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2009/06/28
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カテゴリ: 日記

書きたいことがダブルのである。

昨日は、例によって毎月のお墓参り、神峰山寺に伺った。
久しぶりに本坊に上り、住職さんから、神峰山寺の「言われ」などのお話を伺った。

日本人は、あらゆる自然に、神が宿ると考えてきました。
縄文、弥生時代から、長い時間をかけて、日本に固有の神道が形成されました。
神道には、キリスト教の「聖書」、イスラム教の「コーラン」、仏教の「経典」のような、教典がありません。

神も、キリスト教や、イスラム教のような、唯一の創造神ではありません。
ありがたい自然の恵みに、感謝し、太陽を祭り、山を祭り、巨岩巨木を祭りました。


あらゆるものに手をあわせる宗教です。
その自然信仰が、日本人の精神構造の基本になっていると、私は考えます。
(日本の心を語るー平山郁夫著より)

しかし、そんな中で、感受性の高い日本人は、一方では仏教も受容しました。
正式な記録の上では、538年に朝鮮半島の百済の聖名王が、仏像や経論などを、日本の朝廷に贈ったことが、「元興寺縁起」や「上宮聖徳法王帝説」に、残っている。

近藤住職のお話しは、その頃の話しになり、神峰山寺の建立時の話にさかのぼる。
創建されたのは、今から1235年前の774年、光仁天皇の子の開成皇子が、直接、建立されたお寺だという。
専門家により、多くの古文書などが分析され、近々、本も出版されるようだ。

しかし、日本人は、外来の仏教を中心とする先進文化に、全面的に呑み込まれるのでなく、従来の自然信仰との折り合いをつけ、両者の調和をはかるために、やがて神仏を混淆(こんこう)させるようになります。
しかし、神仏習合、神仏分離、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と、歴史は繰り返すが、厳然として日本では自然崇拝と仏教が両立している。

もう、今時、自然崇拝などと、思われるかもしれませんが、科学技術が最も進んだ原子力発電所をつくるときにでも、厳然と自然崇拝の儀式が行われています。

その土地を占有することになるため、土地の神様の怒りを鎮め、工事の無事を祈っているのです。

昨年から始まった「神仏霊場会」は、ますます今後広まりそうだ。
合掌





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最終更新日  2013/01/25 03:25:09 PM
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