでは私は仰天したが、誘うなよと内心思う。で、参加するなよとも。話しやすいタイプのカップルを担当した時に、招待者リストで、新郎の元カノという方があり、私はオバちゃんなんで、ちょっと教えてほしいが、このような方をよんで問題ないのですか?と訊ねたら、「ああ、へーきですよ。今は、ただの友達だしケジメのためにも見せとかないと」ですと。お二人は授かり婚で幸せ絶好調、まあ、正直周りが見えてない。で、当日ですわ。その方は、顔色もよくないし、必死に座っている様子で、私も、ものすご~く、気にかけながら進行した。お色直しの入場で、主役のキスシーン見た時に、彼女はポロッと涙をこぼし、スポットライトが移動している間の闇にまぎれて、席をたったのな。スタッフから、気分が悪いので中座なさいましたと連絡を受けて、私のお客様は主役の二人なんだが、心の中では、元カノさんに感情移入してもうた。ほんまに、何がしたいのかと腹もたった。で、見たくないのに見に来てしまった元カノさんの思いも、色々あったんやろなあと想像するしかなかった。その場面を、美容室の娘さんらの会話から連想してもうた私。まだ、心に思いのある相手なら、揺れますわなあ。とことん、現実を受け入れるのもひとつの手かも知れんなあ。でも、いっそ、それなら披露宴テロする意気込みで闘え!よくも、やってくれたわね~と、乗り込むのだ。映画の「阪急電車」みたいのんも、アリやで。ヒドイこと、すすめてる?私。だけど、一番すすめたいのは、もう、揺れてるなら、行くな!自分の人生からそんな奴らは締め出してしまえ~。見せつけるのが目的の人たちには、見ないこと、関わらないことで、反撃あるのみ。ウーの散髪代払いながら、オバちゃんは娘さんの顔をみる。キレイなサーモンピンクのミニドレスに、品の良い顔立ち。ああ、こんな娘さんをいたぶるやなんて、どんなヤツやねんとオバちゃんは乗り込んでいきたい気になったが、心の中で祈っておいた。「ぜったいに、いいことあるから、無理せず逃げろよ。 このまま気が変わってドタキャンしてもええねんで」と。暴れまくったウーから、マクドに行きたいとリクエストされ(受診や検査などなど、ウーががんばった時にはご褒美でつれていくのだ)私も、夕飯作る気力がなくて、帰り道のドライブスルーに寄った。まあ、お盆なんで、激混み。順番を待ちながら、あのお嬢さんは、行ったんかなあと、また考える。私が彼女のオカンやったら、ええのに。もう、とことん話きいて、あんたは悪るないで~、でも、もう、そういう人らからは離れなさいやと熱く語るのに。なんぼでも、泣かせてあげるわ。気のすむまで。で、うちの番がきて、ウーお楽しみのポテトにチキンナゲットを注文。自宅で、袋をあけたらね、チキンナゲットが、なかとですよ!入っとらんとです。レシート見たら、確かにお金は払い済み。なんで、即、電話いたしまして、後日いただけることになりましたが。ナゲットがないショックで、ウーは号泣ですわ。泣いて泣いて、おさまりませぬ。よその娘さんに、そうさせたげると言うたように、ウーの気のすむまで泣かせてあげた私だ。たしかに、ナゲットないのは辛かったな。しかし、泣く間に、まだあったかいポテトを食いなはれやと思うんだが。
2012.08.12
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昨日は、友人がイベントを行っている大阪市内のスペースにお邪魔した。彼女は役者さんで、お洋服や雑貨の作家もしている。私とは、専門学校の同僚なんだけど、通常の講義でなかなかお話しをする機会がなかった。いつも、カラフルで、自分の好きなものを身に着けて、キラキラしていて、本当に気になっていた私。で、聞けば、自分で作ったものだというので、ちょいとラブコールをさせていただいた。「よければ、私と相方がやっているお店とコラボしませんか」と。で、今回の催しを教えていただき、のぞかせていただいたが、やられましたね~。出張カフェのオーナーさんとのコラボで、玉造の長屋を舞台に、素敵な空間が展開されていたの。エアコンないけど、風が通り抜けて、快適。身体にいい、野菜の定食をいただき、その優しい味付けに感動!ちょいと、ものをナナメから見る私は、「エコ」「オーガニック」「ロハス」とかのキーワードをみるとそういうのって、素直に取り入れられない自分がおるのな。ファッションの一部なんやろ?とか悶々と考えてる間に距離が開いていく。でも、まあ、自分も成長したのだ。「オーガニック」だから美味しいのやのうて、美味しいものは、美味しいんだと。今回、写真ぐらい撮っておけよ自分(カバンの中のデジカメは一体なんのため)と思うくらい、夢中にいただいてしまった。デザートも、ほうじ茶のゼリーとか、ぶどうのタルト、あ、ナスのコンポートというのか、こんなに、美味いなんてびっくり。イチジクっぽい食感。友人の作品(タイパンツ、バッグ、小物)も展示されていて、私に似合いそうなのはコレっと選んでいただいたのを試着し、購入。確かに、好きな色み。柄。ようわかってはる。さらに、私の内面にもずばっと、斬りこんでくる。「ヤンスカせんせって、尽くす人でしょう?」「ななな、なんでわかりますのん?」「うふふふ~、わかるんです。」そうよ、私は忠犬ハチと優勝争いができるレベルだと思う。別に恋愛に限らず、男女問わず、頼られたら放っておけないのよな。甘えられたら、守ったらなあかん!と使命感すら抱く。だから、まあね、正直、今は気楽よねえ。家庭内で尽くす相手はウーだけ。しばらくぶりに、自分の本能の命ずるままに、自分のことをやっておられる。「だから、へんな人に気を付けてくださいね~」了解!心の底から了解。やっぱり、私の恋愛対象はお仕事なり。数日前は、あんなにへこんだが、おかげさまでやることがいっぱいあって、すっかり、心は地ならしされてるんである。まあね、大泣きしながらでも「声帯をいためないように」泣いてた自分。私は、自己実現の道を行くし、幸せの王道を、手を振って歩いていくの。イケてない恋人はいらない。イケイケの友人や先輩後輩方がいっぱいいるんだもの。チャラさと優しさを混同しないように、いいかげん、学習しよう、自分。和やかな、イベント会場の中で、静かに猛省した私。本気の感性に触れさせていただいたおかげであろうなあ。友人も、障害者福祉について、とても関心を寄せている。表現を生業にする自分たちにできることについて語った。一緒に、楽しめること、で、なにより、オシャレでステキなアプローチをすること。ウーの通う支援学校に出すバザー用の商品も提携してもらえるとのことで、21百貨は、また進化できるかと思う。本当に人との繋がりって、一番の財産よね。いい一日だったわ、オデコさん、ありがとう!ぜひに、子連れ家飲み会をやりましょう。
2012.08.11
