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書いてる時間がないので編集後記からの抜粋です。要はつかいまわし。忘れてしまいそうだったのでヤマダさんありがとうの続きを書こうと思ったのですが、、、、また今度で。 掲示板でもちょこっと書いたのですが、アクセス解析を見てるといろんな所からComRadeがリンクされているのがわかります。 で、発見したのがコレ。 札幌学院大学 森田ゼミ第8期卒業研究http://su10.sgu.ac.jp/~morita/Seminar/8thStudent/sotuken/index2.htm の中の原陽介さんの論文の1ページを見てください。 うぉー なんか載ってる! 地域の人に紹介してもらえるのもうれしいのですが、こうやって北海道というはるか彼方に住む方のしかも卒論に登場(ちょっとですが)しているなんてうれしいじゃないですか! >どちらのウェブサイトも多くの利用者がいるようで、>やはり学生が地域の情報もコミュニケーションと>同じく欲していることが分かります。 と書いていただいているのですが、まぁでもグラフみてもらったらわかりますが、この原さんが卒論かかれている時は訪問者数が減少の一途だったのでちょっとあせっていた時期だったのですが。 ちなみにこの卒論、まだちょっとしか見てないのですが私がやろうとしていることのそのものズバリがテーマのようでめっちゃ役にたってます。 なんか島大でもこういうテーマの論文書いた人いないですか。ぜひとも読みたいです。こういう勉強ならまったく苦にならないんですけどねぇ。 ということで日常のちょっとうれしかったことでした。 もうすぐスレッド整理の時期ですがお気に入りのスレが過去ログ倉庫に移らないようにageといてくださいね。次はまた『月イチ恒例 アクセス報告』をやると思います
2005.01.28
塾講師をしていたときに若い子らの教訓になればと思ってしていた話をいつかだいぽさんにも聞いてもらったらエラく好評だったのでここであらためて文章にまとめようかと。 10年前、中学生だった私はその日はなんと中間試験。私が住む兵庫県宝塚から大阪府箕面の私の学校まで電車で通学していたので午前の6時過ぎには起きなければいけません。 片目をあけて時計を見ると「お、6時まで、あともうちょっと時間があるな。まだ寝れる」 と思っていた瞬間! グォーーーーーーーーーガタガタガタガタととんでもない音を立てて部屋がゆれはじめました。 ちょうどあのとき北海道の奥尻島かどこかで地震が頻発していた頃だったのでそんなニュースを見て「うちにも来んかなぁ」とか不謹慎なことを考える中学生だったのですがホントにきました。 メリメリメリと軋む壁、本棚から本がバサバサバサと落ちる音、ガチャンバリンバリンとガラスが割れる音。なによりあまりの揺れの大きさに 「ヤバイ 死ぬ。マジで死ぬ。」 布団にくるまって頭をかかえて地震をやりすごすのがやっとでした。 地震が収まったことを確認すると私はまず廊下に飛び出しました。そうすると廊下にはやっぱり家族が全員とびでてきていて、とりあえずみんなの無事を確認。 その後もなんやかんやあったのですがその辺は書くと長くなるので割愛。端折るとラジオや外の様子からかなり大規模な地震があったらしい。ということしかわかりません。なにせ電気が止まってテレビが写らず電話も通じないので。 で、その後 若いというかなんというか私はなぜか町の様子をみてまわることにしました。こんなことは滅多にない。町をみにいこう。 唖然。 一晩でここまで風景が変わるものか。 山本の湖沿いに建っていた家はのきなみ尻を落とすような形でみんな湖に倒れこんで水に浸かっている。中山駅前の5階建てビルは45度ぐらい傾いてかろうじて止まっている。阪急電車の線路は上下に大きく波打っておりさも車止めみたいになっている。これでは電車なんて動かせるわけがない。古い民家はみんなダルマ落としのように1階だけがペチャっとつぶれて2階の床がちょうど私の目の高さぐらいのところにきている。1階にいる人はたぶんみんな圧死だろうな・・・。そして毎日渡っていた高速道路にかかる売布橋にはかなり大きい亀裂が入っていつ落ちてもおかしくない。驚いたのはその崩落寸前の橋を無謀にも車がぞくぞくとタイヤを亀裂でできた段差にキキーとからまわりさせながらも渡っていくこと。「怖くないのだろうか。そこまでして会社に行きたいかのか…」 そうして町の変貌を驚きをもって見まわっていたのですが、私が清荒神駅前の商店街に差し掛かった時に人だかりが。 地震当日どこの商店も開いていないのに参道に面したパン屋さんにオバちゃんたちが殺到している。 「困ったときはお互いさまや。こうなったら商売なんてできひん。みんなもっていき」と店の前に立った白衣の主人が店にならんでいたパンをタダで全部配っていたのです。