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今年の夏の暑さは尋常ではなかった!7~8月の平均気温は統計史上最高だったそうである。去年はそれでも何回か好きな山を歩いていたんだけど今年は無理だった!若い時と違って体温調節がスムーズでなくなったのだろう~そんな時は、もっぱらインドア、疲れる目をこすりながらの本読みの時間がめっきり増えた。まずは、山岳図書の古典と言われる小暮理太郎の「山の憶い出」上巻.平凡社彼は、次に紹介する田部重治らとともに明治末期から大正前期にかけて奥秩父や黒部峡谷、上越国境の山々をパイオニアとして踏査したひとり。これらを含む本書は、日本登山の創生期に関する貴重な記録としても評価されるものであろう。とりわけ気になった最後の章、「木曽駒・甲斐駒」では単独で戸台から入山し、甲斐駒の山頂を経て黒戸尾根を下り竹宇駒ヶ岳神社まで辿ったルートは、まだほとんど山道もなかった時代に踏破した記録としてたいへん貴重なものであろう。私も山を始めた10代後半から山行記録はとっているがこれほど克明な記録は執っていない。もしも執っていたならば若き日の思い出がより鮮明なものとして蘇ったであろうに今となってみれば残念でならない。木曽駒は20代のころ、後にも先にもいちど登っただけであるが、甲斐駒は黒戸尾根から、北沢峠からなんども登った山である。それだけに著者の歩いたコースが懐かしく目に浮かぶのだ。、それにしても登山道や案内標識などあるはずもない黎明期に確固とした信念をもって山と対峙した筆者の凄さを想うばかりだ~なお、参考として挿入される「群村誌」などは文語体で書かれているので戸惑うがいら立つことなく読んでみればまた面白い~さらに、下巻もじっくり読んでみようと思う。田部重治(たなべじゅうじ)の「わが山旅五十年」平凡社小島烏水(こじまうすい)や冠松次郎(かんむりまつじろう)と並び山岳図書の多い登山家である。串田孫一は別格だが、、。彼は、年老いてもなお健脚で80才の時になんと奥多摩の雲取山(自身のレリーフがある)へ登っている。日本の山の特質と美しさにいち早く注目し広く世に紹介した。文庫本ではあるが、500ページに及ぶ分厚い書である。読み応え十分だ~ああ~懐かしの雲取山よ。2013/11/16つい懐かしくなって山サイに狂っていた日々を回想した。文中の写真にある田部重治氏のレリーフには当時気づかなかったが、ひょっとしたらこのこんもりした山頂部のやや左に立つ石組みの塔に埋め込んであったのかも知れない当日は、三条の湯から入って石尾根縦走の予定だったがわけあって変更。峰集落から赤指尾根、七ツ石山、雲取山のコースをピストン。山サイ仲間の親友、小岱さん(右)とはずいぶんあちこちとMTB担いで行ったものである。なんと現在77才の彼は、なお現役、主としてホームグランドの富士山周辺を担ぎそして走りまくっているのである。ボクとしてはまさに脱帽、最敬礼するのみである! 七ツ石山(1757m)の山頂で。69才+66才=135才の若者がふたりいた~秋色濃い千本ツツジ付近~奥多摩の山々へはこの日の雲取山からさらに遡ること22年前からMTBを担いで彼と行動を共にしていた赤指山(1332m)を越え、林道終点ゲートまでいっきに快走~この時を最後に雲取山へはその後行っていない~ボクの山サイ(山岳サイクリング)は、その後、左耳聴神経腫瘍(良性の脳腫瘍)が発生したことから左耳の聴力低下と(今はほとんど聞こえない)と次第に平衡感覚の衰えを感じるようになり、MTBから遠ざかっていった。最後に行った山は安倍奥のよく通った二王山(2016/2/28)であった。