60ばーばの手習い帳

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October 16, 2017
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カテゴリ: 常用漢字
星 怨…エン、うら(み)恨…コン、うら(む)



「怨」と「恨」は日本では「うらむ」で、意味の差が意識しにくい字です。
中国の人にとっては、漢字も発音も違う(「ユアン」と「ヘン」のような発音)
ので、2字が混同することはまずありません。


「怨」は残念な気持ち、「恨」は心に傷痕が残るような、ずっと続くうらみ、
の意味です。

「恨」は「痕」(きずあと)に通じる字です。

            参照元:笹原宏之『訓読みの話』角川ソフィア文庫
恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋にくちなむ名こそ惜しけれ
 百人一首から。相模の歌です。

 あなたのつれなさを恨み悲しんで涙し、乾く間もない私の袖ですのに、
その上恋の浮き名が立って、いろいろ言われることが残念でなりません。 


 歌合わせの時の歌で、相模は当時50代半ばであったようです。
対するは源経俊の歌で相模の勝ちとなっています。

 相模は、裕福な家に生まれ、橘則長(母は清少納言)次いで相模の守大江公資
(きんすけ)と結婚・後離婚しました。
公資と不仲になったころ、時の権力者、藤原定頼と交際がありました。
 定頼との破局後、一条天皇の皇女・修子内親王(母は定子)、後朱雀天皇の
皇女・祐子内親王に仕えたといいます。

 『源氏物語』に「うちわたし世にゆるしなき関川をみなれそめけん名こそ
惜しけれ」(世間に認められるはずのない関係なのに、関川の水を見慣れる
ように、親しくなったと評判が立つのが口惜しいことです)の歌があります。

 相模の歌は、「恋」という題に基づく題詠であり、実際の恋を詠んだわけでは
ありませんが、聞く人は『源氏物語』の身分違いの恋を思い、定頼との恋に
破れた相模の体験に重ねて聞いた事でしょう。
 ​
​​辛からん人もなにか恨むべきみづからだにもいとはしき身を​​
​​ 同じく相模の歌ですが、もう恨む段階は越え、自分自身の気持ちにけりを
つけられるかが主題になっています。

 離婚、恋の破局を経て、相模は宮廷花壇に登場し、実力を認められていきます。
恨みの袖は乾いたでしょうか。

参照元:田辺聖子『田辺聖子の小倉百人一首』角川書店
 武田早苗『コレクション日本歌人選ー相模』笠間書院







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Last updated  October 16, 2017 12:00:28 AM
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