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彼らの仲間が料亭の中で乾杯の雄たけびを揚げている頃、その外では密かにその話し声を聞いている人物が居た。立派な生垣の外の車の中で人知れず盗聴マイクを通して聴く人物だった。それは金の鮎別名・・いや本当の名前であるサイクロン鮎・・の開発メンバーの一人・・・米田だった。彼は自分が最初に開発した鮎は可でもなく不可でもなかった代物だと認識していた。しかし、それでも充分、世の中のニーズに答えられる物だと思っていた。ところが、上層部の指令はさらに過激な性質の鮎を作り出すことだった。そして、今ではその秘密をかぎ付けた人間を偵察する仕事までさせられる羽目になっていた。 新盗聴のすべて 応援してね!
2007年12月28日
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「ところでどんな段取りで金の鮎を捕まえようか。」広サンは好きなオンザロックをあおり、一言みんなに意見を求めた。「私が情報収集してきます。それをもとに金の鮎の実体を分析しますよ。」「まずとりあえず、養殖関係のデータベースにアクセスしてみますよ」技術系だけあり、澱みなく、理論を積み重ねていくタイプの田山ちゃんが云った。「敵を知って、それ分析し、こちらの力を最大限にする方法も色々考えますよ。」田山ちゃんはさらに続けた。「私は店の経営が忙しいから相当無理があるけど、車関係の調達はお手伝いしますよ。それに節々ではウチの店で打ち合わせをしましょう。ここなら見えない敵・・チョット大げさかな、こちらの動きを悟られないようにね。」金影ちゃんはこう云って隣の保志ちゃんに意見を求めるような仕草をした。「俺はさ、取りあえず、今年取り組んだ技を磨きます。まだ、その釣法の名前がないけど、ほとんど釣法自体は出来上がってるんだ。ポイントはリズムだけどね。」保志ちゃんが自慢げに云った。その一言で、彼には相当、自信が付いてきたのが同席した他の4人に伝わった。誰も、皆、納得気だった。「保志ちゃんの釣法は俺が来年会った時までにナイスなネーミングをしておくよ。楽しみにしてな。バッチリだぜ!」広サンは内心もう、思いついている感じだが出し惜しみを楽しんでいるようだ。「俺は人脈を当るよ。教育関係で知り合いが居るから、そちらからの情報を集めるよ。大学の先生あたりも参考になるかもしんないしね。良い鉱脈になるかもしんないよ」川久保ちゃんは風邪気味で喉がやられたのに、カラオケの歌い過ぎのかすれ声で云った。「俺の釣法にもネーミングして欲しいな。どうすっか。」川久保さんは云った。「良いね、それも考えておくよ。そうすると他の二人のも考えないと片手落ちだな。大変な宿題だね。」言葉と裏腹に広サンはにこやかに笑いながら快諾した。皆、彼の川柳の腕から想像して、内心期待しているようだ。続けて、広川さんはホッとした様に「じゃあ、今年も押し詰まってきたので、新年会までに、何とか、みんな、作業を開始してくれると助かるよ。そして、解禁までには、本格的に行動できる体制にしよう。」と云った。彼はこの中で最後に私を見送ったので、少し気に病んでいたのだ。「明日からでも、われわれは作業に入りますよ。ね~皆さん。」金影チャンはみんなを代表するように決意を込めた目を見開いて腹の底から声を出した。「そうか、皆頼もしいな、みんなの力を結集しよう。俺も漁協の仲間も巻き込んで、俺の支部で出来る事は何でもするよ。ジャ~、この辺で結束の乾杯しよう。」「乾杯~~~~」 全員いっせいにグラスを持上げ乾杯の雄たけびを上げた。 私は傍らで聞いていて、皆が協力してくれるのに感謝するのみであった。地球に乾杯 応援してね!
2007年12月28日
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今日は市役所に野暮用と買出し付き合いです。昨日の夜、帰りに車の中でラヂオから流れてきた音楽をしょうかいします。竹内マリアの「人生の扉」こちらでお聞き下さい。何歳になっても良い歌、これに英語が後ろに付きます。胸にジーンときました。日本語の歌詞をご紹介します。春がまた来るたび ひとつ年を重ね目に映る景色も 少しずつ変わるよ陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く気がつけば五十路を 越えた私がいる信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったらどんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ満開の桜や 色づく山の紅葉をこの先いったい何度 見ることになるだろうひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ君のデニムの青が あせてゆくほど 味わいがますように長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ 応援してね!