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「リーアム、素敵なインテリアだね。少し、昔風で、豊かな優しさがあって」なぜ、イワンが私の自慢の食堂車に座り、テーブルを共にしているのか。しかも、私の名をウィルと呼ぶ者はいても、リーアムとは、いやはや。ふっと、イワンの左手が私のグラスに伸びて、次の瞬間には、口元に運ばれていて、そうしながら、私をじっと見おろし(そう彼は長身なのだ、座っていても)右手を素早く私の手にからめてくる。で、ウインクを送ってくる…。おおっと。私は、女性が好きである。好きであるはずなのだが、こういった、イワンの悪戯には、つい動揺してしまうのだ。この猫男め!ヤンスカ様の新たな旅立ちを盛り上げるべく、お心を慰め、励ますために、私は晩餐会を思いついたのだ。私ひとりの力には、限界がある。妄想鉄道の運行にかけては、完璧だと言えるのだが、私は、どうも、わがオーナーにとって「癒し」の担当には向かないらしい。ただ、誠実にあの方のために、お仕えするだけ。失恋を打ち明けた夜。私とヤンスカ様の間には、親密な空気が、確かに流れていた。エレノアは、過去を彩る私の宝物だが、今、私がお慕いし、そして守りたい存在は、ヤンスカ様のみ。まあ、お守りしたいなど、決してあの方の前では口にできないが。「カーステアーズ、あなたって最高ね」わがオーナーの言葉が、何度も何度も胸の奥によみがえる。私は、あの方のお手をとるのが、精一杯だったが、本当は…。「リーアム、あなたって、感情が煙のように流れて、わかりやすいね」「は、はあ?」イワンと一緒だと、どうも調子がおかしい私だ。「ふふっ、まあ、いいよ、気づかなかったことにする」「え、何の事だろうか?」「だから、いいじゃない、リーアム。 でさ、愛しのオーナーのためのメニューはもう決まったの?」私は、快適な空調のなされているはずのわが車内だというのに、汗をふきふき、イワンに説明する。「ヤンスカ様は、昔ベルギーの警官とちょっといい思い出があっただろう?」「ウラー!ボクは、初めて聞くね」「ブリュッセルの、グランプラスで、わがオーナーは、石畳にヒールをはさまれて 転倒されたのだ。その時に、馬で通りかかったのが、ムッシュ・モロだ」「へえ、どうなったの?」「ムッシュ・モロは、あのお方を馬に乗せて、滞在先のホテルに送って行かれた」「ボクも、そんなことされたら、ぐっとくるね」「あのお方は、単純だから」「で、オトコマエだったんでしょ。ヤンスカ様ってさ、まず顔ありきじゃない?」「イワン、言葉をつつしみたまえ」「だってさ、ホントじゃない、リーアム。なんだかんだ言ってもね、 あなたもボクも、ヤンスカ様の好みのタイプなんだよ」私は、言葉がでない。「ねえ、で、ムッシュ・モロとはどうなったの?」「たしか、奥様を亡くされて、小さなお嬢さんと暮らしておられたのだ。 ヤンスカ様は、例によって、勢いよく接近されたが、 お相手は、自分の身の上を気になさってか、デートにいらっしゃらなかった」「ああ、お気の毒な愛しのオーナー!」「それで、我々はパリに行って、気晴らしをしようと出発の準備をしていたのだ」気のせいか、イワンと私の距離が近い。「ブリュッセル・ミディ駅から、動き出した私たちの目に飛び込んできたのは ムッシュ・モロと、その手に掲げられた赤いバラの花束だった」「あのさ、リーアム。この列車は自由なんだから停めてあげたらいいんじゃないの?」おっしゃるとおり。しかし、イワン、早く君もあのお方のパターンに慣れなくてはな。「ヤンスカ様は、劇的なのがお好きなのだ。停車して、世間話をしたら 平凡な展開ではないか、イワン」「でも、珍しくうまくいきそうだったじゃないか」私は、ぶるぶると首を横に振る。「わがオーナーは、両手を伸ばしてこうおっしゃった。 【わたしたち、こうなる運命なのねラファエル!いつまでも、忘れないわ】」「ははっ、それは、ウソだよね。だけど、愛しのオーナーは順調なのも怖いんだね」ようやく、私は本題に入る。「でだ、イワン。成功体験である、あのベルギーの日々を思い出すべく、 パリからシェフを招いている。ムッシュ・シャロームだ」「え!あの、ゴー・ミヨの20点満点の彼?」「ピカルディ料理を用意する。たしか、あのお方はムッシュ・モロと ブリュッセルの下町のビストロで、チコリを召し上がって、 お気に召していたからな。」「で、わがオーナーと、君は、とても深く繋がっているから、 今から試食に付き合ってもらい、感想が欲しいのだ」そこへ、ウー様のベビーシッターであるマリアがそわそわとバラを生けた花瓶を運んできた。ちっ、目当てはイワンを観ることだ。「やあ、マリア。こちらで会うのは初めてだね」イワンは、相手が欲しがる表情を、きちんと提供する。天使の祝福でも受けたかのように、マリアは赤面し、満足げに会釈して去っていく。 「リーアム。ボクは彼女の癒しの天使だよ。ただ、それだけ。 あなたの方が、ずっと、オーナーのことを理解しているさ」「そしてね、ボクはあなたのことを、よく理解しているよ。 リーアム、愛しのオーナーは、赤いバラ、苦手だよね、 あなたは、ちゃんと彼女の好きな色のを用意してるじゃないか」それは、夕焼けか、朝焼けか。切ないまでの柔らかな色味を帯びたバラ。「ボクは、そのバラの花ことばは知らない。 でも、その名前は知ってるよ、ダーリンっていうんだよね」じっと、正面から私の目をみつめて、そして顔中で微笑み、さ、食べようと屈託なく私の手をとるイワン。私はいったい、どうしたのか?
2012.08.09
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ウーと私は、K病院に入院していた頃にお友達になったミンちゃん(仮名)親子と久しぶりにご対面するため、甲子園までお出かけしてきた。対面は、久しぶりだが、ネットでは毎日交流しているんで、お互いの生活やらわかっている分、会っても、いきなり本題に入れるのがすごいね。ミンちゃんも心臓病を持つダウンちゃんで、ウーとは同い年。赤ちゃん時代は、見た目もそっくりで、看護師さんたちから「わあ、二人よく似てる~双子みたい」と言われるほどそっくりさんだった。心臓カテーテルのための入院という、シリアスな状況だったにも関わらず、ミンちゃんの母は、穏やかな笑顔を浮かべて、決してユーモアを忘れずそんな方やから、速攻で私ともお友達になったんだった。とっても、若い友人だけど、精神的な成熟の度合いはね、とっても大人。数年ぶりに会ったけれど、彼女はいまでも少女にしか見えない。ミンちゃんを先頭に、弟・妹の3人の子育てをがんばっている。ミンちゃん。よく日に焼けて、精悍な顔立ちになり、言動もいっぱしのお兄ちゃん。ウーは、相変わらず真っ白で、マイペースで甘えたな一人っ子。お互いに、じゃれあって、相手を意識する姿に母たちはジーン。K病院というところは、循環器専門のところで、西日本では、ダントツの実績をもつところ。ていうか、ここに紹介されて来ちゃうというのは、本当に、大変な状況の方ばかりということ。ミンちゃんは、ヘリで運ばれてきたんだった。うちは、たまたま地元だったから、夜に緊急入院が決まった時にタクシーで行けたけどね、運転手さんが何ともいえない表情で私とウーをミラー越しに見ていた光景が、今も思い出されるわ。乳児の病棟は、2親等までしか入室不可。だから、私の妹は、ウーが検査で移動する時に、廊下で一瞬対面したのだった。厳しい規則と、徹底した衛生管理。そこには、独特の空気があって、出産後の晴れやかなムードはないのね。うちは、ここに来る前にY病院のNICUにいたから、様々な病気と障害を持って生まれてきた赤ちゃんの姿を目の当たりにして、驚きと、そして、素晴らしい生命力にふれて、自分がどんどん価値観の書き換えをせざるを得ない状況でよっしゃ~、やったる!な気持ちになっていたんだけど。K病院では、悲しい現実も見なくてはならず、毎日とは言わないが、あれ、あの子の姿が見えなくなっている、もしかして…と胸をしめつけられる場面にも出くわす。誰かのオペが成功したら、皆で喜びあい、そして、情けない現実も見たものだ。とんずらする、父親たちである。産後すぐにやってきた母子を見捨てて、離婚届をおいて失踪した馬鹿男もいたわ。