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「やぁー、全く参ったよな、俺んとこの近くのよ、蕎麦屋の親父がよ、認知症に 罹 っちゃたんだよな」と、温泉仲間の土建屋のドラ太さん。
「まぁ、よく聞く話しだな、頭の中が空っぽで幸せだろうな、きっと」と、元銀行員の浅倉さん。
「あれだってな、男がこの手の病気に罹るとよ、最後まで覚えているのは 女房の顔
なそうだな。
後の周囲のことはさ、覚えていねぇと言うらしいな」と、元デカのチョビ髭さんが言う。
「そうなんだ、かかぁだけは忘れねぇんだ?
その割りにゃーさ、食ったばかりの飯を忘れてまた食えたがるなそうじゃな。だからよ、そうした食い物などはよ、残さない程度に作ってさ、家族みんなで食い残さねぇように注意せんとならんなそうじゃ。
下手に残しているてぇっと、犬か猫でも 悪戯 したようにな、食い散らしているそうだからな」と、73、4なるお色気話し名人のもしもしの爺さんが言う。
「もうこうなりゃーな、人生お終えだな。
でさ、かかぁがこの手の病気に罹ったなら、やはり旦那だけは忘れねぇだろうな?」と、浅倉さん。「冗談じゃねぇや、それがな、一番先に忘れるのは 旦那の顔
なそうだぜ」と、チョビ髭さん。
徘徊するらしいんでな、ベットなどに 括 りつけられていたよ。
あの痩せ体で以ってよ、結構な暴れ方をするそうだ。
もうとっくに、俺の顔なんざぁ~忘れられていたよ。
ビックリする前によ、情けなくなってさ、俺もそんなことにならんとも限らねぇと思ったらさ、身の毛が与奪ってきちゃったよ、まったく・・・・・さ。
それにな、家族が疲れ切っておったようじゃな。無理もねぇや、気違い(狂気)を飼っているようなもんだもな」。
「そうだったんだ、あのしっかり者の爺さんがなぁ~。確か、ばぁさんが先に逝ったんだったな?」と、ドラ太さん。
「次は誰の番だろ・・・・・・?」と、浅倉さん。「なんで俺の顔見て言うんだよ、年の順番だって言うんかいナ、え?」と、いち早くチョビ髭さんが幕を張った。
「まぁな、これだけは年齢の差はねぇそうじゃ。一瞬、みんな黙ってしまった。
暫く座が白け、飲み込んだビールが生暖かく感じられた。ややしてドラ太さんが、「逝くときゃ、コロリと逝きてぇもんだな」と言って立ち上がり、風呂場へ向うようだった。
「血圧が高いんだろ、湯船に浮んでいたりしてな」と、チョビ髭さんがドラ太さんの背中に揶揄したように話しかけた。
「そうか、コロリと浮ぶ手もありか」と、浅倉さん。
「おいおい、冗談じゃねぇや。
逝くなら盆前とはよく言うがさ、古希も迎えずに逝っていられるかいってんだ」と吹き飛ばす風だったが、ややして「血圧か~」と言って座り直した。
いつも身近にいたあのお色気名人話しのもしもしの爺さんが、急にボケ出したことに妙に他人事ではない雰囲気に包まれていたような気がした。
それにしても、「ボケた」からとて本当に汚物まで判別出来ないものなのだろうか?
「招かざる まさかの病魔の わが身かな」
も思いもよらないが、しかし誰にも起り得ることも確かなのである。
「なぁ~に、今まで生きてきただけでも得したと思いやぁ、後の人生は見っけものよ。
面白く飲んで食ってさ、いい爺ちゃんだったと言われれば本望よ」と、チョビ髭さん。
「まぁな、逝くなら盆前とか言ったな。
早めに拝んでもらえるからな」と、小生。
「あ~ん、おいおい、盆はもう終わってしまったよ」。
「そうだな、なんとか今年はクリャできたか」。
「誰が・・・・・・・?」
「誰がってさ、みんな今居る連中がさ」。
「まぁな、盆が来るたんびによ、死神様を呼ぶこたぁねぇだろうて。
そうだ、その気で行こうじゃないかとか言う歌もあったじゃねえかよ。
確か、畠山みどりの出世街道とか言う唄だったかな。
♪~他人(ひと)に好かれていい子になって、落ちて行くときゃ独りじゃないか、どうせこの世は、一本どっこ~♪、
かぁ~」と、ドラ太さん。
「随分と、古い歌が出てきたな。
そう言えやぁあれだな、そんな風に生きて来たんだかもなぁ、お互い・・・・・」と、浅倉さんもご納得のご様子。 「仲間消え わが身を振り向く 苦い酒」。