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の前まで来たら先程の看護師が待っていて、「集中治療室へ入る説明をします」と言った。
まずここへはいつも入る事は出来ないで予約をして入るとの事だった。それから靴をスリッパに履き替え白の割烹着のような上着を着て、ビニールのヘアキャップを付けて手を消毒してそれからやっと患者の元へ行った。
3 人は看護師の言うままに従いながら美佐子の枕元へ行った。
「お母さん」
千代の驚いたような声が聞こえた。
千代だけではない孝雄も靖男も美佐子の姿を見たら言葉が出てこなかった。
美佐子は酸素マスクをつけられ右手は点滴をされており動かないようにだろうか固定されていた。左手の指先には脈拍が分かるように挟まれていた。
その他にもいくつもの管が身体に付いていた。
ベッドの横には尿が入る袋が付いていた。
意識がまだないのか声をかけても目をあけようともしない。
「治療する時に麻酔を軽くしていますので、今はまだ眠られているのですよ」
と看護師の説明は続いた。
「今日の面会はこれくらいにして下さい。先程、先生の説明もあったと思いますけど、多分 2 日程で ICU は出られると思いますよ。それから色々な検査が始まりますから」
「ご家族の方は心配でしょうけど、今日はもうお帰り下さい。こちらにいてももう面会は出来ませんし・・何か急変した場合は連絡を入れますので」
看護師に促されて 3 人は ICU の部屋を出て行った。皆、沈黙したままであった。
それから入院の手続き、その他入院に必要なものなどを買い物したりと忙しくしていた。すべてが終わった時はもう外は薄暗くなり夕方はとうに過ぎ、夜になる頃に家へ帰ってきた。
途中で夕食を買ってきたが、 3 人とも食欲がなく弁当はそのままの状態でテーブルに乗ったままになっていた。
孝雄は2人を呼び美佐子の病気の説明をした。
説明と言っても孝雄自身が医師の説明を上の空で聞いていたので、靖男と千代に話した事は簡単な事だけだったが・・
「お母さんは膵臓ガンだそうだ」
「えっ・・」
「今から精密検査をするらしいからまた詳しい説明はその時にするらしい」
「で、お母さんは治るのよね」
千代が聞くのに孝雄は
「まだ、何も聞いていないので分からないよ」とだけ言った。
ほんとは先程医者からの説明で
「ガンの進み具合が早いので手術も出来ない状態かもしれないし、命も持って後一年だろう」と聞いてはいたが、孝雄自身が今は美佐子の病気を受け入れる事が出来ないので医者が言った事もまだ半信半疑だったのであった。
孝雄は気を取り直して千代と靖男に
「とにかくこれからはお母さんの病気と付き合っていくしかないのだし、お母さんに心配をかけないようにしていってくれ、病気にさわるといけないからね」
それから 3 人でこれからの事を話し合い病院へ行く順番、世話はどうするか、家事はどうするかなどを話し合った。
ICU に入れられていた美佐子が気がついたのは孝雄たちが帰って 2 時間もしてからの事だった。
家で倒れた時には意識を失っていたおりそのま意識が戻る前に治療をする為に軽い睡眠剤を打たれたので今気がつくまで、ずっと寝ていた事になる。
美佐子はうっすらと目をあけてみたが白い天井だけが目に入るだけだった。口元に違和感を感じそっとみたら何か口と鼻を隠されているのが見えた。それが酸素マスクだと気がつくまでそう時間はかからなかった。
右手を挙げようとしたが、美佐子の意思とは反対にびくともしなかった。
右手に繋がっている管を辿っていけば゛点滴の容器から一滴ずつポタ・ポタと落ちているのが見えた。
手を無意識に動かしてはいけないだろうからか固定されている感じがした。
身体にも他に色々と付けられており、美佐子は意識が少し戻ってきたのとは関係なく逆に身体は身動きできない状態であった。
美佐子が目を覚ましたのにきがついた看護師が
「具合はどうですか ? 腰は痛くないですか」と聞いてきた。
美佐子はマスクをされているので返事が出来ず頭だけをうごかしただけであった。
それから看護師から今までの美佐子の状況を説明され、家族全員が来てくれた事を知り安心したのかまた眠くなってきてうつらうつらとしてきた。
美佐子が 2 度目に目を覚ました時は朝になっており看護師達の数が多くなり入れ替わり立ち代わりして忙しく動いていた。
美佐子の担当の医師が入ってきて美佐子を診察して、看護師に何か言っているのがかすかに聴こえてきた。
「落ち着いているようなので酸素マスクを外すように」と言っているようだ。
それから美佐子に向って
「もうしばらくこちらにいて下さいね。午後には一般病棟に入れますから。何処か痛いところはないですか」と聞いてきた。
美佐子は返事出来ないのになと思いながら昨夜の看護師にしたのと同じように頭だけを動かした。
看護師から酸素マスクを外された時は顔が自由になりうっとおしいものが取れた感じだった。
まだ右手は固定されており点滴が終わりがないように常にポツポツと落ちていた。
次の日 3 人はそれぞれ休みを取りもう一度病院へ行く事にしていた。
昨夜は 3 人共寝る事が出来ず母・美佐子の事をそれぞれ考えていた。
今日もお天気はよく行楽へでも出かけるのには丁度いい空を恨めしそうに見上げながら千代は朝食の用意をしていた。
昨夜は皆食欲がなくて買ってきた弁当が包みを解かれもせずにそのまま食卓に載っていた。
千代は簡単な朝食を作りながら、いつもは美佐子がこのキッチンに立っておりまな板の音がコトコトと鳴っていたのだとしみじみ思うのであった。
孝雄と靖男が寝不足の腫れぼったい顔をしてキッチンに顔を出した。
千代は首だけ後ろへ向けて孝雄に声をかけた。
「お父さん、佐賀のおばあちゃんの所にお母さんの事知らせなくていいの」
佐賀には美佐子の両親がまだ健在で二人だけで住んでいた。父親の正也が 70 歳、母親の芳江が 67 歳になっていた。孝雄の家から車で 30 分の所にある。
孝雄の両親は結婚して 5 年ほどの間に相ついで失くしており、今は兄の明家族が実家を次いでいた。
「そうだな、知らせなくてはいけないだろうが・・まだ先生からよく説明を聞いていないからな、今日行ったらまた説明があると思うからそれからでもいいんじゃないか」
「そうだよね」
靖男が口を挟みその話はそのままになった。
孝雄は昨日ほんとは説明を聞いていたのだが、まだ美佐子が手遅れのガンで命が一年しかもたないだろうとはどうしても信じられず、医師の言葉をそのまま受け入れる事が出来ないのであった。
だから今日また説明を聞いたら違う事を言われるような気がしていたので昨日の話を千代達に話す事はしなかった。
孝雄たちは簡単な食事を済ませていたら玄関のチャイムが鳴り「柴田ですけど」と声がした。
隣の柴田が来たようである
昨日あれだけ柴田夫人にはお世話になったので後から挨拶に行こうと思ってのた矢先の事である。
孝雄は鍵をあけ
「おはようございます。昨日は大変お世話をおかけしてありがとうございました。」と声をかけ、続けて
「後ほどこちらから挨拶に伺おうと思っていのですが・・」
と柴田夫人が何か言われる前に挨拶をした。
柴田夫人は愛想笑いをしながら
「いいえ、それはいいんですよ。で、奥さんの様子はいかがですか」
と聞いてきた。孝雄は今柴田夫人に美佐子の病気を話すつもりはなく
「まだ今から検査があるそうです。疲れのようですね、ついでだからゆっくり検査させようと思っています」と言った。
「そうですか、ご心配ですね、そういえば奥さんは前から少し顔色が悪いような気がしていたのですけれどね。それも黄疸が出ているような感じが・・」
と言って少し言い過ぎたと思ったのか慌てて
「ごめんなさい、変な事言って。でも検査してもらったら安心ですものね。ではお大事に」と言い残して帰って行った。
柴田夫人は悪い人ではないのだが、他人の事を詮索するのが好きなタイプだ。
そういう人なので美佐子も柴田夫婦にはあまりいい感情を持っていなかった。
それにしても今柴田夫人が言った「黄疸」という言葉が孝雄の脳裏から離れず、ずっと考え込んでいた。
居間に戻っても考え事をしている孝雄を見て靖男が
「お父さん、どうしたの」と声をかけた。
「いや、今となりの柴田さんが言っていたけど、お母さんはそんなに顔色悪かったかな」流石に黄疸が出ていたかという事を聞く出来なかった。
「そうね、普通が色黒なのでそう感じなかったかな。でもこのところ少し痩せてきたかなとは思っていたのよ。
孝雄は千代でさえ美佐子の身体の変化にそれとなく記がついていたのに、夫の自分が何も気がついてなかったという事に少しショックを感じていた。
その日は午後 2 時に ICU の面会を予約していたので孝雄たちはお昼少し過ぎた頃に家を出た。車で 20 分のところに美佐子が入っている病院はあった。
靖男の運転で病院へ向かったが、誰も何も話さず沈黙したまま病院へと行った。
次回へ続く
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