私たちは、労わりあって、励ましあって、世間の幸せそうな産婦さん達とは、歩く道が違ってしまった自分たちを認め、戦友になったのだ。無事にオペが成功したのに、合併症で命をおとした子たちもいた。私たちは、泣いて泣いて、その子の分まで残ったものが命を繋ぐのだと固く誓った。いつ、わが子が天に連れ戻されるやも知れないという恐怖におびえたあの日々。小さな小さな心臓病の赤ちゃんたち。私などは、何か起きた時に自力で15分以内にK病院に行ける立地にしか住むつもりはない。いまだに、覚悟の火種は自分の中にあるのだ。だから、だからこそ、ミンちゃん共々、小学生になった今、母たちは感慨深いものを覚えながら、再会を喜び合った。本当に嬉しいねえ。で、ランチをしようとお店に入り、私はウーとミンちゃんの間に座った。人懐っこいミンちゃんは、すぐに私にも臆することなくあれをとって~、これをして~と可愛くおねだり。ダウンちゃんの見えない言語については、そうとう私も通訳がうまくなった(笑)。ウーで、鍛えられた連想ゲームのおかげ。そうしたら、ウーが吠える。「うわああああ~」と。で、私の腕をひっぱり、自分を見てくれとアピール。ヤキモチやいてるんである。最近では、オレにかまうな的な態度をとることもあったんで、ちょいと嬉しいわ、母ちゃんは。で、関心をひくために、色んなモノをテーブルの下に投げる。ミンちゃんも、それをみて負けじと水を床にぶちまける。ふっふっふ。母たちをなめんなよ。動かざること山の如し。毅然とした態度で、モノを拾い、たいしたことなんてないのだと子たちにアピールする私たち。まあ、周りの方にはご迷惑やから、ちゃんとフォローはいたしますが。で、食事をすすめていくが、戦場でももっと気楽に飯を食うに違いないと思われる大変さ。とにかく、目が離せない。自宅でも、たった一人のウー相手でも、朝なんか、私は立って食事をすませなきゃいけない事が多々あるのだ。外食に関しては、まだまだハードルが高いのである。一緒に過ごすうちに、ミンちゃんとウーの共通項がわかった。ちょっとでも、食べ物や飲み物が手や顔に着いたり、テーブルに落ちたりしたら、大騒ぎをする。早くとってくれと。一粒のコメでもだ。家では、片っ端から電気をつけないと気が済まないのよと私が話すと、ミンちゃんもそうらしい。関係ない廊下や玄関、トイレにお風呂までスイッチをつけまくるらしい。で、母は消して回り、また隙をみては電気をつけて回る子とのいたちごっこ。自分が食べ終えたら、もう待てないので、家族で同時進行でなごやかな食事とか無理!ってこと。はい、今回も、子供たち、自分たちが食べ終えたら当然のように椅子から降りてどこかへ行こうとゴソゴソ。どこへ行くっちゅうねん。私は、デザートとコーヒーを自己最短記録でやっつけましたとも。まあ、そんな状態の中でも、私たちは必死におしゃべりしましたがね。会計を済ませて、店を出て、駅に向かう途中で忘れ物に気づく私。あちゃ~しまった。と、いうのは、ウー、行動の途中変更不可な人。もう、駅に行くと思い込んでるので、なぜにまた逆行するのか受け入れられないのだ。「ごめん、ウーちゃん、お母さんが悪かった」と謝り倒すが、メソメソと泣きながら、市場へ売られていく仔牛のように反抗する。ミンちゃんも、同じく。半ば引きずりながら、忘れ物を受け取り、お別れをして解散。せっかく、ららぽーとに来たのに、ウインドーショッピングすら無理。とんでもない疲労感が襲ってくる。ほんまに、私たち、いつもようやってるわよ。ウーよりもはるかに小さな子が、単独で歩道を歩く姿を見て思う。でも、でもだね。絶対にうちの子と取り換えっこなんてしないもん。色々あるんだけど、私の可愛いウー。何億積まれても、養子になんて出さないわ。白昼の妄想列車が出発するのである。
2012.08.08
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そうです、ひと夏の恋が終わりました。私、一晩中泣いて泣いて、朝がきて、頭きりかえて、ウー連れて、友達と会って、明るい気分になれたけれど、阪神電車から阪急に乗り換えた後、気が付いたら、電車の床に倒れていた。そりゃ、寝てない、飯は食ってない(ランチもいつもほどは食わず)ではいかんわね。そばにいたオバちゃんたちが起こしてくれて、さすがに、自分の行動を、反省してしまった。途中下車して、実家に立ち寄り、気分悪いから寝せてほしいと、2時間ほどウトウト。そして、夜にウーと2時間ドライブしながら、大泣き。もう、感情のままにまかせて。この場をお借りして、プライベートで、私の苦しみを共有して、見守ってくれた先輩方と友人に、心から感謝を申し上げます。強がりではなく、本当に大丈夫です。皆さまのお顔をみたら、そら、泣いてしまうかもしれません。でも、ちょうど昨夜から24時間が過ぎた段階で、確実に、前進した私がいます。昨夜は妄想の中で、何千回も死にました。飛び降りたり、飛び込んだり、はねられたり。今日の私は、うっすらとできたカサブタをはごうか、はぐまいか見ている感じ。夏が終わるころには、傷痕を、かゆいかゆいとボリボリ掻けるはず。そうイメージして過ごすようにしています。ああ、辛い結果になったけれど、まだ誰かを好きになれる自分に戻れて良かった。離婚した時に、絶対もうあり得ないと思っていたのでね。この恋をして、長いつきあいの同僚にも「やっと、あなたらしさが戻ってきたね、おかえり」と言われ自分がどんなにひどい有り様だったのか、改めて恥ずかしく感じた。私が、自分を取り戻すために必要だった出会いなのだという、先輩方の言葉が、私を慰めてくれます。言葉は悪いけれど、ステップの恋人。撤退する理由は、好きになってはいけない状況の方だから。最初は、知らなかったのです。どんどん魅かれて、疾走しかかった時に、真相がわかりました。若い頃の私だったら、どうしていたかなあ。余計に加速していた気がする。でも、今の私はそうでないから、ボロボロになりながらでも、遠のかなきゃいけないと、思う。本当に、その人と縁があるならば、また必ず交差するのだから。だから、いったんは、手放さなくては。いやあ~、しかし、お母ちゃんしながら、失恋プレイというのは滑稽なものよ。ウーと歌って踊ってしつつ、大泣き。ご飯作りながら、大泣き。洗濯物たたみながら、大泣き。そして、この経験だって、私の芸の肥やしなんだからと思うしたたかな自分もいて、歳をとるというのは、ええシステムやなあとも、俯瞰する自分が考えていたりするの。ね、こんなんだから、大丈夫ですわ。今夜は、シルクヱビス飲んで、一気に寝ますわ。
2012.08.07
