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正也も芳江も新しい彼を連れてきて結婚したいと言い出した時二人は正直ほっとしたものがあった。
強引に昇と引き離した後の美佐子を見ているのが辛いものがあった。
それからしばらくして美佐子と孝雄の結婚式があり、美佐子は今までの家から一時間ほどかかる県外へ孝雄と新居を見つけ住みだした。
やがて美佐子夫婦に長男・靖男が出来て 4 年後に娘千代が産まれた。
それからの美佐子は子供達を育てる事に夢中になり学校の役員をしたりと忙しい日々を送っていた。
昇の事を思いださない事はないが、子供達の世話に追われ平穏な生活が続いていた。
孝雄も子供達の教育も熱心だし家庭の事もマメに動き良き父親をしていた。
孝雄を愛しているか言えばよく分からない美佐子だが、孝雄に対して取り立てて不満はなく一応妻と主婦の務めは果たし、無事に月日を過ごしていった。
結婚して 10 年ほど経ったある日の午後に思いもかけない人物から電話があった。
「もしもし、美佐子」電話 の声は生け花教室で仲良くしていた山下清子であった。
「清子、久しぶりね」
おもいがけない友達の電話に美佐子はなつかしさでいっぱいになり、お互いの近況などを話した。
清子の電話の中で昇の名前が出てきて美佐子はドキッとした。
「山田君ね、 5 年前に結婚して今東京にいるらしいよ」
美佐子はドキドキする胸を押さえて聞き逃さないように受話器をしっかり当てた。清子の話では美佐子と別れる為に仕事も家も変わり離れた土地におばあさんと一緒に出て行ったらしく、そこで今度は車の営業マンとして働き親戚の紹介で今の奥さんと結婚したらしい。しばらくしておばあさんが亡くなったのを境に奥さんと子供と一家で東京へと出ていったとの事だった。
美佐子は何故自分から離れて行ったのかを知りたくていつ言い出そうかと迷っている時に、清子の方から話してきた。
「美佐子のお父さんが山田君のおばあさんに直接会って娘との付き合いを辞めてほしいと話をしに行ったらしいね」と言った。
やはりそうだったのか、父親が・・
清子の話はまだ続いた。
「山田君は美佐子を本当に愛していたので、自分が身を引いた方が美佐子の為と思っておばあさんと共に姿を消したらしいよ」
美佐子は清子の話を聞きながら「今ではそれでよかったのだ。昇も理解ある人と結婚できたのだから」と自分自身に言い聞かせていた。
今まで昇の様子が分からずに心にひっかかっていたが、清子の話を聞いてから今の美佐子には安心するものがあった。
昇の話を聞いてほんとはすくにでも昇に会いに行きたい気持ちが沸いてきたが、昇もまだ結婚して 5 年というから今会って昇の家庭を壊す事になっては申し訳ない気持ちと、美佐子の家庭に対する愛情も十分あったので、美佐子自身の家庭を壊す勇気もなかったのも事実であった
★美佐子の病気
秋植えの花に植え替えをしていた美佐子は何度も腰を叩いていた。
この腰の痛みは半年ほど前からありこの頃では頻繁に痛みがあるので、美佐子もそろそろ病院へ行ってみようかなと思っているところだった。
美佐子は腰の痛みを簡単に考えており、歳をとったので骨も弱くなり痛くなってきたのだろうくらいにしか思ってなかった。
だが、病魔は密かに美佐子の身体をむしばんでいったのであった。美佐子 47 歳の時である。
花の植え替えが終わり水をやりながら春には色とりどりの花を咲かせてくれる姿を思い描いていた時、玄関のチャイムがなった。
「宅配です」
との声で美佐子は玄関に小走りで行き宅配を受け取りに行った。
かなり大きな包みを宅配業者が重そうに抱えていたのを玄関の中へ入れてもらい判を押した。判を押しながら送り主をチラチラと覗いていたがよく見えず、業者が帰ったのを見計らいまたゆっくり送り主を確かめた。
送り主は「中村健三」とあり、美佐子はこの名前に心当たりがなく不審に思い宛先を見たら「柴田洋平」とあった。
「あら、お隣のだわ、間違えたんだ」
仕方ないのでお隣に持っていこうと思い荷物を抱えようとしたその時、腰に鋭い痛みを感じ美佐子はその場から動けなくなってしまった。
