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そしてまた、私のせいにされた。なんだかもう本当、どうでもいいや…。ただうつむいて、『すみませんでした…』とつぶやいて反省したフリを続けた。今度はA子がしゃしゃり出てきた。「お義母さんはさ、本当に物知りだよ。 洗濯物だって、厚手のものなんかを外側に干しておけば日がよく当たって乾きが早いし、 日が当たらなくったって薄手のものなんかは手前でも十分に乾く…なんてこと教えてくれてさ。 すごいと思わない!? 掃除だって、掃除機よりもほうきで掃いたほうがきれいになるって教えてくれたのお義母さんだし… 本当、私なんか何も知らないから、尊敬しちゃうよ」なんだかこれも、前に聞いたような気がした。でも、『 はい…はい…、そうですね 』 としおらしく返事をした。姑が教えてくれることに、一喜一憂している こういったところが、A子が姑に気に入られている所以(ゆえん)なんだと思う。私はとてもじゃないけど、こんなことくらいで、姑のことを物知りだとはちっとも思えなかったもの…。「まぁ、こうやって離婚届を書いてきたみてぇだしな。 二人で話し合って、お前が心を入れ替えるって言うんなら、もう一度信じてやるよ。 でもな。 一度失った信頼を取り戻すのは、並大抵の努力じゃダメなんだからな。 お袋を大事にするっていうのは当然のこととして、 放れていった人を呼び戻す努力を怠るんじゃねぇぞ」テーブルの上にあった用紙をバシッと叩くと、M男は、「お前はまだ、マイナスなんだからな。ゼロになったと思うなよ。 まぁ、俺たちの心がプラスになるまで、努力し続けろや」せせら笑いながら、私を見た。「また、俺からお袋に説明してやるから、今日はもう、帰れよ。 お前のところに返すのは 不本意 だけどな。 大事にするって言うなら、俺たちで、何とかお袋を説得してやるよ。 本当、俺って寛大だよな~」ここまで言われても、やっぱり何も言い返さない、ダンナ。醜くゆがんだ顔で人をあざけ笑う、M男。まったく同じ醜い顔で私を見る、A子。そして、これらの会話を耳を澄まして聞いているだろう、2階の姑。私の味方なんて、誰一人としていないんだ。まさに、四面楚歌 だった。姑が家出した、あの日と同じ気持ちが、よみがえってきた。私を悪者にしておけば、この人達の間柄は安泰なんだ…というのが、あらためてよーく、分かった。だったら、悪者になってあげるよ。勝手に、仲良しこよしをしていればいいや。とりあえず、勝手に離婚届を出されてしまうのが怖かったから、言われた通りにすることにした。それにしてもこの人たち、本当に引き取る気なんかあるのかな・・・。
2006年02月11日
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離婚用紙を持って、また、M男の家へ。車の中で、迷惑をかけたのだから…と、なんだか、よく分からないけど、M男夫婦に謝らされた。M男はふんぞり返って言います。「お前さ、友達いないだろう」はい!?「俺の家には、いつでも友達が遊びに来てくれる。それがどうだ? 兄貴たちの家には、誰も来ないじゃねぇか」あなたはずっと地元にいるのだもの。遊びに来てくれるような友達が近くにいて、当然なんじゃないの?しかも、私が知る限り、しょっちゅう来るのは1人か2人だけだ。「まさか、お袋がいるから誰も来ないなんて思っているんじゃないだろうな」M男は小ばかにしたような顔で、私を見た。私の学生の時の友達は、もちろん誰も来なかった。結婚して移り住んだここは、みんなには遠すぎる。だから友達には会うときは、いつも実家だった。まだ24歳だったからもあるけど、結婚している友達なんかいなかったし、家に 『姑がいる』 ということ自体にドン引きされていた。顔に出ていたのか、私を見て、M男はふふんっと笑うと、「だいたい兄貴が高校生の時なんか、兄貴がいなくたって 『 おばちゃんがいればいいや 』 と遊びに来ていた人、いたぜ。 なのに今は、気の利かないお前がいるから、だれ~も遊びに来たがらないんじゃないか?」と言った。そんな15年以上前の、昔の話されてもなぁ…。しかも、それ、今じゃM男との方が仲のいい、Tさんのことでしょ? (←まるでこっちが兄弟のようだった)なんだかその話、前にも聞いたような気もするし…。「誰も来ないのは、全部お前のせいなんだからな。その辺、分かっているか?」自信ありげに言われ、これにはちょっと、気が重くなった。ダンナには、知り合いはそこそこいる。月に1回くらいは、仕事帰りに取引先の人と飲みに行ったりはよくしているものの、その人たちが結婚したとたん、ぴたりとそういった交流がなくなった。結婚してすぐの頃に、一度だけ私も一緒にボーリングに行ったこともあったけど、お互い子供が産まれて、出産祝いをし合ったものの、その後、家族ぐるみのお付き合いというものは、特別なかった。ダンナは仕事先では会っていたけどね。それって、私のせいだったのかな…。家族ぐるみで会っていたのは、ここから車で1時間ほど離れたところに住んでいる、Tさんだけだった。しかもこのTさん、M男ととっても似ているトコがある人だ。(←まさに類友)Tさんには、当時、子供が4人いた。 (←今はもっといる)子供たちがある程度大きくなると、かわいい盛りを過ぎた…と次の子を作るという、すごい人たちだ。 (←自分たちで言ってた)父親も母親も口が悪く、子供たちは落ち着きがなかった。よく、家にも遊びに( 姑に会いに? )来たものだけど、奥さんの実家が市内にあって、実家の帰りに家に寄っていくものだから、夜の8時9時に平気でやってきては、大騒ぎ。一番上の子は小学4年の男の子。次に小1の女の子、年中の男の子、3歳の男の子と続いた。毎回、子供達は出してあげた飲み物をこぼすし、それを見た母親が子供を怒る。「家じゃないからってな、お母さんは甘い顔なんかしないからな!!」と言っては、きーきーきーきー怒鳴りつけた。姑が裏では、「あのおかあちゃんのきーきー声を聞いていると、頭が痛くなる」と言っていたものの、来るとM男の話で盛り上がっていた。いつも11時過ぎまでいるので、ものすごく迷惑だった。その後にお風呂に入ったとしても、12時過ぎてしまい、息子君は興奮して寝ないし、寝たとしても夜中、何度も起きてはぐずった。「Tくんが言っていたぜ。 “ぽけっとちゃんは、行くといつも迷惑そうな顔をする”って」これにはズキッときたものの、…ちょっと不思議だった。私はいつも、来た4人の子供たちと別の部屋で遊んであげて、ダンナや姑やTさん夫婦がゆっくり話しをできるように勤めていた。「会話に参加しようともしないで、すぐに別の部屋に行っちゃうってさ」M男はそう言って、息を吐いた。子供たちが来るといつも、「お姉ちゃん、遊ぼ!」 (←私のことをお姉ちゃんと呼んでくれていました)と私を別の部屋に引っ張っていくので、一緒にトランプをしたり、あや取りをしていました。負けた子が怒ってトランプを放り、トランプが1枚なくなろうと、別の子が、息子君のおもちゃで遊んでいたときに乱暴に扱って壊そうと、いいよ いいよと親には言いませんでした。親達のところへ行こうとしても止めて、「ゆっくりお話させてあげようね」と、さらに遊んであげたものだった。Tさん夫婦は帰るとき、まだまだ話が尽きない…といった高揚感でかいつもごきげんで、「遊んでくれて、ありがとう」っていつも私に言っていたけど、裏ではそんな風に言っているんだ。「Tくんは、せっかくおばちゃんがいても、兄貴のとこには行きづらいって言っていたぜ。 俺の家のほうが、遊びに来やすいってさ」
2006年02月10日
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家に帰り、すやすやと眠る息子君をジュニア布団に寝かせると、早速、話し合った。「M男さんの言っていること、すべて信じているの?」「…いや、鵜呑みにするつもりはない」“じゃあ、なんでかばってくれないの?” …とは、聞けなかった。「M男さんは、なんで私だけじゃなく、あなたに対して、あんなに偉そうなのよ」ダンナはタバコに火をつけ、「アイツはおれに対していつも 『 兄貴ヅラするなよ 』 って言っているからな。 ここぞとばかりにしているんだろうよ。 おれもおふくろの事を大事にしていないって言っているんだろ」煙をはきながら、頬杖をついた。ダンナは言います。「もし、M男がおふくろを引き取ることとなってM男の家に行ったとして、 今度はM男のところでこんな風にもめたとしたら、 今度こそおふくろの行くところがなくなってしまう」え? なにそれ…。 「だから、おふくろとおれ達の気が合おうと合わまいと、 これは、長男としての義務だ。 …分かってくれ」ダンナはタバコを消しながら、私に言った。「それがダメだっていうなら、離婚でもなんでもしてやるよ。 お前がなんて思おうと、今は、こうしていくしかないんだ…」 言っている意味が、よく分からなかった。結婚前は、5年くらいは二人の生活を楽しみたいって私が言ったときには、ダンナは、“俺の家は父親がすでに死んでいないし、今は弟とおふくろは一緒に暮らしている。 長男だからって親と一緒に住まなければならないようなことは、うちには関係ない”って言っていたのだけどね。結局、そのあともいろいろと話し合ったけど、話した内容は忘れてしまった。もし親と別居となったら、親戚づきあいや世間体の悪さについて言われたような気がする。とにかく、姑をここの家に帰すように、私は気持ちを入れ替え、私がとにかく変わることを約束させられ、離婚届に名前を記入した。…記入させられた。
2006年02月09日
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ダンナのほうをちらりと見ると、ダンナはため息をひとつついた。「ずいぶんとM男は知っているんだな。 さっきの話の中には、俺の知らない、お袋とぽけっとの間にあったこともあるし…」ぽそりと呟く。心臓を鷲づかみにされたような、ぐわっとした痛みが波のように押し寄せてきていた。目をつぶって、すべてが夢であってほしいと、願わずに入られなかった。私の意見も聞かずに、弟の言うことをすべて鵜呑みにするの?ダンナと話し合った末に離婚…となるのならまだしも、M男に 離婚させられる なんて嫌だった。ましてや理由が「性格の不一致」ではなくて、「姑がらみ」だなんてもっと嫌だ。M男は言います。「日曜日の朝だって、いつまでも寝ているんだろ? 休みくらいは一緒に朝メシをみんなで食べたいってお袋は思っているのに、 9時ごろにならなきゃ起きてこない。 子供がいるのに、なにやってるんだよ。 俺らなんか、日曜日だって朝、7時半には起きて、8時にはメシ喰っているぜ? ほんと、お袋がかわいそうでかわいそうでよ…。 掃除だって、毎日しないんだろ? それに、いつまでも外で近所の人としゃべっていて、 5時を過ぎなきゃ、洗濯物も取り込まない。 だらしない嫁で、近所の人に恥ずかしいってお袋が思っているの、知ってるか?」びくつきながら聞いていたものの、なんだかもう、いろいろと言われても他人事のようでした。「俺さ、兄貴に何度も言ったよな。あんな女、別れちまえよって。 それでも兄貴は別れようとしないからさ。 どうかしているよって、A子なんかと笑っていたんだぜ? だから今回、チャンスをやるよ。 ハンコはいらないからよ、名前だけ記入して…俺が預かっているよ」自分の奥さんがここまで言われてもかばうこともない、ダンナ…。突然出された、離婚届。ダンナは、どうするんだろう。しばらく沈黙が流れた。私にはものすごく長い時間に感じた。ずっと黙っているダンナでしたが、沈黙を破ったのは、ダンナでした。「わかった。お袋を家に帰す条件だって言うなら…書くよ」ええぇー!? 書くの?もう、私たちは終わりかも…と思ったものの、「でもな、出すか出さないかは、俺たちの問題だから、お前らは口を出すなよ。 とりあえず二人だけで話したいから、一旦、俺たちは家に帰る」とダンナは、呆然としている私に向かって、「帰るぞ」と短く言うと、離婚届を手に取り、かばんにしまった。私たちは車に乗り込み、家に帰りました。帰りの車中、またもや沈黙。私には、ダンナの考えがよく分かりませんでした。家に帰るまでの間、ずっと考えていました。ダンナは何でM男に言われっぱなしのままなの?なんであんなにM男は偉そうなの?家の中であったこと、ちくいちM男に報告していた姑も、おかしいよ。すべて姑が正しい?自分たちのとは違う考えを認めず、自分たちの常識を私に押し付けているだけじゃない!びくびくしていた自分が、M男の家から離れるにつれて、なんだかバカくさくなった。押し黙ったままタバコをふかしているだけだったのダンナにも、だんだんと腹が立った。この時の私は、本当に自分のことばかりで、すごく自分勝手でした…。
2006年02月02日
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ここまで私が言われても、黙っているダンナ。やっぱり、私の味方はしてくれそうにない…。絶望感が私を襲った。誰も私の味方をしてくれる人なんかいなかった。でも、この子だけは…。息子君だけは、きっと私のことを好いていてくれている。そういえば、M男にこの子に謝ってもらうって決心したんだっけな。そんなことを考えながら、息子君のことを抱きしめ、目線を息子君に向けたとたん、M男が、「ほらな。人が話をしているのに、子供にかこつけてごまかそうとしている。 今だって、頭の中で、次の言い訳を考えているんだろうよ」と言ってきた。片方の頬を吊り上げ、目を細めて軽蔑したような顔で私を見る。「それは・・・・」“違う!”といいかけて、やめた。図星といわないまでも、…ほぼ、当たっている。そしてM男は・・・一枚の紙を出してきた。離婚届 でした。M男は言います。「A子にもらってきてもらった。…こんなこと、A子に頼みたくねぇよ」それは大丈夫…とA子がM男に微笑んだ。私は、ぼーとその紙を見ていた。「お前みたいな奴を見ていると、本当、うちのA子はいい嫁だなってつくづく思うよ」「そんなことないって」二人で言い合い、冷たい目でM男は私を見ると、「だいたい、A子はいつも俺の財布の中身、必ず2万円あるようにしてくれているし、 どこか店に入る時だって、ドアを開けて、必ず俺を先に入れてくれる。 ダンナをうまく立ててくれているんだよ。 お前はさ、そういうことしていないんだろうが」『見てもいないくせに!!』と反論する気にもなれなかった。私の頭は、離婚届の用紙のことでいっぱいだった。M男は言います。「一度失った信用を回復するって言うのは、並大抵のことじゃあねぇよ。 心を入れ替えて、やり直しますって言うなら、これにサインしろよ。 それが、お袋をそっちの家に帰す条件だ」私は、絶句した。ダンナはその紙を見つめたまま、黙っていました。ちょっと、まさか・・・承諾したりしないよね!?
2006年02月01日
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しんっと静まり返った。それまで黙ってタバコをふかしていたダンナが口を開く。「オレもさ、コイツはまだよく世間を知らないな…とは思うよ」それを聞いてM男は、はんっと笑うと、「結婚しているんだから、若いとか世間知らずだとかいうのは理由にならないだろ」勝ち誇った顔で言う。ダンナはまた、考え込むように黙ってしまった。…今のは、かばったつもりだったのかな。そのとき、今までずっとおとなしくしていてくれた息子君が「あーぅだーぅ」と言い出した。息子君は、こう、目が合ったりすると、愛くるしい顔で「あぅー」としゃべりだすことがあった。私は息子君のほうを向き、話す言葉にうなづいていた。そしたら突然M男は、バンッとテーブルを叩き、「この短いあいだに、どんだけのことがあったの、分かるか? 俺たちはな、話し合った思んだよ。 『いくらお袋が悪かろうが、そうじゃなかろうが、俺たちだけはお袋の味方でいよう』 ってな。 お袋の言うことだけを信じ、 お袋の言うことだけが真実で正しいと思うことにしたからよ」そう言い、ダンナと私を睨むと、「アニキの家の年長者は誰だよ! お袋だろうが。 今はアニキが働いた金で暮らしているけど、 誰が今まで育ててきてくれたと思っているんだよ。 お袋に感謝することも忘れて、いい加減なことしているんじゃねぇ」そう、言い放つ。ダンナは、相変わらずバカバカとタバコを吸っていた。空気清浄機がついているとはいえ、ダンナとM男がバカバカとタバコを吸うせいで、空気は悪かった。赤ちゃんがいるのに、どうしてこんなことができるんだろう…なんて、ちょっと思っていた。いろいろと言われても、なんだか理解できずに、声は耳に入ってくるものの、ボーっとしていた。ダンナが口を開く。「俺はコイツに、甘かったのかもしれないな…」私はダンナを振り返り、言葉の意味を理解しようとした。おもむろに、M男が言った。「いつでも俺たちは、 お袋を受け入れる準備ができている」決め台詞のように、久しぶりにこの言葉が出た。心臓が高鳴り、私はもう、本当に黙っているしかなかった。「A子もちゃんと分かっている。 お袋が来ていてくれると、いろいろと手伝ってくれて助かるって言っているしな」そうしたら、A子が言う。「そうだよ。 遊びに来ているとき、階段の掃除をしてくれたり、 お洗濯の取り込みを手伝ってくれたりと、本当に助かるんだよ。 どうして、あんなにいい人を邪険にするのか、理解に苦しむよね」ゆがんだ顔で、私をにらみつけると、「お義母さんが私に言うんだよ。 “自分はそんなに嫌な奴かな…”って。自分を責めていたよ。 それなのに、あんたはなんなんだよ! 自分のダンナを産んでくれた人なんだよ! 自分のことばかり主張して、どうしてもっと大事にできないんだよ!!」A子は付け加えた「私はこの人と、好きで結婚したから、 この人のお兄ちゃんの奥さんがこんな人で苦労したって、それはしょうがないけど、 別にお義母さんは、好き好んであなたに来てもらった訳じゃないんだからさ、 苦労することなんてないんだよ」心の中は、もやもやしていて、なにも考えることができなかった。M男もゆがんだ顔で言います。「俺は言っただろう。あんたらの結婚式で、“お袋のこと、頼むな”って。 そしたらお前は、“はい”って言ったじゃねぇか。 俺があの時、“アニキのこと”って言わずに、 わざと“お袋のことを頼む”って言ったのかが、何でわからねぇんだよ」二人の顔は、醜くゆがんでいた。人を軽蔑して、人の悪口を言うときの顔というのは、本当に醜いんだな…なんて思っていた。…今の、この事態から逃げ出したくて、現実逃避をしていた。
2006年01月31日
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次の日の月曜日。ダンナは仕事が休みだった。ダンナはM男と連絡を取り、一緒に行こうとしたものの「1人で大丈夫だ」と断られ、部屋で何かをしていた。私は…と言うと、この日の午前中、何をしていたのか覚えていないの。M男の家での強烈な出来事のほうが印象が強く残っているから…。では、お話します。病院から帰ってきたからと言われ、私たちはM男の家に向かった。車中、ずっと無言。結局、今後、自分たちはどうして行こうと思っているのかは、相談できずじまいだった。ダンナからいわれた言葉…「当たり前だろ」この言葉が、私の心に重く突き刺さっていた。本当は行きたくなんかない。でも、子供にだけは謝ってもらおうという決心だけが、私の心の支えでした。M男の家に上がると、ででーんと偉そうにM男が座っていて、A子が冷たい目をしながら、お茶を入れてくれた。ダンナが一番に口を開いた。「オフクロは?」「ああ、具合がまだよくないから、上の部屋で休んでいるよ」「めまいの原因は、何だったんだ?」「いろいろ検査したのだけど、結局分からなかった。 風邪みてぇなことは言われたけど、俺は違うと思ってるよ、なぁ?」そうM男は言って、ちらっとA子を見ると、「お前だよ、そもそもの原因はよぉ」といきなり私に向かって言う。ドキッとした。「お前がお袋を大事にしないから、こういうことになるんだろ!?」私は黙っていた。M男はタバコに火をつける。ふぅーっと煙を撒き散らすと、静かに言った。「あいかわらず飯、作ってやってないんだってな」また、その話? お昼時になるとどっかへ散歩に行っちゃうの、姑のほうじゃないの!詳しくは過去日記「ご飯を食べさせてもらえない!?」から「姑の家出…完」あたりを参照にしてください。。「12時をいくら過ぎても家に帰ってこないから、 しょうがないからその時間を散歩の時間に変えたって言っていたぜ?」それは前に話し合ったときに、納得したんじゃなかったの?嫌みったらしく、冷蔵庫を買ってあげたりしてさ。私はあの日のことを思い出していました。私が黙っていると、「何とか言ったらどうなんだよ。黙ってないで、よぉ」M男がすごんできます。「言いたいことがあったら、言えよ」そんなこと言ったって、私が何を言っても 「 言い訳ばかりして! 」 と言うくせに、黙っていればいたで、結局、怒る。どうすればいいのか、わからなかった。そうしたら、今度はA子が口を開いた。「だいたいさ、お義兄ちゃんもお義兄ちゃんだよ。 前もこの人を1人暮らしさせるだのなんだの言ってさ。 あの後、二人で、 『 もしそうなったとしたら、子供の面倒は見てあげるべきだよね 』 って真剣に話し合ったんだよ。 それなのに、なんだか話がうやむやになっちゃってさ。 結局、ズルズルしていたから、こういうことになっちゃったんでしょ?」それからM男は、今までにあった揉め事や些細ないい合いをだらだら~と言ってきた。そんな細かいことまで知っているなんて…びっくりでした。M男は言います。「お前はこんな風にして、お袋を追い詰めていったんだ!!」
2006年01月31日
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奥さんが弟に暴力まがいのことをされたんだよ! 何で怒ってくれないの!?愕然としました。私はもう、愛されていないんだな…と考えると怖かったのもあって、どうして怒ってくれないのかを聞く勇気がありませんでした。この後、もう話し合う気にもなれず、私はベットに入った。そしてまた、1人で考えた。ダンナのさっきの言動。人が大事な話をしているのに、テレビを消してくれずに見続けていたこと。本当は、私はM男に突き飛ばされたことはあまり怒っていなかった。それよりも、息子君を泣かせたことのほうが、よっぽど腹が立ったし、許せなかった。そうだ!大事な大事な、しかも具合の悪い息子君を泣かせやがって・・・許せない!!!謝ってもらおう。私に対しての行いなんか、なんとも思っていないのだろうし、ダンナも 『 当たり前だ 』 って言うし…。そのことだけは、謝ってもらおう。私は何を言われてもいいけど、この子に対しての行いだけは、どうしても許せなかった。ダンナに話したときに、息子君が驚いて泣いたことも話したけど、それについても別段、怒っている気配はなかった。きっと、M男に対して怒ることはないだろう・・・。明日、M男たちの顔なんか見たくもないけど、私だけは、M男に言おう。「驚かせて、息子を泣かせたことだけは、きちんと謝ってください」このことだけを胸に、がんばってみることにした。
2006年01月30日
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ダンナはタバコをふかしつつ、物思いにふけって、ずっと黙っている。私は恐る恐る、聞いてみた。「M男さんは、どういうつもりで言ったのかな…」「さてな。まぁ、いろいろと思うことがあるんだろうよ」「もしかして、引き取るって言うのかな…」「…子供が生まれてからは、そういうことは言わなくなっていたけどな」こんな感じの会話を、ぼそぼそと繰り返していた。とりあえず、この日はそのまま寝ることに。ベットの中で、1人考えていた。 (↑私は息子君とセミダブルのベットで二人で寝ていた。 夜中の授乳のとき起こしてしまうのも悪いので、ダンナと寝室は別々でした)以前の日記にも書いたけど、前からM男は、私たちと姑とが言い争ったときに、しゃしゃり出てきては、「 引き取る準備はある 」 と言っていた。言ってはいたものの、実際は口先だけ感じはあったのだけど、今回はとうとう、そういうことになるのかもしれない…。私はものすごく、心臓がバクバクとしていた。そんなことになったら、どうなってしまうのだろう。でも、ずっと夢見ていた、家族だけの暮らしが始まることになるのかも…。そんなことを考えながら、眠りについた。次の日、まだ完治とまでいかない体調の息子君を見ていてもらっている間、私は姑の部屋を掃除した。毎日、姑は自分でほうきではいていたけど、物を動かさないで履くから、隅などはホコリと、抜け落ちた髪の毛がいっぱいだった。 私はいつもいないときに、こっそりと掃除機をかけていた。今回は、お布団も干してもあげた。自分なりの誠意の表れ…というわけではなかったけど、なんとなく、体が動いていた。そしてこの日は夕方になっても、向こうから電話がかかってくる気配はなく、こちらからも特別、電話はしなかった。夜。息子君の体調もすっかりよくなり、落ち着いてくれた。ああ、よかった。夕食の後、なんとなく会話もはずまず、ただ、テレビを見ていた。私は、意を決して 『 あのこと 』 を話してみることにした。自分の中の不信感を打ち消したかったから…。「私ね、二階に登ってきたM男さんに怒鳴られたって言ったでしょ?」「あぁ、そう言ったな」ダンナの顔色を伺いながら、ためらいながらも、一生懸命に話した。「その時ね、思いっきり突き飛ばされたの。 息子君のほうに倒れこんじゃったから、びっくりして、息子君は大泣きしちゃうし…」私はダンナの顔を見ていたけど、ダンナは、テレビをずっと見ていた。そして、それを聞いて私に言いました。「ああ、当たり前だろうな」えっ!?「男だったら、ぼこぼこにしてやるところだとも言われたんだけど・・・」高鳴る心臓を押さえ、なんとか続けて言う私。ダンナはリモコンを手に取った。ああ、大事な話をしているんだもの。消してくれるのかな?そう思ったのだけど、ダンナはチャンネルを変えると、画面から目をそらさずに言った。「ああ、当然なんじゃないの?」不信感は、外れてはいなかった…。私の中の期待は、急速にしぼんでいった。いったい明日は、どうなっちゃうんだろう………。
2006年01月29日
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今までもね。私と姑がモメたとき、ダンナはただ黙って、タバコをバカバカとふかしているだけだったの。あくまでオレは話を聞くだけの中立的な立場だ…とは言っていたけど、結局、最終的には、やっぱり姑の味方ではあったよね。多少は味方っぽいことをするものの、私の前で、積極的にかばうことはなかったな。いろいろと言い合いをした後、結局は 『 嫁 』 という立場の私。私からすれば年上であり、ダンナの母親というだけの存在なだけで、どんな理不尽な姑の言い分でも、理解 (したフリを) して、時には 『誠意を見せろ!』 と、土下座をさせられて謝まさせられていました。こういうときの姑は、わたしのほうが偉いんだ! 分かったか!? という態度をとっていたよね。さぞかし、気分が良かったことでしょう。私は、内心は納得いかないものの、表面上では反省し、自分の態度を改めます…なんて口では言ってはいた。 (←本音だ)そのくせ、無理にでも姑の言うことを受け入れようとしている私に向かって、ダンナは「お前ばっかりが悪いわけではない」とか「お袋の考え、ちょっとおかしいよな」なんて、後で言ってくる。だからって、このことを姑に言うわけでもなく、終わる。やきもきしている私は、子供が産まれる前は、当時通っていた会社のおばさんに、子供が産まれてからは同年代の友達に、「姑にこう言われたんだけど…」なんて話してみれば、誰もが 「えー!? なにそれ?」 と首をかしげ、笑う。何を信じていいのか分からず、当時24歳だった 人生経験の乏しい私としては、本当に混乱するばかりだった。こんなことが今まであったから、この時の、私がダンナに対して抱いたものは、違和感というよりは、不信感だったのかもしれない。
2006年01月28日
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夜になって、ダンナが帰ってきました。最初、姑がいないことに「あれ?」と思ったものの、今日は土曜日で、主治医の先生(←以前、姑の脳の手術をしてくれた人らしい)がいないから、月曜日にM男が、検査の為にもう一度病院に連れて行くことになっていることを告げたら、「まぁ、熱もあるならその方がいいよな。M男の家のほうが病院にすごく近いし」と、ごく普通だった。これだけなら、まぁ、ありふれた日常だよね。代わりに連れて行ってくれるのだから、一緒に住む私たちは、M男に感謝しなければいけないくらいなのかも…。でも、内情は違う。息子君を病院に連れて行く前の出来事を話さなければなりません。息子君の汚れたオムツを替えていて、M男が来たときに下に行かなかったこと。それについて、M男に怒鳴られたこと。“今のお前のところに、お袋を帰すつもりはない”って言われたこと。“そんな風に気が使えるなら、どうして普段からもっと気を使ってあげれないんだ”って言われたこと。細かく細かく、説明をした。ダンナはタバコをふかしつつ、黙って聞いていた。実はこの時、M男に突き飛ばされたことを言おうか、すごく迷った。言うのが怖かったし、なんて言うか…。とにかく、なんだか言い出しにくかったの。妙な違和感…みたいなものを感じたんだよね。だから、その部分だけは言わなかった。「何だよ、それ…」ダンナは、そうつぶやくと、また黙ってしまった。…また、違和感を覚えた。
2006年01月28日
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M男にそう言われたものの、よく、意味が分からない私。黙っていると、痺れを切らしたように話し出した。『そもそも、お袋のめまいはまだ続いているし、 少し熱もあるから動かそうにも無理はさせられねぇよ』「え!? それは、大変…」そんなに悪かったんだ。それはちょっと、心配…。でも、こんな私の気持ちをヨソに、M男の口調は、相変わらずえらそうな口ぶりでした。『それはそうと、なんだよ。雑炊を用意してるって?』「ええ。 …それなら、食べれるかなぁと思って」私がこう言うと、しばらく無言の後に 深いため息をつくと、M男は、『はぁ~ 誰かさんは、今はお袋に対して、気遣いができてますね~。じゃあ、なんでもっと普段からそういったことができないのかね~、誰かさんは~』とバカにした口調で言います。私の、受話器を持つ手に、自然と力が入りました。『月曜日に、俺がお袋を病院にもう一回連れて行くから、話はそれからだ』そう言われ、がちゃっと一方的に電話を切られました。
2006年01月28日
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土曜日だったせいか、息子君と行った病院は、ものすごく混んでいた。幸い息子君の病状は軽く、整腸薬だけをもらい、家に帰ってきたのは、2時を回っていました。・・・姑は、まだ帰っていませんでした。しばらくすると疲れたのか、息子君は眠ってしまいました。私もなんだか疲れがどっと来て、一緒に眠ってしまい、気がついたらあたりは薄暗く、時計は5時を指していたと思います。姑の部屋は静かで、帰っている気配はありません。実際に覗いても、姑はいませんでした。とりあえず、姑がいつ帰ってきてもいいように雑炊の準備をしたものの、一向に帰ってくる気配はなかったんです。私は意を決して、M男の家に電話をすることにしました。嫌だったけど、しようがありません。心臓を鷲づかみにされているような、ぎゅわーっとした鈍い痛みが私を襲います。でも、自分で自分を元気付け、勇気を出してダイヤルしました。何回かコールした後、最初、A子が電話に出たものの、私が名乗ると、すぐにM男に代わったんです。私が、「それで、お義母さんはどうだったんですか?」と聞くと、「ああ。今日は土曜日で先生もいなかったから、月曜日に改めて、めまいのことは検査することになった」M男の言い方は、かなりぶっきらぼうなものでした。「それで、雑炊なら食べれるかなと思って用意したのだけど、いつごろ帰ってくるのかなと思って…」そう、私が言うと、M男は、ははんっと笑って、「今のお前のところに、お袋を帰す気はねぇよ!」と言ったの。
2006年01月27日
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ものすごい足音を立てながら、誰かが二階へ上がってきた。最初、私はダンナかな…と思ったものの、こんな時間に家に帰ってくるはずもない。もしかして・・・!?そう思って振り返ると、ものすごい形相をしたM男が、肩を怒らせながら ドカドカッ とこっちに歩いてきた。「おめぇはよ、いったい何なんだよ!」と部屋に入ってくるなり、いきなり私を怒鳴りつけてきた。意味が分からず、あっけにとられている私に、さらに怒鳴り続けてきます。「車の音で、俺が来たの分かっていただろうが。 だったら『お願いします』の一言を言うくらいの気にはなれないのかよ!」M男に言われ、「それは…」と言いかけ、私はやめました。“息子君のオムツを替えていた”なんて言っても、また言い訳して! と言われるだけだという事が分かっていたから…。そして黙っている私に向かって、「来たのが分かってんならよ、下に降りてきて、お袋を車に乗せるのを手伝うとか、そういった気持ちは起きないもんかね、あぁ!?」M男の口調は、完全に私をバカにして、見下したものでした。それは確かに、そうすべきだったのかもしれない。こっちには、こっちなりの事情があったのだけど、M男にとってはそんなことどうでもいいことだものね。黙ってつったっている私に、ムカッと来たのか、さらに声はヒートアップしてきた。「そもそも、何で一緒に住んでいるお前を頼らず、わざわざ俺に頼んできたのか分かるか!?お前が頼りないし、お前なんかに頼みたくもなかったからだろうが!」そう言うと、M男は私を思いっきり突き飛ばした。そして私は、息子君のほうへ転がった。びっくりして、息子君は火がついた様に泣き出した。これ以上の暴力をされるのか!?私のせいで、息子に危害があってはならない!!!とっさに、私は起き上がって息子君をかばい、自分の体で包み込むように強く抱きしめた。この時、M男に背を向けていたからどんな表情をしていたか分からないけど、M男は、「お前が男だったら、ぼこぼこにしてやるところだ」と吐き捨てるように言うと、またドスドスと下へ降りていった。そしてすぐに、車の遠ざかる音がした・・・。私はしばらく泣きじゃくる息子君を抱きしめ続け、息子が落ち着くのを待った。すぐに落ち着いてくれたから、よかった…。ああ、そうだった。早くこの子を病院に連れて行ってあげなきゃいけないんだった。自分の手を見ると、ガタガタと震えていた。涙は出なかった。
2006年01月27日
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私は特別、二人を責めることはしなかった。私が二人に 「息子君が、ちょっと具合が悪くて・・・」 と伝えると、ダンナも姑も、「あっちが治ったと思ったら、今度はこっちか~?」「○○(M男の子)は噴水のように吐いていたらしいけど、コイツは元気はあるし、とりあえずはおっぱい飲んでくれるからよかったよな」と心配はしているものの、勝手に安心している。二人とも特別、責任を感じている様子はなかった。M男の家に行ってから、日数がたっているからかもしれない。次の日の土曜日に、病院に連れて行くつもりだった。かかりつけの病院は、土曜日は午前中にしかやっていないから、早めに行くつもりだった。土曜の朝、病院に行くことを伝えに姑の部屋に行くと、姑は具合が悪そうだった。「なんだか、めまいがするんだよ」と弱弱しく話す。本当に辛そうだった。私「大丈夫…なの? お薬は?」姑「ああ。M男に病院に連れて行ってもらうように頼んだから…」M男の会社は、完全週休二日制。土・日は休みだった。「なら、大丈夫だよね。私もこの子を病院に連れて行くつもりだったから。 土曜日は午前中しかやっていないし」 (↑この時の言葉、後々のポイントです)そう言って私は、二階へ病院に行く支度をしに行った。しばらくして、車の音がした。M男が来たんだな、とは分かっていたものの、息子君がまた、下痢をした。ああ、もう。かわいそうに・・・。こっちも早く先生に診てもらおうと思い、手早くオムツを替えて、漏れたときのことも考え、着替えも持って・・・なんて、かなり焦っていたら、階段を勢いよく上がってくる音がした。ダン ダン ダン ダンっ!