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学生の皆さん、卒業生の皆さん、暑中お見舞い申し上げます。日々、エンジョイなさっていますか?私は、昨日、皆さんの学校で行われた、夏の講師会に出てきました。相変わらず、私たちは皆、熱いせんせの集団です。皆さんの、目標を少しでも叶えたいと、盛り上がっていましたよ。そして、私はいつものように、バニラエッセンス程度の毒をはきました(笑)。さあて。在校生の皆さん、もうすぐ前期試験ですわね。私は、いつも、試験の課題を先にお教えして、読み合わせもチェックしてからお休みを迎えていただきます。さらに、後期1回目の授業にて、再度読み合わせもありーので、本番に臨むという、学年一優しいせんせだと自負しておりますの。え、ちがう?だからね、とっても期待してますからねえ~。ナレーションてね、何も考えずに回数やっても無駄よ。私の考えだけど。瞬発力は必須よ。そして、自分のデータベースがどんだけあるかということが、決め手になるのよ。私の意見よ。発音やアクセント、滑舌は言うまでもないけれど、それらを備えていても、無難な表現しかできない人と、技術は荒いが、とんでもない感性を持ってる場合は、後者が勝っちゃうというのも、アリな世界よ。でね、あなたが、何を考えて、何を蓄えているのか、原稿を読んだだけで、全て筒抜けになるのよ~ん。よく、私、皆さんの性格や行動を当てて、びっくりされるけど、表現者たる者、このくらいの観察力は皆備えてるものなの。どうか、さらけだして。または、うまく、私をだまして。皆さんぐらいの時はね、300の力出して、やっと良くて80の結果になるの。これが、キャリアを積むと、燃費がよくなるのね。イイことなのか悪いことなのか、わからないわ、いまだに私は。でも、その時々の究極の感性を注いでね。あなたが、感じなければ、私も感じないのよ。私がくやしいって思う試験にしてね。卒業生の皆さん、フェイスブックなどで、皆さんの活動を拝見しています。舞台や声の仕事に進んだ方、堅気になってる方、そして今も思案中の方、あの学生時代には、皆が同じ場所に立っていたけれど、どんどん、個の生き方に向き合っていることでしょうね。そう、あなたの人生はあなたのものだから、誰かに流されないで。自分でデザインすること。ロクデナシになってもいいから、誰かの魂をわしづかみにできるような、表現者でいてね。これは、普通のお仕事でも同じよ。美意識を、大切にしてね。皆さんも、いつか年をとっていくのよ。外見で勝負できるのは今だけ。それを活かせる仕事をとるなら、今最大限に努力しなきゃいけないわ。でも、年齢を重ねた表現者の魅力は、品格よ。内面ってことね。これだけは、にわかに身につけられないの。今のうちから、どうか忘れないで。カッコいいあなたでいてね。いっぱい、遊んでくださいね。バイトづくしなら、そこで、見えるものをしっかり頭に刻むの。人がいるところ、全て、物語があるから。私たちは、そういうものを読み取れる感性を鍛えましょうね。よい、夏を!わかってると思うけれど、在校生さんは、読むだけね。コメはなし。
2012.08.07
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そう、神様って、気まぐれ。突然、私に恋を押し付けて、ためらいながら、私がそれに応えたら、あっという間に、とりあげておしまいになるのよ。何のために、あの人に出会ったのか。つかの間の夢を、見せたかっただけなの?「カーステアーズ、あなたに話があるのよ」「なんでございますか」あら。私が話す前から、口元がこわばっているわ。まったく、この人ったら、侮れないわね。「私、今夜、失恋しました」「……」見事ね、カーステアーズ。あなたには、動揺するということが、ないのね。「ヤンスカ様、それは、誠でございますか?」「ええ、彼の口からはっきりと、妻帯者だと言われたの」さすがに、カーステアーズは、胸元で十字をきるしぐさをする。「あなた、カトリックだったかしら、カーステアーズ」「いいえ、私は英国国教会ですが、今、私に必要で、なおかつ 心の状態にぴったりなアクションは、これしか浮かびません」「ごめんなさいね。あなた、この列車をものすごく改造したのよね」「あなた様の新しい出発に備えまして、万全の体制を整えたまででございますよ」「出発する前で、よかったわ」カーステアーズは、珍しくソワソワしていて、意味なく客室の端から端まで動き回る。「ヤンスカ様、くわしくお聞かせ願えませんか?」「出会った時には、彼の背景が全くわからなかったのよ。 でも、私に素敵な言葉を贈ってくれたり、私をときめかせたわ」「なぜに、最初の段階で、お尋ねにならなかったのです?」「そんなこと、必要じゃなかったのよ。 理屈じゃなくて、ガツンと恋に落ちたんですもの」カーステアーズは、天を仰ぎみて、手のひらをヒラヒラさせる。「あなた様の、その単純さが、時にうらやましく思いますよ」私とあの人は、ゆっくりと距離を縮めて、おだやかに、進んでいける。本当に、そう、思っていたの。もう、私はあせらずに、一歩一歩、踏みしめていきたかった。これから、始まるというところなのに、あの人は言ったの。実は、妻がいるのだと。「カーステアーズ、あなたは私を誇りに思っていいのよ。 私、できる限り、冷ややかな笑顔で、彼を見据えて、 くるりと向きをかえたわ」「ヤンスカ様…」私は、必死に逃げたわ。でも、それは、気持ちだけで、実際には体中が震えて、息が止まりそうだったのよ「あの人はね、もし、君と先に出会っていたら、 なんて陳腐な言葉を口にしたわ」「私なら、運命の女性に出会ったのだとわかれば、 多くの人を傷つけても、その人を、わが手にするでしょうね」カーステアーズは、目線を床に落とし、咳払いをする。「昔、私にも天からの賜りもののような恋人がいたのです」「それは、いつのこと?」「私が、CIAのエージェントをしていた頃の話ですよ」「お相手は?」「敵国のスパイの愛人でした」んまあ!ベタな展開ねえと思わないでもないけれど、そういう事ってあっても不思議じゃないですものね。「彼女を張り込んでいたのですが、悲しげな表情をたたえた緑の目と 怒りの炎を思わせる赤毛の女に、すっかり魅せられたのです」「その方は、愛人でいらっしゃることを楽しんでいるようではなかったというの?」「ええ、いつも、窓の外を眺め、何度も同じレコードをかけておりました。 たまに、彼女の男があらわれると、時にはひどい暴力を受けることがあったのです。 それで、私は、捜査員としてのあやまちを犯してしまったのです」「もしかして、彼女を助けに行ったの?」ああ、カーステアーズの、お馬鹿さん。だからこそ、私は、彼を必要としているのだけれど。「彼女は、最初、私の事を警戒しておりました」「それは、そうね」「しかし、私は、あなたを救い出したいのだと、懸命に伝えたのです」「その方に、伝わったの?」カーステアーズは、耳の付け根まで赤くなったわ。「いつしか、彼女は私を信じ、彼女の男から離れて逃げたいと言ったのです」「まあ、それって、カーステアーズと一緒にということ?」「私だって、ルールを犯した身ですから、組織にはおられません。 まずは、ケイマン諸島に飛ぼうと計画したのですよ」「そんなドラマティックなことが、あるのね」「彼女の男が、留守にするという情報が入り、 いよいよ、脱出の日が来ました。 私たちは、無事にたどり着いたマイアミ空港のロビーで、 ささやかな乾杯をしたのです」カーステアーズは、ここで、大きく深呼吸をして続けたわ。「シャンパンの前に、あなたを」カーステアーズの瞳がうるんでいる。「そういって、彼女は、私に口づけたのです」この男に、そんなロマンスがあったなんて。「私は、愛する女性を勝ち得た喜びで、頭の中が真っ白になり… そうして、目をあけると、マイアミの湿地帯の中に縛られて 転がされていたのですよ」「まあ!睡眠薬をしこまれたってこと?」「ええ、彼女はまんまと、自分の男と逃亡に成功したのですよ」「よく、ワニに食われなかったことね、カーステアーズ」「たいした、女性でしたよ、まったく」「つらかったわね、カーステアーズ」「あの頃は、自暴自棄になりましたとも、ヤンスカ様」「どうやって、あなたは、心の穴を埋めたの?」「手当たり次第に、目の前の女性と付き合ったこともございました。 または、私が、そんな相手になったこともございましたね」私は、顔をしかめて、彼を見たけれど、すました顔をしているわ。「それで、解決できたの?あなたは」「いいえ」「じゃあ、どうしたの?」「私、ある時に、やっと、涙があふれてきたのです。 失ったばかりの時には、泣けなかったのですよ。 顔をひきつらせて、笑ってばかりいたのです。 ですが、過ぎ去りし時のことを、憎しみではなく、 哀しみと、慈しみの思いで手にとることができた時に、 私は、やっと、感情を露わにすることができたのです」「私には、まだ、無理ね。心は大泣きしているのに、 涙が出てこないわ」カーステアーズは、私の前にひざまづいて、私の両手を握りしめる。強く、しっかりと。「あなた様のお手をとる無礼をお許しくださいませ。 ヤンスカ様、つかの間の恋にせよ、あなた様の輝きは本物でございました。 永らく失われていた、快活で、楽しいあなた様が しばらくぶりにあなた様自身の身体に戻られたのですよ。 この出来事は、あなた様の復活の序章に過ぎません。 むしろ、私などは、あなた様に灯りをともしたその方に お礼を申し上げたいくらいですよ」たしかに、そう。私は、何年も開いたままの心の穴を、この恋で閉じることができたのだわ。毎日がどんなに、キラキラと輝いて見えたことでしょう。あの方の存在に、どれほど、慰めを得たことでしょう。こんな思いを、感じられるようになったこと自体が奇跡だったのよ。「あなた様は、これから、その方にとって取り逃がした忘れえぬ女性に おなりなさいませ。どんどん、進むのですよ。追いつかれぬように」「カーステアーズ、あなたは、最高の人ね」「イワンにも、そう、おっしゃるのでございましょう?」「今日のところは、あなたが、一番よ、カーステアーズ。 ねえ、教えて、あなたの忘れえぬ緑の瞳の方の名前をね」「ああ!まったく類まれな麗しのエレノア! それが、私の心の中の小部屋の肖像画の女性ですよ」「カーステアーズ、私も、しばらく、あの方の肖像画を飾るかもしれないわ、 でも、ごく小さなものをね」私たちは、握り合っていた手をはずし、シャンパンを掲げる。「エレノアに乾杯!」「いいえ、類まれな、麗しのエレノア、でございますよ」明けない夜はないわ。私の旅は、これからなのですもの。
2012.08.06
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昨夜は、いっぺん目覚めて、軽く飲みなおしてまた小一時間ほど寝た私。誰かが、私の頭を優しくなでていて、たまに、ぎゅっとハグしてきて、おおおお~、また、ちっこいオッサンが出てきたのか、妄想が進化して、触覚にまで影響が出てきたのかと一気に目覚めたら。とろけるような笑顔で、ウーが私の枕元に居て、「おかーさん、おはよう」と。そして、私に抱きついて、私の布団にもぐりこんでくる。「おかーさん、だいすき」といって、私の頬に、いっぱいチューしてくれるウー。ああ、息子ってかわゆーい。生んで良かったわあと、心から思う瞬間である。そら、姑が嫁をいじめるのとか、あってもおかしくないわな。私もウーと手をつないで(まあ、この子の場合は手をひかないと危険だからしゃあないが)お散歩とかしてると、幸せな気持ちに満たされるもの。息子って、ちいさな恋人もどきよね。でも、私はそんなきしょい母親になるつもりはないので、チューも、ほっぺにしかさせたことないし、今後も、フツーに外の女性と恋愛してほしいと思っておる。とはいえ。ウーが、「おかーさん、だっこしてえ」と私の膝にのっかってぎゅうっとお互いにくっついているのは、本当に幸せ。ああ、いい朝だわ~と、顔がほころびまくる私に「おかーさん、だいすき」とさらなる言葉。私はね、ウーのためなら、何だってできるわとあらためて、思い返していたら、「だいすきよ~、クリームパンたべたいの」……。こいつめ、こいつめ。隠していたパンの存在をしっとったんかい。「あれは、あかん。」私の秘密のおやつやのに。ウーのためなら何だってできるとたった今思うたはずやが、それは、違う話ということで。6歳児の駆け引きに翻弄される情けないリアルな私なんである。
2012.08.06
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昨夜、大学の先輩の花火パーティーでお知り合いになった方を車にお乗せして、帰ることになった。たまたま、方向が一緒で、電車の時間もきびしいかなあという状況だったし、お相手も、初対面の私をよく信用してくださったなあと思うが、年も近いし、趣味も同じ、とても楽しいドライブになったの。そう、趣味は山登り。白山の麓の原生林の話や、小さな温泉の話、立山の上から眺めた星空の見事さや、屋久島の縄文杉に、ウィルソン株に…。ウーが生まれる前は、山歩き、昔の街道のウォーキング、よく出かけた。添乗員の仕事としても、本当によく行った。すごい時は、日帰り大台ケ原の9キロのコースを、週に3回同行したり。2泊3日の大台ケ原縦走も、思い出深い。どしゃぶりの雨と、霧の中を、なんのために、私たちは歩くんだろう。白神山地の、ぶなのマザーツリーをマタギさんのガイドと訪ねたり、コースの下見で、ガイドさんと営業さんと御在所岳にも登ったなあ。彼女と、そんな話をした。面白いことを、その方が言っていて、「低い山の方が、単独行は怖いですよね、 高くなればなるほど、安心してのぞめると思いませんか?」うんうん。私も、単独で、奈良の春日山原生林の石仏を観に行った時に、変な男のハイカーに追いかけられて、必死に走って下山したことがあるわ。以降は、絶対に独りでいかんけど。確かに、本格的な登山に挑む人たちは、品格の違う男が多い気がする。女が一人で頂上をめざすときに、変な手助けはしない。が、山の仲間として、気にかけてくれる。一言も話さないまま、前後して、分岐点に来た時に、「お気をつけて」と声をかけあう。私が山から遠ざかった頃に、彼女は山に近づいたらしい。へえ、6年かあと、私たちは後部席でぐっすり眠るウーの姿を意識する。ショートヘアで、よく日に焼けた生き生きとした顔。私は、あの頃の自分を彼女の中に見た気がする。「山ガールなんて言葉がない頃ですよね」と彼女。「女の山屋って、言われてました」と私。「私も、この時代に山屋です」見たらわかりますよと、私も答える。そして、初対面の二人は、いきなり深い話に入る。独身のいいところ、つまんないところ。結婚の意味、子供を持つこと、仕事のこと。旅先のルームメイトだなあ、と感じた。バックパッカーの旅をしていた頃、ウーの父親と一緒だったが、貧乏旅行なんで、基本はユースホステルや、安宿。しかも、ドミトリー。海外では、男女ミックスの部屋も多くて、男ばっかの部屋に私一人泊まったこともある。男女別なら、夕飯食べて解散したら、ルームメイトと雑談することになる。日本人の子がいたら、たいてい、数時間後にはお互いのリアル友人以上に深く知り合ってるんじゃないかというほど語り合ったりした。時には、外国人の女の子も加わり、世界共通の恋バナに花が咲いたりもしたわねえ。もちろん、一人旅の男の子とも知り合ったりした。長い旅をしていると、元の夫とは、単なる旅仲間のようになってしまっていた。ある時、初めて会ったばかりの人に、そっと「本当に彼氏なんですか?二人の間の空気が信じられないんですけれど」と言われ目の前の雄大な景色が一瞬にしてかすんだ事もある。私は、きかないふりをしたけれど、精一杯、笑顔で相手をみたんだけど、彼は冷静な表情だった。あの、スイスの山での朝の光景が、何年もかけて、シチリアのタオルミーナの夜の光景にゆるゆると繋がっていくことになるのだ。旅という、非日常の世界だから、人は、心をさらけだせるし、いつも見えないものに気づいたりするのよね、きっと。だから、通りすがりの旅人同士で、一気に互いの深みを知り合えるのだわ。けど、逆もあるのよね(笑)。ゲレンデの恋といっしょで。日常で会ったら、がっかりということも、確かにあったわ。まあ、それも、みんなわかっているのかもね。だから、連絡先を交換しても、結局会わずじまいとかね。そんなことを、頭の片隅に思いながら、隣の彼女の話を聴きつづける。「行きましょう」と、強い口調で私に呼びかけてくれる。「ウー君もつれて、きれいな空を眺めたり、 原生林を歩きましょう。私、ご一緒しますから!絶対に」なぜか、その声には、本当に叶いそうな響きがあって、私も、素直にそうしたいなあと思った。彼女を、車から降ろす時にも、また、お会いしたい人だなあと思わされた。M先輩、素敵な方に出会わせていただいて、ありがとうございます。いつか、また、登山靴を履く日を夢見て、体力作り、がんばります。山辞めてから、8キロ太りましたからねえ~、まずいですわ。
