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関節炎が発症してから1年4カ月経って初めてマインドの解放が起こったわけですが(インナーチャイルドと向き合い癒すことにより…)そこからやっと、夜10時に就寝するということができるようになってから2週間経ち、「関節炎その後」の話をブログに書いた直後。「あ…今だったら、鍼治療とかやってみたら治るかも…。」と感じて、「…でも誰かから紹介してもらうまで待ってみよう」と思ったその数時間後に瞑想講座の卒業生で、ブログを読んだ方がどうにかならないかな…と思った際にハッと気づいたことがあって、とメールを下さりご自分が通っている鍼灸治療院を紹介してくれたのでした。鍼治療を受ける心の準備は既にできていたので早速電話をしてみると、1週間ぐらい先か「或いは明日の午後4時…」 と1枠空いていて私もピッタリ空いている時間だったので早速予約をして、翌日行くことになりました。先生は、ざっと関節炎の状態を診ながら開口一番 「夜10時に寝ていますか?」 と。あ、はい…やっと2週間前から寝られるようになったのですが…発症した頃の就寝時間は午前2時ぐらいでそれから早く寝ようとがんばっても0時ぐらいでした…。「夜10時~2時の間に、天然のステロイド剤が、消炎・鎮痛剤が出るんですけどね、もったいなかったね。やっと早く寝られるようになって、これからだね。」炎症を起こしている右膝と右手と右足の中指から鍼灸治療師としての診断は、おそらく多忙とストレスで (お酒は飲んで無かったから)最初は肝臓が疲弊したところから胃腸が機能障害を起こして血液が冷え、手足に炎症を起こし、今では腎臓にも負担がかかっている状態。あとは 「こういう症状が出てくる人は本来の自分自身では無かった場合が多いね。こうなったことによって、自分自身を取り戻すきっかけになって良かったね」 と言われ鍼治療を受けながら、私、結構自分らしく生きてきたつもりだったけど…それは本来の自分じゃ無かったなんてことあるのかなぁ…なんてボンヤリ思いながら…先生の奥様は、気功とリーディングが出来る方で思いがけず、プチ・リーディングも何度かしてくれて充実の治療タイムでした。1週間に1度のペースで、ということだったので次の予約も入れて帰ったのですが、その翌朝、若干痛みが増した感じでまた1日、1日、と痛みが増して行き特に膝関節の可動域が狭くなってきて歩幅が20センチ、15センチ、と段々小さくなり(後から、鍼治療を受け始めた日がちょうどレイちゃんの保育園の準備に「慣らし保育」ということで集団保育が始まった日で、その日から朝晩、ママのお膝から離れなくなり1日に4~5時間、椅子に座ったまま11キロのレイちゃんを膝の上に抱っこしているという毎日で極端に血流が悪くなっていたことに気付きました) それでも、サロンでの仕事を続けていたので瞑想講座でも受講生の方々に歩行困難な様子を見せることになったり、まぁ…今まで痛みを外に出さずに来てしまったので「痛みを表現する時」 「弱い自分を見せる時」なのかも知れないなぁ… と思いながら日々、こなしつつもさすがに 「今日はダメかも…」 という日は都内のホテルラウンジで打ち合わせだったのですが「今、駐車場に着いたんですが、ここからの移動が結構時間かかると思います…」 と電話を入れ一歩、一歩、激痛と共に、やっとの思いで進んでいく間『こんな状態で、どうして予定入れちゃうんだろう…どうして私、キャンセルしないんだろう…』と痛感しながらかなり限界… でもどうしよう…!翌日は、親しくお付き合いさせている在日外国人の方の絵の個展のオープニングに招待されていたので彼女の晴れ舞台には参上してお祝いの言葉も述べたい…それに前日までこうして動けている訳だし…やっぱり何とかして行こう。そう決意した翌朝。痛いっ…!!!足が動かせない…少し時間をおいて、何とか足を床に降ろしてみると痛い!…立ち上がれない…また激痛と共にゆっくりベッドに横たわったその時、『も~こんなのヤダ!!! 神様助けて!!!この痛みから私を解放して下さい!お願いします!』…初めて、祈る気持ちになった気がしました。思い返してみると、それまでは 「自分でなんとかしなくちゃ」 という意識だったかな…いつものように、母のビビちゃんがレイちゃんを慣らし保育に連れて行った後ずっと横たわった状態で、…トイレに立つ時だけ、生まれたての子馬のように時間をかけて立ち上がり、壁伝いに行き来しつつ…個展のオープニングレセプションは夜だったのでとりあえず様子を見よう。 とまだ行く選択肢は残していてお昼頃、一緒に招待されていた斎藤芳乃さんから様子うかがいのメールが届いたので、返信で「ねぇ、芳乃さんは今日、行きたい気分?行きたくない気分?」と書いて、もし芳乃さんが行きたい気分だったら行こう。と思っていました。お返事は、「別の日に改めませんか?」 ということだったのでじゃあ今日は行かないことにしよう。とホッとしたその瞬間、ハッとした…というか、ゾッとしました。明らかに動けない自分がそこにいるのに行くか行かないかの判断を、一緒に行く人の気分に委ねていた自分…。そこまで、「行けません」 とか 「出来ません」ということを言うことが出来ないんだ、私…。それでも、個展のオープニングに行けないという電話連絡をできずに横になっていたらその友人から電話がかかって来ました。「Hello, Aiko, How are you ?」実は今日、とうとう歩けなくなっちゃって…ごめんなさい、今日の個展オープニング、行けません。言った瞬間に涙がツツーと流れ大丈夫?誰か付き添ってくれているの?食事は出来てる?私、お見舞いに行きたいわ。良い治療方法は見つかった?他にも試すといいわ。私の友人達にも助けを求めてみる。こういう経験には絶対意味があるから、私はこういう意味だと思うけど…がんばって乗り越えて!とにかく、自分のことだけにエネルギーを使うように。どんな状況でも、いつでもすぐに電話してね。… と、忙しい個展オープニングの日にも関わらず15分も電話で、励ましと癒しの言葉をたくさんかけてくれて愛情をいっぱい受け取って…感動、感涙。レイちゃんが午後いっぱい、実家で過ごすことになり静かな家で、ひとり横になっている間朝からの出来事や心の動きを反芻しながら今まで、如何に自分を大事にしていなかったか自分を尊重していなかったか、ということをじんわり感じていたのでした。それまで、もちろん自分を大事にしている、自分の意思で行動している、選択していると思っていたのですが今日、動けなかったのが私だとすると…その動けない自分を一番に考えずに自分以外の人の気持ちや気分を尊重して行動しようとしていた私は、誰?チョプラさんが言っているように「真の自分を知る為にはハートの声を聴いて…」 とすっかりそうしていたつもりだったけれど真の自分は、ずっと奥深くにもぐっていてまだまだ浅かったかな~ とかよく 「自分を愛する」 という言葉を耳にしていたけれど自分を大事にすること、自分を尊重すること…具体的には身体を休めてあげたり心が喜ぶことをしてあげたり、そんなことなんだなぁ…きっと。時間がある限り、身体が動く限り、動き続け、働き続けていた自分。その自分に初めて違和感を感じ…そうだ、まず、完全に停止してみよう。それまでずっと選択肢に入ってこなかった「休む」 ということを決意したのでした。4月~5月、ぐらいかな…とにかく4月は仕事の予定を入れないことにしよう。そう決断してみて、関節炎という形で足や手にブレーキがかかってから完全に止まるまで1年半もかかって…まるで車のハンドブレーキがかかったまま運転し続けてたみたい… うわぁ~と、動かない身体と、それをドライブしていた自分をハッキリ別物として感じたのでした。1日中、横になって血液やリンパの流れが良かったのか翌朝には 「あ☆ いい感じ♪」 とかなり改善していて日中でもチャンスがあれば横になるようにしていたら少しずつ回復し、斎藤芳乃さんと週に1度のランチミーティングをしていた時。あの…愛子さん、前回のセッションでインナーチャイルドが解放された後からチラチラ見え始めた存在がいるんですがそれは愛子さんの過去生の魂で…今の関節炎に直接影響していますね…。実際には2つの過去生が見えているんですがひとりは、愛子さんに昨年お会いした時から見えていた日本の太古の女性で、自分が犠牲になることで人々を救った、土地全体を浄化した存在で、起業された後ぐらいから影響しています。この前から見え始めたのは、これも昔の…エジプトのような装束の…女性で、深い悲しみと共に、権力に固執した存在で女性性の要素を使いながら権力を得て行き最期は苦痛や恨みと共に亡くなっている…この過去生は愛子さんが起業される前お勤めをされていた頃に深く影響……影響というよりも、無念を晴らすためにほとんど乗っ取っていましたね…。あっ。もう見えなくなってしまいました。今日はここまでしか見せてもらえないみたいです。わぁ…深い悲しみとか恨みとか…なんか凄いのが出てきたね…過去生ってことは、私、よねぇ。