暖冬傾向で、ゴルフ場の予約が多い!
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
000000
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
PR
×
サイド自由欄
カレンダー
< 新しい記事
新着記事一覧(全7639件)
過去の記事 >
2019/01/15
北方領土問題 日ロ交渉
カテゴリ:
会長日記
第二次世界大戦が終了して、74年になりますが、お隣に位置する大国ソ連とは、平和条約が結ばれていません。両国外相の会談でも、相手は「北方領土とは言わせない」というのですから、話になりません。
この問題を進展させるためには、まず国民が、これまでの史実を、正しく知る必要があるのではないでしょうか。念のため、箇条書きで振り返ります。
発端は、日本が劣勢になった終戦半年前(1945年2月)、米英ソ3カ国首脳がウクライナのクリミヤ半島・ヤルタに集まり、米国がソ連に対日参戦を要求し、千島列島はソ連に引き渡す協定が結ばれました。
通称:ヤルタ会談 3首脳とは
米国:ルーズベルト大統領 英国:チャーチル首相 ソ連:スターリン首相
その結果ソ連は参戦し、一気に千島列島を占領するのです。
しかし、日本はヤルタ協定の存在すら知らず、戦後の現実を決めたのは、千島列島の放棄を定めた1951年のサンフランシスコ講和条約です。
ところが、これからが問題です。
吉田茂首相は、択捉島と国後島は「千島南部」、色丹島と歯舞群島は「北海道の一部」と区別した言い方をしたのです。
さらに、この問題を複雑にしたのは、次の史実です。
日本が、国後・択捉も含めた4島を取り戻そうと方針が変わるのは、1955年の日ソ交渉以降になります。
それは、ソ連がサンフランシスコ講和条約に署名しなかったため、国際法上は、北方四島の帰属先も、放棄した千島列島の範囲も決まっていなかったのです。
それだけに2国間で、全てを協議する必要があるのです。
そして、日本では、1956年に、森下国雄外務政務次官が、放棄した千島列島に4島は含まれないと答弁し、これが政府の公式見解となりました。
一方、ソ連側は、国後・択捉を領土問題の対象と認めず、1956年の日ソ共同宣言には、平和条約締結後の歯舞・色丹の引き渡しのみが、規定されたのです。
さて、この史実を冷静に判断し、安倍首相は、どう決断されるのでしょう。
来週早々の話し合いが楽しみです。
合掌
アルミケース・アタッシュケース製造販売のアクテック株式会社
ソフトケース・タブレットケース製造販売のアクテック株式会社
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
いいね!
0
シェアする
最終更新日 2019/01/16 08:48:04 AM
コメントを書く
■コメント
お名前
タイトル
顔選択
普通
うれしい
悲涙
アイタタ
え~っ
ムムッ
ないしょ
メッセージ
画像認証
別の画像を表示
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。
利用規約
に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、
こちら
をご確認ください。
< 新しい記事
新着記事一覧(全7639件)
過去の記事 >
ホーム
フォローする
過去の記事
新しい記事
新着記事
上に戻る
【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね!
--
/
--
次の日記を探す
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
広告を見てポイントを獲得する
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
エラーにより、アクションを達成できませんでした。下記より再度ログインの上、改めてミッションに参加してください。
ログインする
x
X
© Rakuten Group, Inc.
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Mobilize
your Site
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: