PR

×

サイド自由欄








カレンダー

2013/05/07
XML
カテゴリ: 会長日記
昨日は、大安なので、初孫の端午の節句のお祝いでした。
5日から、電力問題について、私見を述べていますが、この孫の世代になると、今の数十倍の電力が必要になるかと思います。

私達の世代は、電気の有難さを身に染みて体験した。戦後、部屋に電気が灯った時薄暗い20Wでも家族がそこに集まり、電気の有難さを感じ、30W~60Wになると、豊かさを実感した。

川辺や井戸端で、たらいと洗濯板でごしごしと洗濯していたのが、電気洗濯機になり、電気冷蔵庫、電気掃除機で、生活が一変すると共に、近代化を実感し、これは元には戻らない。

電気は365日、24時間、その需要は増えても減ることはない。
さらに、政治とは防衛・外交・エネルギーであり、エネルギーはまさに国家であり、エネルギーが歴史をつくってきた。

黒舟の来航で、石炭をエネルギーにすれば大平洋が横断できることを知り、炭鉱開発が急ピッチで進められ、三井、三菱、住友等の大財閥が生まれ、当時はエネルギーの輸出国でした。

そして、軍艦で闘った第一次大戦から、戦闘機の第二次大戦となり、即ち、石炭から石油へとエネルギーが転換しました。しかも日本は原子爆弾を落とされ敗戦国となりました。

石炭から石油へ転換しましたが、その石油も資源は有限です。


原子力は無限で枯渇することはありませんし、資源の有る無しも解消します。
ただ、CO2の排出など環境問題は解決しましたが、高量の放射線の危険性がつきまといます。

原子力をエネルギーとして使うには、放射線をコントロールし、制御する技術が不可欠です。その点でも日本は先進国でした。技術の進歩と共に原子力への転換が進められました。

そして、30%~40%の電力が原子力発電によって賄われるようになった時、重大な岐路が訪れました。それが、東日本大地震による福島第一原発事故です。

ここで問題なのは、地震により原子炉は全てが、安全に冷温停止したのですが、その後に襲われた津波により、4基の原子炉が全電源を失い、冷却装置が働かなくなったのです。

その後、水素爆発を起こし、現在に至る訳ですが、冷静にならなければならないのは、事故による死者はゼロであることと、高線量を被爆した2人は、問題なくすぐ退院されたということです。

それでも、死者は出ました。政府の命令で周辺住民が強制避難させられた時、移動中や移動先での、高齢者や重篤な病人の人達です。

世界原子力協会理事長によると、チェルノブイリを例に挙げ、疎開させたことは、住み慣れた土地に暮らせないことの方が、被爆よりも大きな健康被害をもたらしたと言われている。

人々が安心すると考え、放射能汚染レベルの数値を、厳しい低い基準に決め、さらに住人のためにと、住み慣れた土地を離れさせたことの間違いを指摘されている。

なぜ原子力が必要かという話から、前政権の福島第一原発事故の対応の間違いの話になり、終わらなくなりました。

紙面の都合で、今日はここで終わりにします。











お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013/05/08 09:22:32 AM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: