2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
全8件 (8件中 1-8件目)
1
16日の誕生日にチョコッと帰ってきたときは、あれをこれをとバタバタしててちゃんと「おめでとう」と言えなかった気がして 夜になってメールで彼女の赤ちゃんの頃の写真でも送ってやろうとアルバムを開いた。可愛らしい写真(親馬鹿丸出し)でちょっと涙が出たことをメッセージに添えたら「ママに会いたくなった(涙」と返事が来た。シメシメ怒ってもダメなら泣き落としの手もあったか…とは思わなかったけど(後になって考えた)日を改めてデートすることにしました。ちょっとご飯を食べるだけの3時間。会えば機関銃のようにしゃべる娘 ^_^;なんとコンビニのバイトしようと面接受けると言っていた。ある意味見栄っ張りで「コンビニやスーパーは嫌だ」と言っていたのに??今のバイトは週3日の夕方からで収入が足りないし、学校のことも決められそうだから「○○ちゃんがバイト行ってる間に近所でできるから」ってパートの主婦かい?(笑)まあ、進歩したと受け止めましょう。「ママは着物で来てくれると思った。やっぱり着物の方が似合うよ」洋服が似合わないってこと?(-_-;確かに洋服には、ほとんど執着が無いから 工夫も無いし努力もなかったかな…今は、遠慮なく着物に没頭できて幸せ。「着物で暮らす!」と宣言してよかった。途中、銀行に寄ろうと車から降りて10mくらい歩いたところで少し年上のご婦人がニコニコと寄って来られて「いいわね~着物。日本人はやっぱり着物よね~~」と言われた。思わず、ちゃんと立ち止まって指先そろえて「ありがとうございます」って立礼してしまった(笑)なんでだろ?でもちょっといい気分の1日。
2004/11/19
![]()
着物着ちゃいました!遠足の日みたいに枕元に着物の一揃いを用意して朝起きたら そのまま着物に着替えました。毎朝、中学まで息子を送ってやるので 諦めていたのだけど寒くなったし「やってみよっかな」と思い立ち…昨日から2回目です。やってみたら 案外あちらで流行っているあの言葉!「雑作ないこと」でした。まあ、上っ張り着るので 帯を省いて伊達締めだけなので(笑)朝ごはんの終わった息子が二階に上がって学生服に着替えている間にチョコチョコっと。降りてきた息子も今更驚くこともなく次に降りてきた夫も別に気にする様子もなく「なぁ~んだ、何てことないじゃん!」て感じ。で、朝起きぬけから 夜お風呂に入るまで着てました。以前読んだ「きくちいま」さんの言っていた「着倒しの着物」を用意しよう! ちなみに着物と関係のない本日の事件 ↓ 彩日記(いろどりにっき)
2004/11/18
何だか身体に力が入らなくて…某キャンディさん(←ちっとも某じゃない?)から承ったお袖のセットもお待たせ中。でも出来ましたからね、明日マジックテープつけたらお送りします。お待たせしてごめんなさい。今月に入って夫の会社PCの設定を頼まれてお仕事アパートに通いました。なのにうまくいかない。接続がものすごく不安定。NTTに電話してプロバイダーに電話して…まったく繋がらないのなら それはそれでわかるんだけど。これ一応無償のお手伝いです。夫は、私に「仕事したこともないのに」って言うけど PCは、ほとんどダメ。私は、(未だにタグが使えないけど)説明書読みながらやってきたのよ。修理から返った電話の子機の設定も「やっといて」のひと言。自分に必要なこと、興味のあることにだけひたすら熱中するB型。ま、出張なのでPCのことは来週でよくなったのでいいか(笑)紬姐さん、ジョニーさんやキャンディさん、みなさんの宴のお話を生唾ゴックンしながら読ませていただきました。いいなぁ~いいなぁ~紅襦袢チラリにクラクラしながら「私も絶対参加した~~い!」と涙を流しつつやっと針を持つ情熱を取り戻しました。でも気が付けば もうすぐ年末じゃない!あれもこれもしなきゃ、やらなきゃと焦ります。とりあえずフリマに在庫の半衿出しました。前掛けも出したのでよかったら見ていってください。ポリの無双袖も出したいのだけど 画像がイマイチ綺麗じゃなくて。今日は、娘の16歳の誕生日。午後迎えに行って、少し話をしました。学校をどうするか?これから生活をどうしたいか?とりあえず学校と連絡をとらせて 課題の提出と補講で進級できる可能性があるということなので本人の口から「学校行ってみる」という言葉が。教室に入れない原因の相手と先生を介して話し合ってみることも提案されて彼女の中に少し希望が見えてきたみたい。かなり気を揉んだ1ヶ月だったけど 時間をおいたから見えたこともあるのかな。
2004/11/16
ここ数日、ちゃんと普段着きものしてます。紬姐さんみたいに「着物の方が楽」とは、まだまだとても言えないけど少し慣れたような 楽になったような(笑)やっぱり着付けを最初に習ったときの習慣が抜けなくてタオルで補正したりパットを使ったりいろいろ試すうちに昨日と今日は全部無しにしてみた。ついでにコーリンベルトもやめてみた。ちょっとのグズグズは直しながら着ていると…慣れるもんだわ ヾ(^v^) ただお尻が大きいのが気になって 半幅帯だけじゃ外に出られない。写真を載せることを意識すると取り合わせも気になるし お化粧もちゃんとした(笑)スーパーで近所の人に出会ってもうふふな感じ。 彩日記(いろどりにっき)追記 「小学校の時の担任の先生が病気で亡くなったから」と娘が帰ってきた。 明日は制服でお見送りに行くらしい。
2004/11/06
娘が帰ってきました。といっても一時帰宅。ちょっと里心がついたのかしら?ほんの少しお小遣いを与えて 冬物の服をちょっぴり買い与え冷蔵庫の食品をしこたま持って行きました(笑)あれほど父親に言われても出来なかった「お小遣い帳」もお金が無いから「家計簿」付けてるんだって。10日ほど携帯を止めたのもよかったのかな。「○○ちゃんが6時半に仕事行くから5時半に起きてお弁当作ってる」あれほど起こしても起きなかった子が?お弁当?料理できたの?正直、このまま行かせたくはないのだけど…修行に出すつもりでもう少し預かってもらった方がいいのかも。無理に連れ戻してもダメかな。「○○ちゃんがバイトから帰るから もう帰るね」「私のことでママがパパにきついこと言われてるんじゃないか気になってたよ、ごめんね」大きな袋←食品を下げて行く後ろ姿がちょっと大人になったみたい。一緒に送って行った息子に「おねえちゃん変わったね」と言ったら「うん、ちょっといいヤツになった感じ」(笑)そうそう弟は八つ当たりの対象だったもんね。ちょっと気になったのは、こんな話。「このまえ、幽霊見ちゃったの。病院の前に子供が立ってた」私の母は、見えないけど気配を感じる人だった。夫は子供の頃見えたらしい。娘の名前を決める時、姓名判断に見せにいった私の母が「女の子だから早めにお嫁に行けるように」頼んだらしい(-_-; ちょっと早め過ぎない?まだ孫の子守はしたくないし(笑)その母がポツリと「この子は、見えるタイプかもしれないね」と言ってたことがあった。マジ?