だけど乗っ取られてたの…?…でも、確かに会社勤めしていた頃は凄くキャリア志向で、1年毎ぐらいに昇進してどんどん登りつめて行って…でもまさに女性性の要素を使っていた感じだった!うーん、思い当たる部分も多い…。はぁ~ 私にもそんな重そうなカルマを負った過去生があったのかぁ…そういうの、私には全く無いと思ってたんだけど。…でもこれだけ身体に出ているってことはそういうことも、無きにしも非ず、だなぁ…どんな人生が出てくるのかな~~と、知るのが怖いような、同時に興味津津な気持ちが入り混じりつつ芳乃さんのサイキック・リーディングの予約を入れました。過去生だろうと、インナーチャイルドだろうと今、癒される必要があるから浮上してきているのだろうしこの際、ボディ面、マインド面、スピリット面ってことで全ての側面で洗い出しちゃいましょう!そんなちょっと開き直った気持ちで、どんな問題でも受け止める覚悟で痛みと共に、ですがプロセスも楽しんでおります☆いろいろ削ぎ落とされた(?)後に現れる真の自分って一体どんな感じなのかしら…全く見当がつきません~~~まずは完全停止―♪
2010.03.29
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先日、3月3日のひな祭りの日に開催した「ふわっと会議」の第二回目を、2週間後の日曜日、4月4日(日)の午後、13:30~16:30に開催致します♪第一回目は平日夜だったのですが、表参道の国連大学裏にある会場に参加要件が: ☆ソーシャル系女子、または ☆より良い社会にするために何かしたいという「思い」を持っている方、 ☆ふわっと本気に取り組んでみたい方 ☆本会議に興味があって手伝いながら参加してみたい男子だったところ、総勢45名集まり、うち男性12名…!と大変盛り上がってしまいました。 第一回に参加した方たちの感想がこちらのページのコメント欄に寄せられています☆第二回目の場所は、代々木公園に隣接している「国立オリンピック記念青少年総合センター。今年10月に名古屋で開催される国際会議『生物多様性条約 締結国会議』 に向けた活動の一環として…条約前文にある「生物の多様性の保全及び持続可能な利用において女子が不可欠の役割を果たす」… ということででも、女性性のもつ『ふわっと』した感じで集まりプロセス志向で進めていく、創発型のゆるやかなネットワーク。第一回目は45名全員で輪になって進めてみたのですが第二回目は40名定員で、少人数のグループに分かれて討議し、全体でもシェアしていくワークショップ形式でマインドマップを使いながら 「女性性」ってどういうもの?「ふわっと」ってどんなこと? 「女性性と生物多様性」の関係って?等をテーマに、イメージを膨らませ、言語化させていくというワークを共同で行っていく予定です♪前回は男性参加者が25%を占める、という予想外の状況となり今回は男性の参加を6名定員、とさせて頂くことに致しました☆女子のみにしたほうが…という意見も幾つかあったのですがせっかく「生物多様性」がテーマなので、限定せずに男性の方々と一緒に「女性性」について話し合ったり、発揮しながら(女性だって男性性を発揮して物事推し進めたりしがちですし)ふわっと進めてい行きたいと思います☆ということで、開催要項は下記に、参加お申込みはこのブログのメッセージ機能を使って●メールアドレス:●ご氏名:●日中ご連絡がつく電話番号をご連絡下さいませ☆☆☆前回、平日夜ということで参加が難しかった方、日曜午後、というこの機会に是非どうぞ!---------------------------------------「ふわっと会議」 第二回 開催要項---------------------------------------日時: 4月4日(日)13:30~16:30 (13時~会場設営、17時撤収)定員: 40名 (うち男性定員6名)内容: 「女性性」と「生物多様性」に関するワークショップ場所: 「国立オリンピック記念青少年総合センター スポーツ棟1階 第一研修室 (渋谷区代々木神園町3-1)アクセス: 小田急線「参宮橋駅」下車 徒歩7分地下鉄千代田線「代々木公園駅」下車(4番出口)徒歩10分京王バス 新宿駅西口(16番)より 代々木5丁目下車京王バス 渋谷駅西口(14番)より 代々木5丁目下車地図: http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html会費: 1000円 (会場費他、諸経費) ※ 今回は飲み物をご持参下さい (マイ水筒?)※ マクロビのおやつをご用意致します。参加要件: ☆ソーシャル系女子、またはより良い社会にするために ☆何かしたいという「思い」を持っている方、 ☆ふわっと本気に取り組んでみたい方 ☆本会議に興味があって手伝いながら参加してみたい男子「ふわっと会議」進行方法・組織: ビジョンや目的を決めず、プロセス志向で 集まった方によって内容が決まっていく 創発型のゆるやかなネットワーク参加申込: このブログのメッセージ機能を使って●メールアドレス:●ご氏名:●日中ご連絡がつく電話番号をご連絡下さいませ!お会いできること、共に何かを創り出していくことを楽しみにしております♪♪♪
2010.03.21
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先日3月3日のひな祭りの日に開催した「ふわっと会議」には総勢45名集まり(そのうち男性が14名も!ビックリ~)大変盛り上がってしまいました。なんだか今後どんどん広がりそうです☆参加した方たちの感想が、ブログのコメントで寄せられ始めています!今日は、1年4カ月前に始まった関節炎…一度は関節リウマチと診断されて取り消されたその後のことを書いておこうと思って☆あれから今現在まで、右ひざが腫れあがったまま足指の付け根も痛むので、バッチリ歩行困難、移動は全て車で (…乗り降りするのも苦痛が伴い)歩ける限度は50メートル位?そろり、そろり、と激痛を避けるためにゆっくり歩き(去年、天河神社で踊ったのは奇跡でした…)手も、右手左手の指がそれぞれ2本ずつ関節がボコッと腫れあがり(左手指は腫れが引いてきたけれど)特に去年の秋、イベント続きで忙しさがピークに達した頃、とうとうパソコンが操作できなくなってしまってメールやテキストを代筆してもらったりして凌ぎイベントが全て終了すると、やっとキーボードをゆっくり打てるぐらいまでは復活してその間にエハンさんのことを手伝ったりしていたのですが1月末に重い腰をあげて本を書き始めよう…と宣言した後少しずつ痛い箇所が増えてきてしまって…今まで痛くなかった指や、手首まで腱鞘炎のように腫れあがってきて(まだ書き始めていないのに!)どうしたんだろう…?と思っていた頃、久しぶりに不快な経験をして。他社との取引というのか…対外的なメールのやりとりである要求に応じなかったところ、とても長いメールでたくさんの自己正当化と、批判的、否定的、脅迫的な箇所もある内容が送られてきて、同じレベルで反応して(戦って)はダメ…と、消極的に、非・攻撃的に(…でも屈しない内容で)返すとさらに自分は正義で、そちらが間違っている、と断定した、否定的で自己の観点を受け入るよう強要する長文が送られてきて、もう、パッと見ただけでギューっとお腹が痛くなってしまい(私、お腹が痛くなるなんて1年に1回あるかどうかなのに…)言葉から受ける、体の苦痛というものを2~3日経験してそれを終わらせる最後の返信をしたその日。たまたま、全く別の目的で斎藤芳乃さんのサイキック・リーディングを予約してあった日だったので、1クライアントとしてセッションを受けに笹塚サロンに出向いたのでした。セッションは、自然とその出来事を振り返ることから入って行き…その出来事の中でどんな点が苦痛だったか、ということでその人の観点を強要され、批判され、否定され、脅迫されたこと…と答え、『その言葉を言ってみて思い当たることはありませんか?』と問いかけられると、あ… 私の父との関係です。と言い終わる間もなくボロボロボロボロ…と涙がこぼれてきたのでした。 昔から滅多に泣かなかったのに…さらにセッションが進むと、何と「エーン、エーン」と声を出して泣きじゃくっている私が…!(インナーチャイルドが出てきました)その泣き方と体の感覚で、直観的に「1~2歳の頃だ」 と思いました。厳格な父は、私が0歳の頃から(聞いた話に寄ると)しょっちゅう怒鳴る、怒る、叱る、で、離乳食も「ぜんぶ食えーっ!」と怒る、泣くと 「泣くなーっ!」と怒る、涙をこらえて耐えていると「なんだその顔はーっ!」と怒る、そして、甘い声を出したり、可愛がる、という愛情表現を一切しないまま (これは今現在まで☆)でした。斎藤芳乃さんには12月に出会った頃から「愛子さんはネガティブな感情を押し殺してしまっているので悲しみや苦しみなど、昔体験したことを感じてあげて下さい。」と指摘されていたのだけれど、はて?? 