2006年01月26日
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電話を切ったあと、すぐにお裁縫をまたやり始めました。約束を守ってくれなかった! という怒りよりも、ああ、やっぱりな。という、妙に冷めた気持ちのほうが強かったな・・・。程なくして、ダンナたちは帰ってきました。私は、どういう態度をとろうか悩んだものの、「お帰りなさい」と一言だけ言って、すぐに子供におっぱいを飲ませ始めました。姑は楽しいときを過ごせたようで、始終ごきげんだった。私にも、「だいぶできたみたいだな。上手にできてるじゃないか」とお世辞(?)を言ってくるくらいでしたもの。ダンナはと言うと、おっぱいをあげている私の向かいに座り、黙っていた。「けっこう時間、かかったのね~」と私がさらりと言うと、「うん。まぁね…。 M男の所について、聞いたら、もうほとんど具合がいいって言うから、お茶だけもらってきたよ」とダンナは言います。お茶だけもらってきた? はぁあああー!?それは上がったことを意味するの、分かっているのかな。「ふーん、そうなんだ…」なるだけ平静を装って私が言うと、ダンナは、「ああ。 こいつ(息子くん)も○○(M男の子)と身内だって分かるのか、 隣に座って、なんだか二人で言い合っていてさ。すげーよなってみんなで話したんだ」って言うじゃありませんか! 家に上がらないって約束したじゃん! 子供のこと、ちゃんと考えているの!? あんたのその行動が、子供を苦しめる事になるかもしれないって分かってんの?言ってやろうかと思ったけど、やめた。前回のこともあるし、私も人のこと言えない。それに、無言電話をした罪悪感が、私を弱気にさせていたから…。 (←バレてはいない様子)その日は、これで終わったの。でもね…。この日は日曜日だったのだけど、5日後の金曜日の夕方頃から、息子君は下痢になってしまったの。うつったと言えるのかどうか、なんとも微妙な期間。たとえうつったのだとしても、もらいに行ったようなものだから、文句の言いようもなかった。
2006年01月26日
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すこし行き過ぎだろう私の行動には、私なりの訳があるんです。もちろん、大切な息子君が、よりによって“吐き下し”なんて症状のカゼを移されて、つらい思いをするなんて許しがたいことは、大前提。実は、過去にあることがあったの。私がまだ妊娠中、気まぐれで「たまごクラブ」のペンフレンド募集のコーナーに出したら、なぜか雑誌に載ることに…。 (←子供が産まれる2ヶ月前に載りました)そして、全国からたくさんの手紙が来ました。中には、市内からの手紙も来て、とりわけ、そこそこ近い住所の人と話がはずみ、会うことになったの。最初は私が彼女の家に遊びに行き、次に会うときには我が家に招待することになりました。彼女には子供が二人いて、二人とも女の子。下の子同士が産まれは半年もかわらないけど、彼女の子のほうは早生まれで、学年的にはひとつ上でした。そして、上の子は確か、幼稚園の年少さんだったんだよね。実は、彼女達が遊びに来たときに、女の子は二人とも“ハナタレ~”だったの。前日の電話でも、「熱はないのだけど大丈夫かな…」ときちんと確認してきてくれたんだよね。「元気なんでしょ? なら、大丈夫だよ」と私は答え、予定通り、翌日に会う約束をしていたの。玄関で出迎え、家の中に上がってもらおうとしたら、通り掛かった姑が、あいさつもそこそこに、「なんだ、子供たちカゼでもひいているのか? 赤ちゃんがいるのに、そんな子供を連れて来るなんて、 ちょっと常識がないんじゃないか?」と言いやがったの!!!この・・・鼻くそ!!慌てて私が、「そんな失礼なこと言わないでよ! 彼女はきちんといている人だよ」と言っても、ちらっとこっちを向いたものの、さっさと自分の部屋に入ってしまった。彼女は、うつむいたまま、「・・・今日は、帰るね」と言って、帰ろうとした。私は彼女に、「失礼なこと言って、ごめんね。 ちょっと待って! 今、姑にきちんと話をしてくるから…」と言ったのだけど、彼女は笑顔で、「大丈夫。 やっぱり、連れてくるべきじゃなかったよね。平気、大丈夫だから…」と言い、子供たちを促して、結局 帰ってしまった。彼女は笑顔だったけど、私の軽率な考えで、すごく傷つけてしまった。彼女が帰った後、すぐにこのことでバトルが繰り広げられました。彼女から事前に電話があったことも、もちろん伝えました。「何を思おうと勝手だけど、彼女に直接言うことないじゃない! 彼女達が帰ったあとに、私にだけ言えばすむことでしょう」「なに言ってるんだ、○○(息子君)がカゼを移されでもしたらどうするんだ。 常識がないやつを常識がないって言って、何が悪い!」こんな感じで言い合いをし、「だいたい、お前もお前だ。しっかり子供のこと考えてやれよ。 母親だろうが! あんな非常識な奴と付き合うと、ろくなことにはならないからな」と姑に言われ、彼女との交際を禁じられた。黙って言うことを聞く気はなかったものの、彼女に合わす顔もなく、もちろん、彼女からの連絡もなく、彼女とはそれっきりになってしまいました。彼女に電話する勇気もなかった私は、ばか者だ。日ごろから姑とコミュニケーションが無く、友人が来ることだけは告げたけど、前日に電話があったことを伝えなかった私が悪い。傷つけてしまった・・・。きちんと謝ることができなかった・・・。罪悪感と後悔だけが残りました。
2006年01月25日
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ダンナのことを信じて…とは思ったものの、やっぱりかなり心配だった。1時間経っても、2時間経っても帰ってこない。時間ばかりが過ぎていった。おっぱいが張るたびに、泣いていないかな…大丈夫かな…と気が気じゃなかった。縫い物に没頭しようと思ったものの、なかなか手につかない。まさか、家に上がってなんかいないよね・・・この考えだけが、頭をよぎったけど、とにかく信じるしかなかった。でも、出かけてから3時間近くが経っても、帰ってくることはなかった。そして、気が気じゃなかった私のとった行動は、なんとも 卑屈でいやらしい ことでした。それは・・・というと、M男の家に、無言電話を掛けること。です。そして、実行。きちんと非通知にして、早速、電話。 (←姑息だ)ダイヤルを押す手が震えた。なんだか、犯罪を犯しているような心理だったけど、確かめずにいられなかった。そして電話がつながり、A子が出た。もともと、名乗るつもりはなかったし、ずっと黙っていた。『もしもしー、○○ですけど、もしもしー?』A子の声が耳に響く。受話器を持つ手が震えた。・・・もう、限界。心臓が高鳴り、顔が熱くなるのを感じた。こんなことして、何になるんだろう・・・やっぱり、こんな犯罪じみたこと、しなきゃよかった。罪悪感でいっぱいになり、でも、名乗る勇気もなかった私。慌てて、電話を切ろうとした瞬間、受話器から、“なに? どうかしたの?”と聞き覚えのある声がした。そのまま、がちゃんと急いで電話を切った。その声は、まぎれもなく ダンナの声 だった・・・・。
2006年01月25日
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ある日、M男のところの子供が吐き下しの風邪を引いた。その連絡を受け取った姑は、「ちょっと行きたいところもあるし、その帰りにお見舞いがてら、M男の家に乗せて行ってくれないかな。ちょっと顔を出すだけだからさ」とダンナに言ってきた。まぁ、特別に用事もなかったし、ダンナは連れて行ってあげることに。その時 私は、友達の子供のお誕生プレゼント用にワンピースを縫っていたの。だから一緒に行くつもりはまったくなく、もちろん、M男の家になんか行きたくもなかったしね。まぁ、姑も私を誘うつもりなんかなかっただろう。ダンナだけが行くことになった。支度が終わって、さぁ、出かけようというときになったら、姑は、うちの息子君に向かって、「お前も行くか~? そうしたらお母ちゃんもそれをするのに楽だろうに」と言ってきた。ちょっと待ってよ!病気の子のところに行くのに、息子君も連れて行くってどういうこと!?私はダンナと二階の部屋に移動して、「なんでわざわざ病気の子のところに連れて行く必要があるのよ。 私は大丈夫だから、二人で行ってきてよ!!」と言って、大反対した。母親なら、当然だよね?ダンナは、「それはそうだけど・・・」となんだかあやふやな返事。下の部屋からは、「まだかよー」と姑のしわがれた声が響く。あー、もう! 普段、えらそうなコト言っている割には、ここ一番って時には頼りない男!!!ダンナは、「お袋もその辺は分かっているだろうし、大丈夫だから」と言うけど、なにが大丈夫なんだ!?そして姑は玄関で靴を履き始めていた。もう1人の孫が心配で、早く行きたいのになにやってんだ…という感じなのだろう。私も集中してできるから、ダンナが子供を見ていてくれるのは助かるけど、出かける先がそんなところでは、気が気じゃないよ。「分かった。連れて行くのはかまわないけど、絶対に家の中には入らないでよ! あなたは息子君と車の中で待っていてよね。 常識で考えたって、わざわざ病気をもらいに行くようなことはしないよね?」と、念を押して言った。ダンナも、「ああ、分かっているって。お袋も“ちょっと顔を出すだけだって言ってるし…。すぐ帰ってくるよ」と、息子君を連れ、出かけていった。ちょっと顔を出すだけで済むのか!?とは思ったものの、ダンナを信じて待っていることにした。
2006年01月25日
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子供が産まれてまもなくの頃、A子のお姉さんが結婚することになった。確か、腰がすわるかどうかぐらいの、半年くらいの頃だったと思う。当然、M男夫婦は出席する。幼い子連れでの結婚式だ。その話を聞いてからしばらくのこと。姑の部屋に行くと、留袖がででーんとかけてあった。「子連れの結婚式は大変だから、 子供をみていてあげることになるだろうな。 M男たちも当然、頼んでくると思うし」と、姑はニコニコしながら話す。えっ? だって、招待状もらったわけでもないし、ましてや、赤ちゃんのお世話をするのに、着物???「そうなんだ~。 でも、着物じゃ大変なんじゃないの? 吐かれたりでもしたら…」と私が言うと、「自分も一応、親族になるんだし、相手に失礼だろう。 着物でも、慣れていて動けるから大丈夫だって。 まだ着る機会があるけど、 汚れたらクリーニングすればいいしな」と姑が言う。まぁ、別に私がとやかく言う問題ではなさそうだから、これ以上は言わなかった。ある日、ずっと掛けてあった着物がなくなっていた。あれー、えっとー・・・・・・。結婚式、行ったっけ???それからしばらくして、M男たちが来たときに言っていた。「ずっと子供を抱っこしているの、 いくら小さいとは言え、かなり大変だったんだよね~」結婚式の間もそうだけど、披露宴会場の雰囲気に圧倒されたのか、持って行ったベビーカーに下ろすと泣き出し、結局、A子がずっと抱いていたらしい。姑は、「そりゃあ、大変だったな~。こりゃ、コイツ! お母さんに迷惑かけちゃ、ダメじゃないか」と ニタニタしながら、赤ちゃんを抱き上げると揺さぶっていた。M男たちは、姑を頼ることなく、自分たちで何とかしたようだった。姑は、着物を用意していたことを、この場では言わなかった。・・・私もあえて、言わないでいてあげた。
2006年01月24日
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昨日の日記の続きをちょこっと書きます。昨日はあえて書かなかったのだけど、私はこの話を姑から聞いたとき、正直、はぁ!? って感じでした。中には、別にいいんじゃないの? って人もいると思うけど、私は、いくら友達とはいえ、いくらなんでも高砂には普通、座らないだろうと思ったの。今 思えば、嫌だったかもしれないけど、場がシラけてしまうからしようがなしにだったのかも…と思えるけど、いやいや。M男は自分の意見をはっきり言う奴だから、嬉々として座ったに違いない。実際、自慢げにその話をしていたからなぁ…。私が姑から聞いたとき、姑が、「すごい話だよな~。いい話だと思わないか?」と聞いてきたの。私もこの時、「ホント。素敵な話~♪」とうまく話をあわせておけばよかったものの、馬鹿だから、正直に「えぇー!? そうかなぁ。 実際、いくら引き合わせたのがM男さん達だったのとは言え、 高砂は主役の二人だけの場所であって、 他人が易々と座っていい場所ではないんじゃないのかな…」と言ってしまったの。言った後、しまった! と思ったけど、まぁ、言ったものは取り消せるわけではなく、まぁ、あとはご想像の通り…。姑は、いい話をしてやったのに、なんだその言い草は…と、言いはしなかったものの、態度がそんな感じだったよ。ムカッとはしただろうな。そして、後日。M男たちが家に来たとき、その話になって、M男が自慢げにその話をしたのだけど、姑は、あろうことか、「ぽけっとは、お前らのしたことは非常識だって言っていたぜ~」と言いやがった!夕食を食べながらの、お酒も少し入った席だったから、確かに、姑も冗談交じりで言ったのだけど、明らかにM男たちはムッとしていたよ。誰もそんな言い方していないじゃん。鼻くそめー!!!まぁ、M男たちとの間には こんな風にして、どんどん どんどんと溝が生まれていった。この時は、うまく話をあわせなかった私が悪いのだろう。
2006年01月23日
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M男たちが結婚するときに、2次会の幹事をしたM男の友人とA子の友人がいた。お互いが初対面だったのだけど、この幹事をすることがきっかけでお付き合いを始め、なんと1年後には結婚することになった。それはそれは、おめでたいこと。二人は当然、結婚式に呼ばれた。そして主役の二人がお色直しの為に退席したときのこと。司会の女性と話をしていたM男夫婦。当然の如く、二人のなり染めの話をした。「おれ達が引き合わせて様なものだよな」と言った。(もちろんそうなのだけど、きっと自慢げに言ったと想像できる)そしたら、この司会の女性は、えらく感動(?)したらしく、会場に来ていた列席者に向かって、その話をしたんだって。そして、ことはそこで終わらなくって、「それでは、主役のお二人が帰ってくるまで、このご夫婦に座っていていただきましょう」と、M男夫婦がしばらく高砂に座っていることになったそうだ。上記の話を、姑から聞いたの。姑も感動していた。何に感動していたかというと、この司会の女性の粋な計らいについて…だった。後々、M男たちも自慢げに話してくれたっけ…。お色直しを終えて帰ってきたとき、この主役の二人は何を思ったんだろうな…。
2006年01月22日
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大晦日。妊娠中だったけど、それなりに年越しそばを作り、つまみを作った。ダンナと姑は、二人で日本酒をガバガバと飲んでいた。妊娠中の私は、当然飲まない。普段もほとんど飲まないため、二人の発するテンションにはついていけなかった。(←かなり迷惑な声のボリューム)夕飯のおそばを食べたあと、姑の部屋である和室に集まり、コタツに入って紅白を見ていた。そして年が明け、異様なテンションの中、あることが始まる…。そのあることとは、お正月の飾りつけをすることなのです。その昔、亡くなったダンナのお父さんは、年末までいつも仕事で、飾り付けをする暇がなかったとか。一夜飾りをするなら…と、いつの間にか年が明けて、夜中の12時を過ぎたら飾ることになったらしい。そんなしきたりが続いていて、「あけましておめでとう~」のあいさつもそこそこ、さささ~と飾り付けが始まるんです。神棚には榊を飾り、お神酒や水を用意したり、玄関にしめ飾りを飾ったり、お飾り餅の箱を開け、組み立て、各部屋に置きまくる。正直、めんどくさい…。というのも、私は眠くて眠くてうとうととしていたのだけど、紅白が終わる頃にたたき起こされ、準備を手伝わされた。お腹の子も、いつもよりもドカドカとお腹を蹴っ飛ばして暴れていたっけ。すべての設置が終わり、神棚に手を合わせ、カレンダーを1月にめくったら、終了。これでやっと寝れる…と思ったのもつかの間、私たちが準備をしているあいだに、M男夫婦におめでとう電話をしていた姑が、「○○神社で今からお参りに行こうってことになったから、準備しろや」と言ってきた。ええー!? 寒いし、眠しい、私、妊娠中だよ!!嫌だよー!!!私は家にいようと思ったのだけど、半分酔っている二人は、私の気持ちなんかお構いなし。「しっかり、安産祈願しなきゃいけねぇよな」とウハウハとしている。そしてダンナはお酒を飲んでいるから、結局、私が車の運転をしていくことに…。ダンナのスキー用のタイツを履き、マフラーや帽子をかぶり、完全防備で出かけた。神社に着くと、ものすごい人ごみで、大行列ができていた。どう見ても、お賽銭箱までは30分以上はかかりそう…。カイロを握り締め、寒さをこらえていると、M男夫婦も来た。おめでとうのあいさつを交わし、順番を並んで待っていた。しばらくして、やっとこ自分たちの番になり、もちろん安産祈願をして、お札を買いました。広場には参拝者の為に、ドラム缶に薪がくべられていて、めらめらと燃えているのがありがたかった~。そしてその周りで、姑とM男たちがでかい声で話し始めた。(←みんながちらちらと見る)私は妊娠中だったし、A子も妊娠中だったので、こんな夜中にお腹の大きい人がいるってだけで目立つのに、それに輪をかけてでかい声で馬鹿笑いしているものだから、人の視線が痛かったよ。しばらく話していたら、これまた参拝者の為に、甘酒が配られ始めたの。もともと私はこれがまったくダメで、ましてや妊娠中。お酒はまったく飲まなかったのだけど、姑やM男に混じって、A子はガバガバと飲んでいたっけ。「あ~、体があったまる~」とご満悦のA子。そりゃ、よかったね…。
2006年01月22日
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そして、その鏡もちたち。中身が今みたいに小分けにされているものじゃなかったんだよね。姑の言うとおり、鏡開きのときに包丁でギコギコと切って油で揚げて食べるのだけど、さすがにトイレに置いておいた物を食べる気にはなれないでしょ~。それに、普通の切り餅ならともかく、こんなに大量のお餅。どうしろっていうのよ…。しかも、鼻くそは少食。ほとんど手をつけない。残ったものを冷蔵庫に半年くらい入れておいていたけど、結局は捨ててしまいました。翌年も同じことをしようというので、私は大反対!!トイレなどの水周りのものは袋入りの丸い餅を見つけてきて、2個重ねて、それで代用。干し柿などは勘弁してもらいました。そして2階も組み立て式のものは寝室だけにして、その他の部屋はこの丸餅を利用することに…。それでも、大・中あわせて5個も用意しなければなりません。根性で探し出して、出初めだった小分けパックのお飾り餅を買いました。しきたりのある、由緒正しいお家ならともかく、一般庶民のこんな家は、我が家だけでしょう。
2006年01月22日
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みなさんは鏡もちっていくつ飾りますか?姑が言うには、「水周りには神様がいるんだ」ということだったので、すべての水周りに鏡もちを置くことになりました。我が家の水周り…というと、キッチンの流し・洗濯機の置いてある洗面所・1階2階のトイレです。そして各部屋…一階は玄関・姑の部屋の神棚と仏壇(←同じ部屋にあるのに別々)・二階の3部屋。合計で10個も用意していました。当時は今みたいに100均で売っているわけでもなく、トイレなどに置く小さなものでも最低300円はしました。そして、玄関や神棚、そしてリビングのキッチンに置くものは大きいものにしていたため、これもかなりの高額でした。しかも、それぞれに干し柿と昆布が添えられるんです。「どこの家庭でもやっていることだ」「やっていない家庭なんて、異常だ!」と言っていた、姑。お前の方が異常なんじゃないの?
2006年01月22日
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ただ今、ダンナが入院中でして、時間を見つけて更新しようと思いつつ、なかなできずにいます。いつもコメントくださっている方々、そして読みにくださっている方々には大変申し訳なく思います。時間に余裕が出来たら、また、更新したいと思っておりますので、テーマで見かけた時にでも、また、いらしていただけると光栄です。
2005年11月23日
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一度だけ、あるんだよね…。ははは…。まだ、子供がお腹にいた頃、出産のときは実家に帰ることに決めていたから、病院も実家のすぐ側の総合病院にしたの。自分で運転して実家に帰っていたのだけど、片道25キロの距離。道がすいていれば1時間半くらいで行けるのだけど、混んでいれば2時間近くはかかるのは、ざら。朝、9時から診察ってこともあったから、前日のうちに実家に泊まることもあったの。この時は、いろいろと用事があって、4日間くらい実家に行っていたんだよね。あと、1分位で自宅につく…というところで、私は、右折のために車がきれるのを待っていたんだ。そうしたら、急に飛び出した黒猫が、目の前で対向車に衝突!!ハイエースみたいなワゴン車も慌ててブレーキをかけたのだけど、すぐに止まるはずもなく、猫共々、しゅーって滑っていったの。もう、私は大ショック!あんな長い距離、タイヤに巻き込まれて 引きずられたら…。おそるおそる ルームミラーで後方を確認したのだけど、猫の死骸はなかったの。もしかしたら、車の前方に乗っかっただけで、引かれたわけではなかったのかもしれない…。そうは思ったのだけど、手も足もがたがた震えて、怖くて怖くて、どうしようもなかったんだ。自分が引いたわけでもないけど、目の前の光景が、恐ろしかった…。とにかく、やっとの思いで自宅に戻ると、姑が、私の顔を見るなり、「真っ青だよ、なんかあったの!?」って聞いてきたけど、私は答えることも出来ないで、玄関に立ったまま、ぽろぽろと泣き出してしまったの。しばらくして、猫が目の前で引かれたことを話すと、姑は私を抱きしめてくれて、「かわいそうに…。怖かったね」と、ぽんぽんと、背中を優しく叩いてくれたの…。この時は、あ、ちょっといい人って思った。(←え!? ほんとに?)でもね。この日の夜、お風呂をやろうと浴室へ行ったら、なんと、なんと、床がカビだらけだった!!!なんで、どうして!?たった4日で、こんなにもカビるなんて・・・。洗剤を振りまき、ごしごしと大きなお腹で掃除するハメに…。ちっ、やっぱりコイツなんか、鼻くそじゃ!!
2005年11月14日
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朝起きたら、子供の目が ねばねばとした目やにがいっぱいだったの。鼻が少し出ていたから、そのせいかな…と思いつつ、病院に行こうとしたら、姑が、「少しくらいのことで病院病院って騒いでないで、自分で少しは努力しようって気はないのかい?」と言われてしまった。別に、騒いでないよ!ムッとはしたものの、市販の目薬を買ってこようとしたら、またまた姑に、「こういうときは、ホウ酸で目を洗えばいいんだよ。 昔っから、そう決まっているんだ」と言われた。ほ・・・ホウ酸!?小学校の、理科の実験以来、馴染みのないものだよ・・・。ドラックストアに行くと、売ってた。 (←当たり前だけど…)家に帰って、書かれたとおりに水で薄めて、目を洗ってあげた。そしたら、次の日、ぴたっと治まったの。ありがたく・・・なかった! こんなにすぐに治ってしまうのは、怖すぎる!!!日中、隣の奥さんが、わざわざ家にやってきて、奥さん「昨日の夕方、お宅のおばあちゃんが、私に『目やにが出たくらいで病院なんか行かないで、子供の目をホウ酸で洗えばいいって優しく言ってあげた』 と言ってたから、気になってさ。 まだ、○○ちゃん、赤ちゃんなんだもの。 ホウ酸なんかで目を洗ったら、目が焼けちゃうよ!と言った。もちろん、震え上がった…。知識のない私は、誰を信用していいかわからないけど、次からは、“きちんと病院に行こう”と自分に言い聞かせました。
2005年11月08日
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M男の考えは、こうだった。ひとつのものを大事にさせたい。だから、子供に与えるおもちゃは、1個か2個あればいい。言っていることは、分からないでもない。でも おもちゃって、買い与えているわけでもないのに、なぜかどんどん増えてしまうものじゃないかな?かく言う我が家も、人から「もう使わないから…」 とか 「これ、サービスです」などと、あっちこっちからおもちゃを頂いて、増える一方だった。いつだったかは、親戚からボストンバックが届いて、開けてみるとおもちゃがぎっしり! だったこともあった。よく遊んだものなのか、壊れているものもあったけど、そんなの全然かまわない。みんなが気にかけていてくれることがありがたくて、とてもうれしかった。洋服はというと、我が家の並びにあるお宅の、ご主人のお姉さんが、ここの家の子にあげているお下がりを、いっぱい分けてくれていたの。なんたって、いつももらってくるお下がりは、ダンボール2箱なんだって。お下がりと言ったって、あまり袖を通していないものがほとんど。なかなかの、おしゃれさんだったみたい。そんなこんなで、おもちゃも洋服も、どんどん増えていった。買っているわけじゃなくて、頂いたものだっていうことは、毎回、姑にも言っていたはずなのに、このはなくそは、嫌みったらしく、「M男はな。子供に対してひとつのものを大事にする心を育てたい っていう考えなんだぜ。 今どき、偉いよなー!」と、私たち夫婦に言っていた。 実際、M男の家に行っても、おもちゃは絵本と片手で数えられる程度のおもちゃがあるだけ。すごく、徹底していたから、確かにすごいとは思った。ある日、みんなで一緒に出かけたことがあったの。新しい商品が売り出されていて、ありがちに風船を配っていたの。ガス風船じゃなくて、普通に膨らませただけのものなんだけどね。そこの前を通りかかったときに、お姉さんが商品の説明をしつつ、風船を子供たちにくれようとしたのだけど、M男は、「買わねぇから、いらねぇよ」と、このお姉さんに言ったの…。なんとも、嫌な空気が流れた。(←感じたのは、私だけかも…)A子も、「あんなもの、 いちいちもらっていたら、キリがないよ」と、怒りながら言っていた。姑もこれを見て、「いくらなんでもかわいそうだから、何か買ってやろうと思っても、あんな調子だから、『ウチにはいらない』って言われるんだ。 でも、これ位しなきゃ、ダメなんだな」と、褒めているのかどうなんだか…ということを言っていた。でもな~。物には、言い方ってものがあると思うのだけど…。私は、とってもこの人たちと出かけるのが嫌だったのだけど、彼らにとっては、私と一緒に出かけるのは、“お前は 常識がなくて、恥ずかしいから、嫌なんだよ”って言われたことがある。(←口論したとき)自分達の常識とは、かけ離れているからダメ人間なんだって。ショックだったけど、内心はほっとしていたりする。だって、こんな人たちと一緒じゃなくて、良かったって思っていたから。…ソリが合わないから、M男夫婦との溝は、深まる一方だった。
2005年11月06日
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A子は、「水道代が倍になった」と言いつつも、布オムツを常に使ってていた。まぁ、すごいなぁと思っていたけど、特に自分は気にはしていなかったんだよね。でも姑は、A子が布オムツを使っていることを、そりゃもう、たいそう褒めていたけど、はたして褒められることなのかな? と私は思う。そもそも、布オムツを使うか紙オムツを使うかなんて、その人その人の育児のスタイルであって、別に人から褒められるためにオムツ選びをしている人なんかいないでしょう。ちなみに、私は紙オムツ派。友達から、かごいっぱいに布オムツをもらっていたから、ためしに使ってみたのだけど、大変だったし、使いにくかったからすぐに紙オムツに戻しちゃったの。姑が紙オムツを替えてくれると、慣れていないせいか、必ずもれた…。そして、漏れ防止なのか、今度はぎゅうぎゅうに締め付けてテープを留めるから、お腹が赤くなってしまったりしたの。最初は、私が紙オムツを使っていることに、何か言ってくることはなかった姑。けど、だんだんと「A子ちゃんは、頑張って布オムツを使っていて偉い!」 だの、「布オムツのほうが、赤ちゃんとのふれあいが多いんだ」だの言い出した。なんだよー!自分がうまく出来ないからって、自分の考えを押し付けてくるなよー!!そんなある日、A子が子供をつれて、遊びに来た。普段は来たからって、一緒に過ごすことは少ないのだけど、この日は、自分が使わなくなったオムツライナーをA子に渡すために姑の部屋に行った。そしたら、ちょうどA子は子供のオムツ交換をしているところだったの。チョロッと赤ちゃんのオムツの中を見て、びっくり!オマタは真っっっ赤になっていて、ただれていた…。そこを、お尻ふきでごしごしこすって拭いて、「乾け、乾け~~♪」とぱしぱしと叩き始めた!ひょえー!?だ、大丈夫なの???夜、姑に、「なんか、○○ちゃんのお尻、真っ赤だったみたいだけど…」と聞いたら、姑は、「ああ。布オムツの子なんて、みんなそんなもんだよ」と言っていた。え? そんなものなの???と、当時の私は、震え上がった。子供のオマタがあんなになってしまうのなら、このまま、紙オムツ派でいようと思った…。
2005年11月03日
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M男の家の隣は、近隣のどなたかの畑になっている。天気が良かったこの日、M男は自分の6ヶ月の娘を、外に日光浴に出していた。やっとこ、お座りが出来るようになったばかりの頃の赤ちゃんを一人座らせて、M男は、タバコを吸っていた。そうしたら、バランスを崩して、隣の畑に転がってしまったそうだ。耕したばかりの畑はふかふかで、頭から落ちてしまったために、肩までズボっと逆さまに刺さってしまった。普通なら、大慌てで助けに行くでしょ?でも、さすがM男だ。大笑いで、自分の妻を呼びに行き、一緒に笑い、じたばたとしている娘を引き抜くと、今度は土だらけの子供を見て、さらに笑ってしまったそうだ。ひどすぎる…。写真を撮ろうとしたけど、さすがにやめたんだって。当たり前だ!!すぐに助けるのが、親だろう!!!後でこそ、笑い話になるかもしれないけど、この時も、『子供に対して、申し訳なかった』とか、『かわいそうなことをしてしまった』などという言葉はなかった。
2005年10月30日
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M男夫婦のあいだに産まれた子供は、女の子。じつは、我が家の長男くんと産まれた日がほとんど変わらない。我が家のほうが、ちょっとだけ先だったけどね。M男の奥さん、A子はタバコ吸い。最低、一日1箱は吸う。M男も姑も、ばっかばか吸う。同様に妊婦だった私の前でも、平気で吸っていた。他の妊婦さんの前でも、同様だった…。(←おかしいでしょ)A子は、子供がお腹にできていてからも吸っていて、結局、6ヶ月くらいまでは吸っていた。M男や姑が、やめるように言っていたかは知らない。けど姑も、M男がお腹にいたときやめようとはしないで、結局、産むまでずっと吸っていたっていうから、言わなかったんだろうな。妊娠・6ヶ月以降は、吸っていないようだったけどね。私は、子供が出来てからは、お酒は一滴も飲まなかった。 (←普通だよね)もともと、タバコも吸わないし、お酒もあまり飲まないんです。でも、A子は少しくらいなら平気だ! と言っては、ぐびぐびと飲んでいた。すごいよなぁ…。それでね。二人が産まれてすぐの夏のことだったんだけど、我が家の側の自治会館で盆踊り大会があったとき、赤ちゃんを連れてA子がやってきたの。私は友達と別行動だったんだけど、近所の奥さんたちに、奥さん1「ねぇねぇ。お宅のおばあちゃんと一緒に来ているの、弟さんのお嫁さんでしょ?」私「??? そうですよ?」奥さん2「ねぇ、あなたは母乳だったよね」私「はい、そうです、けど…」 (←変な雰囲気を察知)奥さん達は、二人で顔を見合わせて、言いにくそうに聞いてくる。奥さん1「あのお嫁さんも、そうなのかなぁ」私「??? そうですよ…?」奥さん2人は、顔を見合わせて、言いづらそうに切り出した。奥さん2「いやー、さっきね。おばあちゃんに生ビールを買ってあげていて、自分の分も買っていたから…その…、ねぇ」私「・・・・・・・」 (←言葉が出ない)ちらりと見ると、姑が赤ちゃんを抱きながらぐびぐびと、その横で、A子もごっくごっく飲んでいた。えぇー!? マジですか???勘弁してください、もう!!!★後日談★この後、自分の家に帰って赤ちゃんにおっぱいを飲ませたところ、顔が真っ赤になってしまったそうだ。(←その前に、飲酒運転だ)「すぐに飲ませればよかったんだけど、時間が経っちゃって、おっぱいに出ちゃったみたいだよ~♪」と、げらげらと夫婦で笑っていた。それを聞いて、姑も笑っていた。え???ここって、笑うところなの?
2005年10月28日
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姑は、夕方に私が夕飯を作るあいだ見ていてくれた。まぁ、この時に外に出て、私の悪口を近所のママに話していたのだけどね。あるとき、私が姑の部屋に行くと、姑はなにやら、大喜び…。ナンダロウ??? と思って中を覗くと、やっとこ首が据わったばかりの私の赤ちゃんを自分の座椅子に座らせて、「しゃんこできた しゃんこできた~!!!」と喜んでいる。ひぇぇぇええええーーー!!!やめてーーー!!!!急いで子供を抱き上げ、ため息。かんべんしてよ、もうっ!(怒・怒・怒!!)私「まだ腰も据わっていないのに、負担になるようなことはちょっと…」と言うと、この鼻くそは、鼻くそ「なんだよ、ちょっとくらい大丈夫だよ」と言う。また、別の日。やっとこ腰が据わって、お座りできるようになったくらいの6ヶ月の頃、また、うれしそうな声がトイレから聞こえる。??? ナンダロウ…。 ←嫌な予感…見ると、子供のオムツを取って、脇を支えてトイレに座らせている!何しているんだ、コイツ…。鼻くそ「おー、シーができたなぁ! すごいなぁ」とだみ声で褒めている。そして、私に向かって、鼻くそ「すごいぞ! ちゃんとトイレで出来たぞ~」と、まるで自分のおかげだといわんばかりに、興奮している。…馬鹿か? お前は!!! 出たのは、ただの偶然だ!鼻くそ「こういう風に、座らせるのも、練習になるんだからな」と、先輩風を吹かせるようなことを言うけど、ぜんぜん、参考になりませんからっ!!!って、月齢を考えろ!そういえば、ダンナもそうだけど、義理の弟・M男も 腰が弱い。季節の変わり目など腰痛があり、特にM男は、整形外科に通ったりもしている。・・・もしかして、昔っからこんなことをしているのか!?
2005年10月22日
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転がるように、ばたばたと暴れていた、姑。しばらくして、動かなくなりました。私は、肩を抱いて、そっと起こしてあげると、素直に立ち上がりました。赤いちゃんちゃんこは砂まみれで、ほとんど白髪の薄い頭には、砂利がついています。それをはたいてきれいにして、私が、「寒いから、帰ろうよ…」と声をかけると、黙って歩き始めました。土手を降り、田んぼに差し掛かると、坂から車が下りてきて、まっすぐに私たちの方へ走ってきます。…ダンナでした。助手席には、子供がいました。ダンナ「起きちゃったから、一緒に連れてきたよ」子供は、にっこりと笑顔でこちらを向いています。姑は、それを見て、ひぃーっと泣き始めました。ダンナ「おれが一緒におふくろと帰るから、…お前は車で子供と帰れよ」そう言うとダンナは、自分の母親をおぶって、家に向かって歩き始めました。私は、しばらくその姿を見つていました。帰り道、この二人のあいだで、何を話したのかは聞いていません。次の日から、またいつもの日常が戻ってきただけです。おわり。
2005年10月18日
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懐中電灯の明かりを頼りに、私は薄暗い、急な坂道を下りました。自然と、足早になります。下に降りると、田んぼになっていて、100メートルくらい先が、金八先生に出てくるような、大きな土手になっています。そのてっぺんに、小さな影が見えました。・・・・・いた。その影に近づくと、やはり姑でした。川の反対側には大きな工場があって、この時間でも明かりがこうこうとついていたので、こちら側も、暗いながらも、表情くらいは分かります。姑は、地べたに座り込んで、タバコを吸いながら、さびしげな歌を歌っていました。(演歌っぽかったけど、分からない)じゃりっと、足音がなり、姑が少しびくってなりました。それでも、こちらを向きません。私が、 「お義母さん…」 と呼ぶと、はっとしてこちらを向いたけど、すぐにまた正面に向き直りました。息子が来てくれる …と思っていたのかな。 意外だったのでしょうか。一瞬、びっくりした表情をしました。私「ね、寒いから帰ろうよ」姑「・・・・・・・・・」 (←歌っている)私「風邪引いちゃうよ」姑「…いいんだよ。ここで、凍え死ぬつもりなんだから」私「そんなこと言わないで。○○○も心配していたよ」私がダンナの名前を口にしたとたん、大声を出してきた。姑「いいって言っているひょ! …もう、かまわにゃいれくれにょ」そういうと、左に抱きかかえていた一升瓶から、日本酒をラッパ飲み しました。すでに、ろれつが回っていない様子。ずっと、飲んでいたのでしょうか…。3分の1くらいしか、残っていません。私「もう、やめて! 今回のことは、私が悪かったから…」姑「・・・・・・・・」私「謝りますから…。ごめんなさい!!」姑は、私を見て、さびしげに言います。姑「あんたが悪いんじゃないんらろう。 どうして、○○○は、来にゃいんだよう!」なんだか、「やだ」と言っていたのは、隠しておいたほうがよさそう。私「…私が行くからって、子供を見てもらっているの。 ね、話は、家でしようよ」姑「もう、いいんだよ。ほっとひてくれっ!!」そういって、またラッパ飲みをしようとするから、私は姑から日本酒を取り上げようとしました。姑は、離そうとしません。少しもみ合いになったけど、力は私のほうが上。取り上げて、ぱっと土手の下に投げ捨てた。一升瓶は、中身を撒き散らしながら、がらがらと転がっていきました。姑は、転がったまま、ばたばたと暴れだした。姑「いいんだよ、もう、いいんだよ! 息子に嫌われちまったんだから、 もう、いいんだよ!!!」私は言葉も出なくて、しばらくその姿を見ているしかありませんでした。
2005年10月18日
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乱暴に音を立てて、下へ降りていく姑。私はそれを待って、部屋を出ました。ダンナは、うつむき加減で、黙って廊下に立っていました。私は、なんだか声がかけづらくて、躊躇していたら、下から姑が、鼻くそ「やっぱり、この家に私は要らないんだな!? よく分かったよ。 おかあさんは、あの時、 お父さんと一緒に死んでいればよかったんだよな!!! ○○○っ。 さようならーーー!!!」と、大声でダンナの名前を叫ぶと、玄関から出て行ってしまいました。私「ねぇ。出て行っちゃったよ…?」ダンナ「・・・・・・・」私「死ぬとかって、どういうこと!?」私の問いかけに、うつろな目でこっちを見ました。私「もう、12時過ぎているよ」季節は、冬。年末だ。こんな時間に外に出たら、寒くてしょうがないはずだけど、自分で帰ってくるとは、思えない。私「…ねぇ。探しに行かなきゃ」ダンナは黙っています。そして、ダンナ「もう、勘弁してくれよ…。おれ、嫌だよ……」ダンナはそう言うと、顔を覆ってうつむいてしまいました。しばらく、二人とも黙っていました。私には、すごい長く感じたけど、実際には1分くらいしかなかったのかもしれない。私「あなたが行かないんなら、私が行くよ」ダンナ「…子供、どうするんだよ」私「一人で行って来るからいいよ。あなたは、ここにいて」そう言い残して、私は懐中電灯を持って、探しに行きました。外は、真っ暗。外套の明かりだけ。姑が明かりを持って出て行ったかわからない。しかも、出て行ってから10分くらいは経っていたので、どこを探せばいいのか分からないけど、なんとなく、坂を下り、川沿いの土手のほうへ足が行きました。いつもの鼻くその散歩コースであったし、さっきの言葉が頭の中で響いていました。まさか、本当にそんなことするはずないよね…
2005年10月18日
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私たち夫婦は、寝室は別々。子供がお腹にいるときに、ダンナが、「寝ているときに、 間違ってお腹を蹴飛ばしたりするのが怖いから」と言っていたのがきっかけ。産まれてからも、夜中の授乳のたびに起こしてしまうのも悪いし、私もダンナに対して余計な気遣いをしなくて済むから、その方が、うんと気が楽だった。* * * * * * *二階に上がってきたとはには、すでに11時を過ぎていた。だから、ダンナは明日も仕事だし、子供もすでに寝ていたから、すぐにでも寝たかった。嫌なことを忘れるためにも、早く寝たかった。でもね。私の寝室は、姑の部屋の真上。下の部屋からは、なにやらがたごとと音がしていて、気になって眠れない。もちろん、気持ちも高ぶっていて、眠れることなんてできなかったの。そうこうしていたら、下の部屋から、姑が自分の部屋のドアを開ける音がした。私は、 ドキッ としたけど、気にしないでいようと思っていたら…ドスドスと、姑が二階へ上がってきて、私の部屋に乗り込んできた。鼻くそ「なぁ。何でこんなことになっちゃったんだ?」私は、黙っていた。鼻くそ「なんで、自分の息子に文句言われなきゃいけないんだ!?」あれ? なんか、お酒臭い……。鼻くそ「黙っていないで、教えてくれよ!!」私は、言いました。私「お酒飲んでいますね…。 酔っ払いなんかと、話すことは何もありません。 話なら、明日の朝にしましょう」すると姑は、鼻くそ「飲まなきゃ言えない、 私の気持ち が分からないのか!?」と、怒鳴ってきた。相手にするつもりは、さらさらなかった私。私「子供が起きるから、大声出さないでください!」と言ったのだけど、鼻くその形相は、すごかった。とにかく、私は冷静を装っていたけど、こんな行動をする姑のことが、内心は怖かった。子供を抱きかかえ、無視することにした。鼻くそが、ずいっと部屋の奥に入ってくる気配がして、ぐっと身構えたとき、ダンナが自分の部屋から出てきた。ダンナ「なにやってんだよ! 大声出して。もう、遅いんだぞ!!」そう言って、部屋から連れ出してくれた。とりあえず、子供は起きなかったから、ほっとした。ドアを閉めていたから分からないけど、なにやら口論が続いていた。私はお布団をかぶり、耳をふさいだ。しばらくすると、鼻くそは乱暴に下に降りていった。
2005年10月17日
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私のこと、責めるなよって言っていたのに、それなのに…自分が責めてるじゃんっなんじゃ、そりゃ!?ダンナも、姑に同じコト言っていた。…めずらしく、かばってくれている。ダンナ「大体、伯父さんからもらった金を使っちゃったのは、お袋のほうだろうが! なんに使ったのか知らねえけどさ」と、姑に食って掛かった。姑は、負けじと、姑「いい加減なことをして盗まれてるのは、ぽけっとだろう。 あのときのお金はなぁ。 お前らの結婚式のときに来た、親戚をもてなすときに使ったお金にあてたんだよ! 」と言ってきた。またもや、はぁ!? だよ。だって、“これを使ってね”って、あなたに 3万円渡した じゃない。披露宴での食事って、食べた気がしないっていうのが嫌だったから、お腹がいっぱいになるように シェフとメニューの相談をしていていたの。おかげで、親戚一同には、ものすごく好評だった。シェフと相談したことは、姑にも言っていた。だから、さんざん飲み食いしたあとだし、披露宴後の、自宅での親戚のおもてなしは、気持ち程度のオードブルを注文するだけで済ませるって言っていたくせに。それに 『病気上がり』 (←何年もたっているけど)の姑の負担になるようなことはやめよう って、地方から来てくれた方ばかりだったけど、みんな狭い姑の家に泊まることはしないで、当日に帰る人もいれば、せっかくこっちに出てきたからと、都内観光に行った人もいたんだよ。結局、ちょこっと姑の家に寄っただけど、近場の人以外は、そうそうに帰ったんじゃない。新しいお布団を買ったわけでもないのに、どうしてそうなっちゃうの!?というか、なんだかもう、よく分からないよ…。ダンナ「確かに、金を不注意で落としてしまったポケットが悪い。 けどな。 家庭内のことをわざわざ言いふらして、近所中の、いい笑いものにされるようなまねするなよ」鼻くそ「言いふらしていないし、笑いものにもなってねぇぞ。 勝手に広がっただけだ。 ぽけっとのことだって、みんな気遣ってくれたし、 おかあさんのこと 『寛大だね』 って褒めてくれたぜ」姑はそういうと、タバコをもみ消した。ダンナ「なんだよ、それ…」鼻くそ「おかあさんは、悪くねぇよ。すべて、ポケットが悪い」と、ギロリと私を見た。ダンナ「もう、いいや…。ぽけっと、寝よう…」と、二人で二階へ上がっていった。姑は、なにか言っていたけど、聞こえなかった。
2005年10月17日
