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先週の金曜日、無事日本に到着していたのですが40.5度の高熱で5日間寝たきりになっていました~~~水曜になって一気にシューッと熱が引いていって木曜には頭もクラクラせず起きていられるようになったという具合で先週の水曜の晩、インドの施設を出発する時あれれ?お腹がゆるくなったみたい…ドクターに 「どうしたのかな、緊張したのかしら?」と、念のためタブレット状の生薬を持たせてもらい深夜発のシンガポール行きの便に搭乗。睡眠3時間弱で飛行機を降りた時身体がものすごく弱っていることにビックリ。もう夜行便には絶対に乗らないぞ~と心に誓いつつ車椅子サービスを利用していたから良かったけれど一晩でこんなに歩けなくなるなんて…(たぶん体温も血圧も下がっていたと思うけれど)シンガポール空港での15時間は空港内のホテルで午前中寝てお昼を食べて、でも何だか底冷えがするのでマッサージを受けて、熱いシャワーを浴びて熱いハーブティーを飲んでもまだ寒く驚いて一瞬、体温が上がったのは、車椅子スタッフの出迎えまで1時間あったので珍しくテレビをつけてCNNチャンネルを探すとラリーキング・ライブがちょうど始まるところでなんとチョプラさんがゲストで出てきたこと!しかもちょうど1時間近くの特集でピッタリ過ぎるし、なんていう確率で目にしたのか…ゾワゾワっとしてまたすぐ寒くなっちゃいましたが22時半発の成田行きに乗り込みお夜食は頂かずに即就寝。到着2時間前に起こされて菜食メニューの朝食を頂いて…体調もさほど悪くなく、6時半に着陸するとまた車椅子でススーッと、荷物も全てケアしてもらって出迎えてくれた父ともすんなり会え駐車場に停めてあった車に乗り込み父が 「朝から暑いなぁ~」 と発車してまもなく。あれ…トイレに行きたいかも…?おかしいなぁ…空港で寄って来たばっかりなのに。「う~ん、酒々井までがまんしてくれよ」…と、酒々井PAでお腹を立派に下し。ドクターからもらった生薬のタブレットを飲んであとは後部座席に横になって寝ている間に自宅に到着したのでした。うわぁ…すごい暑さだねぇ~でもクーラーはつけたくないなぁ…窓を開けて風を通して室内37度。汗がたくさん出てきてわぁ~ぃ♪汗がかけて嬉しい~このまま日本の夏に身体を慣らしてあげよう約7時間、水分補給をしながら汗をたくさんかいて身体を休めて、レイちゃんが保育園から帰るのを待っていたのでした。そして感動の再会7週間の間に、日本語ペラペラで…すっかりお姉さん。「レイちゃんね、おねえさんになったのよ」自分でも言ってました☆黎花 2歳7カ月レイちゃんも汗びっしょりだったので、早くお風呂に入れることにして上がって夕飯を待っている頃あれれ、身体がだるいような起きているのが辛い… 横になっているとあれ…この体の熱さは…?体温計で測ってみると39.5度。 えっ?!突然、高熱が出てしまいました。あれよあれよという間に40.5度…!インドのドクターから、「 これから始まる自宅療養期間に免疫機能が正常化・安定化するよう朝昼晩の生薬も続けてもらうので、その間に病院の薬を飲んで免疫機能を抑えたりすることが無いように普通の風邪や、熱や、下痢や、嘔吐の場合の生薬も持たせるからね。指示書は中に入っているから。 何かあったらすぐに、気軽に電話するんだよ。」と言われていたので早速、段ボール2箱に分けて入れられた半年分の生薬…煎じ薬タイプと、発酵飲料タイプ、オイル、ペーストと全てプラスチックのボトル入り…の中から旦那さまがサンスクリット語の名称を頼りに熱用と下痢用の薬を4種類探し出してきてくれて(すごく大変だったはず…)指示書のとおりに飲みました。でも土曜、日曜、と熱が下がる様子もなく食事もほとんど出来なくて、手足も急激にやせ細り頭痛とめまいもするようになって、旦那さまからも 「熱中症じゃないの?素直に病院行きなよ」と迫られ、うん、分かった…月曜日、まずはインドのドクターに電話をしてみたところ生薬の種類を飲み過ぎていたらしく適切な薬と量とタイミングの指示を受け「 これを2日間続ければ熱も下がるでしょう。 長旅で身体が弱っていた所に、気候の変動に 身体が適用できなかっただけだから、とにかく 身体を休めて、ちゃんと食べれば大丈夫だからね。」火曜日、まだ40.5度あって、足がやせ細ったと同時に筋肉も落ちたようで歩けなくなり、トイレに行くのに壁伝いにやっと…父親からも、「もうダメだ。病院に行けよ」 と言われ、とうとう普通の薬を飲まなくちゃ…なの?