山口耀久(やまぐちあきひさ)の「八ヶ岳挽歌」平凡社この本は、名作「北八ヶ岳彷徨」の続編的な本と云えよう~著者は、まだ八ヶ岳が俗化される前に佐久側(山梨県)から、諏訪側(長野県)から山頂につながる登路を歩き尽くし、なお、山麓にひろがる大いなる自然への強い愛と憧憬を持ちひたすら歩いた。そして、やがてやってきた観光産業という名のもとに進む開発の足音に憂い嘆いた。私が初めて八ヶ岳に足を踏み入れたのは、著者が躍動する時代から数十年後の昭和43年(1968年)11月3日、24才の時だった。渋の湯~高見石~中山峠~東天狗岳~黒百合平~渋の湯とごく簡単に記録されているだけで、いったい誰と行ったのか、単独だったのか、交通手段はどうだったのか?80才になった今、残念ながらまったく覚えていない!ただ、なんとなく茅野駅から登山口までを長いなあ~と歩いた記憶はかすかにある。そして下山後、山小屋で見た山用の灯油ランプが欲しくて茅野の「せとものや」でたいまい叩いて買った覚えはあるのだ。そのランプも家の中で落として破損、今あるのは2代目である。もはや作り手がいなくて高価だった。現在、持っている山用ランプ、ゆらぐ炎を見ながら好きなジャズを聴く~心安らぐひと時であります~そして2回目は、昭和50年11月12日。一泊二日で、美濃戸口~美濃戸~赤岳鉱泉~硫黄岳~横岳~赤岳石室(泊)翌日は、赤岳石室~赤岳~大天狗~県界尾根分岐~八ヶ岳ロッジ入口~清里とある。簡単なメモには、大ダルミから新雪がまだらに残っていたがアイゼンは赤岳の登下降に使用したのみ。赤岳石室(今の赤岳天望荘のところ)のトイレの窓が額縁となって見た朝日が最高!と記してある。以後、八ヶ岳は、何度となく通い続けた。当時泊まった赤岳鉱泉の料金は、素泊まりが2000円。一泊二食は3000円であった。(今は、素泊まり10000円、一泊二食13000円だそう、隔世の感ありだ。)そして今でも忘れないのは、赤石鉱泉では当時部屋の中に豆炭のはいった「あんか」を置き登山客はその中へ足を突っ込んで寝るのだが、豆炭が不完全燃焼で一酸化中毒になってしまい、頭が痛くて往生した記憶がある。その後も、四季を問わず、比較的簡単に登れる山として八ヶ岳は、何度も足しげく通った。北八ヶ岳もほぼ全域を歩き尽くしたが、まだ残している場所がたったひとつある。雨池だ!縦走コースから外れているのでつい残してしまった。しかし、写真集などで見たあのナナカマドやダケカンバの紅葉に染まる静寂を秘めた池畔はまだ歩けるうちにぜひ訪れてみたいと思う。八ヶ岳には、思い出いっぱいでとても語りつくせないが、本著で気になった件がひとつある。それは。「しらびそ小屋」に書かれた一部始終である。北八ヶ岳のみどり池の池畔に立つしらびそ小屋と小屋主の今井さんや黒百合ヒュッテの米川さんとの交流などの特集がテレビでも放映されたことがあり、私は、ビデオに撮って大事にしていたことがある。小屋主さんの素朴な人柄と小屋に集まるリスやホシガラスなどが小屋の窓際に置かれているエサ場までやってきてまじかに観察できることをも特集したものだった。私は、それ以来、彼に会うのを楽しみになんどか出かけ。山談義をさせてもらった。その後、南八ヶ岳のほうへ通い詰めたためしばらく行かなくなっていたのだが、そのあいだに、ある事件があったことを今日この書を読んで知り愕然とした!。たぶん、その事件の数年後だったと思うのだが、しらびそ小屋へ寄った際に応対してくれ、帰り際にシャッターを押してくれたのは、後を継いだ今井さんの弟行雄さんの奥さんだったに違いない。また。来たいなと思わせるいい人だった。ふるさとの山、八ヶ岳と自然をひたすら愛したしらびそ小屋の今井治夫さんに同情の念を禁じ得ない~合掌悲しい事件のあったしらびそ小屋(私が通った頃は素朴な佇まいの平屋で2階部分はなかった) 2013/3/3東天狗岳を目指したが積雪多く本沢温泉の先で断念する。完全に雪に埋もれたみどり池から東天狗岳を見る~2013/3/3そして、好きな版画家、畦地梅太郎(あぜちうめたろう)の画文集。「山の目玉」美術出版社と「山の足音、山のえくぼ」山と渓谷社 著者の飾らない人柄がよく出たエッセイである。以前、「山の出べそ」は読んでいる。これらは読んでほっこりする本である~半世紀前にたぶんデパートだったか即売会があって買った畦地梅太郎の山男シリーズでハガキ大の小さな版画だが私の自慢の一品である~さらに、私と同い年なので親近感を覚えるイラストレーターでありエッセイストである沢野ひとしの「山の時間」「お寺散歩」文中に出てくる彼の息子さんが、南アルプスの三伏峠小屋やこの本では載っていないが茶臼小屋などで夏季にアルバイトをしていた話は、私が同所で高山植物保護ボランティアの一員として活動したことと重なって興味を引いた~なお、余談であるが、彼が欲しくてたまらなかったシモンの穴あきピッケルを手に入れて大喜びしたというのは、私の持っているウッドシャフトのシモン・スーパーEのことだと思う。私も抱いて寝たことがある。今でも健在だがもう使うことはないだろうなあ~手にしているのが、これまた自慢の一品、シモンのスーパーE(フランス製)当時は入手困難であった~ 2013/2/11強風の赤岳山頂にて。この夏は、これらの他に、辻まこと(1913~1975)の「山の声」も読んだ。独特の画風による画文集で富士五湖の西湖の湖畔にある津原(つぶら)に小屋を建て、そこでの生活がつぶさに描かれており見ても読んでも楽しい一冊である。最後に、この2冊は、山岳図書のガイド本であります~気になる書を書き留めておこう~読書をするうちに、山にのめり込んでいた日々を懐かしく回顧、ついでに当時の記録を拾い出して書き出したものの自慢話になりはしないかと危惧しつつ書き連ねてみた久しぶりの長いブログ。所詮、ブログなどというものは、つまるところ自慢話なのだから出来れば一笑に付していただきたい。
Sep 11, 2025
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万葉の小径・蔦の細道から旧東海道の明治トンネル周辺を歩いてきました。みちの駅宇津ノ谷のハイカー専用の駐車場にクルマを置いてスタート。今日も五月晴れのいい天気だ!木漏れ日の注ぐ杉林、小沢のせせらぎを聞きながら古道を歩きます。ウグイスが盛んにさえづってました!20分弱で宇津ノ谷峠(210m)です。峠からは富士山も見えます~峠から岡部側に下ったところ、木和田川沿いによく整備された「つたの細道公園」がつづきます。昔日、大きな洪水被害のあったことから築かれた堰堤が爽やかな水音をたてていました~坂下地蔵堂(鼻取地蔵)旧道・宇津ノ谷峠NHK大河ドラマの西郷どんもここを駆け抜けたんだろうね!宇津ノ谷の集落集落を見守るかのごとく建つ二体の馬頭観音初めて見る「明治トンネル」入り口。今日の一番の目的はここでした!全長203m、明治9年に当時のお金で24、800円をかけて造られた日本初の有料トンネルだったそうです。赤レンガはイギリス積みという組み方で中は昼でもオレンジ色の灯りがともりレトロな雰囲気を醸しています~ (クルマは通れません)天城トンネルに似た感じですがあちらは石造り、こちらはレンガ造りの違いがあると岡部町のボランティアの方が言っておりました。風が吹き抜けて汗ばんだ体も寒いほどでした!静かな佇まいの宇津ノ谷集落。1993年の第一回市民景観大賞で優秀賞を受賞したそうです!各家には、それぞれ○○屋という屋号がつけられています。御羽織屋。豊臣秀吉公から献上された羽織を所蔵しているお宅です。厄除け十団子で有名な慶龍寺。十団子は、毎年八月の縁日で売られます。スタートした「みちの駅宇津ノ谷」に到着。所要タイム約2時間の周回ハイキングでした!