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ダンナは言います。ダンナ「近所中の人に、コイツが財布を落としたこと、言いふらしたのか!?」鼻くそ「近所中には、言ってねぇよ」ダンナ「でも、会う人会う人、みんなに言われたって聞いたぞ」鼻くそ「勝手に広まったんだろ? 関係ねえよ」自分がみんなに言ったとは、認めない姑。でも、偉ぶりおばさんに言った事実がある。ダンナ「ぽけっとは誰にも言っていないし、俺だって言ってないよ。 家庭内のこと、べらべらとしゃべって…。 近所の人に、言っていい事と悪いことの区別もつかないのかよ」姑は、少しの間、黙っていた。たばこに、火をつける…。ダンナ「M男にも言ったんだろ? 昨日の今日で、わざわざ電話して言ったのかよ!!」姑は、ぷかぷかとタバコをふかして、そっぽを向いていた。自分が悪いって、認めてくれるのかと思ったけど、違った。鼻くそ「だってよ、お前が働いて稼いだ金なのに、落としたのはポケットだろう。 お前のことが、なんだかかわいそうになったんだよ!」!? 何、言ってんの? この人……。私のこと、責めるなよって言っていたのに、それなのに……。そもそも、私が6万円下ろしてきたのは、ダンナに新しいスーツを買おうとしていたからだったの。仲人をしてくれた伯父さん・伯母さんに、年始のごあいさつをするのに着てほしかったからなんだ。と、言うのも、私たちが結婚式を済ませた後、この伯父さん・伯母さんが姑の家に訪ねたとき、「これから子供が産まれたら、入学式や参観日などで着る機会も増えるから、このお金でスーツでも買いなさいって、渡してくれるかな」と、姑に結婚祝いとは別に、お金を包んで来ていたらしい。ダンナは、スーツを着るような仕事ではなかったので、礼服だけは立派なものを持っていたけど、それ以外には、1着くらいしかスーツなんて持っていなかったの。父親のいないダンナにとって、お父さん代わりのようだった伯父さんは、持っていないことを知っていたので、気前よく、5万円をくれたらしいのです。どうして、 「らしい」 かって?それはね。姑は、それをダンナには渡さずに、自分で使ってしまったからです以前に、借金があったことは書いたけど、別に、贅沢するために使ったわけではないはずです。姑は、それはそれは、質素な生活をしていましたから。たぶん、日々の生活費に消えたんだと思います。伯父さんからお金を頂いていたのを知ったのは、頂いた日からだいぶ経ってからでした。ぽそっと、本当に話のついでに、「これこれで、伯父さんからお金をもらったけど、それは使わせてもらったから…」と、こんな感じでした。詳しい話を聞いたのは、さらにもっと後でした。だからって、別に責めることはしませんでした。だって、もうないものは、しょうがないでしょ?でも、子供も産まれたし、「頂いたお金で、 これを買うことができました」と見てほしかったから、よけいに下ろしてきたの。でも、そっくり落としてしまったときのショックは大きく、みんなに申し訳ない気持ちでいっぱいだった、私。けど、ダンナに責められないで、姑にも優しい言葉をかけてもらって、立ち直れそうだったのに…。ああ、それなのに!!!やっぱり、この鼻くそは、鼻くそでした!!
2005年10月15日
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日中、M男の奥さん・A子が突然、遊びに来た。私の顔を見るなり、「大変だったね~」と言った。 おいおい。もうすでに、そっちにまで話が行っているのかよっ!!夕方、子供と一緒に外に出て、近所の奥さん達と話していたところに、家の並びの、いつも偉ぶっているおばさんが出て来た。まぁ、普通に世間話をいしたり、子供を抱っこしてもらったりしていたのだけど、そこへ姑が、植木に水をあげに、家から出てきた。(A子はすでに帰った)偉ぶりおばさんが、ふと私のことを見て、「あらー、ぽけっとちゃん。なんだか、元気がないんじゃないか?」と聞いてきた。あっ。この人知らないんだ。わざわざ言うことでもないし…と、私は、テキトーにごまかしていたのだけど、すかさず姑が、鼻くそ「実はサー。この子、スーパーで財布を落としちゃったんだよ。 中には、6万円も入っていてさー」私「・・・・・!!! 」偉ぶりおばさん「うわっ。そりゃ、大事(おおごと)じゃないか!」鼻くそ「そ~うなんだよ。 でもさ。わたしは息子にも 言ってやった んだよ。 “本人が一番ショックなんだから、あんまり責めんなよ”って。 がはははーっ」偉ぶりおばさん「ほー。そうなんだ。いいこと言うじゃない。 でも、大金を落としちゃって、大変だねー」鼻くそ「まぁ。今さら言っても、しょうがないさ、なぁ~」と、私に同意を求めてくる。私は、黙っていた。やっぱり、お前だったんだな!!!自分の不注意から、落としちゃったのは事実だけど、金額まで言うことないじゃんっ (怒・怒・怒っ!!)いい近所の笑いものじゃないか!! その日の夜、仕事から帰ってきたダンナに、今日のことを言いました。ダンナは、激怒 し、そして、姑の部屋に入っていきました……。
2005年10月15日
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次の日、隣の奥さんにあったときに言われました。「ぽけっとさん。お財布なくしたんだって? この年末、誰かの懐が暖かくなって良かった! って思うようにしたら気が楽にならない?」はいっ!? 私は誰にも言っていない。こんな恥ずかしいこと、言えないよ。でもね。会う人 会う人みんなに、このことを言われたの。「気を落とさないでね…」「6万円なんて、もったいないことしちゃったね」「起こっちゃったことは、しょうがないよね」ご近所さんのみんなが、口々に言います。なんで…なんでみんな知っているの!?だんなが言うわけない。当然、犯人は姑であろう。私は、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
2005年10月15日
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私が年末に、お財布を落としたことから始まりました。銀行によってからスーパーに買物に行ったのですが、私は 財布を裸で持っていて、お金を支払った後、脇に挟んでいました。その後の記憶がないんです >_< っっ袋につめて 車に戻った後、お財布がない ことに気がついて、慌ててお店に戻ったけど、後の祭り。お店にも言ったのだけど、防犯カメラもないこのお店。当然、取り合ってはもらえませんでした。その後、トイレに行ったり、側に落ちていないかといろいろと探したけど、結局見つけられませんでした。そのまま警察に行き、被害届を出したけど、『 残念だけど、まず、見つからないと思ってください 』と言われました。自分の不注意から招いたこととはいえ、大ショック… 実は、ダンナに新しいスーツを買ってあげようとしていて、銀行から6万円下ろしてきたばかり だったからです。家に帰って、姑に言うと、『落としたものはしょうがないよ。これからは、ちゃんと袋に入れて持ち歩くようにすればいいんだからさ』とめずらしく慰めてくれました。ダンナにも、『本人が一番ショックなんだから、あんまり責めるなよ』と言ってくれたりしたので、なんとか立ち直ることができそうでした。ところが…やっぱりこの 鼻くそ はやってくれていました!!!続きます→
2005年10月14日
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思うことはいっぱいあるけど、 すべて無駄だ ということが、なんとなく分かってきた。私の味方なんて、誰一人としていないんだ。私「それで、今回も私が謝れば、丸く収まると思っているの?」ダンナ「…もちろん、お前ばかりが悪いわけじゃないよ。 だからM男も、お袋のことを説得してくれるって言ってるんだろう」 私「今回のことにしたって、自分なりにちゃんとやっているつもりだけど」ダンナ「分かっているけどさ。 それが相手に伝わっていないのなら、意味がないだろう。 大体、 お袋の言うことは絶対なんだよ。 お袋の歴史だからな。 素直にさ、言われたことは、とりあえずやってみろよ。 それでもやっぱり 『 ちょっと… 』 と思うなら、それでいいから。 とりあえず、“ やってはみたケド ”って言えるだろう。 やってはみたけど、ダメでしたって言うのと、 やりもしないで反発するのでは、違うんじゃねぇのか?」私「・・・・・・・・・歴史って、なんだよそれ!」言っていることは分かるけど、なんだか、話が摩り替わっていない?家出の原因や、姑の幼稚な行動に対して、何にもなしなの?やっぱり、年長者である姑は、立てられるべき存在なんだ。そして、私を悪者にしておけば、あなた達の間柄は安泰なんだ。私は、引っかかっていたことを聞いた。私「私は、近所の人が以前に言っていたように、M男さんが近いうちに家を建て替えて、お義母さんを引き取るつもりでいるのかどうかを聞いてほしかったよ」ダンナは相変わらず、タバコをばかばかとふかして吸っていた。ダンナ「そんなこと、聞く必要がないだろう。聞いたからって、何が変わるんだ?」私「そうだね。みんなが変えるつもりがないんだから、何も変わらないね」ダンナ「明日 帰ってきたら、……頼むからな」私「……分かった」正直、なんだか、いろんなことがめんどくさくなってきた。いったい私って、なんなんだろう……。次の日、姑は昼過ぎに帰ってきました。私「どうも、すみませんでした。帰ってきてくれて、よかったです」鼻くそ姑「ああ…。わかってくれりゃ、それでいいんだよ」M男に説得されたのか、嫌味はなかった。そして、今までと変わらない窮屈な生活が再開した。相変わらず、昼前に出かけてしまう姑。動かないとおなかがすかないから、昼食は作っといてくれれば後で食べると言っていた。当然だけど、姑には、姑なりの理由があったようです。ひとつだけ変わったことといえば、姑の部屋に、M男に買ってもらったという、小さな冷蔵庫が増えたことくらいです。
2005年10月06日
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M男が帰った後、もちろん私は、ダンナにさっきのことを追及しました。私「一人暮らしって、なに!? 前から考えていたって、どういうこと?」ダンナ「ああでも言わないと、M男は引き下がらないだろう。 それに、おれはM男には、強いこと言えないんだよ」私「どうして? 弟でしょ?」ダンナ「おれは転勤を理由に、オフクロをひとり M男に押し付ける形で家を出て、 お前と結婚する前に一人暮らしをしていたわけだから、 あいつにはなんだか悪くって…」もー、意味が分からない。そんなのが、理由になるの?自分の奥さんが、悪く言われているのに、なんとも思わないの!?その辺を追求しても、生返事ばかり…。確かにね。あからさまに、ダンナが私のことをかばってばかりいたら、母親至上主義のM男とは、確かに話は 平行線のままだったことでしょう。それでもやっぱり、M男の前ではっきりと、『 こいつは悪くないだろう 』 と言って欲しかったよ。それにしても、ダンナは自分の母親が、威張りちらしている窮屈な生活が嫌で、転勤を機に、一人暮らしはじめたって言っていたけど、弟に対して、 『 自分ばかり楽になって申し訳ない 』っていう様な、 負い目 みたいなものがあったんだ。でもさ。M男は、母親のコピー人間じゃない。同居を嫌がっているどころか、前はしょっちゅう、『 俺達が一緒に暮らしたっていいんだよ 』みたいな事を言っていたじゃない。そういうことを言ってた割に、実際には、私にばかり 『 謝れ謝れ 』 って言って、私が謝罪して、元の鞘に収めようとばかりしているじゃない。そうして、また姑は、自分では何にもしないで、私が謝ってくるのを待っているだけじゃないの! この時の私は、ここで“別居”ということになったときに、ダンナとM男の関係や、親戚との付き合い方や周りの目のことなどは、何にも考えていませんでした。 そういった『体裁』のことばかり気にしている、ダンナやM男の事を、おかしいとばかり思っていました。 姑がここを出て、“暮らしやすい場所”で暮らせばいいのに、わざわざ生活スタイルの違う我が家で、お互いが嫌な思いをしつつ暮らすという矛盾が、どうしても理解できなかったんですもの。
2005年10月05日