2012.08.05
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おはようございます。ぼくは、きのう、おかあさんのだいがくのせんぱいのおうちにいったの。くるまにのって、ならまでおでかけしたよ。しかはいなかったけど、きんぎょがいっぱいいるの。みんなでね、ごはんをたべて、はなびをみるんだって。まえのひから、うれしくて、おかあさんにずっと、はなびみるよね?って、なんかいもきいちゃったよ。おかあさんのせんぱいは、みんな、かわいいんだよ。すらっと、せがたかくて、びじんなおねえさんに、いろじろで、おめめがきらきらの、やさしいおねえさん、ふらめんこをやってる、ろくさいのぼくがみても、いろっぽいおねえさん。ぼくは、おかあさんのこどもでよかったとおもったよ。じぶんのははおやが、ざんねんなたいぷでも、こんなつながりがあるなら、もんくないよ。おかあさんが、しゃこうてきでよかったなあ。あのね、すごいごちそうだった。おかあさんは、うそびーるをのんで、おねえさんのりょうりをがつがつたべてたよ。だいえっと、してたんじゃなかったのかなあ。ぼくは、はなびがまちきれなくて、まだかなあと、まったけれど、8じになって、みんなで、3がいのおへやにいったら、まどの しょうめんに、はなびがあがったよ!はなび、だいすき。ほんとうに、きれいだよね。ぼくはこうふんして、おおさわぎしたけれど、おねえさんたちは、にこにこして、おこらなかったよ。せっかくだから、いっぱいあそんでもらったの。でね、ぼくは、すごいおみやげをもらいました。あんまり、うれしくて、ひみつにしたいから、みたいひとは、おかあさんにいってね。ほんとうに、おねえさんたち、ありがとうございました。うーより。
2012.08.04
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私は、先ほどまでショックで固まっていた。今朝も我が家は5時から生活がスタートし、ウーの食事も済ませて、書きかけの原稿を仕上げようとパソコンに向かっていた。書きものの神様が、言葉を授けてくださったんで、一気に作業をしたところで、我が家の勝手口の外で、ガタンと物音が。様子をみに、ほんの20秒ほど席を離れたとたんに、ウーがダッシュして、私のパソコンのキーを押し、あっという間に、原稿が天に召されちまったぜい。あああああああ……。椅子から引きはがし、それまで遊んでいた場所へ連れて行くが、もう、ショックでショックで、たまらない。わずかな時間でも、ちゃんと保存しようと、固く心に誓う自分。あの、フレーズは、もうかえらない。紙にメモしておくべきなんだろうが、今回は、ダイレクトに打ち込んじゃった。私の表情をみてか、ウーが泣き出す。で、おもらし。マンマ・ミーア!で、着替えさせて、お尻を洗ってやって、なだめて…。「子育ての苦労は皆同じよ」と、健常ちゃんのお母さんに言われるが、お宅のお子さんは、6歳でも、ひとりで出来ることや、分別がありますよね~。善悪の概念もありますよね~。この年で、ティッシュペーパーを箱から全部出したり、ご飯のたびに、そこらじゅうが汚れたり、引き出しや押入れなんかから、モノをひっぱりだして、ばらまいたりなんか、しませんよねえ。ウーも、色々退屈なのよね。ああ~、夏休みなんて、きらいよ。と、思うのはこんな時。とにかく、朝おきると、色んなものを引きずり出して散らかす→回収の繰り返し。せっかく、たたんだ布団もなぜか出してきて、その上で遊びたがる。で、なんでか、布団のカバーを外してしまう。面倒なんですけど。私の服に興味津々で、洗ったばかりのを着てくれて、で、鼻をふいてくれたりする。いっぱい、そばにいて、遊んでいるつもりなんだけどなあ。ああ、しんどいなあ。毎日が賽の河原状態で、せっかく泣きながら積んだ小石の塔が必ず鬼に崩されておしまい!な感じ。いやあ、ほんものの賽の河原には、炊事洗濯掃除はないだろうから、アッチの方が好条件じゃんとも思う私。カラカラと賽の河原で回る色あせた風車。それが、私の日常の一部。だからこそ、めくるめく妄想世界がバージョンアップしていくのな。この日記は、自分の身内も読んでいたりするんだが、いつもいつも、バカバカしい妄想ワールドにお付き合いいただいて、ありがとう。けっこう、皆さんも、妄想お好きね。カーステアーズやイワンのモデルは誰かとか、本当に私の恋愛遍歴が書かれてるのかとか(マジで思ってくれてるなら、光栄だわ~真相はヒミツね)リアルでお話しして、盛りあがれるのが嬉しいです。お好きな俳優やタレントをあてはめて、今後もお楽しみください。まだまだ、イイ男がでてきます。実直なカーステアーズ、癒しのイワンときたら、ハードボイルドなんとか、理性的なクールなんとか、欲しいでしょう?カーステアーズの忘れえぬ恋人も登場します。彼らは、もう勝手に動き回っているので、私は記録していくだけ。最高のメンズに囲まれて、一途に心の恋人を想う私。妄想は、最高です。さあて。妄想もですが、いつもリアルな皆様に助けていただいてありがとうございます!特に、大学の女先輩方、この夏はお騒がせばかりで申し訳ありません。今日は、奈良にお住まいのM先輩のお宅にウーとお邪魔して、ご自宅から花火を見る予定。おいなりさんをこしらえてくださるんですって!私は何を持っていこうかなあ。なかなか、自分ひとりで、花火なんて連れ出せないし、人ごみは、ウー、苦手だし。去年も、離れたところに車を停めて眺めたなあ。ウー、花火大好きなんで、ありがたいです、先輩。いっぱい、おしゃべりしましょう。ドライバーなんで、飲めないのが残念ですが。来週は、地元でも花火大会があるんですが、これがまた、モノレールに乗って眺めると最高ですの。私があっこの社員なら、イベント列車のアイデアを出すんですけどね。ではでは、賽の河原から、たくさんの愛をこめて。きっと、お地蔵様が助けてくれますものね。
2012.08.04