「まずい、ぎっくり腰かしら」美佐子はそんな事を思っていたが、腰の痛みはぎっくり腰の痛さとは違うようだ。
生汗をかきながらなんとかはって電話で救急車をよんだ美佐子はそのまま意識を失ってしまった。
平日だったので皆出かけており美佐子1人のむ時の出来事だった。
隣の家の柴田夫婦が丁度買い物から帰り家の中に入ったばかりの時に救急車のサイレンを聞き近くで止まったので慌てて外へ出てきた。
隣の家だと思い玄関に行きドアを開けたらそこに美佐子が意識を失い倒れていた。玄関の鍵は開いていたが、側に宅配の荷物があったのを柴田夫婦は気がつかなかった。
救急車が到着して応急処置をしながら美佐子を病院へ運ぼうとした時に慶子に「お隣の方ですか」と聞き慶子が「そうですけど」と返事をすると「一緒に乗って付いて来て頂けますか」と言われたので慶子はその旨を洋平に伝えて美佐子と共に救急車へ乗り込んだ。
美佐子の顔色は真っ青で呼吸困難でも起こしているのか酸素マスクを当てられた状態で病院へと行った。
病院へ着くなり看護師たちが慌てて美佐子を処置室へと連れて行った。
慶子は取り敢えず孝雄に連絡を取らなければと思い、以前美佐子から聞いていた孝雄の仕事先を思い出し電話帳をめくった。孝雄の仕事先は案外簡単に見つかり無事孝雄に連絡が取れた。
一時間もしない内に孝雄が慌てた様子で病院へかけつけてきた。
「奥さん、ご迷惑をおかけしました」
「良かった、案外早く来られましたね」
「はい、で美佐子は」
「まだ今診察されているのではないですか」
それから慶子は今までの様子を簡単に話してきかせた。
「ご主人が見えられたのでもう安心ですね。私はこれで帰りますね」
「ほんとうにありがとうございました。」
柴田を見送った孝雄は今度は康夫と千代に連絡を取った。
うまい具合に康夫は会社へおり、千代も短大にまだ残っていたようで連絡を取る事が出来た。
それぞれにすぐかけつけるからと言って電話を切った。
それからまたしばらく経って医者が出てきて処置が済んだ事をしらせた。
「斎藤さん、奥さんは少しやっかいな病気のようですよ。今は処置が終わり集中治療室に入ってもらっています。詳しい説明は後でしますので」
それだけ言って医者は去って行った。
孝雄はまだ美佐子に面会できない事を不審に思いながらも医者の言う通りにまた 30 分程待たされてやっと看護師が迎えに来た。
医者が待つ部屋にはいると孝雄に椅子を進め、改めて医師は自己紹介をして
から美佐子の今の状況を説明していった。
「斎藤さん、では説明します。奥さんの病名は膵臓ガンです。明日からさらに詳しい検査をしていきますが、かなり悪く進行しているようです。」
「え、すい臓がんですか」
「はい、今まで腰が痛いとか、食欲がないとか言われてなかったですか」
そう医者に聞かれ孝雄は今までの美佐子の様子を思い出そうとするが、頭が混乱しているのか何一つ思いだせないのであった。
「はあ・・」
医者はレントゲンで撮った写真を見せながら説明をしているが孝雄の頭には入ってこない。まだ医者の説明は続いていたが孝雄は上の空で聞いていた。
説明が終わりまた待合室へ戻り1人ぼんやりしていたらそこに孝雄と千代が駆けつけてきた。
「お父さん、お母さんは」
孝雄は我に返りぼんやりした顔で2人を見上げた。
「ああ、やっと来たね」
「急いで来たけど、道が渋滞していたから」
孝雄は「うん、うん」と頷くだけだった。
「お母さんとは会えないの」
と千代が聞くのに孝雄はそういえばまだ美佐子の顔を見ていないのに気がついた。
「そうだね、お母さんの病気の事は家へ帰ってゆっくり話すから。今お母さんは
集中治療室に入っているので勝手に入って行く事は出来ないのだよ」
「じゃあ、僕がどうしたらお母さんに会えるのか聞いてくるよ、千代はここにお父さんといなさい」
靖男がテキパキと行動するのを孝雄は頼もしい感じで見ていた。
やがて靖男が戻って来て「今から会えるらしいよ」というので 3
人で ICU
の部屋へと急いでいった。
次回へ続く
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