2007年12月28日
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「金の鮎捕獲作戦」・・・・作者やや煮つまり気味です。取材旅行に行きたいですが、鮎も今の時期季節外れで年末でそれどこじゃないので、一晩寝て、ゆっくりします。明日またお会いしましょう。
2007年12月26日
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広川さんの話には説得力があった。私は 「そうだったんですか!」 と相槌を打った。しかし、誰も私の存在には気が付いて居ないのか、完全に無視しているのであろうか、誰としてその言葉には反応しなかった。金影チャンは豪華な料理をたんまりとお盆に載せてもって来てくれた。鮎の煮びたし、うるか、背ごし、刺身類がきれいに大皿に盛られていた。彼は愛想良く 「酒はドンドン頼んでください。今日のところは私のおごりです。カトちゃんの分ももちろん用意しましたよ」 と言いながら料理をテーブルに手早く並べた。 「僕も他のお客さんがもうすぐ帰るので、仲間に入れてもらいますよ。」 と彼は嬉しそうに続けた。 「それはあり難い、今日は遠慮なく、金影チャンにおごってもらうよ。」 と全員が声をそろえた。思わず、皆、お互いの顔を見あわせ、大声で笑いあった。彼らは酒を酌み交わし、美味しい料理を味わっていると、程なくして、金影チャンも酒の席の仲間に加わってきた。彼は下戸ではあるが、こう云う釣り仲間の酒の席は大好きだ。昔の長良川の近くの男たちは酒の席で女の話ではなく、釣りの話で盛り上がったという。彼らの仲間はそんな楽しい集まりかもしれない。しかし、今日はそれ以外に話題がひとつあった。それは金の鮎捕獲に関してだった。 応援してね! 鮎のうるか
2007年12月24日
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広サンは皆が、私のあの事故で落ち込んでいるのを察知していた。重苦しい空気を払うように彼は話し始めた。「あの鮎は 「サイクロン鮎開発計画」 というプロジェクトで生み出された物だ。今までの養殖鮎はおとりから逃げるほど、弱かった。それでは皆、群れてしまい、釣りにくく、釣り人口が減ってしまう。そこで、ある組織が、開発計画に着手したんだ。この鮎の元々の生まれは小菅川の金鮎だ。それを改良しようとしたのさ。「サイクロン」と言うだけあって、すざまじい強さと遊泳力を持つ鮎の完成を目指した。だが、遺伝子組み換えの際、赤目になり、コントロールが効かないほどの力を一部の鮎が持ったのさ。遺伝子の中にはまぐろやイルカなどの性質も取り込んでいる。当然、いるかが発する超音波は鼻と頭の間にある器官から発せられる。奴の体の中にはいるかと同じように メロン体 と言う反響した超音波を収束しエコーロケーションのための器官がある。カトちゃんがうわ言のように叫んでいた 「超音波」 はその事なんだ。」(注):この項は昨日サイクロン小型掃除機を買ってきたら、今までの旧型が急に動かなくなり、2日続けて掃除機を買いに行ったことから思いつきました。自然に 「サイクロン鮎開発計画」 が頭に浮かんできました。とても変でしょ(笑) 応援してね!
2007年12月24日
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その事故から3日後、料亭「金波」に広サン、川久保ちゃん。田山ちゃん、保志ちゃんが集合した。この店は釣り仲間の金影ちゃんの店だ。とても、風流な店で、夏は「鮎づくしコース」、秋は「キノコづくしコース」冬は「桜なべ」春は「山菜づくしコース」などが出る。この当たりでは人気のある店だ。私たちは仲間内なので、いつもここを集合場所にして、釣行の打ち合わせと称して、飲み明かしていた。我々は釣りの話をすると時間の過ぎるのをいつも忘れてしまっていた。少し難点なのは終点から二つ目の「小次郎増子」と言う最寄の駅から少し離れていることだ。しかし、金影ちゃんの持っている高級外車で送迎してくれるので、飲みすぎても心配なかった。
2007年12月24日
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根掛りした様にびくともしない奴からは絶えず超音波が発せられていた。しかし、それも一時の事であった。急に私は目印を見失った。奴は上流に激流をものともせず、一気に上っていったのだ。そして、自分の遊泳力を誇示するが如く反時計回りにおとりを引きづりながら、泳ぎだしたのだ。私が気付いた時は、いつの間にか、奴は私の目の前に近づき、背中側に回り、すぐさま下流へと突進した。最下流まで到達すると奴は、竿を満月に絞り込んだ。動きが取れないと見ると金色の魚体を怪しげに翻し、その反動を生かし、流れの芯を渡り、また上流に上ってきた。その様は尋常な鮎の動きではなかった。怪物そのものであった。その目は赤く、不気味に私をにらんでいた。徐々にその動きは加速度を増し、私の周りを回転し始めた。私は、奴の水中の円運動の加速度が最高潮に達した時、奴の存在を完全に見失ってしまった。その時には奴はおとりの鼻も切捨て、自由度を得て泳いでいた。奴の背中には9号の極太の矢島型ハリが深々と刺さったままであった。もはや、そのハリは奴の背中からは抜けず、こうなると、私は彼の動きに翻弄されるがままであった。その時間が長いか短いか私には認識すらできなくなっていた。周りの景色は私の視界の中で回転し始めた。そして、いつの間にか目の前に大きな石が迫っていた。奴を追い詰めているはずが、実は、私が追い詰められていたのだ。大石が私の体の上に倒れこんできた。奴の作戦に私はまんまとはまり、大石の下敷きになったのだ。激しい痛みが頭に走った。続けて足に鈍い骨のきしむ音が聞こえてきた。川には大量の私の血が流れ、川面を真っ赤に染めていた。私は頭と足その他、体中に重傷を負ったのだ。 「川の中央に立ちこむな!」 という広川さんの忠告の重大さにやっとその時気付いた。目の前は次第に暗くなり、聞き覚えのある上流の家族達の叫ぶ声が聴こえた。そして、ドップラー効果で次第に高くなってくる救急車のサイレンの音が耳に入ってきた。その刺激と反して、私の脳細胞内には記憶や今までの人生が走馬灯の様にゆっくりと回るのみであった。そして、 「これが金鮎だ」 と微かに認識したのだ。しかし、私にはその時点で何も出来る事は無くなっていた。 応援してね!