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彼が、唇に微笑みを浮かべながら、いたずらっぽい表情で音もなく動き回る姿は、ネコ科の動物を思わせるの。192センチの長身。女に見えなくもない、繊細な顔のライン。そして、なんといっても、手。まるで、違う生き物のようにイワンの手は、感情と同化している。今も、銀のトレイを持つ指先が、踊りださんばかり。いいことが、あったのね。「ねえ、ミーラチカ。あなたの好きな焼酎だよ」若いイワンは屈託がない。オーナーである私の事をかわいこちゃんと呼べる男は彼だけ。「どうしたの?森伊蔵じゃないの。あ…もしかして新しいボーイフレンド?」「あたり。前にヒースローで会った日系キャリアのクルーからもらった」イワン。私の癒しの天使。彼はまったく、女には興味がないのね。だけど、女たちは、皆イワンに夢中になる。仕方がない。こんなにキレイな男など、滅多にいないのだから。私が、彼をスカウトしたのも、その美しさにハッとさせられたから。パリのファッションシーズンだったわね。ジャン・ポール・ゴルチエのステージを闊歩するあなたは、ランウェイの堕天使と言われていたわ。私の隣のヴォーグの記者が、興奮して大騒ぎ。すぐに、私のものにしようと決めた瞬間だったわね。「あなた、カーステアーズに誘いをかけたって、本当?」顔中で笑うと、イワンは頷いた。「ミーラチカ、あなたの使者だなんて思わなくて、いい男だなって思ってさ」「たしかに、彼はいい男よ」「で、私には敬愛なる婦人がおりますゆえ、とか、そんな事言ったんだよ。 おかしいでしょ。だけど、オーナーがあなただと知って、すぐに辞めちゃった」「悪かったと思ってるのよ。だって、あなたが辞めなければ、 今頃、アンドレイ・ペジックは世に出ていなかったはず」イワンに似たタイプの中性的なモデルだ。ゴルチエのお気に入りになったものね。イワンは、私の右手を両手で包みこみ、私の耳元でささやく。「あなたは、私の、喜び」カーステアーズには、絶対ありえないアクションなのね。「さあて。オーナー、今日はどうしてボクのキャビンにやってきてくれたの?」「今ね、あっち(妄想鉄道)は、大々的なメンテナンスを始めたのよ」「どうして?」私は、新しく舞い降りた恋について、イワンに言うべきか迷ってしまった。「わかったよ、ミーラチカ。新しい奇跡が起きたんだね!おめでとう」「あなたには、しょっちゅう、奇跡が起きてるようだけど」「いじめないで、愛しいオーナー。ボクは、毎回その奇跡を全力で受け止めてるんだよ」イワンには、不思議なところがあって、とても年下なのに、母性のような温かいものを持っている。今も私の手をとり、肩を抱いてこう言う。「ミーラチカ、おいで、あなたのベッドに行こう」そして、献身的に彼の自慢のマッサージを施してくれるのだ。「どんな人か、このイワンに教えてよ。獲ったりしないよ」そして、つい、私は彼にのせられて、語ってしまうの。「そっか。ボクならば、当たって砕けるけどね、 ほら、ボクは、どうせいつか死んじゃうんだから、悔いなく生きてやるってのが 信条なんだもの」「イワン、あなたは若いわ。まだまだ希望が連なっているわ。 私は、怖いの。で」「怖さを感じるぐらいに、本当に悩んでいるんだね、ミーラチカ」私の目から、涙がこぼれ出る。頬をすべりおちて、シルクのシーツの上に丸く形づくり、そしてフッと消える。イワンは、母のように抱きしめてくれて、私に諭すようにいうの。「愛しのオーナー、あなたは、永遠がどこかから降ってくるって思ってる? ちがうよ。少なくともボクは、自分で永遠を作り上げる努力をしてるんだよ。 あなたも、いつかは、立ち向かわなきゃ」そうして、私たちは、氷のほとんど溶けたグラスを鳴らし、夜が更けていくの。ねえ?こういう時ウーはどこにいるのかって、マジメに質問メールをくださる方があるわね。もちろん、子供部屋があるのよ、私の飛行機には。ベビーシッターの、マリアがいるから、安心してね。
2012.08.03
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買い付けに、新作の考案にと、精力的に活動した今週ですが、昨日、パワーを使い果たしてしまいました。情けないのですが、とっても、モチベーションがアレでして、本日は、休みます!なんか、心の中に、ちがう空気を入れてきます。これから、ウーをデイサービスに預けて、逃避なり。久しぶりの映画よ。ローマ法王の祝福を受けてまいります。では、チャオ!
2012.08.03
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「ねえ、カーステアーズ。今は夜の終わりなの?それとも、朝の初め?」私のオーナーは、長椅子に寝そべって、車内にかけられているショパール製の掛け時計を見つめている。私は、この方にお仕えしていつも驚かされるのだが、わがオーナーが持っていないものなど存在しないのではないのか。しかし、古きよき重厚なものを愛する英国人の血を引く私には、このような、ダイヤモンドで飾られたきらびやかな掛け時計など、申し訳ないが、称賛に値するものではないのだ。長針は、エメラルドでできていて、短針はルビーである。いやはや、なんともなデザインに、毎度心の中で舌打ちをする。その針は、午前4時を示している。「あなた、また、この時計を呪っていたわね」と、目を細めて、ヤンスカ様がおっしゃる。この時計は、ラスベガスで出会った、テキサス男のハリーからヤンスカ様に、恋の思い出として贈られたものだ。あれは、ひどかった、あのイエローのポルシェ、明るすぎるブルーの目に、砂色の髪。虚飾に満ちた、あの街にはお似合いだったが。わがオーナーは、宝石などには興味はない。あの方が欲しいのは、常にそのお相手の心である。当然のことながら、つかの間の出来事として、私は淡々と業務をこなし、彼が去った時には、乗務員一同、食堂車で乾杯したものだ。さて、スミノフ(イワンから贈られたものであろう)に、絶対、メキシコのライムを入れて飲みたいのと我がままをいうこの方のために、ベラクルースに行き、リモン・ペルサを仕入れてきた。私は、酸味の強いメヒカーノ種が好みだが、あの方は、種が嫌だとかおっしゃるし、まだ収穫には早いので、渋々、手に入れたライムを、私の手で絞ってお渡しする。「カーステアーズ、まだ、答えてないわ。今は夜?それとも」「ヤンスカ様。何があったのです」「あなたには、強い面影を残した人っているの?」そういうことか。夜なんてこなければよいと、この仕事をしていると感じることがある。太陽に満ちた時間帯の、この方は、はつらつとしていて、悩みなど何もなさそうに見えるのだが、夜の闇が支配する頃には、たいてい、物思いにふけっておられるから。妄想列車は、わがオーナーの影から出発し、日の当たる場所を探し続ける宿命なのである。「まさか、ハリー様のことでは、ございませんね。今だから申しますが、 あれは、不適格なお方でございましたね」「カーステアーズ。質問に質問で返すことで、私をはぐらかしたつもり?」ドキ。「ええ、おりますとも。誰にだって心の小部屋の中に、 忘れえぬ方の肖像画をかけているものでしょう」「その絵を外すことは、ないの?」「男というものの多くは、何枚かの絵を飾るものかと思われますよ。 まあ、私は、一枚の絵のみですが」「なぜ、外さないの?」「それは、今現在、私にこれだという女性が存在しないから、 自分の記憶の中の最高の方を、拠り所にしているような感じでしょうか」オーナーは、窓の外の薄れゆく月光をしばらく見つめて、両足を床におろし、立ち上がる。私がスリッパをお持ちする前に、すたすたと窓辺へ向かわれ、あろうことか絶叫する。「私は、永遠の絶対になりたいの~」と。何でも叶えてさしあげたいと、私は常に思っている。お好みの場所になら、どこにだってお連れできるが、お相手さまの気持ちまで、私にはどうこうできないのだ。ヤンスカ様を見守ることしか、できないのだ。「私はね、私と出会ったことで、そんなあなたのいう、心の小部屋なんて破壊してもいいというほどの、強い存在になりたいの」充分すぎるほど、強いあなた様ですがと、もちろん言葉にだしはしないが、わがオーナーの欠点について考える。白か黒か。ゼロか100か。極端なんである。二つしか、選択肢がないからこそ、あの方の苦悩は尽きないのだ。大体、夜と朝の狭間など、どうでもいいではないか。その時々で、夜だと思えばいいし、朝を感じてもいいのではないか。私ほど、ヤンスカ様の本質を知りつくし、それでも、健気に尽くす者もいないであろう。「思い出を大切にすることは、悪でしょうか?」私は訊ねる。「大事なのは、今と未来でしょう?」「当然です。しかし、誰が何を大切にしようと、 あなた様が口をお出しになる権利はないかと存じます」「私は、肖像画なんて掛けたりしないもの。 いつだって、目の前の人が最上ですもの」「ヤンスカ様。私たちは、同じ話題について語り合っているとは、 とうてい思えませんね。 よろしいでしょうか?心に小部屋を持つことと、 現実のその方を愛することは、同時にできるのですよ」「嘘。そういうのって、私には耐えられない」まだ、ライムが残っていたので、私はキャビネットから自分用のウォッカとコアントローを取り出し、カミカゼを、わがオーナーに処方する。「おあがりなさいませ、ヤンスカ様」「考えてみるのですね。あなた様は、経験も積まれている方でございます。 これまでに愛した方から、あなたは何も受け止めなかったということでしょうか?」「どういう、意味?」「持って生まれたあなた様の感性に彩りを添えたり、 新しいあなた様を付け加えてくださったり、自信を与えてくれたこともあったはず。 もちろん、苦しみや、憎しみもあったかと存じますが、そんなことも全て、 過去からの贈り物ではないでしょうか」「……」「あなたが、好きになった方も、そのようにして過去から育まれて輝いていらっしゃるのだと 考えてみてはいかがでしょうか?」ヤンスカ様は赤面されて、顔をおおう。やはり。「カーステアーズ、私は、別に好きな人なんかできていません」いえ、お顔にそうかかれていますから。おお、グラスを一息に傾けた。「あなた様に、思いつめるなとは申しません。でも、追いつめてもなりませんよ」「いつもと、違うの。カーステアーズ。私はいつだって、欲しいものは手に入れたのに、 今度はね、大切すぎて、そっと眺めていたいのよ」新しいパターンだ。後の乗務員会議でも、さっそく報告せねば。しかし、眺めているだけで、この方が満足なさるわけがあるまい。そして、秘めた思いこそ、我らが妄想鉄道の最高の燃料となる。なんと、まだまだ未知の世界へとわが線路網が広がるらしい。運転スタッフとの緊急ミーティングが必要だ。さて、行かなくては。「ヤンスカ様、せめて、あなた様のお相手が、小部屋の存在を気づかせないような 聡明な方でありますよう、お祈りしていますよ」本当は、こう言いたいのだ。正しいと思う数なんて、人の数と同じだけ存在するのですよと。無数の思惑の中から、たったひとつ繋がる奇跡を考えれば、ごちゃごちゃ言うなと。ヤンスカ様、ぶつけてみればいいのですよ。なぜ、あなたは、そう考えるのかと?見ているものが違っていても、魅かれてしまう、それが恋というものでしょうと。
2012.08.03
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私は、率直なんです。と、どこでも繰り返し申し上げるが、感銘を受けたり、ステキやわあと感じたら、それを、発信した方に伝えずにはいられない!性分なんです。見た目のことだったりもします。だって、自分のスタイルというものを持つ人ってかっこいいし、似合うものを選ぶ感性を持ってらっしゃることに、素直に憧れるしなあ。あ、単に髪型がステキだとか、目の形がいいわあとか、なんてキレイな手をしてるんだろうとか、いい皺だわ~とか、褒めずにおられないの。老若男女問わずね。自分も、以前あったの。阪急電車の中で、途中から乗ってきた年上の女性から、「あなた、なんて素敵なの!見ただけで、どんな方かわかるわ。 とても、エネルギッシュな人よね~、で、きれいなものがお好きでしょう」と、声をかけられ、あれこれ話したんだが、最後に、「本当に今日のコーディネートも素晴らしいけど、足元をもっと工夫しなさいよ。 ブーツもいいけれど、ヒールにすべきよ、もっとエレガンスになるわよ~」と、言われて十三で降りていかはった。まあ、気持ち悪がる人もあろうが、私は危険でないかぎり突発的な出来事は面白がれるので、彼女のアドバイスも嬉しかったし、自分も言うていこうと思ったのよ。誰かのいいところを見るのは嬉しいし、また、素直に受け止めて、発見できるニュートラルな状態にある自分もわかるし、褒めた相手が、教え子さんたちやったら、私に会うごとに、バージョンアップしてきてくれて、せんせ、ほめてほめて!がんばってみたから~な目線で向かってきてくれるのも本当に感激するの。中には、私に下心があるのかとか勘ぐったり、テレまくって固まる方もあるけど、慣れてね。普通に、私のコミュニケーションの一部よ。そんな母を持つウーは、ステキな女性を見ると、速攻で「かわいいねえ」と発言するのよ。初めは看護師さん、次に療育の先生方や保健師さん、で、保護者のママンと相手が広がり、保育園に入ってからは、複数の女の子たちを「かわいい」に分類し、ちゃっかりその子たちにそばに収まり、4歳にしてファーストキスも済ませた男なり。まあ、保育園でも、誰と誰がラブラブやねんとか、誰々くんと付き合いたいとか、おばちゃんは、よく園児さんからも相談を受けていたからなあ。でも、ウーのチュー相手を教えてもらった時には、仰天したもの。めっちゃ可愛い女の子で、多分ウーがお兄さんになった頃には、そんな女子は無理ですと言い切れる。チャラい息子は、小学校で、またお気に入りの女の子に出会い、夏休み前に学校からいただいた1学期のアルバムの中の彼女と写っているスナップを、毎日眺めておる。「おかーさーん、☆ちゃん、かわいいねえ、ほんとかわいいねえ」はいはい、一途なのは母にそっくりですね。だのにですよ、一歩外に出ると、スーパーのレジの方、ドラッグストアの店員さんに、銀行の方、ただ、信号などで一緒に待ってる方…それこそ、年齢だって果てしなく上の女性にまで「おねえさん、かわいいねえ」と話しかける。複数いらっしゃる場合は、わざわざ目当ての方の前に行き、「このおねえさん、かわいい」とか強調。あらま、ウーちゃん、いつのまに「この」なんて言い回しが可能になったんだと感心するより、恥ずかしくてたまらない。だって、けっこう、的確に、「かわいい」「きれい」「かんじいい」方をピックアップしておるのだ。単独ならよかろう。しかし、女の世界というのは、修羅の世界ゆえなあ、息子よ、複数いる場合は平等に接するのが鉄則なり。こないだ、レジにいた私と同世代の方なんて、ウーに「おねえさんかわいい」と言われて、真っ赤になって、ありがとう、嬉しいですって返事なさっていてね、私も萌え~でした。私もね、いやあ~、小学生まで魅了するなんて素敵ですわと追加して、ますます相手のお顔を赤くさせてきたりしたんだけどね。そう、そやねんて。言葉ひとつで、楽しくなったり、ときめくんやったら、いっぱい、発信しあいましょうよ。ではでは、今日もよい一日を。
2012.08.02
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