May 7, 2018
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今年初めての富士山麓のトレッキング。ごく最近、降雪があったのでまだスノーシューイングも楽しめるかと期待したが富士スカイラインにも水ケ塚駐車場にも雪はなかった。(降雪のあったのはどうやら中腹より上だけのようだ)道路を横断する仔鹿を発見!慌てて逃げる様子はなく、こちらをしばらく怪訝そうに見つめていた~水ケ塚までは、まったく積雪なくノーマルタイヤでOKだった。広い駐車場(標高1450m)には2台程止まっていた。外気温9℃、ほとんど風もなく最高のコンディション!宝永火口をパックリ開けた富士も神々しく見える。今日は、矢印の指す小天狗塚(標高・約2000m)まで行って見ようと思う~まだ、芽吹きすらない雑木林に射す陽が長い影を落とす~ボクより先廻りするかのようにカワラヒワやシジュウカラが群れをなし、餌を求めて木から木へ移動してゆく~春はもうすぐそこまで来ているようだ!使うほどの積雪量はないと思いながらも、ザックにくくったスノーシューはずっしり重い!冬用ジャケットもザックの中。ボクは、歩行の際にストックも使わないのでどれも無用の長物になりそうだが、ボッカ訓練だと思えばどうってことはない。柔らかな陽を浴び、額にうっすら汗をかきながら幕岩付近を歩く~このあたりから日陰に残る雪がチラホラ現れる。(標高1750m付近)幕岩上を過ぎれば富士山の山頂部が目の前にパッと現れる!いつものことながら、この瞬間こそ何とも言えないのである!四辻(よつじ)から見る景観は、左に宝永山、右に富士の山頂が見える!標識の右側背後は、双子山(上塚)である。吸い込まれそうな紺碧の空に白雲がなびく~目的地の小天狗塚へは、トラバース気味に緩やかな登りが続く~右に勇壮、雄大な富士山を見ながら、、振り向けば、双子山の上塚(左)三辻(みつじ)に到着小天狗塚に向かって最後の登りだ~このあたりから積雪量が増して、少しばかり雪の感触を楽しんだ!なんども、振り返りたくなる双子山。カラマツの林越しに左の上塚と右の下塚。小天狗塚に到着。後方の丸っこくなだらかに見えるのが山頂部である。ここまでやってくると、富士山と宝永山の位置が変わり、左に富士山、右が宝永山になる。雲が湧き出し、雪原に影を落とす~飛翔するのは、2羽のワシタカ類。こんなに高くまで来るのか、風に乗って悠々と舞っていた。時間もたっぷりあるので、昼食後、持参したスノーシューを履いて付近を散策~なんど眺めても飽きることのない富士山!左側のピークが剣ケ峰。手前が宝永第一火口!眩しくて目が痛い~愛鷹山塊とその先に見える伊豆半島を確認し下山する。三辻から幕岩上まで、まだらに残る雪を見ながらカラマツ林を下る~芽吹く頃にまた来よう!南山林道を下山。ニホンジカの角研ぎによって根元を削られた樹を多く目にする。これが一回りすると、水分や養分が上に届かなくなって枯れてしまう。この富士山麓でも枯れた樹々をよく見かけるが自然林のみならず杉、桧の植林を生業としている業者にとって増えすぎたニホンジカの食害は深刻な問題である。今朝見た可愛らしい仔鹿の行く末を想うとなんとも複雑な思い~スタートした水ケ塚駐車場に戻り振り返ると、いつのまにやら富士山も雲に覆われ姿を消しつつあった。<参考コースタイム>水ケ塚駐車場9:50~須山御胎内上~11:00須山下り一合五勺~幕岩上~11:45四辻11:50~12:10三辻~12:30小天狗塚(昼食&スノウシューイング)14:10~14:20三辻~幕岩上~14:40須山下り一合五勺~14:55南山休憩所~15:20南山林道分岐~15:40水ケ塚駐車場 歩数計→16400歩
Mar 17, 2021
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雨の止み間に見えた竜爪山、たしかに雪がうっすら積もってる~今年になって2度目である。豪雪地帯の人々には、不謹慎だが滅多に雪をみることのない静岡ではまれなことなのでつい子供のように嬉しくなってしまう~郊外からまじかに見える竜爪山。左側が前衛の若山で右のピークが竜爪山(文珠岳・薬師岳)だ。手前、緑の高架は静清バイパス(国道1号)この辺の田んぼにはいまどきタゲリを良く見たものだったが今はいない!ここ数年見ていない~やっぱり地球温暖化は間違いなく進んでいることを実感する。ボクらがまだ幼かった頃は地上に雪が積る景色は良く見たし、寒さで耳が痛かったし、通学の行き帰りに張った氷を割っては遊んだものだった。バイパスの向うにある麻機遊水地に渡り鳥がいなくなったのも、単に造成工事が進んでいるだけではなさそうである。
Jan 28, 2021