2007年12月23日
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ミステリーを書き始めているので、少々、お疲れ気味。今日は夢枕獏作品を口直しに「釣り時々仕事」「本日釣り日和」でも読んで見ます。みなさんもこの辺は当然読んでいるのでしょうね。ケーキを聖蹟桜ヶ丘に買いに行きそのついでに本屋によりました。新宿タカノのケーキで一日早いクリスマスです。カロリーーが高く、甘そうで御座います。そうそう、そういえば昨日川崎駅前で、真夜中にサンタクロースがタクシーを手を上げて呼んでいました。妻はその話をすると、 「トナカイが地球温暖化で生息数が減って出動できないようだね」仕方ないから、サンタがタクシーを使っているらしいです(笑) 応援してね! 前半は本当の話で後半は実際の笑い話です。
2007年12月23日
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がっちりと奴の背中に食い込んだハリは強烈な応力に悲鳴を上げ、今にもふところから伸びてしまいそうだ。しかし今日は太軸の針を用意したので、私は少し余裕があった。その代わり、竿は満月の様に弧を描いた。強烈な糸鳴りが轟いている。手にはその周波数が伝わってきた。超音波の響きだ。2万ヘルツ程度だ。今年発売されたばかりの複合糸はしきりに、その振動を私に伝えてきた。天井糸のフロロも減衰させずに確実に伝えてくる。かえって、その響きが私に直接伝わってくるため、次第に私の額には冷や汗がしたたり落ちてきた。「これが金の鮎の引きだ!」と私は確信した。jしかし、なかなか奴の引きに対抗できず、抜く段階までには私はたどり着けなかった。根掛りのように長い間奴との根競べが始まった。その間にもしきりに私の体は奴の発する超音波に共振し、全身は目に見えない恐怖に小刻みに震えていた。上流の水遊びをしていた家族も水から上がりその光景を唖然とした風情で見ていた。それは私にとってアンラッキーな事であった。超音波の世界
2007年12月22日
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早速、おとり三匹をおとり缶に入れ、西春留橋に向かった。この前、金の鮎をみんなで確認した場所だ。急いで、おとり缶を川に漬け、釣りの身支度をした。竿は去年買った安いソリッド穂先の竿だ。柔らかく、抜くと手元で水面近くまでおとりと掛かり鮎が下がってしまう代物だ。まず、ヘチ狙いで攻めてみた。親子が橋の下流にいたのでその近くでやってみた。まずまずの野鮎がすぐに来た。今年この川の平均サイズでとても良い型だ。このパターンはわたしの得意のパターンだ。「始めバッチリ後さっぱり!」こう、仲間内で揶揄されているのだ。それでも早掛け勝負なら勝てるから気にしないのだ。その日は飽きない程度に釣れていた。しかし、金の鮎を釣るのが今日の目的だ。おとりも確保できたので、私は金の鮎がいるようなポイントを探し始めた。 応援してね!左岸、特に深みを探した。深みにきらりと金色のひらめきが見えた。「居た!あいつだ!」私はつい大きな声で叫んでしまった。親子連れがいぶかしがっていた。相当変な釣り人だと思ったのだろう。彼女達は私と言う変人から距離を置くように上流に移動して、水遊びを再開した。それは彼女達にはとてもラッキーな事であった。私は迷うことなく、川の中央に立ちこみ、左岸の大石に着いている金の鮎に向けておとりを送り込んだ。あれやこれやするが、なかなか追わない。私は「賢いやつだ」と感心した。最後にはどうしても追わないので、べた竿で糸を張ったままにした。と、突然、奴はおとりに向かって攻撃を仕掛けてきた。今までに体験したことのないおとりの逃げ方だ。奴のスピードもすざましいものだった。そして、針が奴の背中に取っ付き、ウロコを貫通する手ごたえがあった。「よしこれからだ。あせらず、しっかり針を食い込ませてから竿を立てるんだ!」とあせる気持ちを抑えながら自分自身に言い聞かせた。小説・釣りに生きた男
2007年12月21日
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「あそこの金の鮎は、養殖だから、反時計回りに泳ぐ、上流から見て、左岸側にいることが多いぞ。それ程大きくはないが特に追いがきつい奴はすごいぞ。充分気をつけろよ」「おとりはウチの裏に蓄えたのを3匹もって行きな」そして最後に「川の中央に絶対、立ち込むなよ。岸から2メートルぐらい離れて泳がせな」「掛かったら一気に引き抜け!」彼に色々言われたが、そのいくつかはこれまで何度もいわれた気がする。私は「その通りだ」と思った。しかし、唯一つ、一番重要なことがどれだか私は気がついていなかった。それが後で、重要な意味を持つとも知らず。役所広司主演!東野圭吾原作の人気ミステリー小説の映画化!【クリスマスセール】■レイクサイドマーダーケース■
2007年12月20日
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広川さんは冷えた水を大きなグラスに入れて、もってきてくれた。この水は彼の庭にある井戸水だ。この水はわたしの大好物だ。とても、あまいが切れ味のある味だ。この当たりの土壌に含まれる石灰岩の溶解による物かもしれない。彼は、毎年夏になるとこの水の中におとり用の鮎を入れて、釣りに行くために用意している。「定年になったら、この川の囮屋を暇つぶしにしないか」と彼に言われたことがある。「それもいいもんだ」と思うが、自分の釣る時間が減るのが難点だ。しかし「ま~それほど釣れる腕でもないからいいか」とも思っていた。
2007年12月19日
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「その鮎はこの前、東京都の漁協会合で来賓で米田という方がいらしてた。彼が一枚かんでいる様だね。内密だがね。だからこの前、皆の前ではっきりとは云えなかったんだ。」「実は鮎釣りで変な噂が出ているんだ。まだ、詳しくは分からないが、突然、釣り人が行方不明になり、数日後、変死体で発見される話が各地で出ているんだ。これはわれわれ漁協関連の人間にとって、イメージダウンでお客さんに楽しく遊んでもらえなくなる。われわれの漁協でも死活問題なんだ。」「そして、もう一つ異変があるんだ。東京都で去年から害鳥類指定された川鵜だ。去年は最初はあいつらの習性を見つけるまで大変だったが、慣れてきたら良く捕獲できるようになった。我支部もそれなりの実績を上げたよ。」・・・「しかしな、今年は川鵜その物が変なのだ。飛来してくるのだが、次の日には、どこかに消えているんだ。われわれの仕掛けた餌に掛かっていないのだ。それも、足だけ残ったりして、何者かに襲われた形跡があるんだ。」広川さんはそこまで熱のこもった口調で一気にまくし立てた。それを聞いた私の心の奥底には何か得体の知れない恐怖が浮き上がってきた。一瞬、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙の後「それでは、今日それを私は釣りに行って見ます。」と一言つぶやいた思わず、ごくりとツバを飲み込んだ。異様に喉が乾いている自分にそこでやっと気付いた。おいしい水のおかわりを頼むのが精一杯であった。 応援してね!これはあくまでフィクションです。悪しからず。!
2007年12月17日
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昨日は久しぶりに電車に乗った。そんな普通の電車の中の光景の描写です。立川発南武線のぼりです。南武線は立川発上り川崎からが下りです。そこで、ほろ酔い加減で私は座席中央に座る。すると左側にはフィリピーナ家族いいスタイルの奥さん方3名と子供達。しきりに英語で大声でしゃべっている。人種が違うからか、パワーの違いを感じる。座席真正面はアベックとても仲が良さそうだ。女の子がしきりに足をバタバタさせて「いや~ン」と言い、甘えている。かんぜんな二人の世界に入っている。そこに後から社会学者と思しき先生とその大学院生が駆け込んでくる。そこから、彼らの会話が始まる。院生はしきりにフランス国家と「市民」を話の中心にぐるぐる論理を展開している。はたから聞いているとまるで無毛な会話だ。良く聞こえなかったがきっと「CIVIL」を訳すときに、この訳し方しか出来なかったのか。「国民」とも訳せないから。それが彼の頭の中で堂々巡りしているみたいだ。それを教授らしき人物が聞いて、意見を述べようとするが、院生は情熱的ですぐにその話の腰を折って割り込んでくる。こうなるともう、始末に負えない。わたしも口出しがしたくなるほどうるさい会話だ。教授は仕方なく「その他の論点はどうだね」と話を他に向けていた。今度はドグマだ。これも難しいな。聖書がどうのこうの。もうこの頃になると、フィリピーナもデレデレアベックも白けて、居眠りモードだ。彼らに完全制圧された車内をようやく、私は後にすることが出来たのだ。文系学者って無毛な会話をし、生産性のない人間だと思った一日の最後であった。多分理科系学者は内にこもって、電車の窓を自分の息で曇らせ計算式を書き、テレビドラマの「ガリレオ」みたいなことでもしてるかもね。小説らしき物を書いているとつい、人間観察が癖になってしまった様だ。自分も少し笑えそうな人間かな 応援してね!
