Hungry Heart
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報告が遅くなりましたが、ケニアへ留学する話は白紙になりました。キモチは既にケニアだったし、軽く準備も始めていたんだけど。留学するにあたり、いくつかの心配の種があって。 でも、それを見ないようにフタをしてた。ダイジョーブ!なんとかなるって!って思ってた。正確には そう思いたかったんだよね。だって、この機会を逃したら、もう一生留学なんて出来ないかもしれないし~とか何かやりたいっ!っていう思いが強すぎてパワー有り余る感じだったもの。風が吹いてるんだから乗らなきゃ!ってあせってたような気もする。今思えば。そんで、心配の種がチョコチョコ顔を出すたびに心が揺れてた。そんなゆらゆら状態の頃、私が絶大な信頼を寄せているある先輩に相談してみた。『何がしたくてケニアへ行きたいの?』『子供に関わった仕事がしたい。その為に行きたい。』『ケニアでなければいけないの?』『そういう訳ではないけど、ケニアへ行ってこの目でケニアの実状を見てしまったから。役に立ちたい。ケニアの子供たちの為に何かしたい。』『日本の子供も救えないあなたがケニアへ行って何か出来るの?』・・・・・・・。そして、その想いがあるなら日本の子供たちを救ってあげなさい と言われた。その想いがあるなら、隣人の為に、自分の家族の為に、友人の為になる事をまずしなさい と。それすら出来てないのに、ケニアへ行って何が出来るの?と。日本の子供は物質的には恵まれてるけど、とっても可哀想なのよ・・・とも。そう言われて、確かに と思ってしまった。それから、自問自答の繰り返し。何がしたいの?私は何がしたいの?この道でいいの?そして、私はひとつの答えに辿りついてしまった。こんな自分さらけ出すのはかっこ悪いけど・・・・・結局は現実逃避したかった。見栄で留学したかった・・・。そこに辿りついた。自分で言うのもなんだけど、大手電気メーカー本社勤務で、それなりにキャリア積んで都内23区で一人暮らしして、オフィスは銀座よーって・・・そんなステイタスを田舎の友人には羨ましがられて。でも実際は今以上の出世なんて無いし(望んでもいないけどねだんだんお局と化し、結婚もしないもんだから何かにつけて独身ネタでいじられる。私も私で、自虐に走ってるしね。だから『アフリカへ留学するので退職します!』なんて、ステキな幕切れだと思ったのよね。正直なところ。何も出来ない、中身の空な三十路じゃないわよ。この歳でも留学しちゃうのよ。すごいでしょ、かっこいいでしょ!みたいな。だからいくつかの心配の種を見ないように見ないようにしちゃってたって事に気づいた。子供に関わりたいキモチに嘘はない。今のボランティアでも十分関われるし、ここで頑張ろうと今は思う。あとね、あきらめた理由・・・もういっこ。5月に38度~39度の不明熱が一ヶ月ほど続き、会社を休んだり通院したりと体調がボロボロでした。私は自分で自分の体を攻撃しやすい体質のようで免疫機能がちょっとおかしくなってるらしい。今回の熱もそれが原因のようだった。そしてちょうど体調を崩している時に留学先の方からメールをもらった。『9月入学でよろしいんですよね?』と・・・。私は正直に、揺れている事、心配の種がある事、去年入院していた経緯と熱が続いている事などを返信した。すると、『揺れている事、心配の種がある事よりも、体調の事が問題だ。』と返事がきた。ケニアは衛生状態も、医療設備も悪く、感染症が蔓延っている。HIVは深刻な問題だし、赤痢やマラリアは誰でも感染する可能性がある。免疫の弱い私はすぐに何かしらの感染症に冒される危険が高い。そんなリスクを負ってまでも来る覚悟はありますか?と聞かれ、アフリカで長期間過ごすには、精神力と体力と何より健康が揃ってないとダメなんですよと優しく諭されてしまった。正式に今回の留学は白紙に戻してしまったが、ケニアへ来るときは学校の寮に泊めてあげるから、いつでもおいでと言っていただいた。それはそれは、とっても嬉しく、そんな校長先生がいらっしゃる学校へますます留学したくなったのだけれど。ああ・・・恋しいアフリカ・・・。愛して止まないアフリカ・・・。いつか短期間でもいいから滞在したいな。私は、ここで頑張るよ。
2007/07/21