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腰、やってます。どうも俺です。週明け早々に腰をやる。朝一から整形外科に来てますが〜爺さん婆さんだらけですわ。待ち時間、暇つぶしに書きましょうかね。いやね、病院ってやつはホンマに嫌でね。悪いとこあったら医者に診てもらうのがそりゃ1番ええんやろうけども、なかなか行こうって気にならんのよね。なんか怖いやん。間違いない。もっと早い段階で病院に行ってたら簡単な治療で終わりそうなもんなんやけども、訳の分からん「自分診断」と気合いでなんとかなると思ってんすよね〜。そうだよアホだよ〜♪みたいなね。前に、チビの顔にやるパックが洗濯機の裏に落ちたから取ってくれ言われてね。よっしゃ取ったろってな感じで〜無理な体勢でグッ〜〜てやって取ったんすわ。その時に軽く腰にピキッと感じてたんやけど必殺の「自分診断」で大丈夫とやってた訳ですわ。で、今朝よ。上のチビが5時に起こしてくれ言うから〜俺が起きたタイミングでチビの部屋へお越しに行く。入り口の所に洗濯物が掛かってて、それをかわすのにしゃがんだ時に腰をやるって言うね。エグない?ダサない?ジジイじゃない?も〜ね、テンション鬼下りですわ。間違いない。今年は決めたわ。ちょっとでも違和感やらがあったら速攻で病院に行く。迷わず行く。自分診断はクソだ。なんや言うても体が資本やし、まだまだ働かなあかんし、長生きしたいしな〜。自分の体のメンテナンス。しっかりやって行こうと決めた整形外科での待合室だ。
2024年01月29日
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今となっては2人の娘を育てる親だが、昔の俺は子供が大嫌いだった。子供がおったら騒がしいし、落ち着かないし、根本的に人の子供が可愛いと言う感情が微塵もなかったよね。まぁこう思ってしまう1番の理由として、子供との接し方が分からなかった。しかしそんな俺が子供の可愛さを知ったのは姉ちゃんのヒロが子供を産んだ時だった。眞綾。まあや。産まれたばかりの時に抱っこさせてもらったりしてる時は、まだ正直ピンッときていなかった。「ヒロもお母さんになったんか〜。」と、眞綾に対する気持ちよりもヒロに対する気持ちの方が明らかに大きかった。ガキの頃、共に壮絶な毎日を戦い続けたヒロが一歩一歩と幸せになって行く事が本当に自分の事の様に嬉しかった。そんな特別な感情があったせいか、この時はまだ子供嫌いの俺だった。そんなあやふやな想いの中、1歳2歳と成長して行く眞綾。やはり子供の純粋な心ってヤツは俺のこんな思いを見抜くのか?それとも俺のこのハゲの髭面がバケモノの映ったのか?全く俺になつく事はなかった。周りはなんとか俺に近付け様とはするが、その気持ちとはうらはらに俺と眞綾との距離が縮まる事はなかった。そんな頃から、眞綾が俺のLIVEにたまに遊びに来る様になる。訳なんか分かっていなかったと思う。「なんでこの人、歌ってんやろ。」くらいのもんだろう。ある日の事だ。まだ実家に住んでいた俺。ヒロ家族が実家に遊びに来る。とりあえず下に降りて軽く挨拶をし、嫌がる眞綾の事を抱っこしようとして泣かれてみんなが笑うって言う一連の流れを終えて俺は部屋へと上がる。下からはみんなの楽しそうな声が聞こえてる。そんな情景を想いながら、何気にギターを弾く。ん?部屋の入り口から視線を感じ、フッと見ると眞綾が立ってる。1人で。こんな事は今ままでなかった。俺「どうしたん?」眞綾「まちゃのり…遊ぼう。ギターで遊ぼう。」ズキュ〜ン!始めて子供が可愛いと思った瞬間。完全にこのタイミングから子供が好きになる。嘘みたいに。そんな眞綾も今年で24歳。綺麗で賢く立派な大人の女性になった。しかし俺の中での眞綾は、あの時俺の部屋で一緒にギターを弾いて遊んだ時の眞綾のまんまだ。そんな眞綾が、1月末から生活の拠点を東京へと移す。彼女が困っている時、悩んでいる時、どうしようもない時がもしも来るとするならば、フラッと東京まで行き、あの時俺の心を開いてくれた時の様に、次は俺が「眞綾、遊ぼうぜ。」と現れてやろうと思う。
2024年01月20日