2007年12月17日
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「この前の話の金の鮎ですけど、何か、ご存知ですか。」私は、コーヒーを口に運びながら、唐突に彼に質問した。 「そうだね、昔、奥多摩湖から小菅川に遡上した鮎が金の鮎だったよ。どうも、湖産の鮎の系統だという噂だ。海産にはでない色だよ。」 ・・・広川さんは続けて・・・「奥多摩湖遡上の鮎は花魁淵に身を投げた女達の着ていた黄八丈の色だとか、矢絣(ヤガスリ)も入っているとか噂になったのさ。だから、釣った人間は気味悪がっていたんだ。」そして、 「この鮎は奥多摩湖から遡上して峰谷川にもいたね。しかしこちらは金の鮎かどうかはハッキリしないんだよ。どちらも、奥多摩湖に流入する川と湖を往復する、自然に再生産された鮎だよ。異常に色が出ているね。」 懐から煙草を取り出し、きっぱりと言った。私は「あの湖にそんな鮎がいるとは知りませんでしたよ。」と言った。おいらんぶちは確かに、いろいろないわれがある。戦国時代の甲州の領主、武田家滅亡の折、隠し金山の黒川金山の秘密が漏れないように、遊女達を滝の上に設けた舞台の上で踊らせ、その最中に、支えていた藤つるを切り舞台ごと、遊女を滝つぼに落としたそうだ。いわゆる口封じのためである。しかし、戦国時代には、花魁と言う言葉はなかったので、この名前でなかったはずだ。今では、この当たりはドライブスポットにもなっている。新緑のシーズンはもとより、紅葉のシーズンは人気のドライブスポットである。それ程の綺麗な景色を提供してくれるこの付近を訪れた学者が、紅葉の美しさに「着飾ったおいらんの様な美しさだ」表現した事から、「おいらんぶち」と名づけられたとも言われる。私は色々と考えを巡らし、彼に疑問をぶつけた 「武田家の隠し金山とはその金の鮎は関係ないのですか?」 「余り関係ないね。単なる迷信さ!鮎が武田の隠し金山の残りを食べて金色になるなら、もっと先にヤマメや虹鱒、岩魚が金色になっているだろう。違うかい、な!カトちゃん」広川さんの言う言葉はその通りである。「余りに単純な発想だな」と自分自身が恥ずかしくなった。ついでだから、私は「この前見かけた金の鮎は、その鮎とは関係ないんですよね?」と質問した。 応援してね!
2007年12月16日
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そろそろ準備します。皆様におかれましてもつつがなく、おすみでしょうか。何か楽しい絵があれば良いけどね。何賀状 いつものように 顔浮かべ
2007年12月16日
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彼の元気そうな顔を見てホッとした私は、応接用ソファにいつものように、無遠慮に座った。ココでいつもなら、彼からセブンスターを一本恵んでもらう。しかし、半年前に煙草を止めたので、早速、彼の煎れてくれたレギュラーコーヒーをごしょうばんすることにした。彼は釣りも好きだか、コーヒーにも精通している。色んなコーヒー豆を取り寄せ、自家焙煎しているのだ。そして、常連さんには日替わりでいろんなコーヒーを出してくれるのだ。皆、このコーヒーを飲みながらリラックスして彼との会話を楽しむ。コーヒー目的だけでで来る客もいるが、そんな事は彼には苦でもない事で、却ってそれを楽しんでいる様でもあった。そして、彼との会話でさっぱりした、ブラックコーヒーの様な彼の人柄にほれ込んでしまうのだ。ちょいと、描写が長くなりすぎた様だ。そろそろ、彼との会話に入るとしよう。
2007年12月15日
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次の日は、夏の日にしては朝の光の向こうにもやがかかっていた。こんな日は昼間はすごくいい天気になるときがある。友釣りにはとても、いい日和だ。わたしのランクルは圏央道を降りて、左側の古い酒蔵もあっという間に過ぎて、五日市街道を真っ直ぐに行く。この当たりでは、道幅も広いが行きかう車の量はそれ程でもなくなってきた。川沿いの道ではあるが、山並みを縫うように橋が川を横切っている。橋の名前の由来は良く分からないが、何度も来ているわたしには懐かしい名前ばかりだ。いくつかの橋を渡ると広川さんの邸宅兼事務所が見えてきた。私は彼の家の前に車を停めて、車を降りた。朝の早い彼である。いつものように、もう起きて事務所に彼はいた。朝の景色を楽しむようにセブンスターをくゆらせ、今日の仕事の段取りを考えている様だった。これが、彼のいつもの生活パターンかもしれない。私は事務所の扉を開けて、 「おはようございます。夏風邪はどうですか」 と挨拶をした。「カトちゃん、今日も早いね。入れ掛り期待で早く起きちゃったのかい。おかげさんで大分良くなったよ、先週の大会で楽しんだから、ピンピンさ、もう大丈夫!」夏風邪を引いたと噂を聞いたが、元気そうだ。私は彼の頑張り過ぎに不安を感じていたので、ちょっと安堵した。ジャンジャン 応援してね!