私たちにもジャムパンだったかクリームパンだったかを渡してくれました。 ちなみに地震が落ち着いた後もしばらくは道路が寸断されていてモノが入ってこない。また食料を買いだめする人がたくさいでて周辺の商店はいっせいに値上げ。需給バランスで仕方ないこととはいえ、どうしても「人の足元をみている」感がぬぐえなかったことをおもうとなんて気前のいいパン屋のおっちゃんだったんだろうといまさらながら感心します。 地震から何年か過ぎた後、ふだんは売布神社駅を使うのですがひさしぶりに清荒神駅の方にいってみました。 地震でむちゃくちゃになった駅前商店街はキレーに整理され真新しい建物ができていました。地震被害による経営的な痛手から私が幼い頃から見てきた商店の数々は地震後の駅前再開発の時に姿を消してしまっていたようです。 「まるで別の商店街にきたようだ」 気を抜くと道に迷うぐらい変わってしまった清荒神の商店街。のきなみみたことのない商店が並ぶ中、参道沿いにはあのパン屋さんが新しくなった建物に入って昔と変わらず営業してられました。 困った時はお互い様。情けは人のためならず。
2005.01.18
私が好きなものは新選組・カレー・T.M.Revolutionということでまた新選組の話からはじまって恐縮なんですが 思えば人間にはぜったい陽性というか太陽のように人をひきつける人が存在するとおもいませんか? これはたぶん生まれつきでそうじゃない人が太陽のようにふるまっても、逆に太陽がそうじゃないようにふるまってもやっぱりその人の本性ってのは変わらないと思う。 そう考えると近藤勇ってのはつくづく強い太陽だったんだなぁと。 新選組は江戸の試衛館って剣術道場に近藤勇を慕って集まった人達が母体になってるのだけど、たとえリーダーが「京都に行く」っていっても普通の人ならついていかない。 でも実際はどうなるかわからない旅に当代一の剣豪が7人も付き従った。これってのはやっぱり近藤の(あんまりこの言葉すきじゃないけど)カリスマがすごかったからなんだろう。 ただ、彼らにとってもこの「太陽との出会い」ってのは幸運だったのだと思う。もっとも結末が彼らにとって幸せだったかはわからないが。 近藤が彼らと出会わなければその一生を田舎の道場主でおわっていたか、たとえ京都に門人を連れて行くことになったとしても清河八郎の策謀にひっかかって江戸に帰りやっぱり名もなく生涯をおえていたかもしれない。 他の試衛館の仲間達にしても片田舎でちょっとは知られた剣術家や侠客にはなれたかもしれないが、100年以上たった今もたくさんの人に名をしられる今のような人物には決してなれなかったと思う。 近藤勇と彼ら7人の出会いが歴史に彼らを導いたのだと思う。 ただドラマの「新選組!」の中であったように「人の上に立つべきでない人間が人の上に立つのは不幸だが、立つべき人間が立たないのはもっと不幸だ」というのもホントだ。 それを知っているからこそ鬼といわれながらもその組織づくり・運営の才においていまだに高く評価され続けている土方歳三が近藤が死んだ後に就いた最後の役職は「函館政府 陸軍奉行並」 決してトップになろうとしなかった。自分の性分というのをよく知り抜いていたのだろう。 私は例え悲劇的な結末になろうとも、この「試衛館の結束」が組織の理想だと思っている。一つの強い核を中心に結ばれた絆は核も含めた個人の能力を超える働きをさせてくれるのだと。 ただ、私は近藤勇になるべき人間ではない。 しかし私のすぐ近くに近藤勇になりうる男がいることに最近気づいた。近藤勇といえば厳しいあの写真の顔を思い浮かべるが、彼を知る八木家の少年は「いつも笑顔をたやさない やさしい人だった」と語っている。私が知っている彼もそんな風のある責任感の強いイイ男だ。 彼を見ていると「この局長のもとでなら私は土方のように自分の新選組を作れるのではないか」という気持ちについなってしまう。 彼がどうするのか。そしてそのとき私に何ができるのか。 私のこの1年はそれが決める気がする。
2005.01.17
ってひろゆきが言ってました。http://blog.livedoor.jp/hirox1492/archives/11905781.html>ホストクラブなんかでも、美男子ばかりがモテルのかというと、>そうでもなくて、話のうまい人や、デブが何故か持てていたり>します。ちなみに、デブで坊主の知り合いも何故かモテテました。私もそんな気がします。なので整形したところであなたが思うようにモテるようにはなりませんよーってのが趣旨です。あとこれもおもしろかったです。起業するってのはそういう地味な大変さの積み重ねなんだろうなぁhttp://blog.livedoor.jp/hirox1492/archives/12181856.htmlそれにしても若くして700万人のユーザーと何億の訴訟をかかえる2ちゃんねるの管理人はその辺の兄ちゃんとはちょっと違うようです。私のお気に入りブログ。