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ダンナは、言います。ダンナ「俺は、こいつ( 私のこと )に、一人暮らし をさせようかとも思ったんだ」はぁ!?いきなりこんなこと言われて、私も驚いたけど、M男も驚いたことでしょう。いきなり、なに言うんだ、コイツ…。ダンナ「こいつは、まだまだ子供で、 色々と知るためにもそうした方がいいかなぁと、 ずっと思っていたんだけど、 子供も産まれたばかりだし、そうもいかないだろ」そうもいかないだろって…。これって、かばっているつもりなのか!?M男「それで、なんなんだよ。俺達に、子供の面倒を見ろって言うつもりなのか?」ダンナ「いや、そうじゃないけど…」M男「・・・・・・・・・」黙ってしまった、M男。私も、まじまじとダンナの顔を見てしまった。まったく、わけが分からない。みんな、黙ってしまった。M男「とにかく、お袋には俺から言って聞かせるよ。 あんまり、お袋に窮屈な生活をさせないでくれよな。 今夜は泊まらせて、明日連れてくるから」と言って、帰っていった。なんだか、すっきりとしない話し合いだったよ。結局、私はM男に、引き取る予定があるのかないのか、聞くことができなかった。でも、なんだかさっきの口ぶりからすると、そんな気はさらさらないように思える。M男たちに子供が生まれてからは、ウチへの干渉が、ずいぶんと減ったような気はしていたし…。それにしても、ダンナときたら、何を言う出すんだ。私を一人暮らし!? どこからそんな発想がうまれて来るんだ。
2005年10月05日
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そもそも、家出するほどの原因 って言うのは、なんなんだろう。『 もう、この女とは暮らせない 』 と書いてあった紙。私だって、本当はもう嫌だよ。自分がしていたことをしていない私との生活は、それは腹が立つことでしょう。でもね。ダンナが一人暮らしをしていた数年間と、結婚して、私たちが姑と暮らす前の1年間。姑たちの生活スタイルとは、まったく違う生活をしていたのだから、違って当たり前なのに、こういうときになると、『お前のしていることは、みんなおかしい』って言っては、それを全部否定して、自分のスタイルを押し付けようとしてくる姑には、ほとほと嫌気がさしていた。いいことは、もちろん取り入れようとしたけど、参考になるような いいことなんて、あんまりなかったからなぁ・・・。ところがね。M男の奥さん、A子は、忠実に姑のやっていたことを真似ていました。物の置き方から、使うものまで、姑と弟が暮らしていた家のことをできる限り再現して、10のうち8.5くらいは、同じようにしていました。理由は簡単。M男がそれを望んだから。今までM男が、20数年間していた生活は、姑のスタイルそのもの。だから、M男の家は、姑にとってはこんな居心地のいい所は、なかったことでしょう。新築だけど M男の家は、最低限のもの意外、新しく買ったものはほとんどないので、以前の貸家と同じものが並んでいました。『 M男の望むこと=姑のしていたこと 』 以前の暮らしが、そこにはありました。私は、ずっと引っかかっていたことをM男に聞いてみたかった。コピー人間M男で書いたときのことを…。あれが本当なら、別居して、M男たちの家に姑が引っ越す、最大のチャンスなんじゃないのかな?それまで、タバコをぷかぷかとふかして黙っていたダンナが、口を出してきました。
2005年10月04日
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M男はしばらく考えて、そして言いました。M男「それでも、『 自分はお母さんがいるから 』 って、お昼になったらちゃんと家に入って、しっかり食事を作るのが、主婦の務めだろうが。 それをしなかったから、お袋はへんな時間に出かけるようになったんだろう」そこを突かれると、反論したいことはあっても、何も言えなくなっちゃう。私は、黙っていることしかできません。M男はなんとしてでも、 私を悪者にしようとしている ようしか、思えません。M男「それに、食事がいつも お通夜みたいで楽しくない って言ってたよ」また、それを言うんだ ( 怒! )私「それは、話題が 『 あそこの家のバスタオルが何枚干してあった 』 とか、『どこどこの家の雨戸が○時に開いた』とかだから。返事に困っちゃうだけ。 あとはいつもM男さんの話か、親戚の悪口しか言わないから…」M男「は? なんだよ、それ」私「だから、いつもお義母さんは、この人(ダンナね)が帰ってくると、『 M男が帰ってきたら、すぐにお茶を入れてあげるんだよ 』 とか、夕飯がシチューのときは、必ず『 M男はクリームシチューに牛乳を入れるのが嫌いなんだからね 』って言うから。私からすれば、『 わー、そうなんだ 』 ってそれなりに返事をしていたけど、それが毎回のように言われ続けていたら、返事に困っちゃうよ」M男は黙っていた。姑が、同じことをよく言うのは、思い当たる節があるはず。M男「…分かったよ。俺のことについては、自分から話すから。 とりあえず、家に帰って説得するよ。 今回のことは、 すべてお前が悪い んだから、 お前のほうからきちんと謝る って約束しろよ」私「・・・・!?」えぇっ!? ちょっと、待ってよ。お昼が延び延びになってしまったことは、確かに悪いとは思うけど、対応はしていたつもりだし…。それに、これだけみんなに迷惑をかけたのだから、謝るべき人は、姑ではないの?M男にかばってもらい、自分では何一つしようとしない姑は、私が謝るのを見て、ふふんっと鼻を鳴らすべき人なの?「姑」という立場は、そんなに偉いの!?
2005年10月03日
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程なくして、姑はすぐに見つかりました。理由は簡単。M男に、自分から居場所を知らせてきたんです。どこか、住み込みで働かせてもらえるような温泉旅館を探そうと思っていたけど、やっぱりやめて、そこらへんをうろうろとしていただけだったんです。M男がそこへ迎えにいって、姑をM男の家において、ウチにはダンナとM男がやってきました。姑の部屋である和室で、話し合うことになりました。M男は言います。「話は聞いたけど、まー。お前が悪いよな」私は、黙っていました。M男「こんな立派な部屋を作ってもらっていても、お袋は、もう、ここにはいたくないって言っているんだ」私「・・・・・・・・・」M男「黙っていても、何の解決にもならないだろうが」私「…私は私なりに、きちんとやっていたつもりですけど」M男「でもなぁ。お袋は不満だらけだそうだよ」私「そんなこと言われても、いつも「いいよいいよ」と言っていましたけどね」M男「お袋は、ご飯をいつも食べさせてもらえないって言っているぞ。 いいよなんて言われた? 口ではそういっていたって、気持ちを汲んでやるべきじゃないのか? なに、甘えたこと言っているんだよ」甘えているのかな? 子供にかまけて、言い訳しているだけなのかな…。私「食事だって、きちんと作っていたし、お昼が遅れそうなとき用に、パンだって渡していましたよ」M男は、おもむろに置かれたパンを手にとって、M男「なんだよ、これ。期限が切れているじゃないか! こんなものを渡しているのか!? それでよく、ちゃんとやっているって言えたもんだよな」と私を責める。本当は、怒鳴りつけてやりたかったけど、感情を抑えつつ、私も言った。私「常識から考えて、そんなことするわけないでしょ。 それに、それ。私が買ってきたものではないし、食べ残したものの期限が切れたら、捨てればいいじゃない。 それをもったいないって取っておくのまで私のせいにされても困ります。 そもそも食事は毎食必ず作っていたし、お義母さんがいなかったら、ラップをかけておいておいたし、いつもそれを食べていましたよ。 それでも私は非難されるの?」M男は、なんだよ、話が違うじゃないかよ…とぼそっとつぶやきました。
2005年10月01日
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この日は土曜日でした。朝、ダンナは姑に声かけもせず、いつものように出勤し、私も、姑のことを気にはしていましたけど、いつも通りにしていました。すると朝、9時過ぎ、義弟M男から電話がかかってきました。M男は言います。「さっきお袋から電話がかかってきて、家を出るけど探さないで欲しい って言ってきたんだよ。 お前、何かしたのかよ!!」私は、慌てて姑の部屋に行くと、コタツの上に、紙がおいてありました。紙には、『もう、この女とは一緒に暮らせない』と書いてありました。心臓が、どっくんと大きく打ったのが分かりました。すぐにダンナのところへ電話を入れ、姑がいなくなったことを説明しました。ダンナは、会社には母親の具合が急に悪くなったことにして、早退して、M男の家に直接向かって、ことの説明をし、姑が行きそうな場所にダンナは車を走らせ、私は家で待っていました。私は、自分の行動を考えていました。確かに、お昼が遅くなったことはありました。でも謝罪し、きちんと作っていましたし、遅れたとき用にもパンを渡していました。「先に自分で食べていてくれてもいいですから」と言っていました。そして、お昼直前に散歩に行くようになってしまった姑の為に、帰ってきてすぐ食べれるように、きちんと食事の用意をしていたんです。それなのに姑は、裏では近所の人に、 「ごはんを食べさせてもらえないんだよー」 と言っていた。“自分は、こんなにもかわいそうなんだーー!!” ということを、近所中にアピールしていた姑。このことが、頭の中で、ぐるぐると回っていました。やっぱり、私が悪いの?私が、『はいはい』って何でも言うことを聞いて、理不尽なことばかり言うこの鼻くそを立てていれば、それで事が収まるの???
2005年09月30日
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姑の反撃とは、11時半頃から散歩に出るようになったんです。もちろん今までだって、散歩には毎日出て行ってたんですけど、お昼には帰ってくるか、お昼ご飯を食べてから出かけていたの。それを、わざわざお昼には帰ってこれないような時間に変えてしまったんです。当時の私は、姑のこの行動は、嫌味ったらしくて、卑屈以外のなにものでもありませんでした。待っているのが嫌だったら、先に済ませればいいじゃないか!動けるくせに、私が何にもやらせてくれないと言っては、引きこもっている姑には、もー、うんざりしていました。自分で努力せずに、人のせいにして、私のことを蔑んでいるばっかりの姑には、辟易していたんです。最初は、帰ってくるまで待っていました。2時近いことがしょっちゅうでした。時には、おいしいラーメンを食べてきた! と帰ってくるときもあったから、自然と、一緒に食べる為に姑を待つのをやめてしまいました。姑は、私に仕返しをしているつもりだったようです。それでも、姑の昼食を作ることはやめずに、いないときにはラップをかけて、用意はしていました。無駄に捨ててしまうこともありましたが、ほとんど帰ってきてから食べてくれていました。だから、「食べさせてもらえない」なんて言われる筋合いは、私にはまったくない様に思っていました。こんな日が、しばらく続いていたある日、姑と私は、つまらないことでもめました。確か、「お味噌汁の具が多い」って言われたんだった。私は、具沢山のお味噌汁が好きで、2,3種類の具を入れて作っていたら、姑に、「味噌汁なんてものは、具は一種類って決まってんだよ。これじゃ、何を食ってんだかわかんねぇなー」と言われたんです。その後、水炊きをしたときには、具材の中に豆腐を入れていたら、勝手に勘違いして、「湯豆腐なのに、何でこんなに色々と野菜が入っているんだ? これじゃ、湯豆腐だかなんだか、わからねぇよ」と言われたんです。私はそのつど、「野菜がいっぱい食べたくって…」「水炊きのつもりだったんですけど…」と言っていました。姑は、自分を立て、「はい。あなたの言うとおりですね。すみませんでした」と言って欲しかったのでしょうか。私がこういうと、ムッとした顔をして、自分の部屋に行ってしまいました。ダンナも、「ほっとけよ」というので、ほっとくことにしました。私は、こんなつまらないことで責められるのもおかしいし、謝るようなことでもないと思っていました。姑は、きっと、私が何をしようが気に入らないのだから…。次の日、案の定、トイレに行くぐらいで、部屋から出てきません。私は、ほっときました。めんどくさかったです。そして、次の日も部屋から出てきません…。
2005年09月30日
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