2007年12月14日
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キンちゃんとの会話で金の鮎開発が大きなプロジェクトだと知った私だった。長年、私は友釣りはしていたが、そんな開発が進んでいるとは全然、耳には入ってこなかった。一釣り師としては、とても興味深い話であった。しかし、私は会話の最後でキンちゃんが 「開発途中で突然、研究補助員が行方不明になったり、不自然な死に方をしているらしい。」 といった言葉がとても気になった。 「何だろう・・」 自問自答したが、答えが出ない。しかし何かきな臭い匂いがした。タバコは止めたので火の不始末ではなさそうだ。(笑) 「やはり、この開発途中で何か事故か作為的な偽装でもあったのかも知れない・・・な!」 私はそう決め付けて、明日釣りに行く準備をして、「明日、釣りに行く前に広川さんとあの自動車販売事務所で話し合ってみよう」と心に決め、ベッドに潜り込んだのだった。惨劇が待っているのも知らずに・・・ジャンジャン
2007年12月13日
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キンちゃんは今は東海区水研でさらに高度な研究をしている。彼の話では米田さんとは全国水産学会のシンポジウム、研究報告で毎回、挨拶をする仲だ。一昨年の学会発表の時には、米田さんは「金の鮎養殖研究」という国家プロジェクトに加わっていると、話してくれたそうだ。もうすぐ完成の域に達すると聞いたそうだ。しかし、まだ、この内容に関しては、硬く緘口令がひかれているのだ。つい、キンちゃんにだけに気を許して話してしまったのだ。そのあらましは・・・・・表向きは・・・1、商品価値のある鮎を作り出し、地域ブランド化する。2、海洋性大型魚類に含まれるDHA、EPAを取り込んだ栄養価にとんだ鮎の開発。3、釣り人にも魅力ある遊泳力の強い鮎のための餌の開発。4、3に関してさらに、闘争本能、縄張り意識の強い鮎の育成。しかし、上の4項目は付随した案件である。根本の目的は遺伝子操作の欧米からの遅れをとりもどすべく、遺伝子操作の先端技術の開発への挑戦である。これが、米田さんの本来の使命である。 応援してね!