2005.01.12
考えれば戦後、歴史に名を残した宰相は論をもっていた。池田勇人 「所得倍増論」田中角栄 「日本列島改造論」そういう意味では小泉さんの唱える「郵政事業民営化」というのも論に入るのではないだろうか。世論を味方につけ社会を変革する人間には具体的かつわかりやすい論が必要なのだろうな。
2005.01.09
正月実家に帰ったときに親と話していたのだが「やっぱり小泉さんはスゴい」というのも小泉さんに逆らった人間というのはみんながみんな、とんでもない目にあっているのだから。鈴木宗雄しかり、田中真紀子しかり、辻本清美しかり、菅直人しかり。みな議員や党代表の職を辞すことを強制させられたり、さらには逮捕・起訴されたりその寸前まで追いやられ政治的な立場を失った人ばかり。いちばんひどいのは自民党最大派閥の橋本派。その昔「加藤の乱」では加藤派を解体寸前までに追い込んだ辣腕・野中元幹事長は不祥事発覚で引退を余儀なくされるは青木さんは土壇場で小泉側に寝返るは選挙があるたびに議席が減るはでもう大変。そしてその一連の流れで象徴的なのは日歯連の献金疑惑。あれで橋本派の信用は地に堕ち、さらに橋本龍太郎会長は会長職を辞し、その後継会長はは未だにきまりすらしない有様だ。竹下元総理時代の経世会全盛期から考えると見るも無残な体たらくである。それもこれも4年前、総裁選2回の落選にもあきらめなかった男が総理大臣に指名されたことからはじまったのだ。しかも今 小泉内閣成立の総裁選、橋本・麻生・亀井・小泉が争った時の新聞記事をネットで調べていたのだがこんなことが書いてある。---------------橋本龍太郎元首相(63)、麻生太郎経済財政担当相(60)、亀井静香自民党政調会長(64)の3氏は「構造改革は後回し」とそろって構造改革を避けているが、小泉純一郎前森派会長(59)はただ一人「構造改革なくして景気回復は有り得ない」と力説しており、構造改革重視の立場を鮮明にしている。さらに、「国債発行を抑えた財政健全化策」を打ち出し、「2、3年内の不良債権処理」、「派閥順送り人事を廃止」、「首相公選制を導入」、「郵政の民営化の推進」などとわかりやすい改革路線を打ち出している。永田町の論理でいくと、102名という大所帯を抱える橋本派の橋本龍太郎元首相が選ばれるのは確実である。しかし、各紙各テレビ調査では、どこも小泉氏の評価が高く、橋本派幹部が「小泉でもいいかも」と戦術転換を洩らすほど小泉優勢ムードは盛り上がってきている。---------------「国債発行を抑えた財政健全化策」「2、3年内の不良債権処理」「派閥順送り人事を廃止」「首相公選制を導入」「郵政の民営化の推進」首相公選制以外は全部実現してない?財政の健全化はまだだけど国債発行はがんばって抑えているみたいだし。やっぱりすごい男だ 小泉純一郎。
2005.01.08
編集後記でも書いたように今年はほんとーーーーーーーに久しぶりに宝塚の実家で年越ししました。それにともなってPCを変えた影響でメールが見れてないのが不安ですが。。。 設定しないと。昨日かえってきたのですが今年も大きく生活が変わりそうなのでその準備におおわらわです。なにはともあれ今年もよろしくお願いいたします。
2005.01.04
日本には2回革命とされている大変革があり、1つは源平の争乱。もうひとつは明治維新。源平の争乱とは『優良血統主義』が支配する貴族の世から、実力主義の『武家封建社会』への変遷を意味するれっきとした革命。しかし前政権の執務者である平氏一門と革命勢力である源氏は古くからのライバルであり、さらに時代を変えるべく源氏さえ優良血統である点、そして源頼朝・義経兄弟にとって平氏は討つべき父の仇であったという点もあり、この時代は革命というより「源氏による私的な復讐劇」ととらえられることが多い。そんな中、義経は戦術の天才として信じられない働きをみせ、ついには平氏一門を滅亡に追い込む。しかしその能力をおそれられ、北陸の地で悲劇的な最期を遂げる。革命勢力側と旧体制側という違いはあれど新選組と似ているところがおおい。その働きは抜群でさらにそれにふさわしい見せ場(池田屋・壇ノ浦等)もあり、その華々しい活躍は自軍の士気をいちじるしく向上させるものであった。しかし来たるべき時代に対応できず、最終的にはほぼ味方に見捨てられるような形で最期をむかえてしまう。またふたつの終焉の地が北の大地であったことも偶然とはいえ興味深い。その苛烈な生き方が後の世の人たちに感銘を与え、義経は判官びいきに代表されるように『悲哀』の対象として、そして新選組特に土方歳三には『憧憬』の対象として。新選組はもとから好きな題材だったので1年間見続けたのですがそういう意味では義経もまた見てしまうんだろうなぁと思う今日この頃です。
2005.01.03
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