でも出来る限り生薬の自然の力で、自分ので治りたい…!と願った翌朝、38度…37度…と夕方には平熱まで下がったのでした。ふぅ、間に合った~♪気分はスッキリ爽快。ボーナス・デトックスだったかな…?水曜、木曜と、足の筋肉を動かしてリハビリ状態でやっとまた少しずつ歩けるようになってきてはぁ~またイチから筋肉作りかぁ~と思いつつ、身体の再構築☆とフレッシュな気分でもあり。残念だったのは、「ほら、こんなに歩けるようになったのよ♪」と家族に見せることが出来なかったこと。でもまた時間が経てば、またあの状態に戻せるので心配はしてないのですが旦那さまは「インドに行って、もっと悪くなって帰って来た」と言うので (彼が目にした事実はそうですが)汚名挽回?しなくては~あ、ちなみに発熱したのは、今思い返せば「塩不足」だったと思います。あんなに汗をかいたのに、水とかハーブティーとかしか飲んであげなかったのと昼食も甘いものだったので。お味噌汁一杯飲んであげてれば回避できてたかも知れません。はぁ~、身体にもっと意識的にならなくちゃインド出発前夜は、お部屋の前のチャンティング・スクエアで(ここで朝晩、チャンティングと呼吸法をしていたのです)ちょっとしたコンサートを開きました☆JAPAN-POP2曲と、英語の歌2曲、あとみんなで歌えるものを2曲、歌詞カードを用意してカラオケをダウンロードして、パソコンにスピーカーを繋いで石造りの建物は声が反響して、バックには夜空も広がり想い出深い夜となりました♪(インドネシアのバンドのボーカル君が、同じ時期に患者として来てました)(同時期に滞在した患者仲間とセラピスト達)(若いドクターたちも一生懸命歌ってくれてます。曲は”My Heart Will Go On”)とっても気持ち良かったです~♪♪♪これからもっと自分のために歌おう☆☆☆
2010.07.30
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インド滞在も残すところあと2日となりました!1週間の腸内洗浄の後は、身体の細胞・組織の再生を促進させる若返り療法… 王様が食していたという特別なお米を牛乳と生薬で煮てお粥にしたものを布で包んで44℃位に熱したハーブボール8個を使ってセラピスト5名体制で全身をマッサージしてくれるこれまた贅沢な施術を7日間、享受し…つい、顔にもパックしてもらっちゃいました最後の1週間は、日常に戻るための移行治療ということで家に持ち帰る生薬と同じものを飲み始め…6週間の治療をまとめると、食事療法と生薬の摂取と併せて: (1) 約50℃に熱した生薬のハーブボールによる発汗治療・・・7日間 (2) 約45℃の生薬配合オイルを全身にたらして行く治療・・・14日間 (3) 生薬の煎じ液を使った浣腸で腸内洗浄・・・6日間 (4) 米・ミルク・生薬のハーブボールによる若返り治療・・・7日間 (5) 日常に戻るための移行用治療(オイルマッサージのみ)・・・7日間でした。全ての施術が、薬用胡麻油による全身マッサージの後に行われるので42日間、毎日オイルトリートメントを受けていたのねっ…まるで夢のような日々まぁ実際は、あちこちの関節炎と固い木の施術台で(薬効があるらしい)気持ち良さと痛みが半々ではありましたが膝の腫れは8割減☆ 痛い箇所も随分減ったので真っ直ぐ伸ばせるようになったり、筋肉もついてきて立った時に足を30cmぐらい持ち上げれるようになったのでまだ少しゆっくりだけれど、普通の形で歩けるようになりました♪その他、あちこちにあった関節炎は、完全に消えた所やあとちょっとだけの所や、曲げたり伸ばしたり運動機能がどれだけ戻るか、それぞれ進捗は違うけれど総合的にみて8割改善というところでしょうか☆治療の効果は、帰国後さらに6週間ほど自宅療養を続け身体の組織が置き換わる3ヶ月後の状態を見てどれぐらい治ったか判断できるそう。お持ち帰りセットには生薬の他にマッサージ用のオイルも。食事は似たような内容を日本の食材と味付けに置き換えて。これからも継続的にアーユルヴェーダ・ライフを送っていくことになりました。これって…5年半前にアーユルヴェーダに出会ってからずっと望んできたことだったのですよね…引き寄せちゃったかな?!いや…その頃からアーユルヴェーダ的生活をしていればきっと関節リウマチの発症も防げていましたね~基本的には予防医学ですから。。まぁ、ともあれ、夢だった生活が現実になりました♪この前、ちょうど過去生の振り返りが終わった頃チョプラさん紹介のドクター・.