2007年12月12日
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とうとうめがねを買いました。小さい字が見えないので買いました。今日取りに店に行くと懇切丁寧に説明してくれました。上客が出来たと思ったのでしょうか、お店の出口までお見送りです。遠くのほうはこれつけちゃうとぼやけちゃう。乱視と手元用専用です。つり用は別だな。後は、本屋に行き、築地場外の案内本そして、ミステリー本とそのランキング本。これで、今のミステリー界が分かるかもしんない井伏鱒二の「山椒魚」も手に持ったけど、棚に戻した。今度またじっくり、読んでみたい。。山椒魚
2007年12月12日
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キンちゃんの研究は地味な物だった。彼の研究室には所狭しと小さな水槽がずらっと並んでいた。そこには一匹づつ、虹鱒が飼育されていた。それらに彼は毎日地道に同量の給餌し、糞の量の計測、そして、魚体の重量測定を繰り返していた。最終的にどの飼料が大きな虹鱒が飼育できるかを調べるだけである。味は別物でもある。これが大手飼料メーカーに依頼されたものだ。例えば「共同飼料」などがその一例である。メーカーからの研究依頼金がかれの研究費に回っているのである。そんな、地味な作業をやる奴だが、仕事を離れると、夏は尾瀬に散策に行ったり、南アルプスなどに登り、冬はスキーに興じていた。彼の息抜きは唯一それかもしれない。そんな彼の話によると、東京都の「日源養殖場」に米澤という研究員が以前、所属し、岩魚の三倍体の研究した先輩がいた。その養殖技術を応用して、奥多摩山女ブランドが出来たらしい。そういえば、「米澤」という名前に関して、少し、記憶がある。彼は寮でクラッシクギターでスペインのギタリスト、フランシスコ タレガの「アルハンブラの思い出」を弾いていた。私も真似してみたがあのトレモロ奏法は、手に負えない代物だった。今、彼は東京都島しょ農林水産センターで太平洋のいわし不漁の研究をしている。しかし、特筆すべきはもう一つの研究が「金の鮎養殖」であると「キンちゃん」の口から出た言葉であった。
2007年12月11日
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本部前に人だかりが出来てきた。いよいよ待ちに待った発表だ。なにやら手書きの大会成績表だ。メーカー主催の大会にない味である。1位、2位、3位、4位、なかなか井名支部は出てこない5位に待望の井名支部が呼び出された。見事入賞だ。15支部中、5位で念願かなったようだ。みんな、支部連中はうれしそうにしていた。「来年はさらに上をめざし、優勝狙いだな」と皆心の中で闘志を新たにした。特に広川さんは個人の部でもしぶとく10位に入っている。あのトラブルの中でこの成績はさすがである。大会後は広川さんに色々先ほどの件を聞きたかった。お忙しいそうなので、その日は、そのまま、みなが帰るのでわたしも挨拶をしておいとますることにした。家に帰ってからも私は金の鮎についてどうも気になってしょうがなかった。昔の学生時代の友達の電話番号を調べ、ある一人の友人に電話してみた。彼は学生時代に卒論で虹鱒養殖の餌の研究をしていた。えさそれぞれの成長に関する歩留まりに関するものである。それと金の鮎と係わり合いはないと思えたが、わらにもすがる思いであった。「おう、カトチャンか!。元気かい。」久しぶりに聞く電話越しの彼の声は昔と変わらない気さくさだった。 「カトちゃん」・・・わたしが釣りに行き、余り釣れなかった時「チョットだけよ!」と返事をはぐらかした時、彼がからかい半分につけたものだ。しかし、彼とは、ボート部でも左舷、右舷で良きライバルだったので、私はまるで気にもしなかった。お返しに私は彼の事を「キンちゃん」と呼んでいた。「キン」は彼の下の名前の「均」から来た物である。お互い、お笑いの王道の名前で呼び合ったのだ。だから、まず、彼の名前がいの一番に脳裏に浮かんだのかもしれない。 応援してね!
2007年12月09日
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川久保ちゃんは私の出したグラスを断るようにおもむろに自分のめがねで私たちが指差す方を一瞥した。・・・・「オイ、すごいじゃないか、金の鮎って噂に聞いたけど本当にいるんだ」彼は日焼顔をこちらに向けて言った。しかし、田山ちゃんが、納得していないようだった。「金の鮎は僕の記憶が確かならば、青森の赤石川産ですよ。今年ここに放流された鮎は宮城の中新田産の人工中心です。あれが金の鮎とはとても信じられないですね。」 「後で、広川さんに確かめてみようよ。」と私は疑問の解決方法を選んだつもりで言った。何となく釈然としないが、3人はそれで納得した。そんな話をしているとすぐに大会本部前に到着した。周りは選手、大会関係者、応援の人間等でごった返していた。どこからともなくひょっこりと広川さんが私たちの前に出てきた。彼は忙しそうに着替えを済ました。そんな事をしながらも彼はわれわれに気を使い、弁当、御酒などを差し入れてくれた。もちろん遠慮なく頂くのがわれわれ仲間内の決め事であり、礼儀でもあった。断るのは却って失礼なのだ。もちろん、その費用 はみんな広川さんのポケットマネーから出たものである。