2004/11/05
子供の頃、大奥は見られなかった。結婚した頃 なんと再放送があって毎日見た。その後リメイクがあって もちろん熱中、ビデオにも撮った。記憶が正しければ あの時の春日局は栗原小巻?最後の滝山もそうだった?時代劇、水戸黄門系はあまり好きじゃないのだけど公家、大奥は衣裳も豪華で綺麗。お正月には決まって大作ドラマ「天障院篤姫」「和宮様御留」などなど演出やキャストで人物像も違ってきますね。ビデオに撮って観てると面白いことがあるの。衣裳の打ち掛け、掻い取り(かいどりとも言う)が使いまわされてる(笑)昔、佐久間良子の「篤姫」が着ていた打掛を数年後に大原麗子が「お玉の方」で着ていたり今日の春日局の松葉(かな?)の打ち掛けも見たことがあった ^_^;変な楽しみ方かな(笑)実は、今日出張だった夫が9時半頃電話してきて「バスが無いから迎えに来てくれる?」ま、なんとか間にあうから行きましたよ。二階の息子に声かけて出たんだけど ちょっと遅れたの。バタバタっと駆け込んだら 息子がビデオ撮っててくれた。毎週見てるのを知ってて 気を利かせてくれたらしい。たかがビデオなんだけど ちょっとあったかい気持ちになれた出来事。
2004/11/04

イーグルス大好きなんです。彼らが現役?だった頃は、そうでもなかったし「ホテルカリフォルニア」も大して好きじゃなかった。 友達の家で復活ライブを観てオメメがハートになりました。だってね、ベースのティモシー・シュミットが素敵だったんだもん。そのビデオをダビングして毎日毎日観ましたよ。ティモちゃんのヴォーカルの曲は、2曲あってこの曲が流れたらテレビの前に正座して(笑)当時息子は、幼稚園児。母に毎日聞かされるもんだから覚えちゃってある日トイレでオ○ッコしながら「ア~イ キャン テル ヨォ ワァ~ィ♪」と歌ってた (>__
2004/11/02
昨日は、叔母からもらったウールを着たんだけど他にもあったよな~って積み重ねた衣裳缶をゴソゴソ。この衣裳缶、昔からある金属性の花柄のです(笑)嫁入りの時に持ってきた着物用。いかにも樟脳の匂いが似合いそうな缶。他に家紋の入った塗りの行李?も持ってきたのだけど 着物用ってマンションなどの押入れには不向き。着物は、そのままきれいに納まるのに入れ物が押入れに納まらない(笑)だからいつも箪笥の上なんかでホコリを被っている。なんと今は、ベッドルームの床に置いてある←邪魔なのよね。ま、そんな衣裳缶をゴソゴソしてたらブルーのウールが出てきた。あんまり好きじゃない亀甲柄で 若い頃「地味」が好きだった私には、中途半端に地味。好きじゃないのに何故か縁のある亀甲柄。振袖の帯揚げも亀甲、おばあちゃんが買ってくれた伊予絣も亀甲。勿体無いことにまだ縫っていない。20年も寝かせてある。昨日のウールは、矢絣がちょっと入ってて好きなタイプだった。ところが叔母の若い頃のもので身幅が狭い。これも長いこと放り出していたのを「普段着、普段着!」ってやっと直して着ることができた。ところが…身丈も短いわ~ (;_q))だから亀甲柄の方もあまり着るつもりじゃなかった。出てきたから一応羽織ってみたら あら長いじゃない!身幅もすぐに着れそうだし(笑)瓢箪からコマじゃなくて衣裳缶から亀甲。これって叔母(健在)のじゃなくて亡くなった母方の伯母のだったのかも。そう思ったら何だか亀甲の着物が愛しくなってきた。晩年、と言っても40代で着物にハマった伯母の着物だったのか?形見分けで叔母のところに行ったのが回ってきてたのかな?伯母は仕付けの付いたままの着物を沢山残して逝ってしまったけどこれは、付いていないから着ていたの?だから着てみました。中途半端な「地味」が似合う年になったのかなぁ ^_^; 彩日記(いろどりにっき)
2004/11/01
全8件 (8件中 1-8件目)
1