ラムクマールが部屋に来て世間話をしていた時に、「まぁ、僕は今、或るカルマを精算している時だからあちこち飛び回ってアーユルヴェーダを広めているけれどあと2年ちょっとでそれも終わって一箇所に落ち着くことになるよ。」と言うので、どうしてカルマのこととか、時期とか分かるんですか?!と聞くと、 「あぁ、ジョーティッシュ・リーディングだよ。ヒンドゥーの人たちは皆、生後6カ月になるとジョーティッシュの占星術師からリーディングを受け取るんだ。そこで向いている分野や職業、健康面や家族のこと、どの神との繋がりが強いとか、どんなマントラや儀式が必要だとか時期別の運勢や課題、カルマや過去生のことまで分かるんだよ。」あ…5年前に一度サンディエゴで、アメリカ人からジョーティッシュ・リーディングを受けたことがあるんですけどそこまで詳しくは教えてくれなかったです。でも400ドル近くかかったような…「ここだと5ドル位でみてもらえるよ。受けるかい?」わ~、お願いします~♪といことで、生年月日と生まれた時間と場所を伝えて(マントラを発行する時の必要情報と同じ☆)その1週間後に占星術師の女性が来てくれることになりました。翌日読んだ本に、たまたまインドのお見合いの話しが出てきてお互いのジョーティッシュ・リーディングの内容を確認して様々な点が該当しなければ見送る、というのを目にしたので5人のセラピストが施術してくれている間に今でもお見合い結婚ってあるの? と聞くと20代の3人のうち、2人はお見合い、1人が恋愛結婚で17歳、18歳の2人は「見合い結婚の予定」ということで同じカースト内、同じ宗教内、に限られ結婚相手はほとんど親が決め、恋愛の場合も親の承認を得られれば、ということでした。カーストを越えたり、宗教(ヒンドゥー、イスラム、キリスト教)を越えることが社会的に許されていなくて駆け落ちや心中などもよくあるそう…。最近結婚した30代のドクターだけ、「一応ヒンドゥーだけど両親も僕も慣習に従っていないし、恋愛結婚だったよ」という例外ケースでしたが、インドの他の地域はどうなんだろう?私のリーディング結果は、性質としては直観力が強く職業はコンピューターまたはコミュニケーション分野に向いていて物事を実現するのに神の恩恵を受けやすく何でも容易に叶う。人生は流れるように展開する。2007年前後に生まれる第一子は強運の持ち主で、家族を支えるためにやってくる。但し2010年の1月末からサタンの影響で人生で一番困難な時期(2年半)を迎え、健康を害するが治療を受ける良い時期でもあり、その間は朝晩サタンを鎮めるマントラを唱え、土曜は軽い断食をして災難を最小限に留めると同時に、2012年10月までは健康に留意した生活を送るべき。次の7年間はガネーシャの加護を受けながら運気が上昇して行きその次の20年間(…ってその頃は50代、60代だ…)は素晴らしい時期で、あとはどんどんよくなる一方という内容。生まれてからこれまでの時期別の運勢も結構当たっていたのでレイちゃんのもみてもらおう♪と依頼しておくと、今度は、このアーユルヴェーダの施設で月に一度ガネーシャに健康を祈る儀式をしに来て下さる祭司がジョーティッシュ・リーディングも出来るということで占星術師として来て下さいました。レイちゃんの場合、稀にみる最強の星まわりだそうで困難な時期は無いに等しいけれど、敢えて言うなら5歳から7歳半までがちょっとだけ下火でその後30年間、最盛期が続いて家族を支え意思決定や管理が得意なので職業はマネジメント全般が向いていてグローバル的に活躍する、ということでした。結婚も普通にするみたい。驚いたのは誕生(出産)がきっかけとなり母親が健康を害するが2010年11月までには回復する、とあったこと。わー、あと3ヶ月だ♪家計は(父親の収入は)コンピューター関係からもたらされる。(正解)次の5年以内に、弟か妹が生まれる。(リウマチになって諦めてたけど、2人目も可能みたい?)など、重要な情報もあったので、自分のも、もう一度こちらの祭司にみてもらおうかな…と思って、その前に一応、旦那さんにも確認してみると絶対興味を持たないと思ったのに、反応は「おもしろそう」 ということで、家族全員分みてもらうことに。明日、また祭司が来て下さることになりました。帰りは水曜日の深夜にインドの空港を発って翌朝シンガポールに到着。