大会結果が出る間にその弁当を食べながら、広川さんに先ほどの疑問を私たち三人は尋ねてみた。すると、いつも、元気な声の広川さんが「う~ん、その話か、俺もさっき釣っている時見たよ」・・・・・彼は話を続けた・・・「青森のある川に金の鮎はいるらしいが、今年は宮城の中新田産の鮎だけ放流しているからその鮎ではないと思うよ。金の鮎に関して色んな憶測が飛んでいるんだ、今は下手な事は言えないよ」といつもと違い慎重な重々しい口ぶりになった。「来週、私は平日休みなのでこの場所で竿を出してみますよ。」・・・私は昔ここの「川太郎」という囮屋の常連だったので、ある程度ポイントを知っているつもりなので、つい、口走ってしまった。「加賀美ちゃんが調べてくれるのか、それじゃ、それで何か面白い結果がでそうだな」・・・残り三人は私より腕は上だけど、今日だけは私の腕を信じてくれたようだ。多分に酔いがそうさせたとしか思えないと私は思った。それ程に夏の暑い昼間のアルコールはわれわれの体に染み込んだ様だ。空には灼熱の太陽が輝き、川面には水のきらめきがまぶしく反射している。対岸の川岸沿いでは若い女の子が水着姿で日光浴をしている。それも、私たちには目がまぶしくなる要因かもしれない。それ程に彼女らの水着の色が3D画像の様に飛び込んできた。そんな事も関係なく選手達の皆が大会結果の発表を今か今かと待っていた。 応援してね! 活〆串打ち鮎≪中国産≫1尾業務用にもいかがですか
2007年12月07日
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3時間の大会時間もあっという間に迫り、皆、竿をたたみ、選手達は検量所に急いだ。私は土手を上がり小道を仲間3人ととりとめのない話をしながら歩を進めた。「広さんなんだか、ごちゃごちゃやってたね」川久保ちゃんが言った。「なんだろう、糸のトラブルはなかったよな」田山ちゃんも同じ事を感じたようだ。「何か変な追い方された囮がいたみたいだね」私はさも分かっていた様な言い回しをした。これは私のいつもの口癖だ。これで、何人もの人間に胡散臭い奴だと思われた過去が何度もあったが、その癖は抜けないのだ。それは自分でも認めているが、お構い無しが私の性分だ。3人で川面を眺めながら、「広サンの支部はいいところにいったんじゃないか」と私が言うそんな、時、突然、目の良いこの中で一番若い田山ちゃんが「あそこに金色の鮎が泳いでいるよ!」と叫んだ。彼のめがねはTALEXの高級偏光グラスだ。私の冒険王のヘナヘナサングラスと違い、水の中が良く見えるようだ。「嘘だろう、ちょっと貸してよサングラス」・・「へー良く見えるな、さすが高級品だ。これくれない」また私のおねだり癖がでた。「いや、本当だ、金色の鮎だ、川久保さん、見てごらんよ。」私は興奮して叫びながら、勝手に田山ちゃんのサングラスを渡した。「俺のは度付きのサングラスだよ。これで大丈夫だ」川久保さんはブルースのフレーズのりで返事を返してきた。
2007年12月05日
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河原に降り立つと大会はすでに始まっていて、支部長の広川さんがどこに入っているのかまるでわからなった。ウロウロする私に声を掛けてくる人間がいた。井名支部の菊野さんだった。「彼らは上流の堰堤下の所に入っているよ」と柔らかい物腰で教えてくれた。河原は石ころがゴロゴロして歩きにくかった。それよりも私は草叢に入っていくほうを選んだ。わたしは子供の頃から、こんな草叢が大好きだ。草が朝露を含んだ中を突き進むと、ズボンにじっとりと水分がしみ込んできた。ツユクサが所々に咲いていて、目にさわやかな紫色を差し込んできた。ふと、私は田舎の川を思い出した。あたり一面さきみだれたツユクサを持ち帰っても何も楽しくはなかったのだ。朝のひんやりした空気の中でこそのツユクサなのだ。そんな事もすぐ忘れ、ずんずんと上流に向かう。対岸に赤いベストを身につけた釣り師がいた。・・・広川さんだ。私がそばに行くと対岸でもう、彼は何匹かを掛けていた。すこぶる今日も調子がよいスタートの様子だ。広川さんは台風の後白川にのこった垢狙いで瀬の中の大石に着いたあゆをしきりにねらっている。彼の上は同じ支部の仲間で予選を勝ち上がってきた組合員だ。彼もここまで勝ちあがってきただけに構えに隙がない。特筆すべきは、彼は秋川では珍しいべた竿で今はやりのべた竿バンプ釣法だ水面とほとんど、平行な竿角度で構えている。かれは良く掛けているがややバレが多かった。針合わせが合っていないのか、竿を立てるのがはやいようだ。しきりに首をかしげているが、友釣とはそんな紙一重の違いで釣果が左右される物だわれわれはそんな真剣勝負を横目に見ながら、一般の方がすすめるビールを飲みながら、釣るたびに拍手をしたり、釣れなくなると「おとりを交換したら良いじゃん!!」とか言いたい放題だ。一人の仲間は川のそばにある畑に行き暇つぶしに歩いて、ハタケシメジを見つけたと喜んでいる。私から見たら、単なるゴミ山に生えた変な生物にしか見えない物が彼に掛かると皆、宝物の様な食材になるのだ。彼のその恐れを知らない食に関する探究心が私は大好きだ。鯰に始まり鮎に終わる釣り人生
2007年12月03日
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