思いだそうとしても何も思いつかないのです。第一自分は 「ツライ思いや経験をしたことが無い」と思い込んでいたし…。でも、「エーン、エーン」と泣きじゃくりながら体が覚えていた幼少時のツライ経験の記憶というか、感覚がリアルに蘇ってきたのでした。確かに私はツライ経験をしていた、と思い出し、そして、おそらく2歳ぐらいの時、心に蓋をして、怒鳴られても、怒られても、叱られても、あまり感じないように、反応しないようにして、あとは年を重ねるにつれて、その蓋をどんどん強化していったんだなぁ…交友関係や仕事においても、怖い、ツライ、悲しい、嫌だ、というようなネガティブな感情を感じなくしちゃったんだなぁ。…ということが、ハッキリ分かり深~いところに埋まっていた、頑丈な蓋の根っこを 「ズッポン!!!」 と引っこ抜いたようでした。セッションの中で、そのインナーチャイルドをそして起こった出来事自体も癒していくのですがそれは、娘への愛情を、「厳しくする」 という方法でしか表現することができなかった父を許し、その環境で、自分を守って生き延びるためには怖い、ツライ、悲しい、嫌だ、という感情に蓋をして無感覚になることしかできなかった自分を許し確かに苦しんでいた小さな私、インナーチャイルドに「怖かったね」 「ツラかったね」 「悲しかったね」 「優しくしてほしかったね」「今まで置き去りにしてきてゴメンネ。(40年近くも…!)」と、声をかけて、その存在を認めてあげたのでした。いやぁ… 厳しくされた記憶はちゃんとあったんですよ。でも、「観点の強要、批判、否定、脅迫(威嚇)」 というようなネガティブな言葉と全く結びついていなかったし(基本的に子供は親を愛しているから一般的な悪人の要素と関連付けられないのでしょうね…きっと)自分も「厳格な父に育てられて、良いしつけになった」(私はそういう形で愛されているんだ、と思いたい子供の心理かな)とポジティブな出来事として処理してしまったのだろうと。やっと認めてあげた、自分の人生における「苦痛」の部分。関節炎が始まってからも、身近な人達によく言われていたのが「痛そうに見えないですよね~。いつもニコニコしているし」 ということだったけれどそのセッションが終わってから、日々少しずつゆったり横になる時間を作るようになって、昔、感じていたであろう心の痛みに思いをはせていたら1週間ぐらいで体の痛みがどんどん増えてきて(ニコニコしてられない位、痛くなって)「もう駄目!」と、リコネクティブ・ヒーリングを受けると同様なパターンの別の人間関係があったことに気づきそれを手放す決意ができたり、浄化と思えるような体の症状も出てきてそれが3月3日(「ふわっと会議」の日)にピークになり、そこからジワジワと、少~しずつ、痛みや指の腫れが引いてきています。あと、1年前にリコネクティブ・ヒーリングを3回受けた時に出てきた 「夜10時に寝る!」 ということ。 結局、それから1年の間に3日ぐらいしか夜10時に寝ることが出来なくて何故か抵抗している私…どうして~???と思っていたのですが、サイキック・リーディングで、インナーチャイルドが癒されたその日から毎晩、夜10時前に就寝できるようになったのです。それで、思い出したのが、その厳格な父が私が幼稚園~小学校低学年の頃、毎晩、仕事から帰ってくるなり 「もう寝ろ!!!」 と怒鳴り、夜7時頃でも暗い部屋に閉じ込められまだ眠く無いのに、見たいテレビ番組があるのに悪いこともしてないのに、どうして…? と悔しい思いをしながら寝床に入っていたこと…。私にとって「早く寝る」 って、無意識のうちにその記憶とリンクしていたことにも気づきました。もう早く寝られるようになった、ということはきっとその部分も癒されたのでしょうね?そんな感じで、連鎖して次々と思い出すこと、気づくことがたくさん出てきて「ボディ」「マインド」「スピリット」で言うと「マインド」の部分が、初めてケアされている状況です。ずっと健康体で、風邪もひかず、大病も怪我もせず(株)ボディ・マインド・スピリットを設立して「ボディ、マインド、スピリットのバランスと向上」と健康を促進するサービスを提供してきたけれど自分でその(無理のあった)バランスを崩して初めて、それを取り戻すための、癒しのプロセスを体験しているそんな感じかな☆☆☆ゆったり、無理せずに、治して行きま~す♪♪♪
2010.03.07
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