そこで乗り継ぎに15時間もあって夜10時半に出発し、成田空港には金曜の朝7時に到着…という夜行便が2晩続くハードな旅程だったりします…幸いシンガポール空港はターミナル内にホテルがあって部屋を予約できたので昼間はずっと休んでいようと思いますが~やっとレイちゃんと会える~♪ほとんど毎日、スカイプで顔を見てお話出来て「レイちゃん、だーい好き♪」「ママ、だーい好き♪」「チュー」 とか画面で「タッチ~」とか遊んでいたのですが 3週間経った頃から、抱っこしてもらえないのが切なくなったらしくでも泣かないように頑張っていたそうで、パソコンの前で、時々うつむきがちでジッと我慢しているような時は「ママ、もういい。切るよー」 とクールに振る舞ってみたり滞在があと半分になった時にそのことを説明したら「レイちゃんね、ママが言っていることは分かっているから」と大人びたコメントには一同驚きましたが金曜日、保育園から帰って来たレイちゃんをギューっとハグするのが楽しみです
2010.07.19
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熱いオイルを全身にたらしていく治療(シローダーラ付きの)は2週間続いた後、ドクターの診察で 「さて、明日から本当の意味でのメイン治療… 1週間のバスティ(薬剤浣腸法)に入ります。 実はこのために今までの施術があったようなもので…」オイルで関節や細胞に溜まった毒素を血液に溶かし出して腸に集約させてからクレンジングを行う手順だったとのこと。5年前にサンディエゴのチョプラセンターでパンチャカルマを受けた時は薬草を煎じたオイルでの腸洗浄だったのですが今回はオイルは少量で「薬草の煎液」という感じ。朝食前に施術で、終了後…9時半ごろにお粥と煮豆を頂くという、これまた食事制限は無しの方法です。さぁ、解毒の本番だわ~☆ と思いなんとなく延び延びになってしまっていたリーディングセッションの録音を聞いて振り返り、再体験して、解放する、という作業に着手しました。斉藤芳乃さんのサイキック・リーディングはインナーチャイルドが出てきた2月のセッションで「辛い」「悲しい」「恐い」などの感情に蓋をしていた自分が明らかになりエジプトでの過去生と照らし合わせた3月のセッションと日本の太古の女性の過去生でのカルマの解放を行った4月~5月のセッションで、全部で4回受けたわけですがその後で、私がセドナで生まれて初めてリーディングを体験したNirupさんからスカイプでセッションを受けてみると同じ課題のインナーチャイルドが出てきて再確認になったのとインドに来る前オーラチャクラ・リーディングをMISAOさんから受けた時最初に 「この関節炎の原因は何ですか?」と聞くと内容は一切話していなかったのに芳乃さんがリーディングした日本の太古の女性とほぼ同じような設定の過去生が描写されてをを~~~~ (信じてなかったわけではないけれど) と魂の転生を、さらにリアルに感じられたのでした。今回、一連のセッションで過去生と向き合ってみて実感したのは、全て今の人生に集約されているんだ…ということ過去に起きたことは変えられないけれど、現在の自分が、その古い想念のルーツを理解し、気づきを得たり、受け止めたり、許したりして新たな選択をする(思考や行動を変える)ことによって解消・解放し癒され、自由になっていくんだなぁ…ということでした。芳乃さんのセッション自体も、彼女には課題となっている過去生が見えているそうなのですが、それは口にせずにあくまで私の現在の人生で起こった出来事や感情を探って行って、(ナビゲーションしてくれて)核となる出来事や想念に辿りつくと、言葉を使いながら例えば 「『私は~~です』 と言ってみて下さい」といった感じで芳乃さんのセリフを繰り返すと、ポロポロ涙がこぼれ出したりある感情が湧いてくることに気づいたりそれを解放していくワークを行ったり…という流れで最後、セッション時間が余れば「種明かし」としてどんな過去生が見えていたのか教えてもらえたのでした。エジプトの過去生と照らし合わせて浮上してきたものは私のキャリアウーマン人生というか、仕事に関することでした。就職する時、女性が虐げられずに、男性と対等に仕事ができる場が絶対条件で、働き始めると1年ごとに職種が変わりキャリアアップしていって、転職後は平社員だったところからどんどん職責が増え、昇進して行き、部長職を4年間つとめた後独立、起業して…という流れだったのですが振り返ってみて、私のキャリアアップの原動力は、いつも「今までやったことが無くて、チャレンジしがいがあるもの」 を選択し「経験が無くても、女性でも、できるんだ、ということを証明したい」「他の女性たちのために」ということだったことに気づきそれにしても「他の女性たち」のためにどうしてそんなに一生懸命に?!