ラストエンペラー。
名前は聞いた事があるのですが、映画そのものを見た事が一度もないので大変興味深く日記を読ませて頂いております。

満州からシベリアへ…
その後どうなるのでしょうか。
とても気になります。 (2006年02月07日 22時02分10秒)

奄太郎が語る!仕事と遊びと諸国行脚!

奄太郎が語る!仕事と遊びと諸国行脚!

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

奄太郎

奄太郎

バックナンバー

2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2006年02月07日
XML
カテゴリ: 江戸末・明治以降
       上 皇帝溥儀(右)と昭和天皇(中央)昭和8年、東京駅にて

 形だけとはいえ溥儀はついに「皇帝」に帰り咲きました。上の写真は溥儀が日本を訪問したときのものです。

 満州国には日本人が大量に移住し、新国家建設に向かっていましたが、唯一の頼みである日本は日増しに世界を敵にまわしていきます。

 満州国ができてから数年後にはついに中国と全面戦争にはいり、またその戦争を早く終わらせるため英米をも敵に回していきました。

 米国との戦争がついに始まり、日本本土は空襲で敗色が濃くなっていきましたが、満州は比較的平穏でした。しかし、日本に原爆が落ちた直後、不可侵条約を結んでいたソビエトがそれを破り満州国になだれ込み、大騒ぎになりました。

 溥儀は溥傑らと逃げたのですが、日本が敗戦を表明し、満州国はたった13年で崩壊しました。

 行き場のなくなった溥儀は日本への亡命を希望して満州から逃げ出そうとしましたが、ソビエト兵に捕まり、そのままシベリアへ送られてしまいます。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年02月07日 00時35分03秒
コメント(3) | コメントを書く
[江戸末・明治以降] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


それでも13年間ももったんですねぇ  
最後の最後にソビエト軍に捕まっていなかったら、もう少し中国との関係も違ったものになっていたかなぁなどと考えてしまいますね。 (2006年02月07日 01時29分34秒)

Re:たった13年の皇帝!!(ラストエンペラーの生涯6)(02/07)  
これから教育されるんですね・・・
映画で見ました。
お気の毒・・・♪ (2006年02月07日 09時24分40秒)

なるほど。  

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: