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2007/01/03
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カテゴリ: 日記
9時過ぎにはお日さんが出て、暖かで穏やかな朝を迎えた。山陰の何時もの朝なら、10時過ぎからボヤ―と明るくなってくるのが常である。
年末からお正月にかけ、父親の見舞いと介護のため帰福したが、明日の息子の初出勤のため、父親のお昼ご飯を済ませた後、大阪への帰途に着く。
4日間の福知山での生活用品を片付け、何時もより早く病院に出向いた。
父親はいびきをかき爆睡中であった。
脚から栄養剤の点滴を受け、気持ちが良いのか、家内と顔を見合わせ、声をかけるのをためらった。普段の穏やかな表情で、爆睡する父親を眺め、せめても、安らかである時間が、少しでも多からんことを願うのみである。

母親の喪中案内を出したにもかかわらず、承知の上で年賀状を頂いた人、知らずして戴いた人、父親宛のその年賀状を、今朝の新聞と共に。父親に届けた。
今朝の父親は、極めて正常であった。
同じことを繰り返し聞く父親と、極めてまともな父親とが混在する。

何もしてあげられない自分としては、安らかな治療を願うのみである。



仏前に御参りする時、自分の感謝の気持ちを伝えるため、般若心経をあげるが、やはり自分勝手であることを反省する。自分の都合次第で、何時如何なる時でも、仏前に手を合わせ、感謝の気持ちを伝えられているとは思えない。

亡き親・祖先は生きている。
自分の中に生きている。
親・祖先を拝み、尊ぶことは、自分自身を尊ぶことである。

この言葉の意味は重い。  合掌





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最終更新日  2013/01/29 11:01:03 AM
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