と疑問に思ったところで、芳乃さんが手伝ってくれて深い意識状態に導かれていくと「他の女性たち」 とは、実は 「母親」 のことだったこと「虐げられた母親」のための「復讐」が動機になっていたことが自分の言葉として出てきたのでした。確かに 厳格な父親のもとで絶対服従している母親を見て育ったけれど復讐~~~?? そんな想念が私の中にあったなんて…そこで過去生が関係してくるわけですが、エジプトでは仮面をつけて神を演じる踊り子を職業とする女性で若い頃、絶対的権力によって母親を殺され自分も子供を産めない体になり、その復讐の念から権力層を見返すために、女性で踊り子でありながらどんどん権力を得て成功していくのだけれど最後はその既得権力を妬まれ、陥れられて罪を被せられ拷問を受けて(手足を切られたりして)痛みと共に死んでいく人生だったとのこと。キャリア…仕事に関してはいつも何かに突き動かされているような感覚はあったのですが、その原動力が 「復讐」という戦いの意識で、母親のため、全女性のためにそうしていた、ということが分かったのでそういう思いは今生の自分には不要なもの。仕事をする原動力から、復讐の意識を外し自分と全体の幸せのために働こう。と改めて決意できたのでした。ところがその翌週、芳乃さんとランチミーティングをしている時に「愛子さん実は…前回のセッションが終わった時に本命というかもっと根源にあるのはもうひとつの過去生日本の太古の女性のほうだったことが分かって深い恨み…神をも恨んだ最期で、その時のカルマを背負っているようです。」ということで、次のセッションに臨んだのでした。紀元前、エジプトの過去生よりずっと古い時代の日本で姫神という役割をしたことがあったということで幼い頃から特種能力を発揮し、天候に作用する祈祷や病気を治したり、魔を抑えたりする、様々な神事を行って(ネパールに今でも「生き神」という少女達がいるニュースをたまたま目にしました)完全なる自己犠牲の人生を送っていたのだけれど睡眠も休息もとらずに働いたことが祟って次第に身体が動かなくなり特種能力も衰えていき、そのうち、当時はまだ荒んだ意識の民衆から(飢饉や疾病や自然災害などの)責任を追及され、非難されその役割から引きずりおろされる際に辱めも受け、最期はその土地を浄化するために生き埋めにされる…というちょっと凄まじい人生…と過去生を先に書いてしまったのですがサイキック・リーディングのセッション中に浮上してきたのが「自分は以前、失敗してしまった。今度こそ多くの人の役に立たなければ」という根拠の無い、強い思いが起業する頃から出てきてそれに突き動かされていたことや、「ヒーラーになること、ヒーリングを提供すること」 にものすごい抵抗と恐怖を感じていたことや10歳頃から、「性」に対するタブー感がとても強くて性について知ってはいけない、口にできない、という潔癖で何も怖い経験はしていないのに、ただ恐怖を感じていて高校・大学時代は「どうして女として生まれてしまったんだろう…」と女性であることを悔やんでいたことなどでした。どれも今生で何も原因となる出来事が無かったのにただ「思い」や「感覚」だけがあったもの…。解放していくプロセスでは性に対して「けがれ」「辱め」などマイナスなイメージだったものを「育む」「いのち」「神聖なもの」 と自分の中から認識を変えて行き女性であることを喜びとし、受け入れること「大勢の人の役に立たなければ自分は無価値」 という認識から「何もしなくても、ありのままでいい」 「自分を受け入れ、愛する」などなど、たくさんの置き換えをしていきました。もちろん??涙をポロポロ流しながら…思わず涙が出てくると「自分の真実なんだな」ということを実感します。あと…姫神さん過去生を癒すプロセスでは今生の私がギフトとして贈れるもの、として身体を、自分を、大切にすること女性として結婚・出産を経て性のもつ神性さ・育む喜びを体験すること人として生きる喜びを存分に味わい尽すことなどをプレゼントすることにしました。はぁ~ スッキリ♪腸内洗浄週間にリーディングの振り返りをして正解でした過去生だからもちろん過去だけれど、古くから引き継いだ「思い」にドライブされていたような半生を振り返ると今やっと、今回の人生を歩き始められるようなちょっぴり生まれたての気分です♪♪♪自分的には真っ白なキャンバスな感じ…これからは心と体と魂が喜ぶことだけをしていくのだ
2010.07.06
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