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親父が帰って来なくなってから何週間かが経った。オカンに蒸発、親父が帰って来ない、常に借金取りに見張られている。受け入れなくてはいけない事実に心も体も追いついていかない日々。大雨の降るある日の事だ。1階にいると2階からドンッと音がする。俺は時に気にする事はなかったが、婆ちゃんは気になったのかスッと立ち上がり何も言わずに2階へと向かう。ボロボロの我が家の階段のきしむ音はやけに耳障りが良い。婆ちゃんの声がする。「どないしたんや!ヒロコ!大丈夫か!」俺は階段がきしむ間もないスピードでヒロの部屋へ。そこには精神的にも体力的にもいっぱいいっぱいのヒロが真っ青な顔で倒れていた。とにかく救急車を呼ぶ。婆ちゃんが付き添う事になり、扉が閉まる間際に婆ちゃんが「お父さんに連絡しといてや!」と言葉を捨てる。面倒な事を押し付けられた様な感覚だったのを覚える。何週間も帰って来てない親父。始めの方は何回も電話をかけていたけど、1週間くらい経った頃からか電話もかけなくなった。俺も姉ちゃん2人も親父もこの状況から逃げたんだと思っていたんだ。親なんていらない。俺等だけで生きていく。心のどこかで覚悟は決まっているのに、このタイミングで親父に電話をするのに少し躊躇いがあったが。かける。出ない。かける。出ない。そんな事を何回か繰り返していると、頭の中で何かが弾け飛ぶのを感じた。あの日から張り詰め続けてた緊張の糸がプツンと切れたんだ。全てがバカバカしくなった。全てが嫌になった。何もかもをめちゃくちゃにしてやろうと思った。どうでもよくなった。完全に頭がおかしくなったんだと思う。土砂降りの中、傘も差さずに家を出る。1番に頭に浮かんだのは俺の頭を土壁に叩きつけたあの借金取りだ。あの時に思った「殺してやりたい」って言う気持ちが切れた緊張の糸と結びついてしまったのかも知らない。そいつが毎日オカンの車がある駐車場を見張ってるのは分かってる。途中、公民館の前にある公衆電話の受話器を引き千切る。これでどうこうとか考える意識もない。土砂降りの中、傘も差さず、その手には受話器を持ってる。異様な様。駐車場に着くといつもなら止まってるガラの悪い車が止まってない。この雨やし、今日は見張りを諦めたのか。ボッ〜と駐車場を見回す。モスグリーンの軽ハコ。オカンの車。大雨に打たれ少し車が揺れている様に見える。幸せだった頃の思い出ばかりが浮かぶ。白昼夢。どれくらい時間が経ったのか分からないが、周りが暗くなっている事で我に帰る。何やってんだ…俺は…。正直心はズタズタでいつ終わってもおかしくない精神状態だったと思う。受話器を軽ハコに投げつけ、何気に携帯を見ると1件の「着信あり」。親父だ。今更なんやねん。かけ直す事もなくそのまま病院へと向かった。通ってた小学校の前を過ぎ、飲屋街「チロリン村」を超え交差点を右へ。坂を登り次の交差点を長野高校の方へ曲がる。と、大雨の中、傘も差さず歩く人がいる。その人は少し足早だ。見覚えのある背中。雨のせいなのか涙のせいなのか視界が悪い。「親父っ!!」振り返るなり「おぅ、お前か。傘ないんかい。早よヒロのとこ行くど。」くそったれ。なんでそんな普通やねん。何週間も帰って来んと心配かけといて、なんでいつも通りやねん。親父を疑った自分を恥ながら土砂降りの中親父と2人、足早に病院へと向かった。
2024年01月06日
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まだまた正月だ。どうも俺です。なんとも大変な幕開けやな、2024年。石川県の大地震。大津波警報を叫ぶNHKアナウンサーの声。緊張感、東日本の津波。あの様な被害を再び起こさないと言う想いが伝わる放送。残念な事に、賛否両論あるみたいやけど、俺にはアナウンサーの必死さが伝わった。間違いない。まだまだ多くの人達が取り残された状態にある様だ。交通網が遮断されてる地域が多いみたいで、なかなか救援物資が届かない状況にある中での、物資を運ぶ為の自衛隊の飛行機と航空機の接触事故。衝撃的な映像。普段なら起こる事のない様な事が、こんな時には起こってしまうのはなんなでしょうか?地震により亡くなった方々、飛行機事故で亡くなった方々のご冥福を心より祈る。1日も早い復興を願います。ここから、必ず。
2024年01月04日
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皆さん、明けましておめでとうございます。どうも俺です。2024年が始まったよね、なんちゅ〜か、清々しい気持ちなのはなんなのか?やる気に満ち溢れてるよね。間違いない。この1年も色々あるやろな。ええ事も悪い事も、嬉しい事も悲しい事も。全てをポジティブに捉えるなんか、ホンマのアホにしか出来ない事やと思うし、ネガティブもしっかりと受け入れて行く。その次の言葉、次の行動をよく考えたいわ、あくまでも「自分らしく」。間違いない。2024。健康体でバリバリ働く。化楽、音楽を通じてもっと大きな事をやる。この2本柱やな。具体的な事をここからじっくり考えて行くとして、とにかく2023年を春香に上回る1年にするわ。お前等もええ1年にしてや〜◎今年もよろしくそこんとこ◎現場からは以上です◎
2024年01月02日
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