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予約しておいた近くの開業医で、胃の検査をしてもらった。ここ数年、お願いしている。鼻からファイバーを挿入するので、口からに比べゲエゲエ~することが少なく体も気分的にも楽だ。(昔、他の医院だったが口からいれようとしたが入らなくて後回しにされたことがあった)検査結果は、腫瘍や潰瘍もなく、軽く炎症を起こしているということで胃酸を抑えるクスリが出た。これで、おいしいものを本当に美味しく食べられるようになれたらいいなあ~。そして、血液検査の結果も出た。各項目も基準値内ですべてクリア!原因不明の不調は、相変わらずだがまあまあこれで一安心。ヤレヤレだ~
Apr 10, 2020
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台風15号による大雨が予想されたが、朝から、幸い、普段と変わらない程度だった雨も上がって、青空が見えだした。さて、気になるのは、竜爪山(りゅうそうざん)や欅立山に咲くチャボホトトギスの花、例年通りなら咲いている筈、3ケ所のポイントを探りに、遅い時間だったが家を出た。ここ数年、土砂崩れの修復工事のために通行止めだった穂積神社(ほづみじんじゃ)への林道が開通新道コース登山口付近から遠く静岡市街を見る。天気はすっかり回復して、青空と太陽が顔を出し始めた旧道登山口から、15分程走行して、霧が漂う穂積神社に着いた~興津川方面、西里、ヤマセミの湯へ通じる林道は、相変わらず通行止めである。この通行止めもかなり長いここは、すでに標高760m、外気温20℃、たいへん涼しい向かう先は、欅立山(けやきたてやま)。林道を挟んで、神社の向かい側に登山口はある。林を抜ける北からの風が涼しく心地良いすぐに、現れる、高山への分岐。右に登れば高山へ。欅立山へは直進し、その後、なんどか軽いアップダウンを繰り返す~チャボホトトギス目当ての一つ目のポイント三等三角点標石の立つ欅立山・標高888mに到着。マイナーな山で、まだ、山名もなく、888mの山だとしてしか知られていなかった頃は、ハイカーも少なく、乗車率も高いので、MTBでよく遊んだ山だった。以前は、たしか展望のない山だった記憶があったが、今は、山頂から、富士山が見えるようにセットされている。たぶん、この888mの山頂は、4日前に行われた「令和8年、8月8日」のイベントに合わせてか、富士山が良く見えるように笹や余分な樹木を伐採したに違いない。お疲れ様でしたさて、お目当てのチャボホトトギス、以前は、途中の山道わきでよく見たものだが、今日は何もない山頂付近の斜面を探したものの、葉は見られるものの花がない。以前に比べその数も全然少ない。<参考>開花したチャボホトトギス(ユリ科)の写真3枚 2023/8/20撮影 同場所で 期待が外れ、がっかりしたが、気を取り直して、往路を戻り、2ケ所めのポイントを、目指す~二つ目のポイントは、高山への分岐から、高山方向へ、すぐの850mの小ピークの前後に所々でチャボホトトギスを見ることはできたが、花はないすでに散ってしまったのだろうか。さて、最後は穂積神社の裏手から、3ケ所めのポイントへ、、神社の境内には、植栽したと思われるナツズイセン(ヒガンバナ科)とウバユリ(ユリ科)が早くも寂し気に枯れだしていた夫婦杉の巨木を後に、、あえて、侵入、、崩落個所までは行かないので、、このあたりのに咲くイワタバコはすでに終わっていた以前に増して荒れていたが~本日、三つ目のチェックポイントこの辺りで、よく見かけたものだが、まったく見当たらず。、残念無念点々と咲いていたものだが、今日は、何もない<参考>2023/8/20撮影 同場所にて 諦めて、来た道を引き返す途中、目の高さで偶然見つけた一株も、落花寸前、今年は開花が早く、もう終わったのだろうか花の咲く最盛期に巡り合うのは難しいもの、だからこそやめられないのかも知れない。オオキツネノカミソリ(ヒガンバナ科)はについては、入手した情報によると、旧道十三丁を沢へ下った先の群生地はまったく咲いている気配もないようだ。また、富士見峠の南東斜面に咲いていた大群生地も2022年の台風15号によって、大規模な地滑りを起こして、流され、全滅だと山仲間から聞いている。その後、私も現地へ行っていないので、どうなってるのか知りたいが、今日、少しだけ歩いた穂積神社からのトラバース道は途中の崩壊が激しいため、現在、通行禁止となっている。行く方法としては、薬師岳から稜線を北上して行くか、俵峰からの林道を南下して、途中から一本杉経由で富士見峠に向かって登るしか方法はない。さて、どうしようかなまだ咲いているとは思うが、、あの目の覚めるような光景をもういちど見たい<参考> 2020/8.7 富士見峠、南東斜面にて撮影オオキツネノカミソリは、キツネノカミソリより花が大きく、雄しべと雌しべが花ビラよりも長く突き出ているのが特徴である穂積神社12:50~13:05高山分岐~13:30欅立山13:45~14:20高山分岐~小ピーク14:30~14:40穂積神社~15:00富士見峠方向へのチャボホトトギス・ポイント15:05~15:20穂積神社歩数計→8290歩 2.5万図 和田島(わだしま)
Aug 12, 2026
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